【本編完結】 ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ティタニア。せっかくですし、生まれ変わった妖精の国を見て回ってきたらいかがですか?」
それは、ジャバウォックとの戦いからしばらく経った、ある日のこと。
娘であるティタニアの様子を見に来たりりたんが、相も変わらず玉座で静かに過ごしていたティタニアにそう声をかけたのだ。
「しかし、お母様……」
「大丈夫です。地上のダンジョンは――探索者たちは、強さを証明しました。異常な瘴気の根元たるジャバウォックも消え去りました。ですから、あなたはもっと自由にして良いのですよ」
日本のダンジョンは、あの日から大きく様変わりした。
それは人間たちの心の持ち様やダンジョンへの認識という意味でもそうなのだが、実際に、ダンジョンの浄化システムに変化があったのだ。
具体的には、そのすべてを妖精女王ティタニアの庇護下として浄化するのをやめたのだ。
もちろん全く浄化をしなくなるわけではないのだが、今までの半分くらいの浄化で、あとは探索者や守護者たちに任せる方針に切り替えたのだ。
結果として各地のダンジョンには魔物の出現が増え、探索者にとっての危険性は増すことになるだろう。
だが、各地に守護者が生まれ、邪竜の介入が消え、探索者たちも強くなった今の日本ならば、「もう大丈夫だ」というのがりりたんの判断だった。
とはいえ、今までずっと自らダンジョンを浄化し続けていたティタニアにとっては、唐突に自由時間が増えたとしても、逆に何をすればいいのかわからない。
なので、りりたんはわざわざティタニアの背中を押しに来たのである。
「……はい。では、少しだけ、お散歩に行ってきますね」
「ふふふ。楽しんでくださいね」
ティタニアが最初に訪れたのは、この日は桃子が宿泊していたはずの客室だ。
「桃子さん、新しい寝室の具合はいかがですか?」
「あ、ティタニア様! とても素敵です! この人間を駄目にするベッドが復活してて、とても嬉しいです!」
「……?」
扉の向こうでは、桃子がヘノ、そしてニムとともにベッドに寝転がっているところだった。
ティタニアの姿に気づいた桃子はすぐに上体を起こし、にこやかに笑いかける――が。
その発言に、なんだか引っかかる部分がある。ティタニアはつい、聞き間違いだったかと首を傾げる。
「女王も。せっかくだから一緒に寝て。人間を駄目にしてみたら。どうだ」
「で、でも、女王様は……人間ではないので、駄目にはならないかもしれませんねぇ……」
「それも。そうか」
「え、あの、ヘノ? ニム? 先ほどから言う『人間を駄目にする』というのは、何かしらの呪術か何かでしょうか?」
やはり聞き間違いではなかった。
ティタニアはどこか慌てたように、桃子の横でベッドに埋もれていた娘たちにも声をかける。
ここはもともとティル・ナ・ノーグ時代に、人間の子供であったクリスティーナが快適に過ごせるようにと設計され、作られた部屋だ。
決して、クリスティーナを駄目にする部屋ではないし、少なくともクリスティーナは駄目な人間にはなってはいない。
しかし、ティタニアに問われたヘノとニムは、不思議そうな顔で互いの顔を見合わせている。
「それはもちろん。桃子が。駄目な感じになっちゃった。原因っていうことだろ」
「うぅ……桃子さん、随分と駄目になっちゃいましたねぇ……」
「待って待って」
これに驚いたのはティタニアではなく桃子だった。
話題の中心、『人間を駄目にするベッド』。
それは、桃子が「お餅とマシュマロと綿菓子をあわせたようなベッド」を指すときに使う表現である。
桃子の認識としては褒め言葉ではあるのだが、妖精たちは言葉どおりに「桃子が人間として駄目」なのだと受け取っていた疑惑がある。
桃子は慌てて、これ以上不名誉な認識が広まらぬようにストップをかけた。
そして、「ベッドに一生寝ていてもいいと思えるほど気持ちいいこと」、「地上ではずっと寝ていて起きてこない人間を、俗に駄目人間と言うこと」、「ベッドに対して使うときは、れっきとした褒め言葉であること」を妖精たちに言い聞かせていく。
「だからね、私が駄目な人間なわけじゃないの。そこはとっても重要だからね? わかった?」
しかし、妖精二人は顔を見合わせて、二人で首を傾げ。そしてジッと、桃子の顔を見上げた。
その目は間違いなく「朝、ベッドから起きてこない桃子は駄目人間じゃないのか」という疑問を湛えていた。
桃子はひたすら目を泳がせながら、ジッと無言で見つめてくる妖精たちと視線を合わせないように、とても頑張っていた。
そして。そんな風景を静かに眺めていたティタニアは。
「桃子さんたちも、いつも通りで安心しました」
笑顔でそう伝えると、そっと客室から退室し。
視線をさまよわせたままの桃子を客室に残して、さっさと次の場所へと向かうことにしたのだった。
ティタニアが次に向かったのは精霊樹だ。
先の戦いで大きなダメージを受けてしまった精霊樹。
あれからというもの、その根本には植物の力を司る妖精たちと、成り行きでこの地に定着しているアルラウネが日課のように精霊樹に力を注ぎ、その再生に一役買っていた。
そして今日もまた、植物の力を司る妖精たちが集まり、何やら話し込んでいる様子が見えた。
「ククク……やはり、毒草をもう少し……」
「駄目だヨ。それより、色んな葉っぱを融合するほうが便利だヨ」
「んふふ♪ お酒の原料になるような植物もあればうれしいわね♪ 果実でもいいわよ♪」
「リリリィ……リリリィ……」
ティタニアの耳に、三人――いや、四人の話し声が届く。
聞こえてくる言葉の端々に『毒』だの『お酒』だのと混ざっているが、ある意味いつも通りのやりとりなので、今更そこに何か思うところはない。
虹色の翅をふわりと羽ばたかせて、ティタニアは四人の横に降り立った。
「皆さん、アルラウネさんを囲ってどうしたのですか?」
「おやおや……ようこそ母上。今は皆で、キメラアルファ――いや、アルラウネの成長方針について考えていたところさぁ」
「成長方針……ですか?」
ティタニアは、素直な疑問と共に首を傾げる。
この緑色の幼女、アルラウネというのは筑波ダンジョンのライチ博士のもとで誕生した存在である。彼女は純粋な魔法生物ではなく、科学と自然、神と妖精、そして今はそこに怪異という特殊な力までが加わってしまった、意味不明なハイブリッド存在なのである。
なので、実を言えばティタニアはアルラウネという存在について、あまりよくわかっていないのだ。
「ククク……『怪異』となった以上は、もう少し人間たちのいるダンジョンに姿を見せた方が良いからねえ」
「なるほど。人間の認知が必要なわけですね」
薬草の妖精ルイの語った言葉は実に理にかなったものだった。
魔法生物と違い、怪異という存在は人間たちの想いの力を糧とする。しかしそれは逆に言えば、その存在を信じる人間がいなくなれば、その力は失われてしまうのだ。
だからこそ、定期的に人間に目撃されて、その存在を匂わせる必要がある、という話だった。
「その際にだねぇ。彼女を構成する植物に、もっと毒草を増量して、毒花のアルラウネにしようという計画さぁ」
それまでは納得のいく話だったのだが、なんだか方向性が変わってきた。
少なくとも、『毒花の』という響きは、その前の話には無関係だったはずだ。おや、と。ティタニアは軽く首を傾げる。
「違うヨ。もっと普段から便利な葉っぱをいっぱい集めて、万能のアルラウネにしようっていう話だヨ。薬草だけじゃなくて、くっつくのとか、虫除けとか、乾かすといい匂いがする葉っぱとか、色々あるのヨ」
アルラウネの今後のため、人間に認知される必要がある。そこまでは理解できた。
だが、薬草程度ならまだしも、日常的に便利な葉っぱを彼女に追加する必要性まではわからない。
ティタニアは、やはり軽く首を傾げる。
「んふふ♪ お酒のアルラウネよ♪ お酒の原料になれば、どんなのでもわたしはかまわないわ♪」
クルラの発言は予想していたものだったので、首を傾げることはない。彼女はお酒があれば幸せなのだ。
母として、このお酒に溺れすぎている娘はどうしたものかと思わなくもないが、思えばティル・ナ・ノーグにもクルラに勝るとも劣らないお酒まみれのワイン妖精がいたのだ。
だからこれはきっと、仕方がないことなのだなとティタニアは諦めている。
そして結局、途中からは何を議論しているのかよくわからないままである。
気づけば話題はただの、好きな葉っぱの押しつけ合いになっていた。
「リリリィ……リリリィ……」
話の中心にいるはずの緑の幼女だけが。
周囲の話をちっとも理解していない顔で、笛のような不思議な音色を鳴らし続けているのだった。
再び妖精の国を見て回っていたティタニアを呼び止めた声は、よく知った娘の切羽詰まった声だった。
それは、助けを求める声だった。
「あっ、女王様、どうか助けて欲しいんだよぉ」
「ノン? 何事ですか?」
「こっちで、大変なことになってるんだよぉ……!」
娘の中でも随一の常識的な思考回路を持っている、大地の妖精ノン。彼女が半泣きになりながら、ティタニアに助けを求めにきたのだ。
先日あった小妖精たちの輪投げイカサマ発覚事件と同等か、あるいはそれ以上の事件の可能性を視野に入れたティタニアは、すぐにノンとともにその『大変なこと』の、事件現場へとむけて飛んでいった。
そして――。
「あ、あれを見てほしいよぉ」
「なんですか?! あ、あれは一体……」
半泣きのノンに案内された場所。そこには、ティタニアでも困惑せざるを得ない光景が広がっていた。
刃が空を向く形で大地に突きたった、いくつかの剣。それはまるで、黒魔術の儀式のような光景だ。
さらに、それぞれの刃に突き刺さっているものは。
それは、間違いなく何かしらの肉片だ。
「ハンバーグと剣が、ドッキングだ、ね!」
空へと突き立った刃に、一つずつ突き刺さっていたそれは――。
ハンバーグ。
人間たちが、主にミンチにした肉を整形し、それをフライパンで熱したものだ。さすがのティタニアもハンバーグくらいは知っているし、クリスティーナの料理、あるいは桃子のカレーの具として食べたこともある。
しかしティタニアは、目の前の光景に息を飲むしかできなかった。
「すごいな! ハンバーグの剣だな! 最強じゃないか!!」
「なるほど。剣の先から肉汁が滴り落ち、ただごとではない『凄み』を感じるのでは、ないかな?」
「これはすごいよ、ね!」
『はんばーぐのけん! はんばーぐのけん!』
『すごみでは、ないかな! ないかな!』
恐らく、ドワーフの祭壇に捧げられていたのだろうハンバーグを、一つずつ。地面に突き立った剣の刃に、突き刺しているのだ。
娘たちはそれを見て大はしゃぎしているし、その周囲では小妖精たちまでもが盛り上がっている。
意図がわからない。
意味がわからない。
娘たちの考えがわからない。
「ノン。あれはいったい……?」
「全然わからないよぉ。もう、私だけであの集団をどうにかするのは無理だよぉ。どうつっこめばいいのか、教えてほしいよぉ」
「そ、それは……」
そうは言ったものの、ティタニアとて、どうすればいいのか誰かに教えてほしい気持ちでいっぱいである。
こういうときこそ、ニムのパートナーである柚花が早くダンジョンにやってきてくれることを願わずにはいられない。
彼女ならばおそらく、烈火のようなツッコミで、このような禍々しい空気をどうにかしてくれたはずだから。
「お母様。娘たちは色々と意味不明なところはありますが、いつも通り楽しそうでした。私も、母として安心です」
一通り散歩を終えて。
女王の間でひとり本を読んでいたりりたんに、ティタニアが伝えた言葉はそれだった。
いつも通り。ティタニアは、目撃した妖精たちの奇行をその一言で片付けた。そしてそれは悲しいかな、事実でもある。
「ふふふ。ティタニアはいい子ですね。」
「はい、お母様」
そして、この日の妖精たちが相も変わらず妙なことをやっていたことに気付いていたりりたんも、それに対してなんの疑問も抱かない。
りりたんは、ティタニアに甘いのだ。
そんな風にして、不毛で、雑で、ときおり意味不明な妖精たちの時間は、今日も平和に過ぎていくのだった。
なお、後日。
「ティタ、梨々。アンタら揃って娘に甘すぎなんだよ。そんなんだから妖精たちが変な子ばっかりになってんだぞ」
妖精の国にて、ティタニアとりりたんを並べて説教をする大神檸檬の姿があったのだが、それはまた別の話である。