ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「うーん、ダンジョンの赤ちゃんがダンジョンに育つ……か」
休み明けの平日。工房では午前の作業を終えた桃子が、お弁当を食べながら考え事をしていた。
というのも、遡って前日のこと。
日が傾いてきたので、疲れてウトウトし始めた小梅を民家の近くまで背負って送り届けた桃子。
周囲の民家の人たちが雪の中で小梅を背負う雪ん子の姿を二度見していたが、どうやら彼らは怪異的なものには耐性があるらしく、何も聞かずに小梅を受け取ってくれた。
色違いのウワバミ様を引き連れて雪の中へと帰っていく、わら帽子姿の子供を見送る村人は、それはそれは唖然とした表情だったのだが、残念ながら桃子は背後から送られる困惑の視線まで見てはいなかった。
そしてその帰り道なのだが、どうやらヘノが何か考え込んでいた。
というのも、ヘノが言うには、あの桃の窪地は極めて小さなダンジョンだが、急激に瘴気の気配が増すのを感じたらしい。
いや、結論から言ってしまおう。あの小梅が覗いていた崖の裂け目は瘴気のこもったダンジョンだ。桃の窪地は極小のダンジョンだったわけではなく、あの向こうに広大なダンジョンが広がっている。
今はあれだけの裂け目で済んでいるから良いものの、あの裂け目が広がればあの窪地も広大なダンジョンの一角となり、人を襲う魔物が出現するような土地になるらしい。
念のため、ハンマーの【氷結】を利用して裂け目を氷で塞いでおいたのだが、それも一時的な処置でしかない。
ヘノの言葉によれば、クルラもそれは感づいているはずだというが、結局クルラはあの後またどこかへと行ってしまい、姿を見せなかった。
「桃ちゃん、先ほどから何か悩んでいますけど、どうかしましたかー?」
「あ、和歌さん。実はちょっと気になることがあるんですけど、ダンジョンって最初は何もない場所にいきなり増えるわけじゃないですか?」
「そうですねー。房総ダンジョンも、元々はゴルフ場しかないような場所だったはずですよー?」
隣で野菜多めのヘルシーなお弁当を食べていたほんわかお姉さんこと和歌が、何やら考え込んでいた桃子に声をかけて来たので、桃子もこれ幸いにと和歌にもダンジョンについて聞いてみた。
和歌もダンジョンの専門家ではないにしろ、桃子より昔からダンジョンに入っていた人物であり、少なくとも桃子よりも昔のことを知っているのは間違いない。
「それでですね。例えば、最初に小さいダンジョンの赤ちゃんがあるじゃないですか。それがどういう過程で、大きなダンジョンになっていくのかなーって」
「ダンジョンの赤ちゃん……桃ちゃんはなかなか、ロマンティックなことを言いますねー」
和歌もいままでそのような観点でダンジョンを考えたことがないのだろう、なるほどといった感じで相槌をうつ。
和歌も己の記憶や知識を思い返してみるものの、しかし流石にダンジョンの始まりまでは分からないし、それを観測したという記録も聞いたことはない。
ただ一つ、それに限りなく近い状況だったダンジョンを知っていた。
「でも、それなら新宿ダンジョンが近いかもしれませんねー。あそこ、最初は、ただの雑居ビルの地下に出来た小さな割れ目だったんですよー」
和歌が、記憶をなぞりながら桃子に語っていく。
新宿ダンジョンは、およそ30年前に東京都新宿区に現れたダンジョンである。はじめはただの地盤沈下か、設計の不備による破損だと考えられており、建設業者が点検に来るだけだった。しかし、点検していくうちに穴が広がり、そしてその先には土地としてはあり得ない規模の異界が広がっているのが見つかった時点で、それが新しいダンジョンだと判明したのだ。
ダンジョンそのものは世界にも数多く存在しており、日本にもそれ以前から無かったわけではないので、そこがダンジョンだと判明してからの政府の対応は早かった。
しかし問題は、場所である。
千代田区が日本の中心とするならば、新宿区は東京の中心ともいえる重要拠点だ。
そんな場所のビルの地下階に突如としてダンジョンが現れても、すぐさま周囲一帯の立ち入り制限とはいかなかったのだ。
最初は周囲数区画にのみ規制が入り、国家の研究員などが立ち入り調査を始めるが、しかし最初の発見からじわじわとダンジョンの穴が広がっていき、じきにその穴に飲み込まれるように雑居ビルが倒壊。
周囲の道路も陥没や隆起の被害にあい、事前に国主導の規制が入っていなければ、あわやパニック寸前だったという。
その後、国家レベルの大規模な立ち入り制限、および整備計画によってダンジョンを管理する新宿ギルドと巨大門が設置されて、ようやく、今の桃子の知る新宿ダンジョンの基盤が出来上がったのだ。
それが、桃子が生まれるよりも昔のことである。
「当時は連日大ニュースだったらしいですよー? 倒壊したビルを片付けようにも、その根元は魔物が闊歩しているダンジョンに入り込んでいましたし。うっかり入っちゃった作業員さんが魔物に襲われて被害にあったりということもあったとかー」
「そうですか……ダンジョンって、時間でどんどん広がっていっちゃうんですね」
「まあ、あくまで新宿のお話ですから、他の場所もそうとは限りませんけれどねー」
あくまで新宿の話で、他もそういうわけではない。
例えば房総ダンジョンなどは、元はゴルフ場が立ち並ぶだけの山の中であり、山林整備の業者が気づいたときには既にダンジョンとして口を開いていた。なので、本当に誕生したタイミングというのは観測されていないのだ。
けれどもし、桃の窪地のあの裂け目が新宿と同様に、時間とともに広がっていくものだとしたら。
小梅は、少し前まではあのようなひび割れはなかったと言っていた。
桃子はしかし、頭に過る嫌な想像を振り払うために、ぶんぶんと首を振る。
そんな挙動不審な桃子を、和歌は不思議そうに眺めているのだった。
そして午後の作業中、和歌が思い出したかのように桃子に声をかける。
「そういえば桃ちゃん、今日は親方さんのところにお客様が来るらしいですよー」
「お客様、ですか? 所長じゃなくて、親方に?」
作業机で、大小の武具やアイテムのメンテナンスの手を止める。
小さな工房とはいえ、ここもまた一つの会社だ。関連する業者の人間や銀行、ギルドなどの人間が訪れることはもちろんある。その殆どは奥の客室で、所長が対応するものだが。
しかし、親方に来客と言うのは珍しい。お弟子さんたちならよく訪れるが、彼らは客と言う扱いはされていない。
「なんでも、例の大きな剣の。なんでしたっけ、シンエンタイ? の方が、親方さんにお礼を言いに来るとかなんとかですねー」
「え……ここに、ですか? 深援隊の人が?」
深援隊。探索者の中では上位に位置する、高レベル探索者が揃うパーティ。
桃子は彼らのことをよく知っているわけではないが、そのメンバーのひとりであるサカモトとは何かと縁がある。
眠り続けるサカモトを助け出し、鵺を討伐する際には彼の剣を犠牲にして、琵琶湖の事件のときには桃子と直接コンタクトをとったわけではないものの、彼もまた色々と尽力してくれたのだ。
しかし、桃子は立場的にはサカモトを一方的に知っているだけで、サカモトは桃子を知らないはずだし、なんならダンジョンに住む孤児か何かだと勘違いしているという、なんとも複雑な関係性である。
「そうですねー。まあ、私は特に関係ないのですが。小さい工房なので、挨拶くらいはした方がいいかもしれませんねー」
「そ、そうですねえ……」
別に、サカモトが嫌いなわけでもないし、善人なことは知っている。柚花からの情報では、ちょっと女性に対する嗜好が偏っているようで、はじめて聞いたときは柚花を侮辱された気がして多少は頭にきたのだが、冷静に考えれば性癖に罪はないのだ。
萌々子ちゃんの噂が変に偏っているのは彼の責任も少なくないのだろうが、今となっては桃子と萌々子の像が乖離する分には都合がいい。
とまあ、色々と考えたが、結局のところは『今更改めて会いづらい』のだ。
サカモトは桃子の顔を知らないはずなので、ここはまた、知らぬ存ぜぬでやり過ごそうと心に決める桃子だった。
「おーい桃の字、すまねえな、来客用の茶か何かを頼めるか?」
「あ、はーい!」
そしてそうこうしているうちに、どうやらいつの間にか親方の作業場に直接来客が来ていたようである。扉越しに見える来客は二人。おそらくサカモトと、深援隊の代表の二人だろう。
親方の作業場は外から大荷物を運び込む都合もあり、工房の玄関を通らずとも直接に出向くことが可能なので、来客もそちらから入ったのだろう。
「桃ちゃん、私も手伝いますよー。確かこの前、お弟子さんからいただいたお菓子も残ってますから、それも出しちゃいましょうかー」
「あ、じゃあそっちは和歌さんにお願いしていいですか? 私、棚の上のほう届かないので」
「では、手分けしましょうねー」
給湯室にて桃子が急須にお茶の葉を入れていると、和歌も給湯室へとやってきた。
桃子は仕事上は親方の部下にあたるポジションなので、親方はなにかと桃子に用件を頼むことが多いのだけれど、そういう時は頼まれていない和歌も一緒に手伝ってくれることが多い。
実に過保護である。
そして和歌が戸棚から菓子を取り出している間に、桃子は親方の分も含めて三つの湯飲みにお茶を注ぎ、親方の作業場へとお茶を運んでいく。
「失礼します、お茶をお持ちしました」
ノックをして扉を開ける。
軽くお辞儀をしてから入室し、客の右手後方から順にお茶を差し出していく。これは最低限のマナー的なものとして、和歌から教わった手順だ。
室内にいたのは、いつも通りに小柄な割に筋骨隆々でドワーフじみた親方と、伸びた髪を後方で無造作に絞った、海賊映画で主演でも張りそうな精悍な顔立ちの、ややダンディーみもある男性。そして、いつかみた彫りの深い顔立ちの長身の男、サカモトの三人。
「ああ、これはありがとう。お嬢さん。こちらの子は親方さんのお孫さんですか?」
「おゥ、まあよく言われるなあ。似たようなもんだぜ」
そして案の定、これは来客対応でよくあることなのだが、長髪の男性――おそらく深援隊のリーダーには、親方の孫だと思われていた。
毎回来客相手に否定していても仕方ないし面倒くさいので、親方もいちいち否定しなくなっているし、桃子自身も愛想笑いだけで有耶無耶にして済ますところなのだが。
「ちょっとリーダー! 大人の女性に対して子供扱いなんて失礼じゃないですか!」
突然サカモトが怒り出した。
これにはいきなり怒られたリーダーはもちろん驚いているのだが、桃子が初対面の男性に大人扱いされたことに親方も、そして桃子自身もぽかんと目を丸くする。
「リーダー、女性には紳士な態度で。いつもリーダーが言ってることでしょうが」
「あ、ああ……そうだな。申し訳ない、いきなり子供扱いしてしまったな。改めて、俺は深援隊というパーティを率いる、風間と申します。先ほどは失礼しました」
ぷんすか怒るサカモトに少し気圧されたリーダーだが、言っていることはサカモトが正しいと判断し、桃子に対して頭を下げる。
そして懐から名刺を取り出して、桃子へと差し出す。
桃子は自分が名刺を受け取ることなど就職時の面接の時くらいにしかなかったので、逆に慌ててしまう。
なんだかんだで普段接する男性はおじさんばかりなので、こういう精悍な男性に紳士的に対応されると、桃子も乙女なのでドキドキしてしまうものなのだ。
「わ、わ、いえ、気にしてませんから! ええと、親方さんの下で働いている、笹川と言います」
「可愛らしいお名前ですね! 俺、坂本と言います!」
「あの、苗字です……」
名刺を受け取り深援隊リーダーの風間へとお辞儀を返して名を名乗っていると、横から唐突にサカモトが食いついてきた。
なんだか妙に桃子に対してグイグイくる。
「うちのリーダーがいきなり子供扱いしてしまいすみません!」
「い、いえ……」
「笹川さんは確かに見た目は若々しくて小柄ですけど、骨盤をしっかり見れば第二次成長期は過ぎている、恐らくハイティーンだということくらいはわかりますからね。大体それくらいですよね?」
「うぇ……」
つい、桃子は腹の底からドン引きのうめき声をあげてしまった。
グイグイ来る。そして着眼点が怖い。
大人扱いされるのは初めてだったので、悪い気はしなかった。しなかったのだが、骨盤がどうとか、成長期がどうのとか、そんなことを熱弁されても困る。そもそも乙女としてはいきなり骨盤に注目してほしくはない。
どうやら本人は善意で言っていることみたいなのだが、だからこそ余計に困る。
「お、おゥ……なんだ、でかいの。少し落ち着いたらどうでェ」
「……坂本、お前ちょっと口を閉じてろ、な?」
サカモトの謎の熱さに、桃子のみならず親方も引いている。
リーダーの風間だけは、やっちまった……というような諦念の顔を浮かべながら、サカモトの肩をつかんで座席へ押し込もうとするが、しかし大男の熱は止まらない。
「いや、待ってくださいリーダー。俺、なんだか笹川さんと初めて会った気がしないんです! 笹川さん、もしかして、俺たち前にどこかで会ったことないですか? もし、この後時間があれば一緒に食事でも……」
「うふふふ、うちの桃ちゃんにそれ以上近づかないでくださいねー?」
桃子が無意識にあとずさり、風間がいよいよサカモトの頭に拳を振り下ろそうかと考えたところで、しかし女神は現れた。いや、女神というには少々殺気立っていた。
そこに現れたのは、お盆に菓子を乗せて運んできた、いつもならほんわかしているお姉さん、和歌だ。
「お、おゥ……和歌、すまねェな」
「お客様にお菓子をお持ちしただけですよー? ほら、桃ちゃんは向こうに戻っていいですからねー。私はこの大きなお兄さんと、黙ってみてただけの親方さんにお話がありますのでー」
怖かった。
これはこれで桃子は一歩後ずさるのだが、更にはその和歌に対して、今度は更に意外なところから声がかかった。
いつもは豪快な親方も、和歌の殺気を感じて冷や汗をかいている。
「……わ、和歌さん……?」
「はい? どちら様でー?」
しかしそんな殺気をものともせず、和歌に声をかけるものが一人。
見れば、サカモトを押さえつけていた深援隊のリーダー、風間が和歌の前に直立している。
しかも、先ほどの精悍なダンディの顔ではない。ガッチガチに緊張して、声も掠れているし、見れば手もがたがた震えている。
「俺……い、いや、ぼくは探索者ギルド深援隊のリーダー、風間と申します! 実は、ずっと以前から、昔から、あなたのファンでした! お会いできて光栄です! ぼ、ぼくはあなたの為なら火の中水の中……!!」
「うぇ……」
つい、和歌は腹の底からドン引きのうめき声をあげてしまった。
「り、リーダーちょっと落ち着いてくださいって、初対面で何言ってるんスか? 頭イかれてるんすか?」
「な、なんだァ? 最近の若ぇモンは随分積極的じゃねェか」
今度はサカモトが風間の肩に手を当て、正気に戻るようにと揺さぶっている。
親方は完全に自分そっちのけで始まった唐突な告白に目を白黒させているし、和歌は深援隊の二人に対して汚物を見るような冷徹な視線を叩きつけている。
そして桃子は。
「あ、あの……私は失礼しますねっ」
こんな場所にいられるかと、さっさと一人で退散するのだった。