ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「こんにちは、噂を追っかけ東へ西へ、都市伝説解明系、美少女探索者のタチバナでっす!」
鍾乳洞窟を抜けて、更にその下に続く階段を下りたその場所は、巨大な植物の根と岩で構成されるダンジョンだ。
桃子と柚花は、ヘノとニムの二人の案内で、この階層までやってきたのだが。
「本日はですね、お馴染み房総ダンジョンですが、第四層までやってきました♪」
巨大な植物の根をバックに双剣を携えた柚花が、魔石を動力として動くドローン型のカメラに向かって表情豊かに話しかけていた。
桃子たちは、そのカメラの背後の死角から、息を潜めてその柚花の姿を眺めている。
そう、現在はなんと、柚花の配信の録画中である。
というのも、これは柚花ではなく、ヘノの発案だった。
ヘノが、特に深い意味もなにもなく「後輩。せっかくだから。配信してみたらどうだ」と思い付きで言い出したのである。
さすがに生配信だと妖精や桃子が映りこんで放送事故になりかねないが、あとから編集してアップロードする動画ならば問題ないだろう、ということで、柚花の配信風景をカメラの後ろから眺めることになったのだ。
最初はヘノの提案に桃子も驚いたものだが、こうして柚花の配信風景というのを生で眺めるというのも、なかなか新鮮で面白い。
「第四層はさすがに生配信とかしている余裕はないので、録画の編集動画になります。生配信を期待してた皆さん、ごめんなさい!」
柚花は大袈裟ともいえるアクションでカメラに向かって頭を下げる。
ダンジョン内であるのですぐに頭を上げて、再び剣を軽く握ったすぐ動ける姿勢に戻るが、しかし配信中の柚花はよく動き、リアクションが大きい。
なるほど、これが人気配信者の秘訣なのだな、と桃子は腕組みでうんうん頷いている。
「あ、もちろんソロじゃないですよ。いくら房総ダンジョンでも、ソロで第四層を歩き回る程の命知らずじゃないです。今日は頼りになる先輩方と一緒に潜っております」
ニムはドローンカメラの裏側に張り付くようなポジションで柚花を見ている。
こうすると、カメラを見ている柚花が、ずっとニムだけを見てくれているような気がして気分が高まるらしい。
桃子はそれを聞いて、ニムちゃんちょっと怖いな、とか思ったが、口にはしなかった。
「えーと、ただ先輩方は配信顔出しNGなので、皆さんみんなカメラの後ろにいらっしゃいます。今日はよろしくお願いしますね、先輩がた♪」
カメラの背後に立っている桃子にウィンクして手を振る柚花。
桃子もそれに対して手を振り振り、笑顔を返す。配信画面には桃子たちは映っていないが、配信を見た視聴者たちにはこのやり取りはどう見えるのだろうか。
帰ったら、改めて客観的に動画を見直してみるのも面白いかもしれない。
「では早速、第四層の『大樹の根』を進んでいきますね」
そしてある程度の説明が終わったらしく、柚花はドローンカメラを引き連れてダンジョンの奥へと歩いていく。
ドローンにくっついたままのニムはもちろん、桃子もその後に続く。ヘノはカメラに映らないようにしながら、上空の天井すれすれまで昇り、周囲に魔物がいないかどうか確認してくれていたが、移動に気付くと桃子の肩へと降りてくる。
「後輩。まるで独り言だな」
洞窟には先ほどから柚花の明るい声だけが響いている。もちろんダンジョン内で大きな声を上げているわけではないものの、ハキハキと視聴者へ向けて喋る柚花の声はそれなりに響くのだ。
「うぅ……配信者さんて、こんなにおしゃべりするものなんですねぇ……」
「人それぞれだけどね。カメラまわしてても一言も話さない人もいるし、探索しながらこんなに話して、でも集中してる柚花が凄いんだよ」
柚花は今日は自分の胸元にマイクを装着しているらしく、よほど大きな声を出さなければ桃子たちの声が入り込むことはないらしい。
実は以前の配信ではニムの声が入り込んでしまったらしく、視聴者からは「幽霊の声が聞こえる」と話題になっていたのだ。
柚花は風の音だとか水の音だとかで適当に誤魔化していたが、湿っぽい女性の声にしか聞こえないそれは、ニムを知っている桃子からしても、幽霊の声っぽいなと思う音声になっていた。
それを気にしてから、柚花はピンマイクを購入したようである。これで幽霊疑惑ともおさらばだ。
そして柚花の配信を眺めつつ第四層の探索は進む。
巨大な根を避け、岩の塊を上り、滑り台のような木の根を下り、邪魔な土塊を退けて、一行は進んでいく。
「うぉっとぉ、蟻だーっ!! 視聴者さん、映像いったん戦闘後までスキップしますよ!! また後で!! ……はい、先輩っ、やっちゃいましょう!」
そして魔物も当然出てくる。
この階層は第三層までと違い、明確に柚花を狙って魔物の集団が襲い掛かってくるのだ。
なお、柚花の配信画面では今初めて気づいたような演出をしているが、実際には魔物の量や数はヘノが事前に察知していたため、柚花の驚いた演出は全て演技だった。
事前にヘノが見つけていた魔物は、カメラに映らない位置のものは気配を消した桃子が待ち構え、ことごとく先制攻撃で氷塊にして砕いている。【氷結】が無かったら昆虫の汁みたいなものが飛び散っていたのだなと思うと、【氷結】が付与されていて本当によかったと思う。
そして反対側から来ていた残りの魔物たちは、ニムと柚花の二人で撃退していた。
急にこんな巨大な昆虫の集団に襲われたらたまったものではないが、事前に何が来るのか分かっていれば、意外とどうにかなるものだ。
「ねえ柚花。これってあとで、編集で戦闘シーンはカットしてくれるんだよね?」
「はい、そのつもりです。っていうか、先輩たちの映り込み問題もありますけど、巨大な昆虫が大量に出てくる映像なんて、あんまり配信するものじゃないですしね……」
桃子も柚花も探索者としての経験を積んでいるので、巨大な昆虫の姿も決して気持ちいいものではないものの、魔物として割り切ることは出来ている。
だが、恐らく配信画面で動画を見る視聴者の人たちはそうもいかないだろう。昆虫だらけの動画なんて、普通の人ならグロテスクすぎてついてこれないに違いない。
桃子ですら、出てくる魔物が蟻タイプが主だからまだ耐えられるが、昆虫界でも悪名高い黒いアレが出てきたらと思うと、心の底からゾッとする。
「相変わらず。ここのモンスターたちは。何を考えてるのか。わからないな」
「うぅ……虫はちょっと、思考回路が違いすぎますねぇ」
どうやら、妖精たちからみても昆虫タイプの魔物というのは異形の存在らしい。
煤になりかけている昆虫をツヨマージで突きながら、ヘノとニムがまじまじとそれを眺めている。
煤になって消えてくれるからまだマシなものの、こう昆虫の死体ばかり見ていたら今夜は悪夢を見そうだなと、桃子は思った。
「視聴者さんたち、見えますかこれ。巨大な食虫植物ですよ。実は私がとある筋から聞いた情報だと、この食虫植物の根っこのあたりが、大きなお芋になってるらしいです」
そしてヘノの言う『芋みたいなもの』へとたどり着く。
地上部分の見た目は巨大な食虫植物。大きな袋型の部位に昆虫型の魔物をおびき寄せ、中に入ると同時に蓋が閉じるというタイプのものだ。
桃子的には、この植物がもはや魔物なのではないかと思うのだが、しかしヘノが言うにはこれはあくまで原生植物とのことである。柚花にも【看破】で確認してもらったが、確かにこれは魔物というわけではないらしい。びっくりだ。
「……正直ちょっと、お芋だとしても食べたいかどうかは別ですけどね。とりあえず、まずは真相を解明したいと思いま……ってまた蟻ー!!」
そして芋っぽいものを紹介している柚花のカメラの先に、また再び蟻たちが現れた。
なお、この柚花の驚き方も演技であり、やはり事前にヘノが察知して、何匹かはカメラ外で桃子が間引いたものである。
ヘノが感知し、柚花が囮になり、桃子が気配を消したまま叩き潰し、ニムが応援する。これが房総ダンジョン第四層における、最新の殺虫システムだ。
「さすがに。こうも昆虫が多いと。配信も大変そうだな」
録画を一時停止して、柚花も残りの昆虫に電撃を放ち麻痺させてまわる。
この階層の敵は柚花の電撃でも一撃では煤には戻らないが、動きがマヒした巨大昆虫などはハンマーの餌食でしかないので問題ない。
そんな桃子と柚花のコンビネーションを、ヘノが面白そうに空中から眺めていた。
「ふう、蟻は集団で襲ってくるからヤバいですね。私も、先輩方と一緒に来てなかったら、今頃蟻の餌になってました」
そして蟻を撃退してから、再び何事もなかったかのように配信再開。
配信者というものは何かと忙しいのだなと桃子は改めて感じた。仮に自分が【隠遁】を持っていなかったとしても、自分ではこのような器用な真似は出来なかったことだろう。これもまた、柚花の煌めく才覚のなせる技なのだなと思う。
「さて、この根っこなんですけど……実は先ほどカメラの裏にいらっしゃる先輩がたと一緒に掘ったものがこちらになります! 視聴者さん、見えますか?」
そして柚花が手に抱えているのは、大きさにして大き目のスイカサイズの芋っぽいもの。
見た目としては、巨大な里芋とでも言うべき外観の、茶色い塊。
毒の有無を調べたわけでも、ましてや味見してみたわけでもないので、今後食用として使えるかどうかは分からないが、とりあえずは芋だ。
「見た目はそうですね、でっかい里芋ですかね。さっきの巨大蟻とかを餌にして育った植物と考えるとちょっと気持ち悪いですけど、まああの蟻は死んだら煤になりますから、実際は魔力を食べて育つ植物……なんでしょうかね」
里芋をカメラによく見えるように高く掲げながら、食虫植物について考察を語る柚花。
昆虫を飲み込んだ袋の中を覗いたわけでもないし、心情的にもわざわざ覗いてみたくもないのだが、おそらくあの中には昆虫魔物だった煤が残っているのだろう。
あの植物が昆虫の魔力をどのような仕組みで吸収しているのかは桃子には分からないが、【看破】を持つ柚花がそう言うのなら、恐らくそのような機構を持つ植物なのだろう。
「ゆ、柚花さん……頑張れ、頑張れ……」
ドローンカメラには相変わらずニムがひっついて、巨大里芋を紹介する柚花を応援している。
「ニムと後輩はおいといて。桃子。この芋みたいなの。どう思う?」
「お芋といっても、これは……そうだなあ、里芋っぽいけど、あんまり畑には植えたくない、かな」
桃子とヘノも、柚花の持つものとは別な巨大里芋を手にしていた。
サイズがサイズなので、とりあえず今回は柚花の分と桃子の分で2つだけ掘ってみたのだ。
柚花は持ち帰ってギルドに鑑定してもらう予定だという。ならば桃子は、妖精の国で妖精たちにも鑑定してもらうとしよう。
しかし、仮にこれが安全な食べ物だったとしても、これを妖精の畑に植えるかと問われると、流石に頷き難い。
「さすがに。妖精たちの国に。虫を捕える植物は。まずいか」
妖精は決して昆虫というわけではないが、しかし食虫植物は魔物も妖精も区別することはなく餌にするのだろう。
ヘノやニムのようにしっかりとした自我が確立している子たちならまだしも、妖精の国の大多数を占めるヘノより小さい妖精の子たちは、食虫植物の危険性などあまり理解していないだろう。そんな危険なものをわざわざ繁殖させたいとも思わない。
「まあそもそも、これが食べられるかどうかもまだわからないしね。まずは一度、ルイちゃんに確認してもらおうね」
とりあえずは、食べられるかどうかの確認だ。
そして実際に食べてみて、これが本当に美味しく食べられる代物だったとしたら、またここまで来て掘り起こせば良いのだ。
「さて、お芋の他にも何か色々……っと。あ、何か見つけましたよ」
桃子とヘノが巨大里芋について話をしている間にも、柚花の配信は続いている。
どうやら食虫植物のほかにも、この場所にはいくつかの植物が密集しているため、植物の葉をかき分けて中の方まで調べていたようだが、そこで柚花が何かを発見した。
「ん? ヘノちゃん、分かる?」
「特に変な魔力とかじゃないな。普通に何か。変なものでも見つけただけかもしれないな」
何か特殊な魔力を発するものでも発見したのかと思いヘノにも確認してみたが、そういうわけでもないらしい。
ならば普通に、珍しい植物でも発見したのだろう。桃子は肩にヘノを乗せて、とてとてとドローンカメラの近くまで近づいて、柚花が見ているあたりを覗き込んでみる。
「うわ!? なんでこんなところに?! ちょっと先輩、これ見てください!」
そしていきなり柚花に声をかけられた。
録画で編集できるとは言え、桃子がここで返事をするわけにもいかない。桃子は慌てて両手でバッテンマークをつくり、ドローンカメラを指さして、今が録画中だということを柚花に思い出してもらう。
「……あ、そっか! すみません視聴者さん、ちょっと混乱していま配信録画中なこと忘れてました。ごめんなさい! で、えっとですね、皆さんこれ見てください!」
柚花がカメラにも見えるように脇に退くと、そこから姿を現わしたのは鮮やかな赤い実をつけた植物だった。
やや細長く、艶のある実が天井へと向いて密集している。その実は緑のものもあるが、半数以上は鮮やかな赤い色だ。
そう、それは、調味料としては皆が知っているものだ。
「これ、多分ですけど、唐辛子ですよ!」
「桃子。唐辛子ってなんだ? 美味しそうに見えるな。甘いのか?」
興奮気味にカメラに向かって唐辛子を見せている柚花をよそに、ヘノが桃子に質問してきた。
ダンジョンには様々な植物や、中には香辛料として使えそうなものもあるものの、ダンジョンでとれる唐辛子というのは少なくとも日本国内では聞いたことがない。
柚花がいくつかの実を手に取ると、それは地上のスーパーで見るものよりも一回りは……いや、三回りは巨大な唐辛子だった。まるでテカテカの人参だ。
「えーと……本当に唐辛子だったとしたら、ヘノちゃんには毒物かなあ? すっごく辛いかもしれないから、絶対食べちゃ駄目だよ?」
「じゃあ。いらないな」
自分には毒物だと聞いたら、途端にヘノの興味が失われてしまった。
どうやら、見た目が綺麗なので甘い果物を期待したらしいのだが、辛いと聞いたとたんにヘノにとってどうでもよくなってしまった。ヘノは辛い物はとても苦手なのだ。
しかし、ヘノにとってはどうでもよかったとしても、桃子としてはそういうわけにもいかない。
「待って! 持って帰ろう! ヘノちゃんは絶対食べちゃダメだけど、私はちょっと興味があるからね!」
ダンジョン内でとれる香辛料というのは、なかなかに貴重なのだ。
もちろんヘノと一緒に食べるときには入れることはないが、カレーにはピリリと辛い香辛料が必須なのだ。これは見逃してはならない。
「桃子。いくらなんでも。毒って分かってるのに食べるのは。ヘノは。どうかと思うぞ」
興奮気味に唐辛子について語りだす桃子と、何の感慨もなさそうなヘノ。
唐辛子が毒だというのはただの比喩のつもりだったのだが、しかしヘノには通じなかったようで、半ば呆れた視線を送られてしまうのだった。