ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
妖精モーニング
「先輩……ここって、天国なんでしょうか……」
「ん……ヘノちゃん……もうちょっと、もうちょっとだけ……すやぁ」
妖精の国の人間用の個室に設置された、マシュマロとお餅と綿あめを足したようなベッド。桃子が言うところの『人間を駄目にするベッド』の上。
桃の窪地でひたすらスタンピードの魔物と殲滅戦を繰り広げ、妖精の国に戻って甘口カレーをたらふく食べてからのことは、桃子も柚花もあまり覚えていない。
覚えているのは、着替えるのも忘れて、そのまま二人してこの『人間を駄目にするベッド』に吸い込まれていったことだけである。昨日は、二人ともそれだけ疲れていたのだ。
柚花としては桃子と一緒のベッドで眠るという思いもよらぬ機会ではあったのだが、それ以上に疲れの反動が来てしまい、桃子の寝顔を堪能する余裕もなくあっさりと夢の世界へと落ちてしまった。
そしてそのまま、朝を迎えたのだが。
目を覚ました柚花の正面には、桃子のふやけた寝顔があった。
時刻はすでに朝日がそれなりの高さになる時刻である。
いつもならばヘノが桃子を起こしているものだが、前日あれだけ激しい戦いを繰り広げていたこともあり、今日ばかりはゆっくり眠らせてくれることにしたらしい。
妖精たちはすでに起きてどこかへ行っているようで、枕元のヘノ用ベッドにはヘノの姿もニムの姿もない。その代わり、桃子の横には柚花の温もりがあり、それが更に桃子を二度寝の世界に引き寄せる。
柚花の腕を抱き枕代わりにして、そして桃子は再び眠りに落ちていった。
「……先輩、私このまま永遠に眠ってもいいです。サカモトさんみたいに半年くらいこうしていましょうか」
「こら後輩。変なこと言ってないで。起きたならちゃんと起きろ。桃子は寝坊助だから。後輩は先に水浴びでもしてくるといいぞ」
桃子の温もりを感じながら柚花もちゃっかり再び眠りにつこうとしたのだが、室内に戻ってきたヘノに普通に起こされてしまった。
どうやら柚花がぱっちり目覚めていることは、ヘノにはお見通しだったらしい。桃子と違って、柚花は朝も強いようである。
「あ、ヘノ先輩。おはようございます。えと、水浴びできるんですか?」
桃子に腕を抱かれているため、首だけヘノのほうに向けて朝の挨拶をする。
ヘノはどうやら畑をパトロールしていたらしく、野イチゴのようなものをパクパクとつまみ食いしていた。
「裏に池があるから。そこで水浴びして。服も洗うといいぞ。今はニムがいるから。ニムが乾かしてくれるだろ」
「へえ、すごいですね。じゃあ……名残惜しいですが、行ってきますね、先輩」
桃子のことは大好きだが、ニムは今や柚花の大切なパートナーである。ニムが待っているというのなら、行かないわけにはいかないだろう。
柚花は桃子を起こさないようにそっとふわふわベッドから抜け出して、ヘノの言っていた裏にある池へと向かっていった。
ちなみに、桃子が毎回水浴びをしているという池は以前から寝室の裏手に備わっていた小さな水場である。ただの水浴び用で、ここにはイカもエビもいない。
そして柚花が部屋を出ていくのを見送ったら、ヘノは桃子の寝顔を眺め始める。
「さて。ニムと後輩はいいとして。今日の桃子は。いつまで寝てる気なんだろうな」
ヘノはそんな呟きと共に桃子の枕元に着地して、桃子の幸せそうな寝顔をジッと眺める。だらしなく頬を緩めた寝顔だけれど、そんな桃子とは反対に、ヘノは気を緩めない。
むしろ、気を引き締めている。
なぜならば、こういうときの桃子は、妙に機敏な動きでヘノを捕まえて胸元に引き寄せることがあるのだ。捕まると普通に苦しいので、決して油断してはならない。
ヘノはそーっと桃子の顔に近づき、指先で頬をつつく。すると、眠っている桃子の右手が実に俊敏な動きでヘノに伸びるが、ヘノはそれをギリギリで躱す。
「んー……ヘノちゃ……くすぐったい……」
そして再び、桃子の頬をつつくと、また眠ったままの桃子がヘノに掴みかかる。
ヘノは紙一重でその動きを察知し、桃子の右手を避ける。
これが、桃子も知らないヘノの新しい遊び、『桃子つつき』だった。
「おはようございます、先輩♪」
柚花がニムと共に水浴びを終えて部屋に戻ってきたところで、半ばぼんやりとした表情の桃子がようやくベッドから起きてきた。
昨日は着替える前にベッドで力つきたため、服装は工房で着ていたそのままのシンプルなスウェットとカーゴパンツの組み合わせのままだ。さすがにわら帽子は脱いでいるが。
柚花に声をかけられてもしばらくぼんやりしていたが、ヘノが桃子の耳をキュッキュと引っ張ると、ようやくその刺激で目が覚めたようだ。
「あー……えへへ、ごめん、私ね、朝弱くて。なんか先輩として、ちょっと恥ずかしいとこ見せちゃった」
「いえ、いいです。可愛い寝顔が見られましたから! ええと、先輩は今から水浴びですか?」
柚花はすでに水浴びを終えて、ついでに昨日汚れてしまった衣服や下着類などを池でじゃぶじゃぶ洗って、それをニムに綺麗に乾燥してもらって戻ってきたところだ。
おそらくは、次は桃子が同じことをするのだろう。そう考えて、ジーっと桃子の挙動を見つめる柚花。
そして、それをきょとんとした顔で見つめ返す桃子。
数秒間の沈黙。
「後輩。お前。よこしまな気持ちが。漏れ出てるぞ」
しかし、柚花の数秒間における心の中の葛藤は、簡単にヘノに言い当てられてしまった。
柚花は自分でも【看破】で他者の邪な心が見えてしまい、それが嫌でソロ探索者の道を選んだのだ。それなのに、そんな自分が同じように下心を指摘をされてしまった。
なお、柚花の横にいるニムは、柚花さんは相変わらずですねえ、と苦笑交じりで柚花の肩に乗っかっている。
「う、わ、私としたことが……ちょっと池で頭冷やしてきます!!」
柚花は己を恥じ、頭を冷やそうと池へと駆け出した。
「待って待って、私が今から水浴びに行くんだけど?! 柚花? 柚花ーっ?!」
「さて、色々とあったけど、とりあえずは腹ごしらえしようね。柚花も好きな果物食べていいよ、どんなのが好き?」
そして朝の慌ただしい準備を終えて、今は妖精の畑で朝ごはんだ。とは言っても、メニューは畑直送、もぎたて果実のみだが。
畑を見渡せる斜面に桃子と柚花は座り、妖精たちは各々のパートナーの肩に座って、各々が収穫してきた果物を頬張っている。どんな果物でもあるというほどではないけれど、しかし妖精たちが様々な果物を寄せ集めて畑にばらまいたおかげで、すでにそれなりに多種多様の実が獲れるようになっている。
さすがダンジョンだけあって、地上では見たこともない姿の果物も多いが、毒性がないことは確認済みである。
この場所で果物をとれるようになってからは、夜食は桃子がカレーを作り、朝食はもっぱらこの場所の果物を食べる、というパターンが定着してきた。
「先輩がここに泊まってる時って、いつもこんな生活してたんですね」
汁気が多くて柔らかい、地上の果物で例えるならマンゴーのような食感の果物を食べながら柚花が口をひらく。
一応、桃子から話としては聞いていた。妖精の国に泊まる際は、これこれこういうことをしている、という話は。
しかし、現実に目で見てみれば、やはり聞いてイメージしていた情景よりも、斜め上を突き進んでいた。
「夜はあんなフワフワムチムチのベッドでぐっすり寝て、起きたらヘノ先輩と池で水浴びして、その後はとれたての果物が朝食って……なんだかもう、本当にお話に出てくる妖精のお姫様ですよね」
「後輩。桃子は人間だぞ。妖精じゃないぞ。どうしちゃったんだ」
「ヘノちゃん、比喩だよ、比喩」
「また比喩か。人間の悪いところだぞ。すぐそういうの使うの」
「うぅ……ヘノは、比喩表現とか、そういうの……苦手ですもんねぇ」
「ニムだって。よくわかってないだろ」
「わ、わ、わかってますよぉ……?」
「ニムさん、目がすごく泳いでますね」
「後輩。目玉が泳いだら。怖いだろ。どうしちゃったんだ」
そんな延々と続き兼ねないオモシロ会話を聞きながら、桃子も内心で柚花の言葉に同意する。
雲のような布団で眠り、妖精たちが育てた果実を頬張る。まるで柚花の言う通り、童話の登場人物だ。小人に囲まれた白雪姫も、このような気持ちだったのかもしれない。
とはいえ当然ながら、桃子は別に妖精のお姫様になろうとしたわけではない。
とれたて果実の朝食だって、すぐに食べられるものがそもそも果物くらいしかない、という残念な消去法によるものだ。ここにコンビニ弁当があるなら、桃子だって果物よりもお弁当が食べたい。
「何か、果物以外でもすぐに食べられるものがあればいいんだけどねえ。せめてお野菜とかね。お婆ちゃんのキャベツ、駄目になる前に貰っておけばよかったなあ」
「ダンジョンの外にある。スーパーは。食べ物が多くて。よかったな」
ヘノは、いつぞや見た地上のスーパーを思い出した。あれだけ食べ物が並んでいれば、桃子が朝食に困ることもないだろう。
桃子も、ダンジョン内にスーパーがあれば便利なのにな、などと考えるが、流石に無理なものは無理だろう。もう少し現実的に考えてみる。
ダンジョン内にあるすぐに食べられるものと言えば、やはり果物だ。
次に思いうかぶものといえば薬草類だが、さすがに薬草は朝食に食べるようなものではないだろう。
野菜の類も探せばあるのかもしれないが、今のところはこの畑には野菜と呼べるものは存在していない。
そう桃子がダンジョン食材について考えていると、横に座る柚花が面白い話を口にする。
「そういえば知ってますか? ダンジョン内の食料といえばですね。かの有名なうどんダンジョンには、うどん屋さんが沢山出店しているらしいですよ」
「お、お店屋さんが……ダンジョンに沢山来てるんですか……怖い」
「なんだそれ。ダンジョンで店を開いてるのか。」
うどんダンジョン。あくまでそれは通称で、本来は「香川ダンジョン」と名付けられた場所である。
どうやらヘノやニムもうどんダンジョンのことは知らなかったようで、不思議そうに聞いていた。
柚花も直接行ったことがあるわけではないのだが、聞きかじった話を三人に語って聞かせた。やれ、うどん屋が沢山ある。やれ、うどんつゆを専門で作る探索者もいる。やれ、お金のやり取りは禁止されているので、魔石とうどんの物々交換である、などなど。
そんな取り留めのないうどんの話をしていると、ヘノが急に桃子の肩から立ち上がって、桃子と柚花の前に着地した。
「そうだぞ。うどんは知らないけど。思い出したぞ。あそこに行くぞ。桃子」
急なヘノの宣言に、桃子は首を傾げる。ヘノとどこかに行く約束などしていただろうか。
柚花はもちろん、ヘノの親友であるニムですら思い当たるところが無い様子で、きょとんとした顔だ。
「ヘノぉ? あそこって、一体どこに行くんですかぁ?」
「もちろん。芋を掘りに行くぞ。桃子。房総ダンジョンの第四層だ。魚の次は。そこに行くって言ってたろ。すっかり忘れてたぞ」
ツヨマージをズビシと構えて、桃子を見上げるヘノ。
房総ダンジョン第四層、通称『大樹の根』。巨大な根と岩が絡み合うダンジョンで、そこに出没する魔物たちは巨大な虫たちだ。
そして、ヘノの言葉を聞いて桃子もそれを思い出した。
いつぞや、ヘノが言っていたのだ。魚と野菜、どちらを取りに行くか、と。その時に魚を選んだために、桃子は琵琶湖ダンジョンで大冒険を繰り広げる羽目になったのだ。
「えと、ヘノちゃん。大樹の根にあるお芋って、確か……」
あのとき、桃子はたしか理由があって魚を選んだはずだ。
桃子は記憶を辿る。あのときヘノはなんと言っていたか。桃子はそれを拒否したいがために魚を選んだのだ。
それは、そう――。
「忘れたのか。でっかい。昆虫を食べる花の根っこが。芋になってるんだぞ。よし。せっかくだから今日さっそく。探しに行こう」
そんなわけで、誕生日の翌日は、急遽『巨大な食虫植物の根っこ掘り』が決定してしまった。
無論、柚花とニムも、強制参加であった。