ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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『雪ん子とウワバミ様』エピローグ

「クルラちゃん……クルラちゃん……?」

 

 桃子は、桃の木に手を当てて声をかけるが、何の反応もない。

 巨大な白蛇と化して魔物を浄化して、そしてどこへ消えてしまったのか。

 

「桃子。クルラは……」

 

「うぅ……めそめそ……」

 

 ヘノとニムが、桃の木に手を当てて、沈黙する。

 彼女はこの目の前の桃の木の妖精だった。ならば、この桃の木が朽ちてしまえば、その木の妖精の運命もまた、言うまでもないものなのだろう。

 夜の闇の中、魔法光でぼんやりと照らされるその桃の木には、もうあの金色の光は見えない。

 

 しかし、そんな沈んだ空気の中で、サク、サクという音が響いている。

 桃子が足元を見れば、二人の妖精がその小さな身体で雪を掘っていた。残骸に埋もれた、桃の木の根を掘っていた。

 

「……ククク……沈んでいるところに悪いのだが、手伝ってくれないかねぇ……」

 

「葉っぱはね、樹はね、土の中に大きな根っこがあるんだヨ」

 

 植物を司る妖精たちは、ヘノやニムと違って絶望は見せていない。

 桃子もそこで気づく。樹木というものはたとえ地上に出ている部分が消失しても、斧で切断されたとしても、地中にはまだ根を広げているのだ。少なくとも、幹を失ったとしてもすぐに根までが枯れ果てるわけではないのだ。

 

「根っこ! ヘノちゃん、ニムちゃん、根っこだよ! 根本はまだ、木は生きてる!!」

 

 慌てて桃子も一緒に地面を掘り始める。妖精の手よりも、桃子の手の方が圧倒的にそれは早かった。雪を除け、折れた枝や焼けて煤になった幹をどかし、端に寄せる。

 元が大きな桃の木だ。地面に広がる根も大きいはずだ。ならば、生命力も相応のものなはずなのだ。

 そして、折れた幹をどかした下に、それはあった。

 

「芽が出てる……」

 

 根本に、小さな新芽が姿を現した。

 しかしそれは、ほんの小さな芽。冷たい雪の中では今にも枯れてしまいそうな程に、心もとない姿だった。

 ヘノがその新芽を覗き込むが、しかしその反応はとても弱弱しいものだった。

 

「桃子。もう。殆ど魔力がないんだ。桃の木はまた生えるかもしれないけれど。そこにクルラは……」

 

「うぅ……クルラ、クルラぁ……」

 

 希望を持ったあとの、絶望。

 

 ニムが我慢できずに、新芽に縋り付くように泣きじゃくる。

 他の妖精たちも何も言葉が出ず、涙を流し、あるいは堪え、それを見守っていた。

 

 

 しかし。

 

 

「ニム、泣かずとも大丈夫ですよ。私が、クルラを助けますからね」

 

 

 その声は、本来この場にいるはずのない妖精のものだった。

 見上げたそこにいたのは、虹色に煌めく蝶の羽根を背に持ち、金色の小さな冠を被った妖精たちの現女王。彼女が舞うだけで、虹色の魔力の帯が空に刻まれる。

 

 遠くで静かに見ていた村人たちも、深援隊のメンバーたちも、ただならぬ存在の出現に息を飲む。

 

 他の妖精たちとは比にならないほどの強い魔力光を放つそれは、妖精の女王ティタニア。彼女は暗闇を照らすように虹色の光の帯を伸ばして、ふわりと妖精たちの下へと現れた。

 

「女王。どういうことだ。なんでここにいるんだ?」

 

「待ってヘノちゃん、今はクルラちゃんのほうが……女王様に任せよう」

 

 女王の役目を知っているヘノが、女王がここにいることを問い質そうとするが、しかし今はクルラだ。

 女王はクルラを助けると言ったのだ。桃子でも、妖精たちでも無理だとしても、女王ティタニアの力ならばどうにかなるのではないか。希望はまだ残っている。

 

 ティタニアは新芽まで舞い降りると、新芽にすがりついていたニムの横に立つ。ヘノをはじめ、妖精たちも皆、ティタニアに従うように、ティタニアを囲むように、彼女の下へと舞い降りた。

 

 桃子はひとり離れて、妖精たちの作る環をジッと見つめる。

 

「クルラ。頑張りましたね。貴女はこの土地の神として、この土地を守り抜いたのですよ。母として、誇りに思いますよ」

 

 ティタニアが手をその新芽に優しく添えて、魔力を注ぎ始めた。

 それに続くように、ヘノが、ニムが、ルイが。全ての妖精たちが、魔力を注ぎ始めていく。それは【看破】を持たない桃子にも見えるほどの濃密な魔力の環となり、優しく、そして強い光で新芽を包み込んでいく。

 

「……先輩、解説、要りますか?」

 

「うん、お願いしていい?」

 

 黙って見ていた桃子の横に、いつの間にか戦いを終えた柚花がやってきた。【看破】をもつ柚花には、あの儀式の真実が見えているのだろう。

 

「簡単な話ですけど。あそこに、さっきの白蛇の妖精さんの魔力がほんの少しだけ、残ってるんです。それに皆さんが力を注いで、ほら、妖精の赤ちゃんくらいまで戻りました。見えます?」

 

「うーん……やっぱり見えないや」

 

 桃子には見えない、妖精の赤ちゃん。まだ少女の姿を持たない、小さな光。

 目を凝らしても、薄眼にしても、桃子には全く見えないのだが、しかし柚花にそれが見えているというのなら、そういうことだ。クルラは、ウワバミ様は、消滅なんてしていない。助かったのだ。

 

「ほら、小さい赤ちゃんが女王様の周りを飛んでますよ。あっ?!」

 

「なに? どうしたの?」

 

 ティタニアの方を見ていた柚花が、唐突に目線を変えて雪ん子姿のままの桃子をまじまじと見る。

 気づけば妖精たちも皆、桃子の方を見ていた。

 

「いえ、何でもないですよ。とにかく、よかったですね先輩。白蛇さん、まだ力は戻ってないですけど、元気そうですよ」

 

「……うん、なら、良かった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日は本当、大変な誕生日だったなあ……」

 

「そういえば。誕生日なんだったな。ケーキとかいうの。食べ損ねたな」

 

 桃子は大きく息を吐き、今夜の出来事を思い返す。

 

 桃の窪地には風間が残り、深援隊の伝手を使ってダンジョン庁へと連絡が行くことになった。

 サカモトとオウカの二名で房総ダンジョンへと戻り、そこからはギルドや深援隊メンバーとの連絡で、深夜だというのに今夜は夜通し大忙しだろう。

 あの窪地が今後どうなるのかは分からない。ただ、恐らく明日にでもダンジョン庁の監察が入り、近いうちに新たに出現したダンジョンとして登録されるのは間違いない。あの土地が風間の縁者の土地である以上は、深援隊があのダンジョンへの先遣隊として選抜されるのもほぼ確実だろう。

 集落の人たちの暮らしは大きく変わってしまうだろうが、しかしそれでも、あの村が深淵に飲み込まれることなく、守られた。

 

 お婆ちゃんは、風間が背負ってあの家へと連れて帰っていった。

 あとから聞いた話ではかなりの重傷だったようだが、治癒の使い手である小梅、癒しの力を持つルイとニム、そして回復のエキスパートであるオウカというメンバーが居合わせたことで、奇跡的に命に別状はないようだった。無論、怪我の後遺症や魔力を用いた強引な治療の副作用の恐れもあるため、日が明ければ病院へ連れていくとのことだ。

 起きたら、立派になった孫から盛大に説教されるのだろう。

 

 小梅は疲れ切って寝ていたが、加勢に来てくれた村の人たちの中に父親がいたようで、抱きしめられていた。きっと、しばらくは彼女は独りで外に出してもらえないのだろうなと、そんな予感がする。

 

 村の人たちといえば、不思議な話だが、村人たちは雪ん子に助けを求められたのだそうだ。

 桃子と同じようなわら帽子を被った、小さな女の子。もんぺ姿で、古めかしい衣装だったという。

 その正体が気にならないと言えばもちろん嘘になる。でもそれはきっと、過去にあの山でいなくなったという、本物の雪ちゃんだったのだろう。桃子の【創造】が、あの集落をずっと見守っていたもう一人の少女に力を貸したのだろうと、桃子はすんなりと受け入れることができた。

 

 もう一つ気になる話としては、深援隊の三人を房総ダンジョンで案内したのは、ドワーフだったという。それについてはサカモトが口走っていただけで、柚花も桃子も詳細は聞いていない。

 またいつか、そこら辺の話を聞ける機会はあるだろうか。

 

 

 

 そして。

 

 

 桃子の誕生日を祝いに来ただけだったのに散々な冒険に巻き込まれた柚花は――。

 

 

 

「先輩、窓口さんにも連絡しておきました。滅茶苦茶心配してました。それで、次に桃子先輩が戻ってきたら、それはもうガッツリお説教だそうです」

 

「えっ?!」

 

「そりゃそうですよ。今回の騒動も、先輩が最初から窓口さんに相談してくれていれば、多分もっと別な形で解決出来てたわけじゃないですか。事情を聴いた窓口さん、カンカンでしたよ?」

 

「そ……そうだよね、うん。覚悟しておきます」

 

 

 柚花は、地上でずっと二人を心配していたであろう窓口へと連絡を取っていた。

 桃子ひとりの時は【隠遁】の影響で外と連絡をとれないために、何かあるたびに窓口を心配させていた。しかし柚花はすぐに、無事に事態が解決した旨を窓口へと報告をしてくれていた。

 窓口はすでに深夜なので流石に今日はもう家に帰っていただろうが、柚花がメッセージを入れたらすぐに向こうから連絡が返ってきたのだそうだ。

 その結果、顛末を知った窓口がカンカンに怒ってしまったわけだが、こればかりは桃子も自業自得と受け入れるしかない。窓口の怒りは、愛情の裏返しだと分かっている。

 

「……まあ、でもごめんね、私だと外に連絡とれなくて。柚花がいて助かったよ」

 

 柚花にお礼を言い、お詫びも言い、借りばかり増えていく。身体のサイズとともに、桃子の威厳も小さくなっていった。

 

「それにしても。後輩は。【隠遁】が悪さをしないから。端末が使えて。色々と便利そうだな」

 

「ヘノ先輩、私、かなり便利ですよ。どんどん活用してくれて構いませんよ?」

 

 ここは、妖精の畑の一角。

 

 星空の下で。先ほどから妖精たちが、丁寧に、丁寧に、桃の木の新芽をこの畑に移し替えているのを、桃子たちは離れて眺めていた。

 どうやらクルラは小さな赤ちゃん妖精の姿で復活したらしい。桃子以外の皆が、柚花までもが何もない方向を見てやんややんやと騒いでいるのは、桃子的にはなかなかの疎外感だった。

 

 クルラの本体である桃の木だが、魔獣が現れるようになった桃の窪地ではやはり危険だということで、この畑に移し替えることになった。

 集落の人々は寂しがるだろうが、クルラが力を取り戻せばすぐにまたあの集落に入り浸るようになるのだろうから、少しの辛抱だろう。

 

「それにしても、先輩の誕生日だっていうのにこんなサプライズというか、驚きの連続で胸がいっぱいですよ。なんですかここ。畑なのに木も剣も生えてますし、もう何でもありじゃないですか」

 

「また。剣が増えてるな。あいつ。どこから拾ってきてるんだ?」

 

「柚花さん……あ、あの、あちらには大きな湖もあって……カニや魚のほかにも、今は貝と、イカとエビがいます……」

 

「生態系どうなってるんです?」

 

 そして、柚花の肩にはおどおどと自信なさげにニムが座っていた。しかし、柚花の肩からは離れようとしない。

 あの後、花畑に戻ってきた柚花はヘノの魔法が切れると再び花畑の魔力で眠りこけてしまったのだが、眠る柚花の下を離れないニムを見ていい加減に我慢ならなくなったヘノが、ニムのお尻をバシバシと叩きだしたのだ。

 そんなに柚花が心配で見ているくらいなら、さっさとニムが加護をつけてやれ、と。

 どうやらヘノは無関心な顔をしていたものの、いつまでも気持ちをはっきりさせないニムに対してやきもきしていたらしい。

 

 ティタニアとしては同時期に人間が二人も加護を貰うだなんて考えもしなかったようだが、しかしニムの気持ちを知っていたようで、ニコニコと頷いていた。

 

 しばらくニムに妖精の国の話を色々聞いていた柚花だが、そういえば、と桃子に向き直る。

 

「ところで先輩、お夜食っていつもどうしてるんですか? 今から地上に上がってももう深夜で電車もないですし、私もここに泊まっていっても……その、いいんですよね?」

 

「うん、もちろんだよ。じゃあ、ちょっとケーキは無理だけど、深夜のカレーパーティでもしちゃおうか!」

 

「今からですか?!」

 

 柚花は驚くが、桃子にとってはこの場所はカレーを作る場所なのだ。

 ジャガイモも玉ねぎも、まだ桃の木も大きくはなっていないが、シーフードもあるし、いくつかの木の実や葉っぱもある。

 そして、前に来たときに多めに買っておいておいたカレールーもあるし、玄米も少ないとはいえ残っている。

 ならば作るのはカレーだ。

 

「桃子。カレーか。手伝うぞ。なにカレーにするんだ? イカか? 木の実か?」

 

「あの……柚花さん、あっち、あっちに……調理部屋もあって……」

 

 カレーと聞いて、ノリノリになったヘノと、柚花を連れていきたがるニム。

 それを見て桃子と柚花は顔を合わせて、ぷっと笑い合う。

 

「じゃあ今日は、窪地の人たちが無事だった記念に、甘い果物入れちゃおうか」

 

「桃子の。誕生日記念もあるから。甘いハチミツも。入れてほしいぞ」

 

「そ、その……わ、私と柚花さんが……加護を結んだ記念なので、いい香りの花とか……」

 

「なんか新婚みたいでちょっと、照れますね」

 

 桃子は立ち上がって、せっかちなヘノを追いかける。

 柚花も、ニムに連れられてその後を追いかける。

 

 桃の木が育つまではまだまだかかるので、桃カレーはお預けだ。

 きっといつかまた、お酒の香り漂う妖精が飛び回る頃には、立派な桃がとれるのだろう。

 

 

 なので今日は、桃のないカレーでお祝いしよう。

 

 

 桃子の誕生日は、そうして過ぎていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【とある妖精たちの会話】

 

 

 

「ククク……今日は……甘口カレーだねぇ……」

 

「今日のカレーは! いつもより甘くて! 甘いな!」

 

「なるほど。甘い果物を入れると。甘くなるのではないかね?」

 

「スーッとする葉っぱ、入れてもらうの忘れちゃったヨ」

 

「クルラにもあげたかったねぇ」

 

「ふふふ。あの子には、こっちのお酒のほうが喜ばれると思いますよ」

 

「お! お前気が利くな! よし、クルラのとこに! お酒置いてくるぞ!」

 

「見ない顔だけれど、お酒を持ってるだなんて、ありがたいねぇ」

 

「どこかで、見た顔だヨ」

 

「通りすがりの、カレーを食べに立ち寄った妖精ですよ。ふふふ」

 

「ククク……そういうことに、しておこうかねぇ」

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