【本編完結】 ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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ハンマー少女はバズるかもしれない!

 四月のとある一日。

 この日、高層マンション内の一室に、不思議な集団が集まっていた。

 

「そういえばさ、ちょっと、柚花に相談しようかなって思ってたことがあるんだよ」

 

「なんですか、急に改まって。私でよければ、先輩の相談くらいいつでも聞きますけど」

 

「さては。カレーの材料が。なくなっちゃったのか。じゃあ。スーパーだ。スーパーで沢山買ってこよう」

 

「そ、それとも……もしかして、チュパカブラが夢に出るんですかぁ? それはこわいですねぇ……桃子さん、可哀想」

 

「いや、カレーでもチュパカブラでもなくてね?」

 

 ここはこの春から一人暮らしを始めた柚花の部屋である。

 そして、そこに集まっている不思議な集団とは、家主である柚花、マンション近くのカレー屋に興味津々な桃子、そして、三階建ての『ドールハウス』に入ってくつろいでいるのがヘノとニム、二人の妖精だ。

 

 このミニチュアドールハウスは柚花がニムたちのために購入したものだ。中にはサイズがちょうど良さげなミニチュア家具が揃っており、ヘノはドール用のベッドの上でごろんと寝転がり、ニムはドール用のバスタブにその身を浸していた。

 ニムが隠れているバスタブは本来、実際に水を入れるような機構など備わっていないのだが、ニムは自前で出した水をためて使用しているようだ。周囲には水がべしゃべしゃに溢れているが、妖精はそんなことは気にしない。

 ヘノはヘノで、ドール用ベッドに桃子のハンカチや髪留めを組み合わせて自分好みにアレンジしている。桃子の匂いのする布を使って、ここを自分専用のベッドにするつもりのようだ。ここが柚花の部屋だということは、きっと忘れている。

 

「実はさ。昨日、珍しい相手から連絡がきたんだけど――」

 

 そんな風にドールハウスの中で思い思いにくつろぐ妖精たちを眺めていたのだが、桃子が改めて話題を切り出した。

 妙に真面目な顔をつくる桃子に、柚花は口を閉ざして次の言葉を待つ。

 誰かが小さなバスタブで水遊びをする音と、小さなベッドに潜ってハンカチをバサバサする音が室内に響く。

 

「あのね、私……」

 

 桃子は静かに話し始める。

 ドールハウスで遊んでいた妖精たちも、遊ぶのをやめて桃子に視線を向けている。

 

 

「『ハンマー少女にならないか』って誘われてるの」

 

 

 沈黙。

 

 

「『ハンマー少女にならないか』って誘われてるの」

 

 

 桃子はもう一回言った。

 更に数秒の沈黙のあと、同じ言葉を繰りかえそうと口を開くが、このままでは桃子がひたすら同じ台詞を繰り返すだけだと察した柚花が手で制し、渋々口をひらく。

 

「ええと……すみません、わけがわかりません。先輩は『ハンマー少女』ですよね? なるとかならないとかじゃなくて」

 

「うぅ……も、桃子さん、もしかして記憶を失ってるんじゃ……」

 

「可哀想に。頭でも。打ったんだな。痛いの痛いの。我慢しろ」

 

「待って待って、本当に『ハンマー少女にならないか』って誘われたんだよ。実は、昨日の夜にね――」

 

 桃子は慌てて首を横に振る。

 自分が都市伝説『ハンマー少女』の正体であることはもちろん知っているし、記憶喪失でもない。ましてや、頭を打ってもいないので、痛いのを我慢する必要もないのだ。

 

 なので。

 桃子は、先ほどから訝しげな視線を送ってくる三人に、前日にあった出来事を説明しはじめる。

 それは、夕食のキーマカレーを作っているときにかかってきた、一本の電話だった。

 

 

 

 

 

『もしもし、笹川さん? 今は大丈夫?』

 

「わっ、日影さんお久しぶりー! 今は大丈夫だけど、どうしたの?」

 

 その電話は、桃子へとかかってきた級友からのものだった。

 日影千種。聖ミュゲット女学園時代の桃子のクラスメイトであり、二年目の文化祭では演劇部の出し物に桃子を引きずり込んだ演劇部員の少女でもあった。

 卒業後は演劇部の後輩でもあった新進気鋭の若手女優、北路マヤの専属マネージャーとなり、今は芸能関係で活動しているはずだ。

 昨年放送されていたドラマの監督と意気投合したのをきっかけとして、今では北路マヤが出演する作品の演出やストーリーアドバイザーとしての仕事も請け負っているというのだから、意味がわからない。

 

 そんな千種と桃子は、昨年は妙な縁から再会を果たし、それからもメッセージのやりとりなどは続いている。だが、こうして電話がくることは珍しい。

 桃子はスマホをハンズフリーにして、キーマカレーを炒めながら千種との通話を続けている。

 

『ええと、実は笹川さんにちょっとしたお願いがあるのだけれど……』

 

「お願い? もしかして、またローラさんに取り次いでほしい、とか?」

 

『いえ、今回はそういうわけじゃないのよ。ええと、実はね、例の武器職人のドラマの第二期が決まったのよ』

 

「うわ、続編?! もう大人気シリーズじゃん! すごいじゃん!」

 

『ええ、すごいのよ。それで実は、その第二期の内容なのだけれど――』

 

 

 千種が語った、そのドラマ第二期の内容。

 それは、三月のとある日。日本中のダンジョンを震撼させた『あの日』を題材にしたものだった。

 

 日本中のダンジョンでスタンピードが発生し、一時はダンジョン庁及びギルドが敗北を喫した日。

 けれど――。

 ひとつの配信映像をきっかけとして、日本中の探索者たちが再び立ち上がり、ギルドと世界魔法協会が手を組んで、いくつものダンジョンで総力戦が繰り広げられた日。

 

 そして。

 妖精やドワーフ、座敷童子といった魔法生物――いや、守護者たちの存在が、表舞台で公式に認められた日でもある。

 

『あの日の前後の出来事を、探索者ではなく、マヤが演じる武器職人ならではの戦いとして描いていく物語になるのよ』

 

「ふむふむ」

 

『見送る側の葛藤、職人としての戦い方、そして、彼女が過去にダンジョンで出会った守護者の記憶』

 

「ほえー……」

 

『もちろん、そこから先は完全フィクションのお話だから、実際のあの日の出来事を再現するわけではないのだけれどね』

 

 千種の語り口のうまさに、桃子はぽかんとしてしまう。自分が最大の当事者であることも忘れて、桃子は単純にそのエピソードを「面白そう」と思った。

 そんな風に話に聞き入っていたおかげで、火を通しすぎた鍋からは仄かな焦げ臭さが漂ってくる。桃子は鍋の火を慌てて消して、改めて千種に質問した。

 

「じゃあ私は、北路さんにまた武器職人の作業についてレクチャーしたらいいの?」

 

『いいえ、違うの。もちろん本職のレクチャーがあるに越したことはないのだけれど、今回の用件は違うのよ』

 

 武器職人見習いの桃子がそのドラマに関わるとしたら、前回のときと同様に演技の技術指導だろう。

 桃子はそう考え質問したが、しかし答えはNO。首を傾げる桃子をよそに、千種の熱を帯びた語りが続く。

 

『監督やプロデューサーと、登場人物や配役について話し合ったのだけれどね』

 

「なんか日影さんすごいね」

 

『そうでもないわよ。それで、作中に出てくるダンジョンやそこに棲む守護者は架空のものを設定できても、どうしても、架空の設定では成り立たない役がいたのよ』

 

 女優のマネージャーが監督やプロデューサーとそこまで深い内容を話し合っていることに疑問を抱かなくもないが、そういうものなのだろうと桃子は気にせずさらっと流す。

 が、さらっと流せるのはそこまでだった。

 

「でも、それって?」

 

『妖精とハンマー少女よ』

 

「わたっ……?!」

 

 千種は桃子の珍妙なリアクションに一瞬だけ止まるが、すぐに熱く語りはじめる。

 

『映像として人々の心に刻まれたあの緑の妖精は、桃子さんも探索者なら知ってるわよね? あの妖精も絶対に譲れない登場人物なのだけれど、それだけじゃないの』

 

 少しの間をあけて。千種は更に言葉を紡ぐ。

 

『あの日、多くの探索者の記憶の中で目覚めた守護者たちのリーダー『ハンマー少女』だけは、ドラマで勝手な設定を作るわけにはいかないじゃない』

 

「あ、えと、そうだね! ……それで、ハンマー少女が私にどう関係してくるのかなあ?」

 

『そのハンマー少女の配役がまだ正式に決まっていないのよ』

 

 桃子は、懐かしい既視感を抱いていた。

 ――そのメインキャラクターの配役がまだ正式に決まっていないのよ。

 

 高校二年生の夏休み明けに、いまとほとんど同じようなやりとりをした覚えがあるのだ。

 文化祭の演劇の台本。そこに用意されたスズランの妖精という役柄。他人事のように聞いていた桃子。

 そして、そのときの千種の言葉と、今の電話口の千種の言葉が、重なった。

 

『そこで、イメージ通りの子役として、笹川さん。貴女に出演してほしいのよ。ハンマー少女として!』

 

 

 

 

 

「――っていうわけで、前に私が北路さんに武器職人のレクチャーをしてたときの映像を見てた監督さんたちが、私のことを覚えててね。今回『ハンマー少女』役として私を指名してるんだって」

 

 と、昨日の電話で話したことを桃子は柚花たちに語って聞かせたのだが、聞いていた柚花はしょっぱい顔である。

 柚花は過去に『スズランの妖精』を演じる桃子を文化祭で見かけたことが、人生の大きな変化のきっかけになったので、桃子が何かを演じるということを否定する気はない。

 けれどそれと同時に、今となっては桃子に演技などできるわけがないと十分に理解していた。文化祭程度ならばまだしも、プロと共演するテレビドラマのレベルは絶対に不可能だ。

 

「日影先輩も懲りませんね。先輩にプロレベルの演技なんてできないってわかってるでしょうに」

 

「まあ、それはそうなんだけど。それでもね、日影さんが言ってたんだよ。世間で噂されてるハンマー少女のイメージが、私そのものなんだって! すごくない?」

 

「そりゃそうでしょうよ」

 

 世間で噂されている『ハンマー少女のイメージ』とはつまりはジャバウォック決戦の最中、一時的に桃子のことを思い出した人々が書き残した情報だ。

 その言動も、髪型も、服装も。全てが桃子の目撃談なのだから、桃子そのもののイメージで当たり前なのだ。すごいもなにもない。

 柚花はつっこむのも面倒くさくなり桃子に呆れた視線を送っているが、柚花がつっこみをサボった場合、話を大きく脱線させるのが妖精という生き物だ。

 

「なるほどな。桃子は『ハンマー少女』に。似てたのか」

 

「うぅ……じゃ、じゃあ、桃子さんのもとになった『ハンマー少女』って、なんなんですかねぇ?」

 

「本当に。そんな奴いるのか? ダンジョンでこんなにカレーを食べる人間が。桃子の他に。いるとは思えないぞ」

 

 ドールハウスの中で、ヘノとニムが真面目な顔で言葉を交わしている。

 はたして『ハンマー少女』とは何者なのか。答えは目の前にいるのだが、さすがリドルの妹たちだけのことはある。桃子と柚花が黙って眺めている間にも、ヘノたちはありもしない謎をどんどん生み出していく。

 

「うぅ……で、でも、カレーとハンマーって、あんまり関係なくないですかぁ?」

 

「言われてみると。そうかもしれないな。意味不明だな」

 

「じゃ、じゃあ……カレーとハンマーで出来ている桃子さんて、いったいなんなんでしょうか」

 

「なんなんだろうな。多分。怪異かもな」

 

「すみませんがニムさんとヘノ先輩、こちらのマシュマロでも食べませんか? お家の中で食べてていいですよ?」

 

 いつまでたっても妖精たちの推理劇が一段落しそうにないので、柚花はこんなこともあろうかと用意していたマシュマロの袋を開けて、妖精たちに差し出した。

 妖精たちに黙っていてもらうには、食べ物を与えて物理的に口を塞ぐのが一番手っ取り早いのだ。

 

「うわぁい、お風呂で頂きますねぇ。ぺろ……ぺろ……」

 

「じゃあ。ベッドにこもって食べるか。むっぐむっぐ。もにゅ。もにゅ」

 

 そして柚花は、マシュマロを頬張る妖精たちの姿を見つめてほわほわしてしている桃子の唇にもマシュマロをひとつ押しつけ、桃子を現実に引き戻し。

 どうにか、脱線した会話を元に戻す作業に取りかかるのだった。

 

 

 

「――なるほど。台詞もなく、ハンマーを持って駆け回る映像だけでいいなら、先輩でも大丈夫ですかね」

 

「ペロ……うぅ……溶けてる……ペロ」

 

「もにゅ。もにゅ。足りないな。もにゅ」

 

「うんうん。台詞のない回想シーンをいくつか挟み込むだけらしいから、そこのところは大丈夫なんだって。ハンマーも、子供でも振り回せるハリボテで作るって言ってたしね」

 

 桃子の説明によれば、ハンマー少女の役に台詞は必要ないのだという。

 現実に噂になった『ハンマー少女』と同様に、作中でその少女が登場するのは探索者たちの記憶の中だけ。その姿もおぼろげで、はっきりと桃子の顔を映すこともしないのだそうだ。

 覚えているのに、思い出せない。それがそのドラマでの『ハンマー少女』の姿だった。

 

「ただ、窓口さんやクリスティーナ会長にはまだ相談してないんだよね。守秘義務とかそういうのって大丈夫だと思う?」

 

「あくまでドラマはフィクションですし、ギルドや世界魔法協会だってそこまで関与しないんじゃないですか?」

 

 そこまで聞けば、相談を受けた柚花とて否とは言わない。

 仮にドラマが話題になったとして、その時、桃子が世間からいらぬ注目を集めてしまうリスクは無視できない。だが、その場合はこのマンションに桃子を連れ込み、ほとぼりが冷めるまで自分が桃子を養育すればいいだけだと、柚花は頭のなかで完璧な結論を出す。

 それに、今のドラマの話には大きなメリットがあるのだ。

 

「でも、そういうことなら先輩。絶対にそのドラマの話は受けたほうがいいですよ」

 

「え、なんで?」

 

「だって、先輩が『ハンマー少女』としてバズるチャンスじゃないですか」

 

「えっ?!」

 

「ダンジョン内の記憶は【隠遁】に阻害されますけど、ドラマの記憶なら問題なく残りますからね。もしかしたらまた怪異『ハンマー少女』として返り咲けるかもしれませんよ?」

 

「そうなの?! そっか、そうかも!!」

 

「まあ、ドラマがすぐに公開されるわけじゃないでしょうし、もっと先の話ですけどね」

 

 柚花の話を聞いて、桃子の瞳がきらりんと光る。

 背筋をびしっと伸ばして、その反動でベッドのバネが軋んで桃子がぽよんぼよんと揺れている。横に座る柚花も揺れている。マシュマロを堪能していた妖精たちが、ぼよんぼよん揺れはじめた桃子に注目する。

 

「前に、先輩は一生バズらないって言いましたけど、前言撤回します。ドラマという媒体によって、怪異『ハンマー少女』はバズるかもしれません」

 

「おぉーっ! やった! 柚花、大好きっ!」

 

「なんだ。また怪異になるのか。相変わらず桃子は。わけがわからないな」

 

「うぅ、桃子さんは人間だったり、怪異だったり、ちょっとあれですねぇ……」

 

 妖精たちのコメントは微妙に引っかかるところがあるけれど、今の桃子の脳味噌はそんなことは全く気にしていない。

 またヘノとともに空を飛べるかもしれない。また魔法生物たちの声が聞けるかもしれない。また柚花たちと同じものが見られるかもしれない。現状でも十分に幸せな桃子ではあるけれど、それはそれ、これはこれなのだ。

 桃子はテンションのままに柚花に抱きつき、そのままベッドに押し倒す。柚花は満足顔で桃子を抱き留める。なんの警戒心も抱かない桃子を胸に受け入れた柚花は、まさに夢見心地だ。

 

 だが、柚花は忘れていた。空気を読まないことに定評のある風の妖精が、この室内にいることを。

 

「ところで後輩。お菓子のお代わり貰っていいか。マシュマロ。なくなっちゃったんだ」

 

「だ、台所に……ク、クッキーとか、ありましたよねぇ……?」

 

「うん、食べて食べて! お腹すいてるならカレーも作るよ!」

 

「ちょっと先輩、クッキーはカスが出るから駄目ですよ、あげるならせめてマシュマロにしてください。っていうか、もうちょっとムードを考えてくださいよ、もう!」

 

 桃子の中では、残念ながら柚花に抱きつくよりもヘノにおやつをあげることのほうが重要だった。

 桃子はぴょこんと飛び上がるとベッド脇に置かれたマシュマロの袋を空けて、さっそく妖精たちに配っている。柚花も不満げに起き上がるが、さっそくバスタブにマシュマロを浮かべてぺろぺろしているニムの姿をみれば、苦笑気味にその眉尻を下げる。

 

「今度、マシュマロ以外にも食べカスが出ないお菓子を探してきましょうね」

 

「あはは、じゃあ今日のところはみんなでマシュマロカレー食べようね!」

 

「先輩、落ち着いてください。今はカレーの話はしてません」

 

 そんなこんなで、桃子は楽しくカレーの話ばかりして。

 妖精たちはお菓子を食べながら大好きなパートナーたちの姿を眺めて。

 柚花はあちこちにつっこみを入れながら、それでも楽しげに。

 

 新しい春が来ても。

 新たな門出を迎えても。

 

 桃子たちの日常は、いつも通りに楽しく、不思議に。この先も続いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    幕間 新たな春風 了













ここまでお読み頂きまして本当にありがとうございました!
活動報告にあとがきなども執筆しておりますので、どうぞ気が向いた方はそちらもどうぞご覧下さいませ!
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