ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「え……」
小梅の進む先に、空へと昇っていく煙が見える。
野焼きをしているのかとも思ったが、お婆ちゃんが雪の積もった窪地で何を焼くというのか。
「なんで燃えてるの? お婆ちゃん! お婆ちゃん?!」
小梅は、嫌な予感がして、雪道を駆け出した。
駆け出して、窪地のふちまでやってきて、上から窪地を見渡す。
するとそこには、幹が半ばで折れて焼け焦げてしまった桃の木に、原型を留めぬほどに荒らされた畑。窪地を蠢くいくつかの見慣れぬ黒い影。本来なら雪で真っ白になっているはずの地面はぐしゃぐしゃに荒らされており、そして視線の更に先には、桃の木の下で倒れ込むお婆ちゃんの姿があった。
お婆ちゃんの周囲には赤い色が広がっている。
その姿を見つけると、他のものは視界にも入らずに、小梅はまっすぐにお婆ちゃんの下へと駆け出した。
雪に足をとられて転びかけるが、お婆ちゃんの下へと真っすぐに走る。お婆ちゃんは雪の上に倒れていて、いつも着ていた防寒服が赤黒く染まっている。
「小梅ちゃん? 来ちゃ駄目よ、早く上に逃げてねっ」
そして、小梅が駆け寄ると、そこにはお婆ちゃんではない別な声。
顔を上げると、黄色と白の混ざった、黄金色の光を放つ、ウワバミ様がそこにいる。
そして、ウワバミ様がいきなり強く光ったかと思うと――。
「え?! うそ、ウワバミさま……きゃあッ!!?」
突然、狼のような影が小梅めがけて飛びかかってきたが、ウワバミ様の黄金色の光を浴びて、弾け飛ぶ。そしてそのまま黒い煤のようになって消えていってしまった。
「う、ウワバミ様……? え、なに……いまの、お婆ちゃん……」
「小梅……ごめ……な、婆ちゃん……しっぱ……ちまった……」
小梅は、何が起きたのか、そしていまこの場所で何が起きているのかわからず、すがるようにお婆ちゃんに縋り付く。
お婆ちゃんはまだ意識はあるようで、よわよわしく手を挙げて、小梅の頭を撫で、髪に積もった雪を落とす。しかしその手には熱がない。
「や、やだあ……お婆ちゃん、血ぃすごいよぉ!」
小梅がお婆ちゃんに縋り付くと、掌にべたりとした感触が残る。見てみれば、お婆ちゃんの服には大きな穴が開き、そこは痛々しい血がべっとりとついていた。地面の雪にも、赤黒い色が広がっている。
どこから出た血なのかはわからないが、小梅はそれを見て血の気が引いてしまう。恐怖のあまり、耳鳴りがして、手が震えてくる。
そんな小梅を護るように、白い光が周囲を旋回する。
見れば周囲には、先ほどのような狼――いや、狼に似た何か、それが更に数匹増えている。
「小梅、おれはいい……で……」
「小梅ちゃん、今ならまだ、私が護ってあげるのよ。あなただけでも、逃げてほしいのよ」
お婆ちゃんは弱弱しく小梅の手を取って、逃げるように階段を指さすが、しかし小梅は首を振る。
ウワバミ様も、いつものように軽やかに歌うような余裕のある声色ではなく、しかし今なら小梅を逃がせられるという。
小梅は初めて、ウワバミ様をまっすぐに見た。
いつの間にかこみ上げてきた涙でその顔はゆがんでしまっているけれど、見てはいけないはずの、話してはいけないはずのウワバミ様を、真っすぐに見据えた。
「ウワバミ様……い、一生のお願いだ、から……お婆ちゃん助けて! 小梅、なんでもするからぁ……」
「小梅、おれは……」
涙ながらにウワバミ様に懇願する。大好きなお婆ちゃんに抱き着く。
小梅には実の両親も、実の祖父母もいるけれど、それでもこの人は大切なもう一人のお婆ちゃんなのだ。
このまま置いていくのは嫌だ。
小梅はギュッとお婆ちゃんに縋り付く。
大人ならばお婆ちゃんの怪我の酷さをみて、もう助からないと理解してしまっただろう。しかし子供である小梅は、理解しなかった。諦めなかった。
だからこそ、奇跡を手繰り寄せることができる。ここは奇跡が起きてもおかしくない、桃の窪地なのだ。
小梅の手が、温かい光を放っていた。それはこの窪地でのみ使える、小梅の超能力。
それがなんなのか小梅は知らないままだけれど、今ここで使わないといけないとわかる、不思議な力。
それを見たウワバミ様は、周囲を警戒しながらも少しの沈黙のあと。
「……わかったのよ。小梅ちゃんは、その光でお婆ちゃんを暖めてあげるのよ♪ きっと、わたしの仲間たちが、助けに来てくれるから♪」
ウワバミ様――クルラは、まだ炎の燻る桃の木と同調するようにして光りだす。
そして桃の木を中心に、白と黄色の混じった、黄金色の光が二人を包み込んだ。
「窓口さん! 到着しました、桃子です!」
「タチバナもいますよ、窓口さんっ」
息を切らせて桃子と柚花が房総ダンジョンギルドへと駆け込んでくる。
駅で受け取った電話の相手は窓口で、至急桃子にダンジョンへと来てほしいという電話だった。柚花もいると伝えれば、ならば二人とも出来るだけ急いでくれという話だった。
というのも――。
「桃子。後輩。大変なんだ。すぐに来てくれ」
窓口の服の中から出てきたのは、緑色に光る妖精、ヘノである。
とある事情により人間の助力を求めたヘノが、一人でダンジョンの外のギルドへと入り込み、唯一の顔見知りである窓口の下へとやってきたのだ。
もしかしたら何人かの探索者や守衛には姿を目撃された可能性もあるが、今はそれを気にしている場合でもなかった。
「桃子さん、タチバナさん。事情は伺いましたので、すぐにダンジョンへ入ってくれて構いません。カードの処理はこちらでやっておきます」
すでにヘノから事情を聴かされているのだろう、窓口も神妙な顔で二人に伝える。
ギルドで預かっていた柚花の装備もすでに準備されていた。また、何も準備をしていない桃子のために、ランタンなどの最低限の道具をそろえたリュックも準備してくれていた。何があるか分からない今は、それが非常にありがたい。
そして柚花に装備を渡したら、窓口はすぐに内線で何かしら話し合っている。恐らく、桃子の事情を知る室長であるヤマガタに報告をしているのだろう。
「柚花、装備つけたら急ごう。詳しくは中で、走りながら聞かせてね、ヘノちゃん」
さすがにヘノも、他の探索者がいる場所で大っぴらに姿を現して説明するわけにもいかないのだろう、桃子のコートの内側へとするりと入り込む。
今日はもともと仕事場から直接来ているため、いつものスカジャンではなく秋用のコートだ。動きまわるには適さない服装なので、これはあとで妖精の国あたりで脱ぎ捨てたほうがいいかもしれない。
先ほどの電話では大まかな話しか聞いていなかったのだが、あとはここで聞くよりも、道のりでヘノに確認したほうがよさそうだ。
「すみません、装備完了しました。行きましょう!」
柚花も手荷物は全て窓口に預けて、ベルトと双剣を腰につける。
服装や靴などはダンジョン用というわけではない普段使い用のブーツではあるものの、ヒールの靴などでないだけマシだろう。柚花は桃子と共に行動する日は極力、背の高くなる靴を履かないようにしているのだ。まさに怪我の功名である。
「最初は女王が気づいたんだ。桃の窪地の。穴が広がって。魔物が這い出てきた。スタンピードとかいうやつだ」
両足に緑のつむじ風を纏い、桃子と柚花はダンジョン内を駆け抜けている。
房総ダンジョンは最近またダンジョン内の変動があったようだが、下層への通路の座標が変わらない以上は森林ダンジョンで迷うようなことはない。もはや慣れたもので、桃子も柚花も真っすぐに駆け抜けていく。
「桃の窪地って、先輩がお話ししてた場所ですよね?! どこかの山の、農村と一体化してるっていう……」
「うん、この前遊びに行ったところ。小さい子と、お婆ちゃんがいるんだけど……」
駆け抜けながらも、景色は変わっていく。
第二層坑道ダンジョンでは幾人かの人影を追い越したが、もはや人目を気にしていられない。
ダンジョン内では特別なスキルが無かったとしても、ある程度は魔力が身体能力や体力を補ってくれる。そのため、平均以上の魔力を持つ桃子と柚花ならば、このまま第三層まで駆け抜けることも問題ないはずだ。
「その子供と。年寄りが。巻き込まれた。それに。魔物が淵を上って。集落へ向かおうとしてるんだ。このままじゃ。村が危ない」
「……っ!! 小梅ちゃんたち、無事なの?!」
「今は。他の連中が守ってるけど。年寄りの怪我が酷いんだ。魔物も多くて。桃子たちの力を借りないと。無理だ」
第三層、鍾乳洞窟。
ここは下層まで行くわけではない。妖精の国へと続く、光の膜の出口はもうすぐだ。
「だから、私たちが行く! 柚花もお願いねっ!」
「もちろんですっ」
風のように鍾乳洞の迷宮を駆け抜け、跳び、そして巨大な鍾乳石の柱の前へと到着する。
「後輩。ヘノの風で。花畑の眠りの魔法から。一時的にお前を守ってやる。少しの時間しかできないから。寝るんじゃないぞ」
「わかりました! その小梅ちゃんとお婆ちゃん、村の人も、一緒に助けましょう!」
そして三人は、光の膜に触れて妖精の国へと踏み込んだ。
「待っていました。桃子さん。それに、柚花さん」
「ティタニア様……」
花畑に出たら、そこには虹色にきらめく蝶の羽根を持つ、妖精たちの女王が二人を待っていた。
桃子は、女王ティタニアが女王の間から離れて花畑へと出てくるのを見たのは初めてだ。女王はあの玉座の上で、ダンジョンの瘴気を常に浄化しているという。
ティタニアが不在となれば、桃の窪地ではない別なダンジョンに新たな災禍が降りかかる可能性がある。だからこそ、彼女は己が国を離れ、助けに行くことができない。
その玉座を外しているということは、今はそれだけの異例な事態ということなのだろう。
「私の力が及ばぬばかりに、申し訳ありません」
桃子が言葉を失い、柚花が事態を飲み込めずに黙っていると、女王は二人に頭を下げる。
そして顔を上げると、続けて二人に手をかざすと、桃子と柚花の身体に女王の強い魔力が入り込んでくる。
「私の魔力をお貸しします。どうか、クルラを……助けてあげてください」
絞り出すような声で、桃子と柚花に願いを託す。
「わかりました。私、クルラちゃんを絶対無事に連れて帰りますから」
「わ、私も、えと……頑張ります!」
柚花から見れば、この妖精が何者なのかは分からない。だが、位が高い妖精なことくらいは察したのだろう。背筋をただして挨拶を返す。
そしてその間にどこに用意していたのか、ヘノがわら帽子を桃子に押し付けた。
「桃子。これを着たら。すぐ行くぞ。雪よけだ。後輩には悪いけど。一つしかないぞ」
「えっ?! これ着るの?! まあいいか、急ごう!」
着ていたコートを花畑に脱ぎ捨てて、代わりに雪ん子衣装であるわら帽子を頭から被る。見た目はこんなだが、由緒正しいダンジョン第四層で発掘された魔法装備だ。効果は間違いない。
柚花はさすがに防寒装備などがないので仕方ないが、先ほどの女王の魔力には寒さへの抵抗力なども備わっているようだから、凍えて動けないということはなさそうだった。
「先輩、可愛いですよっ、その服装も写真にとりましょうねっ!」
「うん、無事に帰ったらね! 柚花も、怪我しないでね!」
ヘノを追いかけて花畑を走り、そのままの勢いで先に見える小さな光の膜に飛び込んだ。
はじめは小さかったダンジョンの裂け目が広がり、すでに中型の魔物程度なら出入り可能な穴が出来ていた。
その穴からは、ダンジョン1つ分の魔物たちが、外の世界を目指して押し寄せてくる。
「ヘノ! 桃子! 遅いぞ! もう! 妖精だけじゃ! 手がたりないんだ!」
「うぅ……柚花さん……クルラが……クルラがぁ……」
「あそこの穴を、どうにかしなきゃ駄目だヨ!」
「あの穴、どんどん広がっていってるんだよぉ……!」
空からは激しく降りしきる白い雪と、吹き付ける風。
明かり一つないはずの山の中だが、しかし窪地は不思議な魔法光で照らされている。これは今までに何度も見て来た、ダンジョンの魔法光だ。
この窪地はもう、ダンジョンに変貌してしまった。
窪地には、激しく飛び交う複数の妖精たち。
そして焼け焦げ、半ばで折れた桃の木の下には、お婆さんを抱きしめ、光を当て続ける小梅の姿が見える。
窪地から這い上がり地上世界へと躍り出ようとする魔獣は、上で待ち伏せていた妖精たちが魔法で叩き落とす。
しかし多勢に無勢、瘴気を纏った獣たちは際限なく穴から湧き出てくる。炎を吐き、爪を走らせ、窪地を破壊する。
「桃子。後輩。頼むぞ」
「わかった! 私は穴をどうにかする! 柚花は小梅ちゃんたちを守ってあげて!」
「はいっ!」
巨大なハンマーが振り下ろされれば、次の瞬間には魔獣たちは氷柱となって砕け散る。
研ぎ澄まされた双剣からは魔獣たちを繋ぐ強力な電流が迸り、一気に多数の黒い獣が煤へと帰る。
しかし、穴からは際限なく魔獣が湧き出てくる。この程度のダメージでは焼け石に水だろう。
雪の降りしきる夜の帳に、燃え盛る炎の明かりの中で。
探索者二人と、ダンジョンから這い出る魔獣たちの、殲滅戦が開始された。