【本編完結】 ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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柚花マンション

「うわー!? すごいじゃん、一等地じゃないの? ここって」

 

「まあ、一等地かどうかはともかく、立地はいいと思いますよ。数年前に完成したマンションですから劣化もありませんし」

 

 三月も終わる頃。桃子と柚花は、千葉の市街の外れにあたる区画を歩いていた。

 住宅地というほど閑静ではないが、商業地区や自然公園が近くに揃っており、大型駅にも徒歩で行き来できる距離なので、生活する分には申し分ないと言えるだろう。

 普段は訪れることのない町並みに、桃子はきょろきょろと落ち着きなく周囲を見回している。

 

 この日の目的地は、この春から柚花が一人暮らしをするというマンションだ。

 新しく契約した部屋に柚花の荷物が運び込まれた直後らしく、桃子はその荷ほどきを手伝いに訪れたのだ。

 そして今、桃子はその柚花が住むというマンションを見上げて、驚きの声をあげる。

 

「うわー!? 柚花、オートロックだよオートロック! ぼんやりしてたら閉め出されちゃうやつでしょ? 大丈夫?」

 

「先輩、今の時代にオートロックくらいでそんな驚かないでくださいよ。あと私はそんなヘマはしません」

 

 このマンションは桃子の住んでいるアパートとは比べものにならないような、いわば高層マンションだった。

 どう見ても女子高生――いや、四月からは女子大生だが、どちらにせよ学生の一人暮らしとして選ぶような建物ではない。

 世界魔法協会の仕事も請け負っており、ギルドからは個人指名の依頼が来るほどの高ランク探索者である柚花がお金に困っていないことは知っていたけれど、いざ高層マンションを前にした桃子は驚愕を禁じ得ない。柚花は本当にお金持ちだった。

 しかも、今いる道の先を見れば――。

 

「うわー!? 柚花っ! この通り、真っ直ぐいくと知らないカレー屋さんがあるよ! ちょっとちょっと、どうしよう!!」

 

「どうもしませんよ」

 

 一刀両断された。

 

「待って待って、反応があっさりしすぎじゃない? カレーだよ?」

 

「どうもしませんから行きますよ」

 

「ええっ、柚花?! 柚花?!」

 

 桃子はカレーに対しては、人一倍に敏感であった。

 だが残念ながら、カレー屋発見のニュースは柚花に一刀両断された上に、桃子はそのまま首根っこを引っ張られるようにしてマンション内へと連れ込まれてしまうのだった。

 途中でこのマンションの住民らしき年輩の夫婦とすれ違った際、彼らは首根っこを掴まれて引きずられる桃子(20)を微笑ましそうに眺めていたのは気のせいではないだろう。

 

 

 

 柚花に連れられて、エレベーターで上階へと向かう。

 さすがに最上階などではなかったが、それでもなかなかの高さでエレベーターは止まり、扉が開く。

 桃子は共用通路の窓から外を覗き見れば「はえー」とその高さに感嘆の声をあげ、通路にある住居者向け案内看板を見れば「なるほどね」と知的に頷いてみせ、そして最終的には柚花に手を引っ張られて通路を進んでいく。

 

「先輩、迷子にならないように手を繋いで歩きましょうか」

 

「あはは、柚花ったら冗談がうまいなあ」

 

「先輩ほどじゃないですよ」

 

「えへへ、褒めてもなにも出ないよ? それよりさ、私、工房でもよく荷ほどきしてるから、荷ほどきでは頼っていいからね」

 

「頼りにしてますね。まあ、一人暮らしなので荷物はそんなにありませんけど」

 

 共用通路には同じデザインの玄関扉がいくつも並んでいる。

 このうち一つが、柚花の住む部屋へとつながる扉なのだと、桃子は位置を忘れぬよう周囲の景色を確認する。だが周囲は同じ扉だらけなので、覚えるのは難しそうだった。

 すると、柚花がそのうち一つの扉の前で立ち止まり、懐から鍵を取り出した。どうやらそこが柚花の部屋らしい。表札がないのは現代ならではのセキュリティ意識の表れだ。

 

「ここかあ。こんな高層マンションの部屋に入るのって初めてだし、少し緊張してきちゃった」

 

「でも先輩、お友達の家とか行かなかったんです? 聖ミュゲットに通ってる子たちなんて、お屋敷住まいのお嬢様だらけじゃないです?」

 

「そりゃ友達の家くらい行ったことあるけどさ。この前も大きなお屋敷にお泊まり会をしたばかりだし」

 

「小学校のお友達じゃないですかそれ」

 

 聖ミュゲット時代の友人たちは柚花の言うとおりお嬢様が多く、例に違わず立派な家に住んでいた。あるいは、つい先日もお泊まり会をした名波家も非常に立派なお屋敷だ。

 ただ、桃子としては『立派なお屋敷』と『オートロックの高層マンション』は全く違うのだが、柚花にはいまひとつそのニュアンスの違いは伝わらなかったようである。

 

 

 

 そのような雑談を続けながら、二人は玄関のドアをくぐり、二人が余裕で並べる玄関で靴を脱ぐ。

 備え付けの靴箱などはあるけれど、やはり本当に引っ越しの荷物が届いた直後らしく、実にガランとした空間だった。室内には中身の入っていない本棚や作業机が並んでいる。

 廊下を進んで更に室内をのぞくと、壁際にいくつかのダンボールが積まれているのが見える。

 

「本当にまだ全部ダンボールなんだね。私はどうすればいい?」

 

「じゃあ、台所と水回り用の箱からお願いします。中身は適当に備え付けの棚に並べちゃっていいですよ」

 

「はーい」

 

 柚花に言われるがままに台所に向かうと、そこにもいくつかのダンボールが置かれていた。マジックで一つ一つ『食器類』『調理家電』などと記入されているのでわかりやすい。

 桃子は最初の一手として、おもむろにすでに設置されていた冷蔵庫をあけて覗いてみるが、まさかの空っぽだった。食材は引っ越してから買い揃えるつもりだったのだろう。

 桃子は心の中で「あとでカレーの材料を買いに行かなきゃね」と、頼まれもしないのにこの日の予定を立てはじめていた。

 

 

 

 ピンポーン

 

 室内のインターフォンが鳴ったのは、桃子がダンボールの中の小物類をすべて棚に移動させ、残る電子ジャーと電気ケトルの配置をどうしたものかと四苦八苦していた時のことである。

 桃子は内心、高級マンションでもインターフォンは同じような音なのだなという庶民的な感想を浮かべながら、居間で荷物整理をしていた柚花を振り返る。

 

「柚花、今のピンポンってお客さん?」

 

「特に来客予定はないですけど、誰でしょうね。勧誘とかだったら居留守を使いますよ」

 

 どうやら柚花も思い当たる来客はいなかったようで、訝しげに眉をひそめつつも、壁に備え付けられたモニタを覗きこんでいるところだった。

 桃子も後ろからそれを覗き込むと、そこに映っているのはどことなく柚花にも似たような大人の女性の姿だ。桃子には思い当たる相手はいなかったが、しかし柚花は――。

 

「うそ、お母さん、なんで?!」

 

 柚花が驚きの声をあげて。

 それを聞いた桃子もまた目を丸くして、目の前の後輩と画面に映った女性とを、交互に見比べていた。

 

 

 

 

「ちょっと房総の方の取引先に用事があったのよ。そのついでに様子を見に……って、あら?」

 

 玄関から顔を出したのは、桃子とは初対面となる柚花の母親であった。

 柚花の年齢からして40代ほどなのだろうが、柚花と同じ艶やかでぱっちりとした瞳が特徴的で、年齢以上に若々しく見える。

 柚花の母は、柚花の後ろからちょこんと顔を出した桃子に気がつくと、目を丸くして一時静止する。

 

「あ、お邪魔してます!」

 

「……も、桃子ちゃん?!」

 

 桃子が慌てて頭をさげると、桃子が名を名乗る前に、柚花の母は桃子の名を当ててみせた。名前を言い当てられた桃子はきょとんと目を丸くする。

 しかし、おそらく柚花が写真などで紹介してくれていたのだろうとすぐに思い直し、慌てて自己紹介をする。

 

「はい! 柚花さんにはいつもお世話になっています、聖ミュゲットで二学年上でした、笹川桃子と言います、よろしくお願いします!」

 

 桃子は名を名乗ってから改めて、ぺこりと頭を下げる。

 経験上、初対面の人間は桃子を小学生か何かだと勘違いしがちなので、最初に年齢と身分を述べるのは大切なのだ。

 だが、柚花の母は桃子の名乗りを聞いているのかいないのか、半ば呆然とした顔で、桃子を見つめていた。

 

「ええ、ええ。柚花から聞いてたけど、本当に、本当にあの時の――」

 

「ちょ、お母さんストップ! 機密事項! パラドックスが起きちゃう!」

 

 何か言い掛けた母を、柚花が慌てて止めに入る。

 挨拶を交わすだけでパラドックスが起きるとは、いったいどういう家族なのかと思う。

 

「柚花? どうしたの?」

 

「すみません先輩、ちょっとだけ失礼します。適当に待っててください!」

 

「あら、まあまあ、ごめんなさいね桃子ちゃん」

 

 そして、きょとんとした顔の桃子を残したまま。

 柚花とその母は、なんだかやけに慌ただしい様子で、そそくさと玄関扉の向こうへと消えてしまった。

 

「行っちゃった……」

 

 取り残された桃子は、再び電子ジャーと電気ケトルの配置と、この日のカレーの献立に頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 しばらくしてから柚花は戻ってきたのだが、柚花の母はすでに取引先へ行ってしまったということで、戻ってくることはなかった。

 結局、何がなんだか分からないままに桃子と柚花の母の邂逅は終わりを告げた。

 

 桃子が腑に落ちないものを感じつつ、未だに電気ケトルの置き場所に迷っていると、柚花が「こっちでいいですよ」と桃子の手からケトルを取り上げて居間に持って行ってしまった。

 ケトルが消えたので、これにて桃子が任せられた水回りの整理は完了だ。

 

「柚花ってお母さん似?」

 

「顔つきはそうかも知れませんね。でもお母さんはちょっと抜けてるところあるので、性格は父親似って言われますけど」

 

「あはは。今度さ、柚花のご両親にもきちんと挨拶しておきたいな。先輩としてはきちんと日頃のお礼も言わないといけないもんね」

 

「まあ、駄目ってことはないですけど……ちょっと都合が悪いところもあるんで、そのうち機会をつくるので、そのときでいいですか?」

 

「うん、まあ無理にとは言わないけどね」

 

 作業が一段落した桃子は、寝室周りを整えている柚花の様子を、ベッドの端に腰を下ろして眺めている。

 柚花のベッドはこの一人暮らしのために新しく購入したもののようで、一人暮らしだというのに余裕のあるダブルサイズだ。傷一つないヘッドボードの木目が、艶やかに存在を主張している。

 ぬいぐるみ一つない寂しいベッドなので、桃子は近い内にぬいぐるみを持ってきてあげようと心に決めた。

 

「それにしても、ここならカレー屋さんも近くにあるから、カレーに困ることがなくていいよね」

 

「すみません先輩、私はカレーに困ったことはないですね」

 

「そう? まあ、柚花は妖精の国で沢山カレー食べてるから、カレーが足りてるのかな?」

 

「むしろカレー以外の食べ物が不足してるんですけど」

 

 柚花は休憩なのか、室内の整理の手を止めて。ダブルベッドに座る桃子の横に腰を下ろしたかと思うと、そのまま後ろに寝転がる。桃子も柚花に引っ張られてベッドに転げる。

 広いベッドなので、小柄な桃子が一緒に寝転がっても全然スペースに余裕があった。

 

 ぼよん ぼよん

 

 桃子はベッドのバネの反発に揺られて楽しげに笑いながら、先ほどから考えていたことを柚花に述べる。

 

「そうだそうだ、話は変わるけど、部屋が整ったら外にカレーの材料を買いに行こうよ!」

 

「先輩、さっきと何も話は変わってませんよね? カレーの話しかしてませんよね? あと、もう少しムードを考えません?」

 

「えー? じゃあ、タンドリーチキンとかカオソーイとかにする? 知ってる? タイのほうのスパイスたっぷりの麺料理なんだよ? アジアンなムードだよ?」

 

「それってカレーの亜種みたいなものじゃないですか。ほぼ変わってません。駄目です」

 

「えー、判定厳しすぎない?」

 

 結局、ダブルベッドでごろごろとしながら、二人でカレーの話をする。

 桃子がカレーの話で盛り上がり、柚花が呆れ半分でツッコミをいれる。初めて訪れた部屋だけれど、いつも通りのやりとりで、いつも通りの楽しい時間だった。

 

 だが桃子はふと思いついて、ジッと柚花を見つめて本当に話題を変えた。

 

「ねえ……柚花」

 

「あ、はい……先輩」

 

 柚花はごくりと唾を飲む。

 

「今度さ、ここにヘノちゃんとニムちゃんも連れてこようよ。一緒にベッドでごろごろしない?」

 

 柚花はベッドに突っ伏した。全身全霊でがっかりしている。

 

「あーもう。先輩の頭のなかは本当にカレーと妖精で占領されてるじゃないですか」

 

「やだなあ、柚花だってちゃんといるよ? 三権分立してるよ?」

 

「妖精はともかく、カレーと同格扱いは普通に不本意なんですけど」

 

「えー?」

 

 本気で困惑した声をあげる桃子のリアクションに、柚花はため息を一つついた。そして、気を取り直してがばりと起き上がる。

 

「まあでも、ニムさんたちを連れてくるのは賛成です! 今までは家が遠くて無理でしたけど、房総ダンジョンに近いここならそれも可能なんですよね」

 

「おっ、柚花もわかってくれた?」

 

「決めましたよ。今日は今からニムさんたちのベッドを買いに行きましょうか。いっそ、シルバニア的な妖精サイズのハウスも買っちゃいましょう! めっちゃ高いやつ!」

 

「うわ、柚花ったら強気じゃん! あともちろん、カレーの材料も買おうね!」

 

「……まあ、考えておきます」

 

 そんな風にして。

 柚花の新しい生活は、妖精ハウスの購入計画と。

 そして桃子による有無を言わさぬカレー攻勢とともに、めでたくスタートするのだった。

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