ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
その週の金曜日。桃子の誕生日である。
「悲しいことに、桃ちゃんが、とうとう19歳になっちゃうんですねー」
「な、なんで和歌さんがそこで残念がるんですか?!」
この日、桃子は自分の誕生日だからといって何か意識しているわけでもなく、夕方には柚花と一緒にちょっとしたパーティでも開ければいいかな、程度に思っていた。
だがなんと、驚いたことに工房のお昼休みにケーキが出てきた。生クリームであしらわれた、可愛らしい苺のケーキだ。
どうやら和歌さん主催の企画で、所長さんと親方も出資してくれたものだという。
嬉しさでちょっと涙ぐみそうになったけれど、何故だか桃子よりも和歌の方が涙ぐんでいたので、桃子の涙はスっと引っ込んだ。
「桃の字、おめェ、工具入れに穴が空いてたろ。これ、良けりゃ使いな」
親方はそんな風に、まるで要らなくなったものを譲るような素振りで、腰元に装着できる工具入れをポイっと桃子に投げてよこす。しかしその実、不要な余りものどころか、ダンジョン素材と熟練の技術をふんだんに使用した、親方によるプライスレスな品物である。
桃子はその熟練の工具入れにテンションが一瞬で跳ね上がり、さっそくその場で腰につけてみた。付け心地を確認するように、その場でぴょんぴょん跳ねて、くるくると回ってみる。
工具入れを喜ぶ姿を見ていた和歌は、「もっとお洒落をしても……」と呟いていたけれど、桃子としてはお洒落よりも工具入れだ。素晴らしい逸品だ。
所長は封に入れたギフトカードをくれた。親戚のおじさんみたいだ。
プレゼントとして金券はどうなんだと和歌がぼやくけれど、年代の違うおじさんからのプレゼントとしては、金券というものは間違いのない品物なのだろう。
桃子はありがたく受け取っておいた。これでカレーの材料を購入できる。嬉しい。
そして和歌がくれたのは、桃子の足にぴったしの、最新の女性探索者向けダンジョンブーツ。デザインにも力が入っており、可愛らしいタイプをくれた。
ダンジョンアイテム設計に関わる和歌からみても、ダンジョン用ブーツとしては十二分の性能らしく、ちょうどそろそろ買い替えを考えていた桃子にはとてもありがたかった。
しかし、誕生日を祝ってもらえるのは嬉しいのだが、横の席で和歌が桃子の成長を嘆いているのは、どうしたものか。
「あんなに小さかった桃ちゃんが、どんどん大人になってしまうのかと思うと、なんだか寂しくなってしまいますー」
「和歌さん、私ここに来てまだ半年とちょっとですからね? 私、さすがに半年前と大差ないですからね? 和歌さん? 和歌さーん?」
ケーキを食べながら、桃子の頭をなでなでしてくる。もしかして酔っぱらっているのだろうかと疑うが、見たところ卓上にアルコールの類はない。これだけ出来上がっているにもかかわらず、素面のようだ。
なお、親方と所長にもケーキを切り分けたものを差し出したところ、数分もせずにぺろりと食べてしまった。
「そうですね、そうですよねー。桃ちゃんは19歳でも少女のままでいてくださいねー」
「いや、さすがに19歳で少女はどうかと思いますけど……」
数年前に法律が変わり、18歳から成人扱いになったので、桃子はこれで成人二年目となる。
さすがにもう自分は大人のオンナなのではないかと思っているのだが、どうにも周囲の目というのは外見に惑わされてしまうらしい。今年こそは、大人っぽいことをしていこうと、桃子は内心で抱負を決めるのだった。
そして桃子は考える。手始めに、目の前にいるお姉さんである和歌の大人っぽいところを真似してみよう。
とりあえず、まずは和歌と同じくケーキと一緒にブラックコーヒーを嗜むのだ。苦いけど、生クリームたっぷりの苺のケーキと交互に飲むと甘さが引き立って美味しい気がする。これは多分、大人の味だ。桃子はひとつ大人になった。
「私はともかく、和歌さんはほら、あの……深援隊のリーダーの人とは、その後どうなんですか?」
「えー、そんなこと聞きますー? せっかく桃ちゃん成分を吸収していたところなのに、成分が減っちゃいますよー」
話を振られた和歌は頬っぺたを膨らませて子供のようにぶー垂れている。
この人を大人の女性の見本としても本当に大丈夫なのだろうか? 桃子は訝しんだ。
「あの方、一応連絡先は交換しましたし、あれから少しだけトークは続いていますけど。探索者、しかも高レベルパーティのリーダーなんて人は、ちょっと私はNGですかねー」
「そうなんですか? でも、高レベル探索者のリーダーなんて、すごいんじゃないですかね? 見た目も恰好いいですし」
人となりはわからないものの、見た目は有名な映画俳優のようにシュッとしていて紳士的な感じがしたので、桃子としてはわりかし好印象だった。なので、和歌の言葉にはきょとんとして首を傾げる。
いやらしい話だが、外見や収入、信用などのスペックの面で見ても、深援隊リーダーの風間は好物件と言われる男性だろう。
「第一印象はともかくとして、お話ししたら真面目ですし、リーダーとしても責任感がありますし、多分強さも上から数えた方がいいでしょうから、そりゃあ素敵な方でしたよー?」
「え、なら……」
「桃ちゃんは、真面目で責任感が強い探索者なんて選んじゃ駄目ですよー? そういう人たちは、勝手に、一人で遠くに行っちゃうんですからー」
「そういうものなんですかねえ……」
勝手に遠くに行くという意味では、ヘノとあちこちのダンジョンに入り浸っている桃子のほうがはるかに好き放題しているのだが、おそらくきっと、そういう意味ではないのだろう。
少女のように見えた和歌が、その時は、少し影を背負うような、大人の女性に見えた。
「そうだ、桃ちゃん、親方さんの孫をやめて私の娘になりませんかー? 可愛がっちゃいますよー?」
「い、いや、遠慮しときます」
大人の女性に見えた……かと思ったけれど、ちょっと勘違いだったかもしれない。
工房の仕事を終えた夕方。
桃子は、工房の最寄りから一つ隣の大きな駅構内にて、柚花と待ち合わせをしていた。
いくつかの路線が交差する駅は駅ビルも大きく、駅構内にも様々な店が入っており、週末の夕方ということもあって多くの人が行き交っている。
柚花がまだ来ていないことを確認してから、駅構内にあるパン屋で軽くつまむものをいくつか買って店を出ると、ちょうど到着したばかりらしい柚花がパン屋の前で待っていた。
「せんぱーい! お待たせしました、今日はちゃんと着替えてきましたよっ」
「うん、偉い偉い。じゃあ、さっそくだけど房総ダンジョンにヘノちゃん迎えに行こうね」
「先輩のおうちに伺うのは後回しですか? まあ、仕方ないか……」
「私の部屋なんか行っても、別に何もないんだけどなあ。はい、柚花もカレーパン食べよ?」
桃子が買ったのは、カレーパンの大会で金賞を受賞したというカレーパンだ。桃子が普段食べているカレーライスとはまた違う系統ではあるが、これもまたカレー。桃子の研究意欲が湧き立つ。
桃子からカレーパンを受け取った柚花は、この人は本当にカレーが好きだなあ、とでも言いたげな味わい深い視線で桃子を見ていたが、しかし有難く貰うことにしたようだ。
房総ダンジョンまで直通の電車が通るホームに降りて、電車の待ち時間の間にベンチに座って仲良くパンをかじる。
「先輩、そのブーツどうしたんですか? 探索者用みたいですけど、なんか素敵なデザインですね。見たことないですけど、新作ですか?」
「あ、気づいた? えへへ、会社でサプライズでプレゼント貰っちゃったの。これ、最近発表された新商品でかなり性能もいいんだって」
今から房総ダンジョンへと行くというのもあって、桃子は和歌からもらったブーツをさっそく履いている。
ダンジョンではヘノと合流してすぐに戻るつもりではあるのだが、せっかくだから房総ダンジョンで5分くらいはこの靴で森の中をうろうろしてみるのも悪くはないかもしれない。
今は整備された街の中なので機能性の恩恵はないけれど、なんとなく軽さとかグリップ力だとかが良い感じがして、とにかくとても歩きやすい気はする。
「いいですねそれ。私もおそろいの靴買おうかなあ」
「柚花って誕生日はいつなの? せっかくだし誕生日プレゼントで私が買ってあげようか? 和歌さんに聞けば、どこの靴かは教えてくれると思うし」
「私の誕生日ずっと先ですよ。貰えるなら、クリスマスプレゼントがいいですね」
「えー、クリスマスプレゼントをあげるなら、中身は秘密でサプライズプレゼントにしたいなあ」
そのような会話を弾ませていると、房総ダンジョンの駅まで行く直通電車がホームに到着する。
カレーパンのゴミをカバンに押し込んで車両に乗り込んだところで、しかし桃子のスマートホンに着信が入った。
「あ、電話だ。どうしよう、電車内で電話は駄目だよね」
「先輩、まだ発車時間は先ですし、ホームでしたら大丈夫ですよ。いったん出ましょうか」
あわあわと入ってきた扉から再びホームに戻り、まだ着信がなり続けているスマートホンに表示される相手の名前を確認する。
「え……房総ダンジョンギルドからだ」
「先輩、何かやっちゃったんですか?」
普通はギルドから探索者個人に連絡が来ることなどそうそうない。
それこそ深援隊のリーダーや、個人でも特殊なスキルを持っている柚花のような探索者ならば急な要請依頼などもあり得るだろうが、桃子にそういう連絡が来るとも思えない。
房総ダンジョンギルドの室長であるヤマガタか、あるいは桃子の担当職員である窓口か。この二人が桃子に連絡を取るとすれば、恐らくは――。
「とりあえず、電話、でなきゃね」
電話の相手は窓口で。
そこで窓口に聞かされた内容は、今までにないほどの緊急事態の、SOSだった。
桃子が柚花と合流するよりも少し前。
まだ日が傾ききる前の頃。房総半島から遥か遠くの、とある山の中。
「風間のお婆ちゃーん? 寝てるのー?」
9歳の少女、小梅がとある平屋の前で声を上げていた。
この平屋は小梅がよく遊びに来ている、風間のお婆ちゃんの家だ。
「いないのかな。もしかして窪地かな?」
80歳を超えて独り暮らしの風間のお婆ちゃんの下には、日常的に小梅が遊びに来ていた。
ご近所付き合いという側面ももちろんあるが、このお婆ちゃんの家には大きなテレビもゲーム機もあるし、はっきり言って小梅の家よりも設備が快適だった。友達と遊ぶにはこの集落は街から遠いため、小梅の遊び相手はもっぱらゲーム機と、ゲーム越しにお話をする顔も知らない遠くの子たちだ。
何故こんなにゲーム機が揃っているのかというと、お婆ちゃんの孫という人――小梅から見たら父親のような年齢のおじさんなのだが――が、定期的にお婆ちゃんに最新家電を送ってくるらしい。お婆ちゃんは迷惑な孫だと笑っていた。
孫のおじさんは本当はお婆ちゃんには街に引っ越してほしいらしいが、お婆ちゃんはこの家を離れる気持ちは全くない。なので、せめてもの埋め合わせのつもりなのかここには最新の家電が増えていくのだった。お金持ちなのだろう。
5年くらい前、小梅が4歳の頃に一度会ったことがあるらしいが、全然覚えていない。5年というのは小梅にとっては人生の大半なのだが、お婆ちゃんやおじさんにとっては短い間隔なのだろう。
おじさん情報はともかくとして、小梅はその桃の窪地に遊びに行くのも好きだった。
村で信仰されているウワバミ様の姿をこっそり覗き見るのが好きだったし、なんとなくあの窪地に行くと体の調子が良くなるのだ。別段病弱な子供というわけではないのだが、なんだか不思議とあの場所だと元気になれた。
ときたま、お婆ちゃんの家にあるお酒をコップに入れて、こっそりとお社に供えているのは大人たちには内緒だ。
大体の場合はすぐにウワバミ様が来て飲み干してしまうので、戻ってコップを洗っておけばバレないのだ。
そんなわけで、大人にはひとりで行くなと言われている桃の窪地も、小梅にとっては見慣れた裏庭のようなものだった。
「窪地まで行ってみて、お婆ちゃんがいなかったら帰ればいいよね」
先日も、絶対に窪地まで一人で行ってはならないとお婆ちゃんに言われたが、そんなのはいつものことだ。
平屋の玄関を開けてもお婆ちゃんが寝ている様子もなく、いつも畑に行くときの靴も無かったので、恐らくお婆ちゃんは桃の窪地に出向いているのだろう。
寒くなると腰が痛むと言っていたから、もしかしたら動けなくなっているかもしれない。そうだとしたら流石に危ない。
そう思い、小梅は雪道を駆け出して、日が傾きかけてきた裏手の道を進む。
すでに後から降った雪で消えかかっているようだが、確かにその道には人ひとり分の足跡が残っている。やはりお婆ちゃんは窪地にいるのだろうと確信し、小梅はその小さい脚を頑張って動かし歩を早めた。
しかし、その先に見えた光景はいつものものではなく。
焼け焦げた桃の木。荒らされた窪地。
窪地にうごめく黒い影。
そして、桃の木のふもとに横たわるお婆ちゃんと、白い雪に広がる赤い色。
そして、それを黒い影から護るように飛び回る、黄色がかった白。金色の光だった。