ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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この愛しい世界に

「あ……」

 

 桃子が気付いたときには、もう。

 目の前にいた男の姿も、桃子に絡みついていた闇も、そしてそもそも桃子たちがいたはずの黒い空間そのものが消えていた。

 桃子と、その胸元に抱きしめられているヘノの二人は、見知らぬ場所にいた。空は美しい星空だ。足下はと言えば、どうやらこの場所は大きくクレーター状に抉れた土の上のようだ。もしかしたら、桃子がハンマーを振り下ろした瞬間から、ほとんど時間は進んでいなかったのかもしれない。

 桃子は、そのむき出しになった土の地面にぺたりと座り込んでいた。

 

「……桃子。桃子。最後のあれは、なんだったんだ? あいつの。死んだ娘だったのか?」

 

「うん。きっと、そう……かな」

 

 状況がわからずぽかんとしている桃子に、ヘノが問いかける。

 最後のあれ。つまり、桃子の口から出てきた、幼い少女の声について聞いているのだろう。

 桃子は思う。あれはきっと、ずっと昔に亡くなった、彼の愛した娘の魂だ。

 

 あの記憶にあった出来事が何十年、あるいは何百年昔の出来事だったのかはわからない。

 けれどあの少女は、ずっと、ずっと。世界を憎むあまり、人の道すら外れてしまった父を迎えにいくために、この世界に残っていたのだろう。

 摩耗し、すり減り、今にも消えそうな魂になってでも、彼女は父を愛していたのだろう。

 

 あのとき。そんな彼女の魂を、あの場に呼び寄せたのは――。

 

「桃子が【創造】で。呼んだのか」

 

「ううん。あのとき、あの子と引き合わせてくれた【創造】は、二つあったんだよ。二つあったから、ようやくあの子は来られたんだよ」

 

「そうなのか……」

 

 あのとき。桃子の小さな【創造】と、彼の憎しみに支配された【創造】が、ともに一つの奇跡に向けて動いたのだ。

 きっと。

 果てしない永遠のような憎しみの中でも。彼の【創造】は、所有者の真の願いを――家族と会いたいという純粋な願いを――決して忘れてはいなかった。ただ、憎しみを越えてそれを叶える力が、少しだけ、足りていなかっただけなのだ。

 だからこそ。桃子の【創造】こそが、彼の憎しみを止める最後の一手になれたのだ。

 

「……でもあいつ。暴れるだけ暴れて。たくさん死なせたのに。娘と二人で。行っちゃったんだな」

 

「そう、だね」

 

「これで本当に。よかったのか?」

 

 ヘノの言葉には、とても複雑な響きがあった。

 ジャバウォックは、多くの悲しみを生んだのだ。それこそ彼自身と同じように大切な人を喪い、その悲しみに狂った人もいたはずだ。終わりのない悲劇の連鎖を引き起こしたはずだ。桃子とて一度は死にかけ、この大切なヘノを悲しませたのだ。

 まさにそのような犠牲者たちや、国を滅ぼされ愛する家族を喪ったティタニアやネーレイスにしてみれば、ジャバウォックが最後に愛する者とともに死者の国へと旅立ったなどとは。

 とてもではないが、許せる話ではないだろう。

 

 けれど、それと同時に。

 彼の絶望的なまでの悲しみと憎しみに触れてしまった桃子たちの中には、その終わりのない絶望に終止符がうたれたことへの安堵と、良かったと思う気持ちもある。

 

 だからこそ、複雑だ。

 

「私には、わからないけどさ……」

 

 彼に救われる権利があったのか。報いを受けるべきだったのか。

 それとも、その裁きは死者の国に委ねられるのか。

 今を生きているだけの桃子には、わからない。

 

「でも――」

 

 結果として。終わりのない地獄から彼を救い出したのは一つの消えかけの魂だった。地獄に垂らされた一本の救済の糸のようだと、桃子はうっすらと思い浮かべる。

 そして桃子は、星空を見上げた。

 そこでは星々の下で、数多の妖精たちの光が舞い、歓び、自由になった空を飛び交っていた。

 

「それでも私は、憎しみが消えたことを、良かったって思いたいよ」

 

「そうか」

 

 ヘノも、星空を見上げた。

 そこには、彼女の大切な姉妹たちが抱き合う姿も見えた。

 

「……空。きれいだな」

 

「うん、本当に……本当に、きれいな星空」

 

 二人ともあの父娘については思うところはある。想う気持ちもある。それらはとても、割り切れるようなものではない。

 けれど、今は、いい。

 見上げれば。そこにあるのは憎しみで黒く淀んだ暗い世界ではなく、無限に広がる美しい星空だった。

 

 

 

 

 

「すごいね、妖精がこんなにいるなんてさ。もうファンタジー映画みたいだよね」

 

「数時間前までは大怪獣が暴れまくる特撮映画みたいでしたけどね」

 

 星空の下で、数百もの小妖精たちが地面に花を咲かせていく。

 桃子は横に座る柚花とともに、このファンタジー映画のような光景を、ただぼんやりと眺めていた。

 

 

 ジャバウォックを討伐すれば全てが終わり――などということはなく。この夜、妖精の国はとにかく大変なことになっていた。

 どう大変なのか、一言で説明するならばつまり『復旧作業』だ。

 見渡せば、ティタニアの娘たち、そしてティル・ナ・ノーグの妖精たちが多くの小妖精を率いて、この広大な花畑の土地を浄化し続けている。

 数百を超える小妖精たちが、思い思いのままに地面に花を咲かせていく光景は、なかなか圧巻だった。

 

「所々、氷の花が混ざっちゃってるのが気になるんだけど……あれって大丈夫なのかな」

 

「どうでしょう。雷とか炎の属性を持つ花も咲いてますし、今後、妖精の国の花畑は愉快なことになるかもしれませんね」

 

「あはは、刺激的になりそう」

 

 今までは普通の花しか咲いていなかったこの国だけれど、この事件をきっかけにして様々な属性の花が増えたようだ。

 危険性がなければいいけどな、と。桃子は心の中で、少しの不安とともに苦笑を浮かべた。

 

「桃子。もう夜中だけど。寝なくて大丈夫なのか?」

 

 そんな桃子に話しかけてきたのは、この復旧作業には参加せずに桃子と一緒に過ごしているヘノだ。

 いつも座っていたベンチも焼け落ちてしまったので、今は桃子も柚花も焼け焦げた土の上に直に座っているのだが、ヘノが座っているのは桃子のきれいな膝の上である。

 同様に、柚花の膝の上にはニムがちょこんと座っている。

 

「そ、そういえば……い、いつもなら桃子さんが絶対に寝ている時間ですねぇ……?」

 

「あ、うん。この戦いの途中まで私ずっと寝てたから、あんまり眠くないんだよね。それに今は『怪異』になっちゃったから、もしかしたら寝なくても平気かもしれないよ」

 

 視界の先では、躯が火属性の小妖精に囲まれている。炎を操る骸骨は小妖精たちの人気者で、フラムもご機嫌だ。

 壁の崩れた女王の間――というか、その外観となる宮殿には、イチゴとクリスティーナが何かしらの守護の魔術を施している。

 精霊樹の麓では、アルラウネと美琴すももの二人が植物の妖精たちとともに力を合わせて、三分の二ほど焼け落ちてしまった精霊樹の再生を行なっている。それをエレクが楽しげに応援していた。

 桃子自身は美琴すももとは面識がなく、彼女がチェンジリングの赤子だと聞いたときは驚いたものだが、同じくそれを聞いたエレクが目を丸くして大喜びしていたのが印象的だった。

 

 夜だというのにそのような景色がはっきり遠くまで見られるのも、『怪異』となった恩恵なのだろうか、と。

 桃子が自身の体質について考えていると、探索者用端末を手にした柚花がなにか言いづらそうに声をかけてきた。

 

「あー、そういえば先輩。その『怪異』の件なんですけど」

 

「うん?」

 

「……いや、いいです。多分、今ここでわざわざ話題にすることでもないですしね」

 

「えー、気になるなあ」

 

 花畑の向こうでは。ようやく光の膜が復旧した蔵王ダンジョンからやってきたクヌギとフルドラが、崩壊した調理部屋の復旧作業をはじめ。

 氷部屋の跡地では、雪ん子が氷属性の妖精たちとともに、ブロックを組み直しているリヨンゴを応援し。

 妖精の畑の跡地では、焼け落ちた桃の木の下で、クルラが見知らぬ妖精とともに祝杯のワインをがぶ飲みしているのだった。

 

 どれだけ焼け落ちようとも、全てが一からの作り直しになろうとも。

 妖精の国は、これから先の未来に向けて、足を踏み出していた。

 

 

 

 

 

 

 夜空がうっすらと、紫に、そして橙色に変わっていく。

 闇の時間が終わり、朝がきた。

 夢が終わる時間がきた。

 

『モモちゃん、最後の一撃はすごかったね! すごかったね!』

 

「エレクちゃん、それはもう何度も聞いたよお。そんなに褒めても、今日は本当に何もでないよ? カレーの材料も焼け落ちちゃったし」

 

 精霊樹の麓に、妖精たちが集まっている。

 この戦いに駆けつけてくれた、本来はこの世界にいるべきではない仲間たちが集まっている。

 桃子はそんな中で、雷の妖精エレクと――最後の挨拶を、交わしていた。

 

『ケラケラっ! あのさ、モモちゃんが笑ってくれてるだけで、エレクちゃんは嬉しいんだよ! 嬉しいんだよ!』

 

「あはは、私も……私も、嬉しいよ」

 

『モモコ、泣いてるのー?』

 

『モモコ、泣かないでー!』

 

「大丈夫、ちょっとだけ、こみ上げてきちゃっただけだからね。アオちゃん、キィちゃん」

 

 数多の小妖精の中にはやはり、桃子が名前をつけたアオとキィの二人もいた。

 あの日、鵺に食われてから、仲間と出会うことのなかった二人は。今は多くの仲間に囲まれていて、とても、とても幸せそうだった。

 

 

 逝くべきところに帰らなければいけないのは、もちろんエレクだけではない。

 ティタニアの周りには、沢山のティル・ナ・ノーグの妖精たちが集まっていた。

 

『ティタ、頑張ってねー』

 

『ティタニア、素敵な妖精の国を作ってくださいねぇ?』

 

『あぅ……ティ、ティタニア……が、がんばってねぇ……?』

 

『んふ♪ あなたの未来に、ワインで祝杯ね♪』

 

 彼女たちは、それぞれがティタニアに言葉を残していく。

 ティタニアは、愛する姉妹たちの言葉をひとつひとつ聞き、その全員と、最後の言葉を交わしていく。それは、過去のあの日にはできなかったことだ。

 

 そして――。

 

 ティタニアが別れの言葉を交わさねばならない妖精が、もう一人。

 

「ほら。あなたも、ティタニアにきちんと、言葉を伝えなさい。ルビィ」

 

 りりたんの横で、ずっと、ずっとティタニアを見つめていた紅い翅の妖精、ルビィ。

 りりたんの眷属として、桃子とも以前から顔なじみとなっていたこの妖精も。この日、死者として。姉妹たちとともに、本来逝くべき場所へと旅立つことを決めていた。

 

『ティタ! 私、私は……』

 

「ええ、ルビィ……」

 

『あなたと会えて、幸せだったワヨ!』

 

「ルビィ……私も、私もよ! あなたがいてくれたから、私は……私は……!」

 

 ティタニアはルビィを抱きしめる。

 女王となったティタニアと比べれば、ルビィはあの日から成長することがない。今のティタニアと抱き合うと、大人と子供のように見えてしまう。

 けれど、二人は今でも対等だ。永遠に、親友だ。

 だからこそ、言葉などなくとも、互いの伝えたいことが伝えられる。

 

『ウン。でも、でも……ティタ! 決して、私のために悲しむことはないワヨ!』

 

 ルビィは、涙でぐしゃぐしゃになりながらも、いつものように強気な言葉で、ティタニアに笑って見せる。

 

『だって、ほら! 私たちのほうが人数が多くて、向こうの世界のほうが、賑やかなのだモノ! 寂しくなんてないノヨ!」

 

 ティタニアも、親友の言葉には苦笑を浮かべてしまう。

 生者と死者の別れの時ではあるけれど、なにぶん死者のほうがはるかに多く、圧倒的に賑やかなのだ。そこに、悲しさや寂しさなどという空気はない。

 それは、見送る側となるティタニアにとっての、大きな救いだった

 

 ルビィは次に、りりたんと檸檬の二人へと向き直る。

 

『あと、フェイラン! お母様のことは頼むワネ! お母様! ずっと、ずっと……生まれ変わっても、大好きなのヨネ! だから、見つけてほしいワ!』

 

「言われなくとも、わかってるよ。コイツのことは任せて、ルビィはゆっくりと休みな」

 

「ふふふ。ルビィ、私も……わ、たしも……絶対、みつけます……あなたを、みつけますね……」

 

『ウン……。ありがとう、安心したワ……お母様』

 

 ルビィは、りりたんを――天海梨々を見つめ、静かに、その胸へと飛び込んだ。

 天海梨々としてのりりたんと、一番長い時を共にしてきたのは間違いなく、このルビィだった。

 だから、ルビィは最後に、これまで共に居てくれた少女、天海梨々と最後の抱擁を交わす。

 

 そして、梨々の腕の中で。ゆっくりと、ゆっくりと。

 朝陽とともに、光の粒となって消えていった。

 

 

 夜が明け、夢がさめていく。

 過去の妖精たちは皆、静かに、あるいは笑って、朝陽の中に消えていく。

 

 

 

『お母様! エレクちゃんもさ、見ての通り、沢山のお友達と一緒だから、全然寂しくないからね! ないからね!』

 

 最後に残されたのは、雷の妖精エレクだった。

 彼女は最後に、母であるティタニアに笑いかけた。紫のスパークのパチパチとした音が響く。

 

「ええ、エレク。ふふ、私たちより、そっちの世界のほうが妖精が多くて賑やかだものね」

 

 愛した娘との永遠の離別。奇跡のような再会。そして、その奇跡の終わる時間。

 今のティタニアの心の色は、桃子にはわからない。

 けれど――ティタニアは、最後まで微笑んでいた。

 

「でも……エレク。最後に……もう一度だけ、あなたを抱きしめても……いい、かしら?」

 

『うん……お母様……大好き、大好き! 生まれ変わっても……ずっと、ずっと大好き! ずっと……大好き……!』

 

 そうして、鵺によって引き裂かれた最初の妖精は、愛する母の腕に抱かれたまま。

 この愛しい世界に、生者たちだけを残して。

 

 

 光の粒となり、静かな朝陽の中に消えていった。

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