【本編完結】 ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
房総ダンジョン新風景
――これは、四月も下旬となった、とある週末のこと。
桃色のスカジャンに袖を通し、栗色の長い髪を背中側でふんわりとした三つ編みにした少女、笹川桃子。
実年齢は二十歳を迎えており、実際にはもう少女と呼ぶべき年齢ではないかもしれないが、様々な因果の影響により「少女」と形容するしかないちんまりとした女児姿だ。
そんな彼女はこの日もダンジョンに潜るべく、房総ダンジョンギルドを訪れていた。
「おはようございます、窓口さん。ダンジョン入場処理、お願いします」
「あら桃子さん、おはようございます。今日は柚花さんは一緒じゃないんですか?」
「はい。今朝も起こしに来てくれたんですけど、なんか今日は午後まで予定が入ってて忙しいらしいです」
「あなた、土曜日にも柚花さんに起こしてもらってるんですか……」
ギルドの入場受付の一番奥。主に女性探索者専用となっているこの受付で、桃子は担当職員である窓口杏と挨拶を交わす。
十四歳の頃からの付き合いであり、すでにどちらも手慣れたものだ。桃子は挨拶と同時に探索者カードを差し出し、杏もまた桃子が武器の預け入れなどしていないソロ探索者であることを知っているので、テキパキとそれに合わせて処理を済ましていく。
「あ、そうそう。桃子さんもとりあえずで構いませんので、これに目を通しておいて下さい」
処理が終わりカードを返却するだけというタイミングで、杏が受け付け台の引き出しから取り出したのは、一つの小冊子だった。
表紙には簡素なイラストとともに、ダンジョン庁のロゴが記載されている。どうやらダンジョンへ潜る探索者へと向けたもののようだ。
「ええと、パンフレットか何かですか?」
「パンフレットと言えばそうなんですが、中身は注意喚起です。ほら、最近はダンジョン内の魔物の傾向が変わってきていますから――」
杏の説明は、こうだった。
まずこの冊子は、全てのダンジョン探索者へ向けて『魔物の出現傾向の変化』について注意を呼びかけるパンフレットなのだそうだ。
きっかけとなったのは、三月に発生した超大規模スタンピードである。
日本中のダンジョンを巻き込んだあの事件自体は、各地の探索者たちの活躍によってどうにか解決した。だが、その日を境に各地のダンジョンの魔物の出現傾向が変わりつつあり、今までのやり方が通じなくなっている場所もあるのだという。
つまり、この冊子はそれらの危険性を周知し、探索者たちの命を守ることを目的としたパンフレットである。
「なるほどー」
「まあ、桃子さんに今更説明することではありませんけどね」
そう。実のところ、桃子は魔物の出現傾向が変わった理由を知っているし、杏もまた、桃子がそれを知っていることを知っている。
その理由。それは今までずっと一人でダンジョンの浄化の役目を担っていた女王ティタニアが、その重たい荷を少しだけ、探索者や各地の守護者たちに預けることにしたからだ。
件の戦いにおいて各地の探索者たちは、ティタニアがダンジョンを常に浄化し続けなくともやっていけることを証明した。故にティタニアは、少しだけ浄化の手を緩めることにした。
なので最近は女王自らが妖精の花畑を散歩することも増えてきたし、短い時間ならば光の膜を通って他のダンジョンへと出かけることもあるのだそうだ。
なんにせよ。
桃子はその当事者中の当事者であるため、今更改めての周知もなにもない。
だからこれは杏の言う通り、あくまで職務上行っている『とりあえず』の説明だった。
「まあ、桃子さんはともかくとして……。残念ながらこの房総ダンジョンでも、今までと同様に気楽なキャンプ気分でダンジョンに潜り、結果として怪我を負ってしまっている方も少なくないんですよ」
「ありゃりゃ、そうなんですか? 私も気をつけなきゃ」
「ええ、気をつけるに越したことはないです。とは言いましても、桃子さんにはヘノさんがついていますし、実力的にも特に心配はしていませんけどね」
「えへへ、照れちゃうな」
この房総ダンジョン第一層『森林迷宮』は、俗称として『キャンプ場』と揶揄されるほどには危険性が低く、訪れる探索者にはいわゆるエンジョイ勢が多かった。
だが、最近は獣人やスライムなどの主に下層に現れていた魔物が上層に出現したという報告も増え、なによりごく稀にではあるが、『巨大アリ』や『巨大蜂』といった、第四層の魔物が現れたという事例も報告されている。
キャンプ場に訪れた探索者たちが総力でかかれば、それらも倒せない相手ではない。それでも、今まで命にかかわるほどの重傷者が出ていないのは、彼らの守護者『ドワーフ』が陰ながら魔物を撃退してくれていることが大きいのだろう。
それを探索者たちも理解しているため、ドワーフの祭壇には相変わらずハンバーグが途切れることはない。
ちなみに桃子の場合は【隠遁】でそもそも魔物たちからも認識されず、仮に戦いになったとしても、ヘノと二人ならば巨大昆虫くらいは力押しでどうとでもなるので、意外と気楽なものである。
「じゃあ、もし中で厄介な魔物を見つけたら私が退治しておきますし、ピンチになってる探索者さんたちがいたら助けておきますね」
「あら、頼もしい」
なにせ、ドワーフの元となった『ダンジョンで探索者たちを助ける謎の存在』は桃子なのだ。初めのうちはそんな噂になっていることに困惑もしていたけれど、今では開き直って堂々としたものである。
桃子は受け取ったパンフレットを畳んでスカジャンのポケットに押し込み、杏に向けて胸を張る。スカジャンの背中では今日もモチャゴンのイラストがポーズを決めていた。
そうして、ダンジョン入場処理を終えて。
桃子はダンジョン内で危なそうな探索者を見つけ次第助けることを自信満々に約束し、この日もダンジョンへと潜っていくのだった。
◇ ◇ ◇
房総ダンジョン第一層『森林迷宮』は、以前と変わらぬ見慣れた風景だった。
桃子は食材などがたんまり入ったリュックを背負い、両手は手ぶら状態のままに慣れ親しんだ森の獣道をがさごそと迷いなく歩いていく。武器のハンマーは小さくした状態で、腰に巻いたベルトに装着したままだ。
木々の間からは木漏れ日が差し込み、風が木の葉を揺らす音が非常に心地よい。
とはいえ、ここは危険なダンジョンだ。いつ、どこで新手の魔物が出てくるかもわからない、警戒を強めるべき場所だ――と、気を引き締める様子もさほどなく。
「うーん、魔物の傾向が変わったとは言うけど、ぜんぜん魔物が出てこないや」
桃子はのんきに、ぷらぷらと、魔物を探しながら歩き回っていた。
杏には『厄介な魔物は退治しておく』などと言ったものの、しかし厄介な魔物がすぐに出てくるわけではない。あくまで、この階層に出てくる魔物はゴブリンが大半であることに変わりはない。
なので、桃子は時折ゴブリンを見かけるたびに、ハンマーで叩いて煤にして、ほどほどにゴブリンを間引きながら歩き回っているのだった。
「ゴブリン叩きもいいけど、私も他の魔物とかと戦ってみたいなあ……」
桃子がそんな物騒なことを一人ごちていると、森の向こうからは見慣れた緑の光が飛んできた。
光の正体はもちろん、桃子の相棒たる風の妖精、ヘノである。桃子の訪れを察知したヘノは、妖精の国からまっすぐに桃子のもとへと飛んできて、当たり前のように桃子の肩に着地する。
「桃子。なんでぷらぷら歩いてるんだ? 面白い遊びでも。思いついたのか?」
「ヘノちゃん、おはよう。遊んでるわけじゃなくて、厄介な魔物が出没していないかどうか、散歩がてら見回りをしてたの」
「そうか。なんだか面白い遊びだな」
一見すると、この二人の会話が全く噛み合っていないように見えたことだろう。
驚くべきことに、実際にこの二人の会話は全く噛み合っていないのだ。
それでも二人は気にせずに、森の中を歩いていく。
「んー……でも、ここら辺は大丈夫そうかな? ヘノちゃんも来てくれたことだし、見回りはこれくらいにして、妖精の国まで行っちゃおうか」
「わかったぞ。じゃあ。つむじ風の魔法をかけるぞ」
「うん。じゃあ、第三層まで行っちゃおう」
そうして、桃子の両足には緑のつむじ風が発生し、その身体を羽根のように軽くしてくれる。それと同時に、桃子は今までのふらふら歩いていたのが嘘のように、まさに文字通り「風のように」ダンジョンを駆け抜けていく。
桃子が通り抜けた場所には突風が吹き抜けるが、すれ違った探索者たちは、桃子が通り過ぎたあとから時間差で吹く風に驚くだけである。
相変わらず【隠遁】に守られた桃子の姿を認識するものは、探索者にも、魔物にも。
誰一人としていなかった。
◇ ◇ ◇
「とうちゃーく!」
青白い魔法光で照らされた静かな鍾乳洞に、桃子の声が響きわたる。
ここは房総ダンジョン第三層『鍾乳洞窟』。いかにもダンジョンといった様子の、地下水と鍾乳洞で形作られたヒンヤリじめじめした階層だ。
もっとも、桃子はこの階層そのものには用はなく、この階層に存在する妖精の国への出入り口へと到着しただけである。
「魔物が変わったとは聞いてるけど。桃子は魔物にも襲われないし。あんまり変わった気が。しないな」
「あはは、まあ私はね。でも、他の探索者さんたちは結構大変なんだってさ」
第一層、第二層、そしてこの第三層を駆け抜けてくる間に、何体かの魔物とすれ違うことがあった。
そのどれもが桃子に気づくことなく、風に驚き、あるいは桃子の移動経路にいたためにすれ違いざまのハンマーで消滅していった。
もしかしたらそのうち何体かは例の『出現傾向の変わった魔物』だったのかもしれないが、桃子もヘノもあまり魔物の傾向など考えずに駆け回るタイプなので、違いがあったのかどうかはさっぱりわからなかった。
「第一層にアリや蜂がいたらあからさまに違ってるからわかりやすいんだけどね」
「はちみつが欲しいし。蜂にはまた。頑張って繁殖してもらわないとな」
そんな雑談を続けながら、桃子は白く大きな自然の柱の前に立ち、ヘノが空中に手をかざすのを見ている。
すると、それまで何もなかった空中に、まるで一枚の布地のような、光の膜が発生する。それが、妖精の国へと続く入り口だ。
桃子もヘノも慣れたもので、膜が出るや否やなんの迷いもなくその光をくぐり抜けて、妖精の国へと降り立った。
そして――見た。
「……え?」
「なんだこれ」
桃子がぽかんと呆けているそこは、間違いなく、いつもの妖精の花畑である。
色とりどりの花が視界いっぱいに咲き乱れており、あちこちで小妖精たちが自由に飛び回る光景が広がっている。
――が。
光の膜を抜けてきた桃子たちの眼前には、明らかに見慣れぬ、異質なものがあった。
光の膜の目の前の地面にどっしりと置かれていたもの。それは、オレンジ色のゴツゴツして硬そうな皮に、やや潰れた球体のフォルムをした物体だ。
桃子が両手を回しても手が届かないであろう、下手をすれば桃子が身を縮めれば中に入ってしまえるのではないかというほどの、大きな物体だ。
「なんだこれ。新しいハンマーか? さっきまで。こんなものなかったぞ?」
「いや、どう見てもハンマーじゃないよね? 確かに重量感はすごいけど。じゃなくて、これって……」
ヘノは不思議がっているが、桃子はそれを知っている。
地上では、主に十月末のハロウィンが近づくとよく見かけるようになる、オレンジ色の特徴的な物体。
それは。
「これって――カボチャだよね?」
それは、紛うことなき『オレンジ色の、馬鹿でかいカボチャ』であった。
ハロウィンになるとあちこちで見かけるオレンジのカボチャの、超巨大版が、今。
どうしてか、桃子の眼前に。堂々と鎮座しているのだった。