ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「桃子。桃の木のところに。あの子供。小梅がいるぞ」
頭からマヨイガ産の防寒具であるわら帽子をかぶった桃子が、ヘノに続いて光の膜を抜けて、桃の窪地へと降り立つ。
光の膜の出入り口がある岩の上から桃の窪地を一望すれば、雪が降り続けていたのか、地面が一面真っ白に染まっている。そしてそこには点々と、まだ新しい小さな子供の足跡が残っていた。
足跡は桃の木へと向かっており、桃の木の根元を見れば小さな女の子の姿が見える。
桃子も岩から降りると、小梅の足跡を追うように雪に足跡をつけ、桃の木へと向かう。
都市部で育った桃子は雪道には慣れていないのだが、所有スキルの効果か、はたまた頭から被ったわら帽子の効果か、雪もあまり気にならない。
「小梅ちゃん、こんにちは!」
桃の木の下に立っているのは、身長としては桃子よりも更にまだ小さめな少女。ふわふわのダウンジャケットに身を包み、子供らしくピョコンとしたツインテール髪の女の子、小梅。
小梅は桃の木の下に立ち、ぼんやり反対側を眺めていた。小梅の呼吸に合わせて、空気が白くなる。
そこに桃子が近づいて声をかけたのだが。
「うわ、緑のウワバミさまっ……」
しかし、声に気づいて振り返った小梅の視線は、桃子には向いてなかった。
桃子ではなく、その横を飛ぶヘノを凝視したかと思えば、例の『ウワバミ様に気付いてはならない』という言いつけを思い出してすぐに視線を外し、ヘノに注目しないようにわたわたしていた。
「どうやら。桃子のこと。見えてないみたいだな」
「あれ? 小梅ちゃん? もしかして【隠遁】が効いちゃってるのかな?」
ダンジョンで他者から認識されていないのはいつものことなので、気づかれていなくとも別段驚きもしないし、さすがにもうショックを受けたりもしない。
ただ、小梅は昨日はっきりと桃子の姿を認識していたので、てっきりこの桃の窪地は【隠遁】が効果を発揮しない場所なのかと思っていたが、別にそういうことはないようだ。
やはり、昨日は小梅が崖の上……つまりはダンジョンの外から覗き込んでいた状態だったから、桃子を認識していたのだろうか。
それとも、別な理由があるのか。
と、小梅の前で考え込んでいた桃子だが、しかしその思考も杞憂となる。
「あれっ? あ! 雪ちゃん、いつのまに来てたのー? やっぱり雪ちゃんって、雪ん子なんだねっ。よかった、もう会えないのかって思っちゃったの!」
小梅が、突然目の前に現れた雪ん子少女の姿に驚きの声を上げたのだ。実際には突然現れたわけではなく、先ほどから立っていたわけだが。
小梅は跳ね上がるように慌てて立ち上がり、目の前の雪ん子の手を取って笑顔を見せた。
「あ、見えてるのかな? 【隠遁】が効いてるのか効いてないのか、よくわかんないね」
「どうも。ここは。魔力がすぐに上空に拡散していって。安定していないみたいだな」
「いんとん? 魔力? なあに?」
桃子とヘノのやり取りを聞いて、集落では聞くことのない単語の連続に小梅がきょとんとした顔を見せる。
緑のウワバミ様ことヘノの言葉をはっきり反復しており、例の『ウワバミ様の声は聞こえていないフリ』はすでに死んでいた。
「ううん、こっちの話。小梅ちゃんは今日はひとりで来たの? お婆ちゃんは?」
「それがね、お婆ちゃん最近は調子悪いから、今日はお休みするんだって。まあお婆ちゃん、80歳超えてるからあんまり無理できないんだって、ぼやいてたの」
「そっかー、心配だねえ。昨日は80歳超えにしてはすごく元気だったけど……」
どうやら、昨日一緒にいた風間のお婆ちゃんは、今日は家でお休みしているのだそうだ。
一般的な80歳がどのくらい元気なものかはわからないが、大きな籠を持って雪の降る荒れた道をすたすた歩く風間のお婆ちゃんは、少なくともメチャクチャ元気に見えた。
しかし、いくらハチャメチャに元気に見えたとしても、実際に調子が悪いのでは仕方がない。
「本当はここね、一人で遊びにきちゃ駄目って言われてるんだけどね。ウワバミ様と雪ちゃんと一緒って言ったら、許してくれたんだよ」
それはそうだ。昨日聞いた話では小梅はまだ9歳の小学生だ。
たった一人で山の中の、魔物こそ出現しないようだがこのような不思議なことが起こる窪地に女の子が入り浸るのは危険だろう。
「それじゃあ、小梅ちゃんは暗くなる前にはちゃんと帰らないとだね! ところで、さっきまで小梅ちゃん一人でなにしてたの?」
「……あそこ、ウワバミさまのお気に入りの場所でね、よくあそこで寝てるんだよ」
小梅がしゃがんでいた場所から向こうを見てみると、そこには小さなお社が建っている。
そしてその社の屋根の下に、黄色がかった白い光がうっすらと灯っていた。
「あいつ。どれだけ人間に対して。無警戒なんだ。もしかしていつもあんな風なのか」
見れば、ウワバミ様ことクルラが、社の中で居眠りをしているようだった。妖精の居眠り姿なんて、妖精の国ですらなかなか見れるものではない。
妖精は人間を警戒しているという話はなんだったのだろうか。ヘノも呆れたような声を上げている。
「小梅ちゃん、どうしようか。ここでもう少しウワバミ様、見ていく?」
「ううん、雪ちゃんと遊ぶの! あのね、シャベル持ってきたの。雪だるまと、かまくら作ろう!」
「よし、わかった。私これでも力もちだから、でっかいの作ろうね!」
「わーいっ」
しかし流石にここでずっとウワバミ様を眺めて過ごす気もないのか、小梅は子供らしく雪遊びを提案した。
桃子も首都圏育ちでこのような広い雪景色などそうそう見ることがないため、雪遊びには大賛成だ。しかも今なら【怪力◎】の恩恵もあるはずなので、かなり大きな雪玉を持ち上げることも可能だろう。
やるならいっそ、テレビで見るくらい大きなものを作ってみせようじゃないか、と桃子は意気込んだ。
「雪。ヘノは少し。周囲を探検してくるぞ」
「うん、わかったー」
ヘノはまだこの桃の窪地に色々と興味があるようで、小梅と桃子が遊びだすのを横目に、ふらふらと上空へと飛んでいってしまった。
離れていく緑の光を見送ると、桃子と小梅はさっそく雪玉を転がし始める。
「雪ちゃんすごーい、力もちだったねえ」
「えへへ、これでも雪ん子だからね」
桃子と小梅が雪遊びを始めてからしばらくして。
あれから大きな雪だるまを作ったり、小さなかまくらを作ったりしていた二人だが、さすがにそろそろ疲れて来たので一休みをしようということになる。
ベンチの一つでもあればいいのだが、流石にこの場所にそのようなものはなかったので、二人してお尻が地面につかないように中腰だ。
「あ、でもねっ。小梅もほら、超能力みたいなの使えるんだよーっ」
そう言うと小梅は手袋を外して、桃子に手のひらを見せる。
そして、どうやら集中しているのだろう。小梅が黙って数秒すると、その小さな手がぼんやりと光を放つ。まるでそれは、妖精の光にも似ている。
「手が光ってるね」
「うん、光るだけで、何か出るわけじゃないんだけど。この窪地でしか光らないの」
この手の光にどのような効果があるのかは桃子には分からない。
だが、桃子には心当たりがあった。ここがダンジョンである以上、手から光が出るような現象など、一つしかない。
「それはきっと、スキル、だね」
「スキル?」
スキル。探索者がダンジョンで戦うための武器であり、ダンジョン内で開花するそれぞれの才能。
桃子のようにそれが仇となることも無くはないが、大概の場合はそのスキルの所持者にとっては大きな武器になるものばかりだ。
そしておそらく、小梅のそれは魔法だろう。それも恐らくは、光属性の魔法ではないだろうか。
「ええと……うん、魔法って言ってもいいかな。小梅ちゃんは、探索者の素質があるね。大きくなったら、ダンジョンに潜ってみるのもいいかもしれないよ」
「ここら辺、ダンジョンないからわかんないや」
この地域がどこの地域なのかは分からないが、ダンジョンはどこの地域にもあるというものではない。
昔から、人の多い地域のほうが出現頻度が高いと言われているが、逆に言えば小梅の住む集落のように人の少ない場所にはなかなかダンジョンが現れることはないのだ。
桃子は生まれ育った土地から電車で房総ダンジョンまで行くことが出来たので、最短の14歳から探索者の道に進むことが出来たが、ダンジョンのない地域の人間はそれだけで探索者の道を諦めることもある。
小梅はほぼ確実に魔法の素質があるのだが、もしかしたら探索者の道を選ぶことはないのかもしれない。勿体ないなあと、桃子は思うが、ダンジョンがないのだから仕方がないだろう。
……もっとも、そういう会話をしているこの場所こそが、ダンジョンなのだけれど。
「そうだ、雪ちゃんこっちきてー。あのね、面白いところがあるの」
そして手が光る話をしたかと思えば、また小梅の興味はすぐ別な『面白いこと』へと移行した。
すくっと立ち上がると、今度は何もない窪地の端の崖部分へと桃子の手を引いて案内しようとする。
「まってまって、面白いところって?」
「あそこの崖にね、割れ目があるの」
「割れ目?」
どうやら、小梅の目的は何もないように見える崖らしい。
桃子も手を引かれるままに小梅の後をついていくが、パッと見では他と同様、何もない岩と土の斜面である。
もちろん岩と土なので、所々に割れ目なりひびなりがあってもおかしくないのだが、一体何のことだろうと、小梅の後ろからその壁面を覗き見る。
「ほら、ここー。前まではこんなのなかったんだよー?」
「本当だ、割れてるね。地割れみたいだけど、崖の割れ目も地割れって言うのかな」
そこは確かに、割れていた。
石や土が割れているのではなく、何やらもっと大きなサイズのひび割れがあり、その一部だけがパクっと口を開いたような、そんなイメージだ。
桃子の目には、地震のあとに出来た地面のひび割れに似ているように思えた。
割れ目を覗きこむと、意外にもその奥は深く、中が覗けない。立地的に木の根などが伸びていそうなものだが、そういうものもなく、大袈裟かもしれないがまるでそこに深淵が広がっているようだ。
「多分ね、新種の恐竜化石があるんじゃないかなって思うの。雪ちゃん一緒に化石掘らない?」
小梅の推理では、この場所には恐らく恐竜の化石が眠っているのだという。
雪遊びに使ったシャベルで、小梅がその穴の周囲に溜まった土や枯葉をカリカリと落としていくが、流石にそこから化石が出てくる様子はない。
場所的にも、新種の恐竜の発見は難しいだろうなと桃子は苦笑を浮かべるが、しかしそんな桃子を振り返った小梅の様子がおかしい。
「あれ? 雪ちゃん……あれ? 雪ちゃん? 雪ちゃんどこー!?」
見失っている。目の前にいる、息もかかりそうな距離にいる、桃子を。
「小梅ちゃん、私はここにいるよ。大丈夫、大丈夫」
桃子は目の前で雪ん子の名前を呼ぶ小梅の手をとって、ぎゅっと握り声をかける。
これが【隠遁】による認識阻害ならば、手と手でしっかり触れあえば、認識阻害は消失するはずだ。
「うわ!? ……雪ちゃん、たまに見えなくなるからビックリしちゃうよ」
「うん、ごめんね。手を繋ごうね。一緒にキャベツでも見ない?」
急な【隠遁】の効果の発動に桃子も面食らったが、しかし手さえ繋いでいれば大丈夫だろう。
桃子は、この割れ目は不気味な気がして、離れた方が良い気がして、小梅の手を引っ張って桃の木の方へと歩き出す。
あの深い深淵のような割れ目を振り返らないようにしたまま。
「雪ちゃん、小梅、キャベツ見ててもあんまし楽しくないよー?」
「そう? キャベツってかわいくない?」
「えーっ、そうかなあ」
気を取り直したように、くだらない話で笑いあう。
離れた場所では、何かを感じ取った緑の光を放つ妖精が目を丸くして二人の様子を眺めており。
そして、同じく何かを感じ取った白い光を放つ妖精が、苦々しそうに、崖の割れ目を睨みつけていた。
【琵琶湖ダンジョン専用 雑談スレ】
:なんか、例の兵器一枚噛んでた企業が早々に日本撤退決めてて草
:何かあったの?
:幹部何人かが行方不明。
:こわ
:関わらなくて良かったなあ
:久永試飲号きた
:なんて
:オレ現地民、仲間とわさび採ってたら救命信号がでました。三層から。
:ダンジョンで雑談スレ見てんじゃねえよ、急げ
:モンスターハウス案件。他にも三層まで来られるパーティいたら助けが欲しい。
:いまギルド ひとりだけど上層で仲間集めて向かう 頑張れ
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:なぁにこれぇ(現地写真)
:そのキラキラしてるのなに?
:現地から書き込み モンスター全滅 救助対象無事
:現地ニキたち乙 三層ハウス案件によく間に合ったな
:いや、オレらがきた時には事後でした。
:これ全部スライムの特殊素材っぽい何か(現地写真)
:何があったんだ?
:人魚姫の歌でスライムが結晶化して砕けてったって
:えぇ……
:琵琶湖の荒くれ聖女さまここで登場
:スライムって歌で砕けるの
:そもそも結晶化ってなによ
:救助された探索者たちは、なんか手を合わせて祈ってた。
:よほど怖い目にあったのか
:いやなんか、自分たちに優しく微笑みかける人魚姫の姿を幻視したって言ってるんだけど。
:幻視って言っちゃってるじゃん
:とりあえず救助者拾って地上へ戻ります 集まってくれた他の皆にも敬礼
:スライムの特殊素材っぽいのどうすんだ
:超ほしいんだが