ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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再来の花畑

 深援隊リーダー、風間は東北のとある街で育った。

 

 幼いころはダンジョンの探索者に憧れる少年で、数年に一度、山奥の集落に住む祖母の家に行くたびに、山をダンジョンに見立てて探検していたことは覚えている。

 そして、幾度かの山の探索の末に、幼いながらにスキルを会得し、魔力の使い方を教わってきた。

 

 学生時代には、同年代の少年少女が探索者として配信活動をしている姿に嫉妬し、そしてその女性探索者に心奪われる日々を過ごしてきた。

 成人後にダンジョンへと入ってからは、当時20代ながら期待の新星としてメキメキとその頭角を現していった。

 そして祖母の家に訪れた際に、この集落を自分が守らねばと思い、将来の目的をもって深援隊を結成し、今に至る。

 

 のだが。

 

「……俺は、どうやってスキルを得て、何を目的にして深援隊を作ったんだ?」

 

「何でいまここで哲学始めちゃうんですかリーダー。ドワーフ行っちゃいましたよ?」

 

 ドワーフの姿を追い、房総ダンジョン三層の鍾乳洞窟を進む。

 100メートルほど先で風間たちを見つめて佇む小さな鎧姿は、幻のようにすぐ消えてしまう。

 そして彼らがその場所までたどり着くと、同じように更に先で佇んでいるのだ。まるで蜃気楼だ。

 

 途中に出てくる魔物たちは、他のダンジョンの魔物たちと比べれば動きも単調で、警戒に値するような特殊な行動をとるものもいないため、風間たちの障害になり得ない。

 そんな道のりで、風間は唐突に、己の過去を思い出していた。

 

 風間と共に進む、パーティメンバーのサカモトとオウカが怪訝な顔を見せる。

 

「ちょっとリーダー。せめて前くらいは見て歩いてくださいまし。先日から何事か考え込んでいるのは知っておりますが、ここはダンジョンですのよ? ブチ殺されたいんですの?」

 

「あ、いや……すまん」

 

「何かあったんですか?」

 

「ああ、実は――」

 

 風間は、少し前から自分の記憶に靄がかかったような……いや、むしろ靄が晴れてきた感覚がする、という話を掻い摘んで説明する。

 オウカの酒の妖精の話を聞いたときや、ドワーフが妖精をつれているという話を聞いたとき。厳密にはその前に直に妖精と出会い、口止めをされたときのこともあるのだが――ここ数日で、それらのことを思い返す度に、なにか『重要なことを忘れている』ということを、思い出してきたのだ。

 

「忘れていることを思い出すって、結局何を思い出したんです?」

 

「なんだろうな。妖精に関することだろうと思うが」

 

「古来、妖精は深く関わった人間の記憶を消すと言われておりますわ。もしかしたら、リーダーは過去に何かとんでもないことをしでかして、その記憶を消されているのかもしれませんわね」

 

 オウカが半ば茶化すように言うが、風間にとっては笑い事ではなかった。

 なぜなら、恐らくはそれが正解なのだと、何となく知っていたから。

 うっすらと、ため息混じりに己と対面する蝶の羽根のようなシルエットが、微かに記憶のなかで甦ってきたのである。

 

 

「しっかし、あのドワーフって本当に実在してるんですかね? 見えてるの、俺だけじゃないですよね?」

 

「わたくしにも見えておりますわよ。散々岩を登らされて、これで幻だったらぶん殴りますわ」

 

 岩を登りながら、サカモトとオウカがぼやく。

 軽装のオウカはともかく、鎧姿のサカモトにとってはこのような地形が一番の難敵だ。

 一方、風間はアクロバティックに軽々と先に岩を登っていった。

 探索者は大なり小なり魔力を得てその身体機能を強化しているのだが、深援隊リーダーである風間はその魔力運用による身体強化が抜群に巧い。どの部位に魔力を乗せて、どの動きをするかの判断が、まるで息をするかのように自然に行われているのだ。

 

「懐かしいな。俺も子供の頃、岩や木をひたすら登り降りさせられた記憶がある。それで魔力での身体強化を覚えていったんだ」

 

「子供の頃って、リーダーいったいどこでそんな修行を?」

 

 上がった先には、巨大な鍾乳石が柱のようにそびえ立っていた。しかしやはり、ドワーフの姿はどこにもない。

 後からひいこら言いながら登ってきたサカモトを、オウカとともに引っ張り上げる。

 

「ああ、祖母の家の裏手に丁度いい場所があったんだ。集落の人たちには、桃の窪地と呼ばれていて――」

 

 しかし、その言葉は突如その場に現れた光の膜によって遮られる。

 いや、膜から飛び出てきた、一人の妖精によって、遮られた。

 緑色の髪の、指ほどのサイズの少女。薄緑色の光を放ち、手にはなぜか爪楊枝を握っている。

 

「ヘノちゃん?! ……あ、ヤベッ」

 

 サカモトが叫んでから、慌てて口を噤んだ。

 しかし、ヘノと呼ばれた妖精は、無表情で三人を見つめている。この場に人間がいることを初めから知っていたのか、その表情には何の驚きも見せない。

 そして、彼女は人間たち三人を順に見て。静かに口を開く。

 

「……頼む。仲間が危険なんだ。戦える人間が足りないんだ。助けてくれ」

 

 そして、がばっと頭を下げる小さな小さな少女。声こそ淡々と語るような口ぶりだったが、彼女の小さな手は震えていた。

 それを見て、風間やオウカが何か言う前に、サカモトがずいと前に出る。

 

「もちろんです。俺たち深援隊は、助けを求める相手を絶対に見捨てない。そうでしょ? 姐さん、リーダー」

 

「当然ですわ。ここで断るようなゲスなパーティでなくてよ」

 

「ああ、俺たちは強い。力になろう」

 

――小人の鉱夫の下で、かのモノと邂逅せよ。

――広がるシンエンが巫女を飲み込む前に。

 

 なんのことはない。まさに言葉通り、ドワーフの居た場所までやってきたら、妖精と邂逅した。

 そしてつまり、広がる深淵とやらに巫女が飲み込まれかけているのだろう。それを助けるために、自分たちが呼ばれた。

 これが【天啓】に導かれた運命ならば、いや、【天啓】が無かったとしても、ここで助けを求める手を振り払う選択肢など元からありはしない。

 風間は、そういう探索者を目指し、深援隊を立ち上げたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 深援隊の3人がヘノに続いて光の膜へと入ると、そこは果てしなく広がる花畑だった。

 これが、妖精の国。深援隊としては、サカモトが半年間眠り続けた場所、という印象が強いが。

 ヘノの魔法で守られた3人は眠りに落ちることはなく、突然広がったその景色に息を飲む。

 

「これは、本当に素晴らしい景色ですわね」

 

「あはは、俺、ここでずっと眠ってたんだなあ……」

 

 ヘノはそれなりの速度で花畑を進んで行く。花畑には様々な蝶や、小さな光が飛び交っている。おそらくその光のそれぞれが小さな妖精たちなのだろう。

 オウカとサカモトはその景色に感嘆の声を上げながらも、小走りでヘノの後を追いかける。そして風間は、その景色を見て、先ほどから沈黙していた。

 この景色に、見覚えがあるのだ。

 

 そしてヘノが向かう先には、ヘノよりも少し大きく、虹色にきらめく蝶の羽根を背負う妖精が三人を待っていた。

 

「ヘノ。サカモトさん。オウカさん。そして……」

 

 蝶の妖精は、案内をしてくれたヘノと、サカモト、オウカを見比べて、最後に風間を見て。

 

「リュウちゃん。お久しぶりですね、随分大人になったのですね。何度目になりますか?」

 

 

 

 ザァっと、風間の記憶に風が吹き抜けた。

 

 

 

 小学生の頃、ウワバミ様がダンジョンに住む妖精と同じものだと突き止め、魔力というものを教わった。探索者になるために特訓をしてもらった。そして最後に、記憶を消す処置を受けた。

 

 中学生の頃、ウワバミ様がダンジョンに住む妖精と同じものだと突き止め、スキルの使い方を教わった。いつかダンジョンに赴いて戦う日のために、様々なことを教わった。そして最後に、記憶を消す処置を受けた。

 

 高校生になっても、探索者として独り立ちした後も、ウワバミ様の正体を突き止めては、様々な教えを受け、そしてやはり、記憶を消す処置を受けた。

 

「9回、いや……10回は超えているか? たった今思い出しましたよ、女王様。本当に何度も手を煩わせてしまいましたが、お陰様で、探索者としてやっていけています」

 

 恭しく膝をつき、目の前に浮かぶ蝶の妖精に頭を下げる風間の姿に、サカモトとオウカは訳が分からず、ただただ困惑している。

 ここまで人間を連れてきたヘノも、何のことか分からないようでまじまじと二人を見比べている。

 

「女王。どういうことだ? こいつ。知り合いだったのか? でも。それより。今は……」

 

「まだ大丈夫です。今はまだ、対処できる程度の魔物しか出てきていません。その前に、今は彼に伝えなければいけないことがあります」

 

 早く人間を連れて行こうとするヘノを手で制し、ティタニアは語りだす。

 

 

 

 

「リュウちゃんが思い出したのなら話は早いです。今、桃の窪地で想定外のスタンピードが発生し、あなたのお婆様と、小梅という少女が巻き込まれました。彼女らを守るため、クルラが……あなたの知るあの子が、危機を迎えています」

 

「婆ちゃんに、ウワバミ様が……」

 

 風間は女王を見上げて、その話を聞く。

 桃の窪地は風間の祖母が住む集落にある不思議な土地で、そこにはウワバミ様という神が住んでいる。

 記憶の戻った風間にはもはや説明不要のことだが、ウワバミ様とはそこに生えている桃の木の妖精であるクルラだ。風間の祖父が桃の木をご神木としてお神酒を祀り続けているうちに、自然と誕生したという。

 

 少年だった風間は、長期休暇に祖母の宅を訪れる度に、そこで祀られていた存在の秘密に気づく。そしてそのウワバミ様に懇願し、探索者としての教えを受けてきたのだ。スキルとは。魔力とは。そしてその運用法とは。

 祖父が常に酒を供えていた影響でか、ウワバミ様は常に酒に執着していた。もはや桃の木の精霊というよりは酒の妖精の様相の彼女の教えは、今思えば出鱈目なものから理にかなったもの、簡単なものから過激なものまで様々だったが、それら全てが探索者としての風間を形どる経験となった。

 

 そして妖精の秘密を守るために、休暇を終えて帰る日には、この女王ティタニアに妖精やダンジョンに関わる記憶だけを抹消してもらっていた。本来ならば全てを忘れさせるはずだったが、魔力やスキルについての記憶を残してくれたのは、ティタニアの優しさだったのだろう。

 それを幾度も繰り返していたのが、風間の少年時代だった。

 

 4回を超えた辺りからは、ティタニアは毎回、呆れ顔で出迎えてくれた。

 

 

「お気づきかもしれませんが、あなたのお婆様には、あなたと同じく【浄化】という力が備わっており、それがあの桃の窪地を瘴気から長年守っていました。しかし……」

 

「その婆ちゃんの力に、陰りが見えてきた、ということですね」

 

「ええ。クルラはお婆様に、窪地から離れて過ごすよう説得を試みていたようですが……」

 

「はは、あそこは爺ちゃんと、ウワバミ様との思い出の地ですから。婆ちゃんは死んでも離れなかったでしょうね。それに、あそこには爺ちゃんが眠っているんです」

 

 恐らく、ウワバミ様ことクルラは、祖母にはもう窪地に近づかないように何度も説得したのだろう。しかし、風間の祖母にとってはあの土地から離れる選択肢などすでに無くなっていたのだ。死ぬならば、爺さんの眠るあの土地で死にたいと、孫にすらそう語っていたほどだ。

 

 あの集落ではウワバミ様のことは気づいてはいけない、何も見ていないフリをしないといけないと教わっているが、しかし祖母がウワバミ様と二人きりのときは普通に会話をしていたのを風間は知っている。ウワバミ様と祖母は仲の良い友人のようだった。少年だった風間は、それを見てウワバミ様の正体に気付いたのだ。

 ウワバミ様が祀られた神ならば、祖母はその神の言葉を受けとる巫女であり、そしてあの窪地を魔物たちから守っていた守護の巫女でもあった。

 しかし、巫女の力と言えども寄る年波には敵わない。

 

「スタンピードは、もしかしたら反動なのかもしれませんね。あなたのお婆様が長年封じていた瘴気が、お婆様が弱ってきた今、急激に暴発したのでしょう。皮肉なことに」

 

「婆ちゃんが長年守っていたからこそ、反動が大きくなってしまったわけか……参ったな」

 

「すでにあの窪地は、魔物の闊歩するダンジョンと化し始めています。あなたは、それでもなお、あの土地へと帰りますか?」

 

「……ええ。忘れていた俺が言うのも変だが、いつかはあの土地がダンジョンと化す予感はしていましたよ。だから、俺は、あの場所を護るために探索者になり、パーティを募ったんです」

 

 祖母と同じ力を受け継いだ孫は、自分が将来、その役目を引き継ぐことを決意した。

 いつの日か桃の窪地がダンジョンと化すのなら、探索者として名をあげ、発言力を持ち、ダンジョンの脅威から人々を護る者としての立場を得てから戻ってくると誓った。

 それが風間の、深援隊を作ったきっかけだった。

 皮肉にも、妖精とダンジョンに関わる記憶を失っていたために、その風間本人ですらたった今までその目的を知ることがなかったのだが。

 

「あの、リーダー。つまりですけど、リーダーは昔からここにきていて、そのたびに記憶を消されていた……ってコトですか?」

 

「お婆様が守っていた土地がダンジョンになることを予見して、土地を守るために深援隊が必要だったということで、よろしいのかしら?」

 

 話を横から聞いていたサカモトとオウカが、それぞれの理解を口にしてリーダーの判断を求める。

 ただただ強者を集めただけのパーティではないことは、薄々感じていた。常に深部を目指すわけでもなく、時には浅い階層で慈善事業のようなこともこなす。そんなパーティの在り方は、風間なりの理由があるのだろうとは思っていた。

 その謎が、ようやく解けた。 

 

「そのようだ。悪いな、全部俺のわがままだったようだ。しかも忘れていたときた、本当に面目ない」

 

「いや、いいですよ。俺を拾ってくれたのはリーダーだ、その窪地ってのがどういうのか知らないですけど、俺の力も必要ならついていきますよ」

 

「わたくしも、【天啓】に従っただけのこと。謝られる必要はございませんわ」

 

 ここにいない他のパーティ所属メンバーがどう感じるかは分からないものの、少なくともサカモトとオウカの二人は風間の動機を知ったところでどうとも思わない。

 むしろ最初の動機はどうであれ、新たに誕生する未知のダンジョンに挑むために結成されたというのだ。それこそ、探索者冥利に尽きるだろう。

 

 ティタニアは目の前にいる三人の探索者たちの目を見て、そしてフッと息を吐く。

 手を広げて、三人の探索者に防護の力を与えると、ふわりと羽根を広げた。

 

「すでに別な探索者の少女が魔物と戦っておりますが、彼女だけでは厳しい。あなた達の力が必要です。力をお貸しください」

 

 ティタニアの言葉に、三人は当然だとでも言うように力強く頷いた。

 大剣を、魔法杖を、サーベルを、すぐにでも振るえるようにその手に準備する。

 ヘノがさっそくとばかりに光の膜を現出させて、真っ先にその中へと飛び込んでいく。

 続いて、サカモトが。オウカが。その光の膜に触れて転移していく。

 

「リュウちゃん。何度も記憶を消してきた私がお願いできる立場ではないことは分かっています。ですが、クルラ……ウワバミ様を、助けてあげてください。このままでは本当に、あの子は消滅してしまいます」

 

「あなたはウワバミ様を……俺の師匠を守る選択をしただけです。謝らないでください。俺だって師匠を助けたい。尽力しますよ」

 

 

 風間は、少年の頃からの想いを胸に秘め、光の膜へと手を伸ばした。

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