【本編完結】 ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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幕間 新たな春風
桃子の卒業式


「六年一組、老芝桃子さん」

 

「はいっ」

 

 体育館に、卒業生の名を読み上げる声が響く。

 呼ばれた名前は『老芝桃子』。笹川桃子(20)の長崎でのもう一つの名前であり、七守小学校の六年一組の生徒名である。

 そう。彼女――老芝桃子はこの日、七守小学校の卒業式に出席していた。もちろん、卒業生として。

 

 本来ならば、桃子は来賓、もしくは保護者席から茉莉子や日葵の姿を見送るつもりだった。

 それがどうしてか、周囲に乗せられ、桃子も気付けばその気になり、当然のように卒業式当日は『卒業生』としてこの学校を訪れていた。

 保護者席、あるいは来賓席には、桃子の知人がこの卒業式――桃子(20)の巣立ちの日を見るために訪れている。

 冷静に考えるとあまりに意味不明な状況なので、桃子は冷静に考えるのはとうにやめていた。

 

 

 卒業証書授与式。

 

 名前を呼ばれた桃子は返事と共に立ち上がる。その背中を見つめるのは、七守小学校の在校生たちや教師たち。

 卒業生の保護者たち。旧校舎で起きた事件が事件なので、来賓席にはギルドや世界魔法協会の人間も訪れているようだが、なんにせよ。

 桃子は彼らの視線を背中に受けて、正面に立つ校長の目の前まで進み、足をとめる。

 そして、校長の顔を見上げ、彼の言葉に耳を傾けた。

 

「老芝さんは、立場が複雑なので、私もどんな言葉で卒業を祝えば良いのかと少し考えたのだけれどね」

 

 校長はまず、正面に立つ桃子だけに聞こえるような小さな声で、苦笑混じりに話しかける。

 本来ならば。この場に立つのはこの小学校を旅立つ児童であり、校長がかけるべき言葉もそれを祝福するものであったはずだ。

 だが、なにぶん桃子はイレギュラーだ。この学校で生活したのはたったの二週間だし、そもそも桃子は二十歳の社会人である。校長とて、小学生に成りすました二十歳の社会人に卒業証書を渡す経験は初めてのことだろう。少なくとも、そう頻繁にあることではない。

 だから、校長の苦笑混じりの言葉には、桃子もまた苦笑で返す。

 

 それでも彼は、校長だった。

 少しだけ間を置いてから、今度は他の席についている人たちにも聞こえるような、はっきりとした声で、言う。

 

「私は。キミが、この七守小学校の卒業生であることを、誇りに思います」

 

 桃子は、目を丸くして。

 そしてすぐ、微笑みを浮かべ。

 

「……ありがとう、ございました」

 

 校長の手から卒業証書を受け取って。

 自分を受け入れてくれた学校へと。子供たちのためとは言え、こんな怪しい人間を迎え入れてくれた校長へと。

 深々と、頭をさげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うふふー、桃ちゃんの卒業式を、ばっちり撮影しましたよー。はーい、いいですね、いいですねー」

 

「和歌さん、テンション高すぎませんか?」

 

 卒業式を終えて。

 桃子の前に現れたのは、最新型のカメラを手にして桃子を撮影しまくっている職場の同僚、柿沼和歌だった。

 この日の桃子は清潔感のある白のワンピース姿だ。卒業式にあわせて購入した比較的フォーマルな服装なので、普段からラフな服装が多い桃子を見慣れている和歌にしてみれば、珍しいシャッターチャンスなのだろう。

 和歌はワンピースにランドセルを背負った桃子を、様々な角度からひたすら撮影していた。

 

「本当は桃ちゃんの新たな門出を祝うために、親方さんも長崎まで来るって騒いでたんですけどね。流石に親方さんまで抜けちゃうと、工房が立ち行かなくなっちゃいますからねー」

 

「親方さんまで何を言ってるんですか。私、卒業式には出ましたけど、実際には社会人ですからね?」

 

 社会人として隣の席で二年間働いてきた同僚に向けて、自分は社会人なのだと熱弁する。

 なかなかあることではないが、和歌の耳にはいまひとつ届いていなさそうである。

 そうして結局、小学校の校門や旧校舎を背景にして、更には離れて様子を眺めていた茉莉子や日葵も巻き込んだ撮影会と。それからしばらくは、和歌に撮影されるがままなのだった。

 

「では、私もこのあと桃ちゃんのお友達のお家に挨拶にと思ったんですが、なんだかギルドから魔物討伐の依頼が来てしまったので、行かないといけないんですよねー」

 

「和歌さん、首都圏のダンジョンでは大活躍でしたし、頼られてるんですね」

 

「あまり、私ばかり頼られるのは不本意なのですけれどねー。それこそ彼も含めて、数多くの人たちも戦っていたわけですし」

 

 あとから知った話だが、新宿ダンジョンの勝利の要として、アイドル探索者のカリン、そして炎魔法のエキスパートである和歌は大活躍だったらしい。

 そして僅かに残された映像では時折、和歌の背後に桃子もよく知る剣士の姿が映り込むことがあった。

 妖精の国で自分たちが戦っている間、各地のダンジョンでも様々な現象が起きており、そこには色々なドラマがあったようだ。

 けれど。桃子としては少しだけ、残念なことがあった。

 

「ちょっとくらい私のところに来てくれても良かったのになって思いますよ、ヒカリさんは。私だって結構ピンチだったし、一応ヒカリさんのパーティメンバーなのに」

 

「どうでしょう。彼は『守護霊』をやっているそうですから、今ももしかしたらすぐそこで、私たちを見守ってくれているのかもしれませんねー」

 

 和歌の言葉を聞きながら。

 小さなそよ風が、そっと。桃子の頬を撫でた気がした。

 

 

 

 

 

 そして時は過ぎて行く。

 気付けば太陽は西に傾き、空はオレンジ色に染まっていた。

 

「はあ、小学校卒業しちゃったねー」

 

「うん」

 

 名波家には、この日小学校を卒業したばかりの女児たち(うち一人は二十歳)が集まっていた。この日は実に久しぶりとなる、女児三人のお泊まり会である。

 この広い邸宅の別室では、茉莉子の両親が紅子とともに夕食の準備を進めていた。

 茉莉子の両親と桃子は初対面だ。顔を合わせた際に挨拶こそ交わしたものの、彼らは桃子の事情を知らないので普通の小学生として扱われていた。その横では桃子の事情を知っている紅子が、明らかに笑いを堪えていた。

 そして今は、茉莉子の遊び部屋にて。茉莉子、日葵、桃子の女児三人でくつろいでいるところだった。

 

「ねえねえ桃子ちゃん、せっかくだからゲームしない? 最近オンラインモードのチーム戦でよく当たるライバルチームがあるんだけど、きっと今日も入ってると思うんだよね! だから桃子ちゃんも私たちのチームに援軍として入ってよ!」

 

「日葵ちゃんってば、卒業直後だっていうのにいつもと変わらないね。もっとなにか、しんみりしたりとかはないの?」

 

 よその家だというのに、日葵は手慣れたもので迷う素振り一つなくゲームの電源を入れて、ネット対戦の準備を進めている。部屋主である茉莉子はそれを見ているだけで、ゲームの設定をほとんど日葵に任せているようだ。

 桃子としては、卒業式の日はもっとしんみりしているものかと思っていたので、情緒もなにもない女児たちの行動には目を丸くした。

 

「うーん、私ももっと寂しいかと思ったんだけど、クラスのみんなは中学校も一緒だからあんまりお別れって感じはしないんだよね。先生と、あとハム助とさよならするのが一番寂しかったかな。ね、茉莉子ちゃん」

 

「うん」

 

「とは言っても、先生ってば少し先のアパートに住んでるから、スーパーとかでしょっちゅう出くわすんだよね。だから、そこまで寂しくもないかなあ」

 

「あー、なるほどね」

 

 相変わらずの日葵のマシンガントークに、なるほどと桃子は納得する。両手で数えられる人数のクラスメイトが全員同じ中学校に通うのだから、そこに哀愁を感じる要素など大してないのだろう。

 むしろこの場では、二十歳になった桃子の方が小学校の日々を懐かしんでいるくらいである。

 

 結局、小学生たちは桃子が思ったほどはしんみりしていないと知ったところで。

 画面に映った対戦相手チーム『ウワバミさけのみ隊』のチーム名に少しだけ硬直しつつ、桃子も女児たちに混ざって対戦アクションゲームに勤しむのだった。

 

 

 

 夕食後は、名波家のやけに大きな風呂に一緒に入ることになった。

 名波家の浴槽は非常に大きく、これが大人の集まりだったならば皆して静かに湯に浸ったことだろうが、さすがは女児のパワーは違う。湯船の中でもマシンガントークは健在だ。

 

「モチャゴン、凄かったよねー! そうだ、そうだ、本当に凄いんだよ、桃子ちゃん。なんと長崎ダンジョンで大活躍したモチャゴンってね、ここのお家に飾られてるモチャゴンを、茉莉子ちゃんの力で動くようにしたんだって! ……あ、これって言っちゃ駄目なことなんだっけ?!」

 

「う、うん。でも、桃子ちゃんは知ってるから大丈夫だよ」

 

「あ、そっか。桃子ちゃんはギルドの女スパイだし、それくらいのことは当然知ってるんだよね! ふう、茉莉子ちゃんの家の秘密をいきなりばらしちゃったかとおもって、あせっちゃった」

 

 女三人よらば姦しい、という言葉があるけれど、女児が三人いれば騒がしくなるものだ。もっともその会話のほとんどは日葵だが。

 そして日葵の語る話題の中心は、やはり日本ダンジョン界の危機と呼ばれたあの日の出来事だ。

 

「まさか茉莉子ちゃんの家にあるモチャゴンが巨大化して魔物を撃退してくれるだなんて、普通思わないじゃん! 私、あの日は夜中に茉莉子ちゃんに電話しちゃったからね。ごめんね茉莉子ちゃん」

 

「ううん、あの日は私も……とてもじゃないけど、眠れなかったから」

 

 桃子はこの話題は下手なことを言えないので、聞き手に徹している。

 ただでさえ身分からなにから偽っている所にこれ以上の嘘を重ねるのは気が引けるが、本当のことはとてもではないが言うわけにはいかないのだ。

 

「あの日はどのチャンネルもダンジョン一色だったし、金曜日だったからさ、私も初めて徹夜しちゃった。お母さんたちもあの日は一緒になってテレビに齧り付いたんだよっ。桃子ちゃんは、あの時はどこにいたの? ギルドのお仕事中だったの?」

 

「あはは、まあ……そうだね。そっち関係の人たちと、色々やってたからなあ」

 

 さすがにここで、お化けになって旧校舎の給食室でカレーを食べていた、とは言えない。言ったとしても別な意味で心配されるのがオチだ。なので、桃子はここは日葵の勘違いに乗っかる形で頷いた。

 真実を知る茉莉子も口を閉ざしているし、何も知らないはずの日葵も、桃子にそれ以上の詮索はしなかった。日葵は口を滑らせることこそあるけれど、本来はきちんと分別がある子なのだ。女スパイを詮索したりはしないのだ。

 こういうときに、機密事項が多そうな『ギルドの女スパイ』という立場は便利である。無論、そんな事実はないのだが。

 

 湯船に浸かり、目を閉じる。

 日葵の楽しげな声に紛れ、天井から水滴が落ちる音がぴちょんと聞こえる。風流だなと、桃子は思った。

 だが、風流な中でも日葵のテンションはゴキゲンだ。

 

「私もさ、十四歳になったらダンジョンに潜るよ。火の魔法は使えるはずだし、茉莉子ちゃんの足を引っ張らないくらいに強い魔法使いになるからね! 目標は、あの事件のときの、新宿ダンジョンで空飛ぶドラゴンを焼き尽くしてた魔法使いの女の人!」

 

「そうきたかー」

 

「え、桃子ちゃん何か言った?」

 

「ううん、なんでも。そろそろカレーかなあって思ったのが口に出ちゃったかな?」

 

「桃子ちゃんって本当に、相変わらずカレーが大好きなんだね」

 

 新宿ダンジョンでドラゴンを焼き尽くしていたのは、もちろん同僚の柿沼和歌その人である。

 まさか日葵も、今日の昼にカメラを構えてテンションを弾けさせていた不審な美人が、新宿ダンジョンの地形を【フレアバースト】で破壊していた人物だとは思うまい。

 桃子は湯船に浸ったまま。日葵の憧れを守るために、そのことは今は秘密にしておこうと心の内で決めた。

 

 

「あの、桃子ちゃんは、さ……」

 

「えっ?」

 

 ふと、日葵が言葉少なに声を零した。

 日葵が黙り込んで言葉を選んでいるのをみて、桃子は珍しいものを見た気持ちになる。

 

「私たちが探索者になって、沢山経験を重ねていってさ。いつか、すごい有名な、一流の探索者になったらさ。私たちも……桃子ちゃんとも一緒に探索できるかな。ギルドのスパイっていうのは知ってるし、無理にとは言えないんだけどさっ」

 

「うん。私も、いつか桃子ちゃんと一緒に、ダンジョンに入れたらいいな……」

 

 日葵に続いて、茉莉子までもが桃子を見つめる。

 二人とも、いまは十二歳。ダンジョンに入るには、あと二年は待たないといけない。

 小学校を卒業したばかりの二人にとって、二年はとても、とても長い時間だ。

 

「大丈夫だよ、大丈夫。私はずっとダンジョンで、立派になった二人と一緒に冒険できる日を待ってるからね」

 

 六年生にしてすでにスキルを発現させた二人だ。探索者としての素質は申し分ないと、二人の能力を調べた奈々が語っていたのを桃子は聞いている。

 だから、いつの日か。この二人が立派な探索者になる日が来ると、桃子は信じている。

 手を伸ばして撫でた頭は、シャンプーをした直後なのでしっとり濡れていたけれど。

 桃子は思い詰めた表情の女児ふたりの頭を撫でて、慰める。お姉さんとして、慰める。

 

「あのさ、桃子ちゃんってたまに本当にお姉さんみたいなときがあるよね。もしかしてだけど、普段から小さい女の子たちのお世話とかしてたりするの?」

 

「あはは、内緒だけど……当たらずとも遠からず、かなあ」

 

 小さな女の子。日葵もまさか、桃子が普段から手のひらサイズの小さな女の子のお世話をしているとは思うまい。

 唐突に勘の良さを見せる日葵にぎょっとしながらも、桃子は心の中でひとりごちる。

 

(私にとっては、日葵ちゃんも茉莉子ちゃんも、小さな女の子なんだけどね)

 

 桃子のそんな心の声は、誰にも届かずに。

 卒業の日の夜は、静かに、そして楽しく過ぎていったのだった。

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