ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「さーて! 今日はいよいよ、シーフードカレーを作るよー!」
「いよいよだな。イカと。エビと。貝のカレーだな」
調理部屋にて、桃子が本日のメニューを発表すると、周囲で見ていた妖精たちがパチパチと手をならし、喝采の声を上げる。
果たしてこの中のどれくらいの妖精が『シーフードカレー』というものを理解しているのかは分からないが、こういうのはノリが良ければいいのだ。
調理部屋に置かれた卓上には、三つのザルが置かれていて、それぞれ先んじて妖精たちが捕えておいた貝、エビ、イカが入っている。
しかしこの食材たちがなかなか曲者で、いくつかの種類がある貝はもちろんのこと、エビやイカも調べて見ると人間界のものとはなんだか違っているのだ。
例えばエビは、地上でよく食用として見かけるバナメイエビやブラックタイガーにサイズこそ似ているものの、全体的な色合いや細かい造形が微妙に違う。似ているけど似ていない、ちょっとだけ似ているエビだ。
同じく貝類も、なんだか地上で見たことがない形や色合いをしているし、イカに至ってはそもそも深潭宮は海水ですらないため、形が微妙に似ているだけの全く別な生き物の可能性がある。
そもそも魔力を糧に湖で増える生き物という時点で、地上のものと同じわけがないのだ。
「多分、調理工程自体は地上のものと同じでいいんだと思うけど……さすがにちょっと、海産物は手間が多いので、今日は手間を端折っちゃいます!」
桃子の堂々としたサボり宣言にも、周囲の妖精たちは喝采の声を上げる。
こういうのはノリが良ければいいのだ。
「でも桃子。手間を端折ると言っても。いったいどうするんだ?」
「さすがヘノちゃん、いいところに気付いたね。実は私、気づいちゃったんだけどね、今日の食材って全部ダンジョン産の食材でしょ?」
「そうだな。こいつらは。もともと琵琶湖ダンジョンでとってきた奴らだ」
「だから、こまごま調理とかしなくても、丸ごとお鍋に入れちゃえば【カレー製作】で一発で完成しちゃうんじゃないかなって」
ぶっちゃけた。
市販のカレールーどころか原料のスパイスをあれこれ調合して、他の生徒たちと一緒に具を切って、火加減を細かく気にして、丁寧に料理をしていたお料理研究部の少女は地上に置いてきた。
いや、流石に桃子もカレーに対して適当すぎやしないかと自分でも思う所はあるけれど、本当に手間がすごいのだ。
この調理部屋には何故だか水道と流し台こそついているけれど、当然ながら電気もガスもない。火力は全て薪を燃やしているのだ。更にはカレーの横で一緒に玄米も炊いているので、調理中は何気に忙しい。
それに、周囲ではカレーの完成を今か今かと待ち望む沢山の妖精たち。彼女らのためにも、助手もつけずに一人で大鍋のカレーを作らねばならないのだ。
この状況では【カレー製作】に頼っても仕方ない。
「ってなわけで、仕方ないことだと自分に言い聞かせながら鍋を火にかけます」
「そうか」
今日はジャガイモも人参もなく、ただただカレールーとシーフードだけのカレーを作る予定なので、下ごしらえもせずにいきなり鍋で湯を沸かす。
ある程度温度があがってきたら、水洗いだけしておいた具材を、丸ごと投入する。
「おお。なんだか。いつにもまして。豪快だな」
「うん、今日はちょっと、実験も兼ねさせてもらってるの。これで微妙な出来だったらさ、次からはもうちょっと丁寧に調理しようね」
そして具材を入れた鍋が沸騰してきた時点で一度鍋を下ろし、沸騰が収まったころ合いを見計らってカレールーを投入する。
「そしてあとは、混ぜる! 信じて混ぜる! うわ……さすがに具がでっかくて混ぜにくい……けど、信じて混ぜる!」
桃子のカレー製作の合言葉『信じて混ぜる』で、周囲の妖精たちのテンションは更に上がっていく。周囲の小さい妖精たちも一緒になって『信じて混ぜる!』をコールする。
気分はライブステージのミュージシャンだ。今ここに、会場の気持ちが一つになった。
そして、会場の気持ちが一つになったところで鍋が輝きだして――。
「完成! 桃子特製……って、えっ?!」
「なんだ桃子。このカレー。凄い色してるぞ」
鍋の中が、黒い。
それはもう、闇をぶちまけたかのような漆黒の何かが出来ていた。
歓声をあげていた周囲の妖精たちも、異変を感じ取ってなにやらざわつきだす。
「えー待って待って、【カレー製作】って失敗なんてするの? こんな、墨みたいな……ん? 墨?」
見た目は真っ黒。しかし、漂ってくる香りは実に豊潤で美味しそうなカレーだ。市販のルーとは思えない、様々なスパイスの香りすら漂ってくる。
ここで桃子はひとつ思い当たるところがあり、さじで真っ黒なカレーを少しだけ掬うと、ぺろりと舐めて味を見てみる。
「どうだ。大丈夫そうか?」
「おいしい! ヘノちゃん、これあんまりに黒くてびっくりだけど、イカスミだよ。ダンジョンイカスミだよ。すごくコクがあって、癖になる美味しさ!」
「イカスミってなんだかわからないけど。美味しいなら。完璧だな」
美味しい、と聞いて周囲の妖精たちが再び歓声をあげる。
イカスミが何かわからなくても、こういうのは美味しければ良いのだ。
そんなこんなで、桃子特製ダンジョンイカスミシーフードカレーは完成したのである。
「ククク……真っ黒いカレーとは、なかなかどうして、魅力的じゃあないか」
「あ、ルイちゃんこんにちは。この前のタバコってどうだった? あれも一応、人間としては体に害があって、中毒性もあるものなんだけど……」
今日は玄米より先にカレーが完成してしまったので、玄米が炊けるまでの間は桃子は手ずから妖精たちにカレーを振る舞っている。
そんな中で小さな器を差し出してきたのは、毒の妖精こと薬草の妖精ルイである。ルイはなにやら長細い棒状のものを背中に抱えていた。
実は桃子は、人魚姫騒動の際の解毒薬のお礼として、ルイに地上の煙草をプレゼントしていたのだ。もちろん桃子は煙草を買えないため、クルラにあげるためのお酒と同じく、窓口に用意してもらったものだが。
「乾燥させた草を燃やして煙を吸う……実に面白いねぇ。あれを参考に、似たようなものを作ってみたんだけど、どうだい……?」
「わ、ありがとう。でもこれって……タバコ?」
「まさか。毒草じゃないだろうな。なんだこれ」
地上の煙草とは違うものの、中にはどうやら乾燥した植物が詰まっており、周囲を別な大きな葉で包んで筒状にしている。
ルイが知ってか知らでか、これは煙草よりももっと原始的な、いわゆる葉巻に近いものと言えるだろう。
「ククク……ただの薬草さぁ。火をつけて煙を吸うことによって……体内の破損を効率よく治癒できるように、調整してみたのさぁ……」
「へえ……じゃあ、タバコタイプの薬草なんだね。これって、もしかしてものすごい発明品なんじゃ?」
見た目は手作りの葉巻のようなもの。使い方も、火をつけて煙を吸うだけ……つまり、基本は煙草である。その煙に治癒の効果があるだけだ。
しかし、ダンジョンアイテムに関わる仕事をしている桃子でも、このような形の薬草というのは聞いたことがない。これは今までありそうでなかった、新発明と言えそうだ。
「ただし、魔力が拡散しやすいから、ダンジョン内での使用をお勧めするよ……ククク。では、私はこの黒いカレーを頂いていくよぉ」
「うん、お代わりもたくさんあるからねー」
そして、桃子に薬草煙草を押し付けると、ルイは黒いカレーを持ってさっさと離れていってしまった。
その姿に手を振りつつ、桃子もそろそろ自分の食事に意識を向ける。
「じゃ、玄米も炊けたみたいだし、私たちはそろそろティタニア様の所に行こうか?」
「そうだな。黒い。シーフードカレーだ。ヘノは大盛りが嬉しいぞ」
桃子と、ヘノと、ティタニアの分の大盛りカレーをよそったら、カレーをお盆にのせていつものように女王の前でディナータイムと洒落込むのであった。
「なるほど。クルラはよくいなくなると思ったら、まさかダンジョンの外の人の村まで出ていただなんて……」
ティタニアと共に黒いシーフードカレーを食べながら、今日行ったダンジョン――桃の窪地、について報告する。
さすがにいくら小さいダンジョンだと言っても、光の膜が繋がっている以上はティタニアも把握しているダンジョンだったのだが、そこからクルラが外に出てしまっているということは今まで全く知らなかったようだ。
外に出て、更には村の人に堂々と姿を現しているという報告には、一瞬くらっと魂が抜けかけていたが、娘であるヘノの手前、きっちりと背筋を伸ばして立て直した。
「あの場所を、人間は桃の窪地と呼んでいるのですね。桃子さんは、明日もそこに行かれるのですよね?」
「はい、現地の女の子と約束したんです。ええと、もしかして……駄目でした?」
「いえ、駄目ということはありませんよ。クルラも行くのでしょうし、その地のことは私よりもクルラの方が詳しいでしょうからね。ただ……」
「女王。そのイカ食べないなら。ヘノが貰っていいか」
ただ……と、女王ティタニアが何か言おうとしたところで、しかしその言葉は横からの声で遮られる。
自分のカレーを食べ終えたヘノが、女王のお皿を眺めている。女王のお皿には、輪切りになったイカの切り身が一切れだけ端っこに寄せられており、ヘノはそれが気になって仕方がないらしい。
桃子はその光景を、前にもどこかでみたな、と思いながら眺めていた。
「駄目ですよ、ヘノ。これは私も最後にとっておいたイカですから、ヘノでも譲ることは出来ませんよ。食べちゃいます」
「そうか。それじゃあ仕方ないな」
女王がぱくりとイカを端っこから頬張る姿を、ヘノは残念そうに眺めていた。気のせいか、自分のカレーを全て食べた直後だというのに口の端から涎がたれている。
が、すぐに気を取り直したようで、桃子の前へと移動してくる。
「桃子。ティッシュ。お願いしていいか」
「あらら、イカスミでヘノちゃんのお顔が真っ黒だよ。ダンジョンのイカスミ、ほんとメチャクチャに黒くなるね。はい、じゃあ動かないでねー?」
カレーの後は桃子にティッシュをしてもらう。
これが最近のヘノの、食後のルーティンである。
「では桃子さん。お母さまのシーフードカレーも頂いたことですし、本日の鑑賞会と行きましょう」
「あ、はいっ。じゃあちょっと待っててくださいね、いまセットしますね」
そしてカレーの後には食卓に端末を立てかけて、一緒に【りりたんの朗読チャンネル】を視聴する。
これが最近増えた女王ティタニアの、食後のルーティンである。
『――では、本日の朗読はここまでですよ。りりたんは休憩しますから、視聴者の皆さん、ゆっくりお休みくださいね』
「はい、お休みなさい、お母さま」
画面に話しかける女王ティタニアを、ヘノが横からジッと眺めている。母でもある女王がにこにこ顔で画面に話しかけている風景は、ヘノの目にはどのような光景として映っているのか。ヘノが相変わらずの無表情なため全然想像もつかない。
そしてそんなヘノを更に横からニコニコ顔で桃子が眺めていると、女王の間に光の膜が出現した。
「うぅ……やっぱり、ここにいたんですねぇ、桃子さん……」
そこから出てきたのは、蒼い光を放つ妖精、ニムである。ただし顔は真っ黒だ。
手には何か、ニムの身体と比べればやや大きめの、四角いものを重そうに持っている。
「ニムちゃん? どうしたの? 私のこと探してたの?」
「は、はい……実は、柚花さんから、これを桃子さんにって……」
「これって、なあに? 本?」
真っ黒顔のニムが桃子に差し出してきたのは、一冊の本。
なんだか表紙に不思議な紋様のようなものが描かれたそれは、以前りりたんが【製本】で現出させた本に似たデザインに見えた。
「え、えと……スクロールらしいです……。あ、詳しくは、今日の配信の、ああかいぶ? を見てくださいね……と」
スクロール、それは魔法を習得する際に必要な本。
りりたんは【製本】で様々なスクロールを再現してはいくつかのスキルを使い分けていたけれど、この本は【製本】の疑似的な再現ではない、オリジナルのスクロールなのだろう。
そして、それを桃子に差し出すニムの顔は何度見てもやはり真っ黒。
「ニム。スクロールはいいけど。顔が。真っ黒だぞ」
「そういえば……外でも……真っ黒な方々がいて……こ、こわかったんですよぅ」
言うまでもなく、イカスミカレーで真っ黒になっていた。
急ぎで桃子の下へとやってきた風に見えたニムだったが、どうやら先にイカスミカレーを食べてきたようだ。
「ああ、ニムちゃんもティッシュだね、ティッシュティッシュ……と」
何はともあれ、ヘノと同様にニムを引き寄せて、顔周りをティッシュで拭き拭きとする。
もしかしたら、今頃花畑には顔を真っ黒にした妖精が大量発生しているのかもしれないなと、桃子の脳裏には恐ろしい想像が浮かんでいた。
【とある妖精たちの会話】
「おい! 今日のカレー見たか! 真っ黒なんだぞ!」
「すごいよぉ、イカスミというものらしいけど、真っ黒くて、なんだか恐ろしいよぉ」
「ほほう。謎は全てとけたよ。これこそが、イカスミと言う名の、恐ろしき神秘だね」
「それは今、私が言ったことだよぉ」
「恐ろしいのは見た目だけだねぇ。味は……ククク」
「クククじゃわからないねぇ。まあでも、桃子さんのカレーなら、間違いはなさそうだよぉ」
「よし、さっそく食べてみるヨ。皆もたべようヨ」
「食べるときには注意しないと……ククク……まあいいか」
「ぎゃあ! お前ら! その顔どうしたんだ?!」
「お皿に顔を入れたら、真っ黒になっちゃったヨ」
「これでは、ボクの顔が見えなくなってしまうのではないかな?」
「びっくりしたねぇ。イカって、食べると顔が黒くなるんだねぇ」
「あっ……皆さんここに集まって……うひぃぃ……?! く、黒々とした謎の集団……怖い」
「ククク……ニムの顔も、真っ黒だねぇ」
「ひぃい、ルイみたいな声の黒い妖精が……うぅ……ぱたん」
「気絶するときに『ぱたん』という妖精は……初めて見たねぇ」