【本編完結】 ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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ポンコと不思議のダンジョン

「本当っすか?! 新しいダンジョンっすか?!」

 

「うん、そうなんだよね」

 

 四月、妖精の国。

 花畑を歩いている桃子の横では、和風の着流しにスカジャンとハイソックスを合わせた化け狸の少女ポンコが興奮気味に声を荒らげていた。

 

「気になるっす! 新しいダンジョンのお話、聞かせて欲しいっす!」

 

「それがさ、なんかジャバウォックの事件で日本中のダンジョンが活性化したらしくてね? もう何カ所か、新しいダンジョン洞窟が見つかってるんだよ」

 

「そうなんだぞ。妖精の国にも。新しい光の膜が。増えてるんだ」

 

「そうなんすか?!」

 

 実は最近、日本のダンジョン庁、そしてその傘下たる各地のギルドは多忙を極めている。

 というのも、まさにいま桃子が語った通りで、本州の数カ所で新たなダンジョン洞窟がいくつも発見されているのだ。

 その変化は当然ながら地上だけではない。ティタニアの庇護範囲内に新たなダンジョンが増えたのならば、この妖精の国から繋がる出入り口も自然に発生している、というわけである。

 

「とは言っても、新しい場所のほとんどは数百メートルも潜れば行き止まりになっちゃうような、小さいダンジョンで――」

 

 桃子は花畑を歩きながら、ポンコに最近のダンジョンに関するニュースを語って聞かせた。

 

 今から十数年前に、『チェンジリング』という事件で知られたダンジョン洞窟がある。

 中で迷いようもない小さな洞穴のなかで、赤ん坊が忽然と行方不明になった。いくら探しても見つからなかった赤ん坊だが、数日後にその瞳が黄金色に変化した状態で帰ってきたという不思議な事件だ。

 その舞台となった洞穴のように、ダンジョンではあるものの、ダンジョンとしては扱われていない場所。いわば『準ダンジョン』と呼ぶべき洞窟が今、本州の数カ所で発見されて話題になっている。

 

「――っていうのが、あくまで地上で見つかってるダンジョンの話。おかげで柚花は今、大忙しなんだよね」

 

「へえ、そうなんすか?」

 

「うん。柚花はギルドの依頼でその洞窟の安全性を【看破】で確認するために、北から南まで飛行機で飛び回ってるの。せっかくの春休みが潰されたってぼやいてたよ」

 

「飛行機なんて乗らなくても。妖精の国からだったら。すぐに見に行ける場所なのにな。人間は大変だな」

 

「うん。柚花って人間だから、そういうところ大変なんだよね」

 

「ポンたちは人間じゃないから、その点は気軽でいいっすね」

 

 花畑を歩きながら、さも他人事のように人間について語る三人。そこにつっこみを入れるものなど、誰もいない。

 途中ですれ違ったノンだけが、何かを言いたげに桃子に視線を送っていたが、それだけだ。

 

「まあそれはそれとして、私たちが今からいくのは、それとはまた違う……ちょっと変わった場所らしいんだよね」

 

「変わった場所っすか?」

 

 ポンコの問いかけに、桃子はちらりとヘノをみる。

 どうやらヘノのほうが、今から行く場所については詳しい様子だ。

 

「それも新しく増えた場所だぞ。見た目は森の中なんだけど。進んでも。進んでも。ずっと同じ場所をぐるぐるして。何にもわからない変な場所があるんだ」

 

「ほえーっすね」

 

「それでね、私はまだそこを見たことないから、今から行ってみようかなって」

 

 そう。いま桃子とヘノが向かっているのは、妖精の国から新たに行けるようになったというその『変な森』である。

 ヘノも含めた何人かの妖精たちがすでにそこを偵察してきたのだが、彼女らの眼を持ってしても、そこに何が起きているのかが『わからない』のだそうだ。

 

「ティタニア様が言うには、多分、現地に強い力を持つ誰かがいて、部外者の介入を拒んでるんじゃないかって。悪い感じじゃないらしいんだけどね」

 

「そんなことがあるんすか?」

 

「それこそほら、香川ダンジョンもちょっと前までは妖精の国からの移動を拒んでたでしょ? 今でこそ化け狸と妖精は仲良くしてるけど」

 

「そうだぞ。はじめは。お前ら。かなりヘノのことを警戒してただろ」

 

「あー、そういえばそうだったっすね! 忘れてたっすよ!」

 

 つまり。

 今から行くダンジョンには、化け狸に匹敵するような『何か』がいるかもしれない、ということでもある。

 もっとも、すでに妖精たちが散々調べた上で危険性は見つかっていない上、りりたんやティタニアからストップもかかっていないので気楽なものだ。今日の桃子はちょっとしたピクニック気分である。

 

「そんなわけでさ。せっかくここで会ったんだし、ポンコちゃんも一緒にいかない?」

 

「もちろん、行くっすよ!」

 

 花畑を歩きながら、どうして桃子がポンコに長々とダンジョンについて語っていたのか。

 それは単に、修行が休みの日に妖精の国へ遊びに来ていたポンコが、偶然近くを歩いていたからである。ポンコの同行に至った理由は、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 だが、そんな偶然が、大きな必然につながるなどとは。

 このときの桃子は、夢にも思っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ここがその不思議なダンジョンすか? 見たところ、普通の森の中みたいっすね」

 

「クルラやルイが言うには。不思議な力で。閉ざされた空間になってるっていう。話だぞ」

 

「とりあえず、歩いてみよっか」

 

 妖精の花畑から出た先は、鬱蒼とした森の中の獣道のような場所である。

 木々は高く、地面は舗装などされていない。また所々にわき水が流れていて、その周囲の地面はぬかるんでいる。歩くときは注意が必要そうだ。

 視界が悪く先までは見通せないものの、地面にはずっと傾斜が続いており、この森が山のなか、もしくはそれに近い環境であることは予想がつく。

 が、それだけだ。

 

 一度ここを訪れたことがあるヘノを先頭に、桃子が真ん中、そして森の中でも十全に動けるポンコがしんがりの順で道を進んでいく。

 だが、まさに事前情報のとおり、進んでも進んでも代わり映えのない景色が流れているだけである。

 ヘノが言った通りで、桃子たちがいくら歩いても、逆に獣道を戻っても、あるいは横の木々を抜けても、少し進んだらまた同じ場所に戻ってしまっていた。

 

「本当になんだか不思議なことになってるけど、ポンコちゃんは、何か気づいたこととか――って、どうしたの?!」

 

 桃子は背後を振り返り、化け狸のポンコの意見を聞いてみることにした。

 妖精や人間にわからないことだとしても、獣の感覚を持ったポンコならばわかることがあるのではないか、と。

 桃子はそう思い、ポンコに意見を求めてみたのだが――。

 

「キューン……」

 

 そこにあったのは、一匹の子狸が蔦にひっかかり、逆さ吊りにされた姿だった。

 

 

 

「ポ、ポンコちゃん、大丈夫?」

 

「こいつ。なんでもないところで。なんで逆さになってたんだ」

 

「キューン、酷い目にあったっすよ」

 

 何があったのかはよくわからない。が、ポンコは伸びていた蔦に足を取られて、気づけば逆さ吊りになっていたのだそうだ。

 そんなことがあるのかと桃子は疑問に思ったものの、実際にポンコが逆さになっていたのだから仕方がない。

 

「ま、まあ……怪我がなくてよかったよ」

 

 ショックで狸姿に戻っていたポンコだが、今は再び少女姿で獣道を進んでいる。

 すると――。

 

「ふぎゃあああっ?!」

 

「えーっ?! ポンコちゃん?! 大丈夫?!」

 

「たぬき。なんで何にもない場所で。潰れてるんだ」

 

「ポンにもわけがわかんないっすよお」

 

 ヘノの言うとおり、ポンコが潰れていた。

 否、正しく言うならば、突然降ってきた大量の木の枝に埋もれていた。

 桃子はポンコが這い出てくるのを手伝いながら上を見るが、ただの森の中であり、そこには誰もいない。もちろん、木の枝が降ってくる罠などもありはしない。

 しかし、事実としてポンコの頭上からは大量の枝が降り注いでいるのだ。これは明らかに不自然であり、異常なことだ。

 

 進んでも進んでもぐるぐる回るだけの獣道。

 何もない場所で唐突に降り注ぐ木の枝。

 これはまるで、ちょっとした怪談話だ。

 桃子は「なんとかに化かされたような気持ち」とは、こういう気持ちを表す言葉なのだろうな、と。ポンコの身体中にくっついた小枝や枯れ葉を落としながら、なんとなく考えていた。

 

 

 

「キューン……」

 

「うわっ、ポンコちゃんが落とし穴に落ちてる?!」

 

「そんなところに。穴なんてあいてたのか。気づかなかったな」

 

 それからも、ただ数十メートルの獣道をうろうろと歩いていただけにも関わらず、ポンコは不運に巻き込まれた。

 今もポンコを振り返れば、いつの間にか掘られていた穴に落ちている。

 

「たぬき。お前。今日はなんだか。運が悪いんだな」

 

「本当に、なんなんすかねー」

 

「これって『運』なのかなあ……」

 

 救いがあるとすれば、その不運のどれもが子供のイタズラレベルのものということだろうか。

 悪意のある攻撃ならばヘノたちももっと本気で警戒しただろうし、のんきに探索を続けることもないだろうが、ポンコは擦り傷すら負ってはいないのだ。

 桃子は訝しげに首を傾げ、考え込む。そして可能な限り見落としのないよう、今度はポンコの後ろを歩くことにしてみたが――。

 

 

「ふぎゃっ?!」

 

「ポンコちゃんの頭に熟れた果物がっ!?」

 

「なんだこれ。甘くてうまいな。ちょっと。羨ましいな」

 

 その後もポンコに対する『悪戯』は止まなかった。

 ロープのように結ばれた蔦に足をかけて転び、塗れた葉っぱがべちょりと顔面に当たり、そして熟れた果物が頭に落ちてきた。

 

 さすがに桃子も、とうに確信していた。

 これは、何者かが意図的にポンコを狙っているのだ。

 

「ね、ねえポンコちゃん。今日はもう、妖精の国に戻らない? ポンコちゃん、絶対に誰かに狙われてるんだよ」

 

「そう言われてみたら。どう考えても。おかしい状況だな」

 

「うんうん。また出直して、鏡の妖精のミカちゃんでも連れてくればさ、悪戯の犯人くらいすぐに見つけられると思うし」

 

 桃子の言葉に、ヘノは納得したように同意を示す。

 だが、当のポンコは納得のいかない様子だった。

 

「うーん、悔しいっす! だって、だってっすよ? こんな『安っぽい悪戯』で尻尾を巻いて逃げるなんて、化け狸としての沽券が――ってぎゃーっ?!」

 

「うわーっ!? ポンコちゃーんっ!!」

 

「たぬき。おまえ。なんで急に燃え上がったんだ。どうするんだ」

 

 ポンコの「安っぽい悪戯」発言が挑発として受け取られたのか、次なる現象はとてもではないが安っぽくなどなかった。

 ポンコが唐突に燃えあがった。

 いや、厳密には『いつのまにかポンコが背負っていた薪が燃え上がっていた』だ。

 さすがにこれにはポンコも悲鳴をあげ、ヘノですら眼を丸くしておろおろとしている。

 

「ふぎゃーっ!? さすがにこれは死んじゃうっすよ!! なんなんすか? なんなんすか?」

 

「ポンコちゃん、水、水っ! ヘノちゃん、急いでニムちゃんかティタニア様を呼んできて!」

 

「わかったぞ」

 

 桃子は慌てて水筒の水をポンコにかけて、ヘノに指示をとばす。ヘノの速さならばすぐに救援は来るはずだ。

 だが、今も背中に薪を背負ったポンコは慌ててわき水のぬかるみに身を投げ出し、転げ回っている。

 

「狸に火を背負わせちゃ駄目なんすよー! たぬき鍋になったらおうどん作れないっすよーっ! せっかく揚げ物をあげられるようになったのに、災難っすよーっ!」

 

 ポンコは、やたら元気に騒ぎながら転がっている。

 

「こんなことになるなら、もっと沢山美味しいものを食べておけばよかったっす! えあろ師匠がマグマ師匠に作ってあげてたチョコレートうどんも、今思えば独特の味わいがあっておもしろかったっす!」

 

「ポ、ポンコちゃん?! ポンコちゃん?」

 

 ポンコは非常に元気に騒ぎながら転がっている。

 その間、炎がポンコの毛皮を焼くこともなく、周囲の枯れ葉に引火することもない。

 桃子がそっとポンコの炎に手を差し伸べてみるが、そこには熱を感じない。

 

 幻覚だ。

 

「……化け狸が、化かされてる」

 

 桃子はひとり、小さく言葉を呟いてから、冷静に思考を回転させる。

 一般的に、人間を化かす妖怪として化け狸は大御所だ。

 だが、桃子は知っている。

 人間たちに伝わる伝承では、化け狸と双璧をなす、人を化かす代表的な妖怪がいるのだ。

 

 いまポンコを化かしている相手が何者なのか、桃子には確証はない。けれど、確信はあった。

 だから、できるだけ大きな声で言葉を紡ぐ。

 もし相手が桃子の想像したとおりの存在ならば、きっとこの言葉に耳を傾けてくれるはずだから。

 

「あー、困ったなー。このままじゃ、ポンコちゃん特製の、とっても美味しい『きつねうどん』が食べられなくなっちゃうよーっ」

 

 ふと、周囲の森のざわめきが静かになった。

 桃子はだめ押しに、続ける。

 

「もしポンコちゃんを助けてくれたら、いつか、手作りのとっても美味しい『お揚げ』を持ってくるんだけどなーっ」

 

 数秒。

 

 ぱたりと、ポンコの炎が消えた。

 というより、そもそもポンコは背中に薪など背負っていなかったのだ。ただ一人、大声で騒ぎながら地面を転げ回っていただけであり、当然ながら怪我も火傷もありはしない。

 しいて言えば、びしょびしょで泥んこまみれで大変なことになってはいるが、それだけだ。

 

「……あれ? 火が消えたっす! 師匠、師匠がやってくれたっすか?! すごいっす! すごいっす師匠!」

 

「あ、うん。私がやったというか、なんというか……」

 

 満面の笑みを浮かべたポンコが、びしょびしょの泥んこまみれでハグをしてきたので、桃子はちょっとだけ嫌そうな顔を浮かべつつ、それでもひしとハグを返すのだった。

 

 

 

 

 

 

「うぅ……ヘノに呼ばれてきたんですけど、大丈夫そうですねぇ? なんだったんですかぁ?」

 

「あはは。ごめんね、慌てさせちゃって」

 

「結局。なんだったんだろうな」

 

「なんだか、ポンが酷い目にあっただけっすね」

 

 そして、結局ポンコと桃子の二人が泥だらけになっただけで、それ以外には何の収穫もなく一行は妖精の国へと戻ってきた。

 事情を知らないニムはもちろんのこと、ヘノもポンコも頭にハテナを浮かべており、今回の真相に思い当たったのは桃子だけである。

 

「とりあえずだけどさ。ポンコちゃんはしばらく、美味しい油揚げの『きつねうどん』が作れるように、頑張ってね!」

 

「え、なんすか? ポン、あれは名前が好きじゃないからあんまり作りたくないっすよ?」

 

「あはは、だーめ。師匠命令だから、頑張ってね!!」

 

「キューン?」

 

 

 

 

 

 そして、数日が経ち。

 その日、桃子は妖精の国を訪れた柚花に、そのダンジョンでの顛末を語っていた。

 

「あはは、ジャバウォックは倒しても、トラブルはなくならないね、柚花」

 

「ポンコさんには悪いですけど、先輩が標的にならなくて良かったですよ」

 

 あれからのこと。

 妖精の国に戻った桃子はすぐにティタニアに助言し、一時的に例の光の膜を封じてもらうことになった。万が一でもまた誰かがうっかりと踏み入って、あの地に棲むものたちの標的にされたらたまらない。

 次にあの場所に行くのは、桃子が『彼ら』に訴えたように、ポンコが美味しいきつねうどんを作れるようになってからである。

 手作りのお揚げ。それが、彼らとの歩み寄りに必要となる食材だ。

 

「まったく、『化け狐』に変な約束をしちゃって。また変な揉め事になったら、先輩が責任とって解決してくださいよ?」

 

「ポンコちゃんがやられてたのも、あくまで安全な悪戯レベルだったし、話は通じると思うんだよね」

 

「わかりませんよ。そんなの」

 

 化け狐。それが、桃子が推理した『彼ら』の正体だ。

 もちろん、あくまで現段階では憶測でしかないけれど、状況がその正解を物語っている。

 

「大丈夫、大丈夫。私もそのときのために『油揚げカレー』を色々考えてるところだから、柚花も期待しててね」

 

「化け狐ってカレー食べるんです?」

 

「カレーなら大丈夫だよ。だって、カレーだもん」

 

 桃子の根拠のない自信に、柚花は呆れた顔をみせ。

 桃子は今日もまた楽しげに、新作のレシピを考えているのだった。

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