ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました【本編完結】 作:chikuwabu
「待ってたぞ。後輩。酷いことをされたくなければ。甘いお菓子だ。お菓子を出せ」
その日。
ニムと合流し、妖精の国へとやってきた柚花が最初に聞いた言葉が、それだった。
◇ ◇ ◇
桃子が大量のカボチャを入手し、調理部屋にてカボチャカレーをはじめとして、ポタージュやサラダ、惣菜の数々、そしてカボチャを使った甘いスイーツと、様々なカボチャ料理を作り始めたのが昼頃のこと。
それから数時間後。その日の用事を済ませてダンジョンまでやってきた柚花が、妖精の国に入るなり出くわしたのが、先の台詞で恐喝してくるヘノだった。
ヘノはいつも真顔で淡々とした口調なので、どこまでが冗談のつもりなのか、あるいは本気で言っている言葉なのか、その判断がとても難しい。
「ええと? すみません、なんで私は妖精の国に来て早々、ヘノ先輩に恐喝されてるんです?」
「うぅ……柚花さんが、酷いことをされちゃうだなんて……めそめそ」
柚花の正面には、お菓子を出すようにと恐喝してきた、荒くれ気味な風の妖精ヘノ。
柚花の肩の上には、柚花に突如訪れた過酷な運命を想ってめそめそ泣き始めた、水の妖精ニム。
当然ながら柚花はこの状況を理解しておらず、ただただ頭のなかで「またヘノ先輩がおかしいこと言ってるなあ」などと考えていたりする。
そして、わけがわからないといった柚花のもとに続いて現れたのは、その手に包丁を握って駆けてきた桃子だった。実に物騒な姿だ。
「わー!? ヘノちゃん、さっき教えたでしょ? 台詞は『トリック・オア・トリート』ね?」
「そうだった。じゃあやり直そう」
「じゃ、じゃあ、私も泣き止みますねぇ……?」
桃子に台詞を教えられたヘノは、何ごともなかったかのように一度柚花から5メートルほど宙へと浮かんで距離をとり、泣いていたニムは普通に泣き止んだ。桃子は少し離れた場所から真剣にヘノの様子を見つめており、柚花は光の膜から出た場所から動かずに、無言でそれらを眺めている。
そうして、ヘノが再び柚花の前へと舞い降りてきて、先程と同じように真顔のまま、柚花の正面にやってくる。
テイク2。
「よく来たな後輩。お菓子が欲しければ。トリック・オア・トリートを出せ」
「待って待ってヘノちゃん、それもちょっと違うんだよなあ」
「なんだ。トリック・オア・トリートって。難しいな」
「うぅ……なんだか、よくわかりませんねぇ……めそめそ」
柚花の正面には、何を言っているのかはわからないものの、恐らくハロウィンの常套句でお菓子を要求しているのであろうヘノ。
柚花の肩の上には、何が悲しいのかよくわからないけれど、何だかとりあえず的にめそめそ泣いているニム。
桃子は包丁を握りしめたままヘノと台詞合わせをしており、柚花は泥沼のような茶番に巻き込まれて表情が死んでいる。
「……あの、ヘノ先輩。質問いいですか?」
「なんだ後輩。ヘノがなんでも答えるぞ」
「もはやどこにツッコミを入れればわからないんで、とりあえず今ここで何が行われているのかっていう説明が欲しいんですけど」
そしてヘノがもう一度やり直そうとその場を離れようとしたところで、先んじて柚花が言葉を投げかける。
柚花に問われたヘノは空中で静止し、首を傾げている。
「説明か。色々あって難しいけど。カボチャにも。色々あったんだ」
「うぅ……カボチャが、あんなことに……」
「すみません、ヘノ先輩に聞いた私のミスでした。ちょっとそこの、包丁もった三つ編みの先輩! 離れて見てないで説明してくださいよ!」
「あはは、ごめんごめん。じゃあ歩きながらでいい? 実はね――」
◇ ◇ ◇
「――っていうわけで、今は妖精の国のみんなで『ハロウィンパーティー』中なんだよね」
「はぁ。こんな季節にいきなり『トリック・オア・トリート』だなんてなにかと思いましたけど、そういうことだったんですね」
「そうなんだぞ。むぐむぐ」
四人は連れだって、花畑の中に新しく作られた"庭園"へと足を運んだ。
ここはジャバウォックとの戦いで土が焼け焦げ、花が定着しなくなってしまった区画を再利用した広場だった。人間用の椅子やテーブルが並べられており、桃子や柚花をはじめ、この妖精の国を訪れる人間サイズの者たちがくつろげる場所となっている。
いま、庭園のテーブル上には様々なカボチャ料理が並べられ、一面がオレンジ色だった。
カボチャカレーにカボチャのポタージュ、カボチャサラダ、スイートポテトならぬスイートカボチャ、カボチャを練り込んだシフォンケーキには色とりどりの果実が飾られている。
そして料理があれば当然、それを食べに来る大勢の妖精たちがいる。
並べられた料理を皆が好き好きに持っていき、あちこちで妖精や小妖精がカボチャ料理を味わっている。
クルラが酒を皆にくばり、ルイとリフィがカボチャサラダに見知らぬ葉っぱをねじ込んでいる。離れた場所ではフラムがスイートカボチャに炎で香ばしい焦げ目をつけて、小妖精たちの喝采を浴びている。
これこそが、季節外れのハロウィンパーティーだ。
「で、でもやっぱり、柚花さんが買ってきてくれるマシュマロが……い、一番美味しいですねぇ……」
「カボチャもうまいけど。ふわふわ勝負だと。マシュマロが一番。ふわふわしてるな」
桃子と柚花は人間サイズの椅子に腰かけて、あちこちでカボチャに群がる妖精たちを眺めている。
ヘノとニムはそれぞれのパートナーの膝の上で、柚花が提供してくれたマシュマロをむぐむぐと頬張っている。
出会い頭にいきなりヘノに恐喝された柚花も、半ば呆れつつも、桃子が焼いたシフォンケーキをゆっくり味わっていた。
「……で、聞きますけど」
「うん」
少な目にとったシフォンケーキを食べて、水差しから注いだ癒やしの水で喉を潤した柚花が、顔を上げて質問する。
「ずっと触れないでいましたけど、そこのお化けはなんなんです?」
「ふふふ。見つかってしまいましたか」
柚花の視線の先。
そこには頭から白い布を被った不審人物――ではなく、お化け仮装の少女がいた。実は先程からずっと、白い布のお化けが無言で両手を広げ、柚花に存在をアピールしていたのだ。
柚花はしばらくそれを無視していたのだが、さすがにお化けがしつこいので、諦めて言及することにした。
「Trick or treat! マシュマロを差し出せば、悪戯はしないであげますよ」
「マシュマロくらいあげますけど、いくらなんでも浮かれすぎじゃないですか? りりたん」
「あはは、りりたんってば私たちのやりとりを覗き見してたらしくてね。カボチャのお菓子を作ってたら、いつのまにか妖精の国までやってきてたんだよね」
そう、お化けの正体は言うまでもなく、りりたんだ。
彼女は相変わらず桃子のことを覗いて過ごしていたようで、桃子が調理部屋でカボチャの下ごしらえを始めた頃に、気付けば妖精の国へとやってきていたのである。
ちなみに、りりたんは調理の手伝いをしてくれたわけではなく、相変わらず調理する桃子を後ろからずっと眺めていただけである。普通に邪魔だった。
「だって、ハロウィンパーティーを開催するならば、見ているだけだなんて寂しいじゃないですか。事前に言っておいてくれないと困りますよ」
「うーん、私も今日いきなりハロウィンになるとは思ってなかったんだよ。まあ、たまにはいきなりハロウィンになることだってあるよね」
「いや先輩、ハロウィンは普通は十月末に固定されたイベントですからね。間違っても、そこから一番遠い四月末に行うイベントではありません」
「あはは、そういえばそうだね。季節が全然違うや」
「ふふふ。実際のハロウィンとは一番離れている四月の末に、あえてハロウィンを開催するというのも、なかなか挑戦的で面白いではありませんか。いわば裏ハロウィン、ですね」
「二人とも、私が何を言おうが変わらず楽しそうでなによりですよ。まあ、妖精の子たちも楽しんでるみたいですし、裏ハロウィンでもなんでもいいですけどね」
妖精たちにとっては、地上が四月だろうが十月だろうが変わらない。いきなり楽しいイベントが開催されたから、それを楽しむのに全力だ。
中には羽目を外しすぎてお酒を飲み過ぎる妖精や、カボチャ料理からありもしない謎を見つけて周囲を困惑させる妖精もいるけれど、それもまたこの妖精の国の楽しい日常風景である。
柚花は呆れ半分の溜め息をつきつつ、それでも周囲で楽しむ妖精たちを苦笑混じりに眺めながら。卓上に並ぶオレンジ一色のカボチャ料理たちに手を伸ばすのだった。
◇ ◇ ◇
「お母様。桃子さんが作ってくださったカボチャのサラダがありますよ。刻んだケールが入っているのだそうです」
「ティタニア。私はサラダよりカボチャのケーキが欲しいんですが」
「きちんとサラダを食べないと、また檸檬さんにしかられますよ?」
「うぐぐ……」
ハロウィン会場には、妖精女王ティタニアまでもがやってきて、りりたんと共にカボチャのサラダを食べている。
初めのうちは上下関係の強かったりりたんとティタニアだけれど、ジャバウォックを討伐してからは二人とも肩の荷が下りたのか、随分と気楽なやりとりが増えてきた。
妖精たちは相変わらず、好きに食べ、好きに遊んでいる。気づけば、初めはいなかったはずの鏡の妖精ミカまでもが、クルラたちの横でカボチャのスープに舌鼓を打っている。彼女もりりたんと同じく、パーティの様子を遠隔から覗き見て、自分も参加しようとあとから遅れてやってきたクチだろう。
見回せば、お腹が膨れた小妖精たちはお祭りテンションのまま、今日もまた輪投げリーグの試合を開催していた。桃子の知らぬ間に、小妖精のなかでは輪投げがメジャースポーツと化している。世の中なにが流行するかわからないものである。
桃子はカボチャのポタージュスープをずず、と飲んでから、ふぅと一息ついた。
「でもさ、次のハロウィンパーティの時はさ。もっと人を集めて、お菓子もたくさん用意しようね」
「次は檸檬さんも呼びましょうか。現状、彼女が一番りりたんをうまく操縦できますから」
「操縦って」
言うまでもなく、この日は突発的すぎて、お菓子の準備もしていなければ、ゲストを招待すらしていない。
それこそ事前にわかっていたならば、たったいま名前が出ていた檸檬に加えて、ポンコたち化け狸や、ライチ、クリスティーナ、和歌といった面々を招待していたことだろう。
「つ、次のハロウィンが……た、楽しみですねぇ」
「わかったぞ。じゃあ。次のハロウィンは来週にしよう」
「待って待って。さすがにハイペースすぎるからね。せめて来月以降にしよう?」
「ちょっと先輩、ハロウィンは十月末にしてくださいよ。ぽいぽいと常識を捨てるのはやめてください」
「あはは、ごめんごめん」
柚花の言う通り、ハロウィンとは普通、十月末にやるものであって、間違っても四月の末に開催するイベントではないし、ましてや毎月やるものでもない。全く以て、ごもっともである。
なので、桃子は思い直す。何も妖精たちと楽しむイベントはハロウィンに限らない。後日、カレンダーを妖精の国のどこかに設置して、この花畑でも季節感を取り入れてみるのも悪くない。それがいい。そうしよう。
カボチャ料理に囲まれながら。
桃子はそう、心の中でひとりごちるのだった。
◇ ◇ ◇
楽しい時間にも、終わりというものは訪れる。皆のお腹が膨れる頃には、ハロウィンパーティの空気も一段落してきたようだ。
満腹になった小妖精は、輪投げをしたり、好き好きに花畑を飛び回ったりと元気いっぱいだ。
「じゃあ来週からはさ、お菓子じゃなくて、またどこかのダンジョンで美味しい食材でも探しに行こうよ。もうすぐゴールデンウイークだしね」
「そうか。ごーるでんういーくなら。仕方ないな」
「うぅ……ご、ごーるでんういーくなら、仕方ないですねぇ」
「二人とも、絶対によくわかってないよね?」
「どうしてわかったんだ。さすがは桃子だな」
そのように、頭を使わない会話を楽しみながら。
来たるゴールデンウィークにやりたいこと、行きたい場所。桃子たちはそれらの予定を漠然と考えていく。
間もなく訪れるゴールデンウィークには、桃子はまた新たな冒険に巻き込まれたりもするのだけれど、今はしかし、そのような未来は誰にもわからない。
今はただ、カボチャでお腹いっぱいになった妖精たちとともに、トリックもトリートも忘れて。
桃子は、午後の微睡みに身を委ねて過ごしているのだった。
幕間 四月のハロウィン 了
十九章『はじまりの妖精』 11月中旬~下旬頃から予定しておりますので、その際はまたお付き合いくだされば幸いです。