ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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四章 化け狸
杏とマシュマロ


「いいですか? 桃子さん。そもそもダンジョンというものは、本来は例外なく危険なものなんです。あなたがどれだけ無敵のスキルを持っていたとしても――」

 

「はい……」

 

 

「だからこそ私たちは、桃子さんとの間で約束を交わしましたよね? なにかあったら、きちんと報告してほしいと――」

 

「はい……」

 

 

「ダンジョン内で桃子さんに指導する人も、間違いを正してくれる人もいなかったのは確かにあなたの責任ではありません。事情を知っていた私にも責任はあります。しかしそうだとしても、もう桃子さんは社会人である以上は――」

 

「ぐす……はい……」

 

 

 ここは、房総ダンジョンギルドの応接室。

 テーブルをはさんだ2つのソファの片側には、これが漫画ならば額に青筋でも浮かべていそうな状態の女性職員、窓口が。そしてその向かいには、ただでさえ小さな体躯をより縮こまらせた桃子が座っていた。

 現在は、窓口による桃子へのお説教が繰り広げられていた。

 

 というのも、今回の『桃の窪地』で起きた事件であるが、これは結果論ではあるものの、初めから桃子が窓口に相談していれば、ギルドが介入して人的犠牲を最小限に押しとどめることが出来た話なのだ。

 

 桃子個人としては妖精の関わる事件については人に話さないようにしているのかもしれないが、実はギルドの上層部や世界魔法協会の上層部の中では、妖精をはじめとしたダンジョンの友好的魔法生物と関わりを持つ人間は、かなり重要な立場としてマークされている。

 それこそごく一部の人間しか知らない事実だが、ダンジョンに住む友好的な魔法生物たちは、ダンジョン間の魔法による行き来を可能とし、またダンジョンの悪しき意識の塊、いわゆる「瘴気」を浄化、管理する性質を持つことが多い。

 彼らの力を人間が悪用しないため、そして彼らと人間の間で良好な関係を保つためにも、桃子のような立場の探索者はマークされ、保護されているのだ。

 

 無論、琵琶湖の事件のようにギルドや魔法協会とは別の組織が介入した結果として、好き勝手されてしまうことはある。それで桃子からの信頼は少なからず下がっただろうし、それはギルドとしては歯がゆいところだ。

 だが、ことギルドや魔法協会の管轄の話であれば、桃子がどれほど現実味のない証言をしたとしても、ギルド上層部を動かすことは可能だったのだ。

 

 また、そうでなくとも。

 窓口は人間として桃子を信頼しているし、信頼してほしかった。相談くらいはしてほしかった。

 だからこそ今回の何も相談してくれなかった桃子に対して、怒りの説教タイムとなったのである。

 

 

 

 

 

「うわー、窓口さんがあんなに怒るの初めて見ましたよ」

 

「窓口くんは新人のころからずっと桃子くんの担当として寄り添ってきた立場だからねえ」

 

 そしてその横のテーブルでは、自称美少女探索者タチバナこと橘柚花が、房総ダンジョンギルド室長であるヤマガタと対面中である。

 

「その桃子くんがなんの相談もなしに本来ギルドがやらなきゃならないことを抱えて、かなり危ない目に遭ってましたなんて後から聞かされちゃってさ、窓口くんもさすがに色々と応えたみたいだよ」

 

 柚花は今回、新たにニムの加護を受けたため、桃子と同様の『妖精案件』の当事者としてその機密事項や裏事情についての説明を受けていたのだ。

 また、柚花はこれを機に本格的にホームグラウンドを房総ダンジョンに変更することに決めたので、ついでにその受付も済ましていた。

 本来、探索者はどこのダンジョンに潜っても構わない。だが、メインのダンジョンを決めて登録しておくことで、探索者側もギルド側も互いに管理がしやすくなり、融通も利くようになるのである。無論、桃子は最初から房総ダンジョンをホームとして登録していた。

 

「桃子先輩、気付いたら魔物の巣の中でお昼寝とかしててもおかしくない人ですから、周囲は気が気じゃないですもんね」

 

「その点では、タチバナくんも逆ベクトルで心配なタイプである自覚はあるかい? キミも色々と拗らせすぎて、人を信用せずに自分であれこれ抱え込むタイプでしょ」

 

 普段から飄々としており、ひと昔前で言うチョイ悪オヤジ的なところのある室長ヤマガタだが、探索者時代に培ったその観察眼は人より頭ひとつ抜け出ている。

 目の前の少女にとって後ろめたい部分も、彼はある程度は察していた。

 そして、こうして会話をしていても、彼女のなかではヤマガタもまた、嘘をつく大人としてカテゴライズされているということも。

 

「うーん……そうは言いますけど、室長さん。女の子って、誰だって人に言えない秘密を抱えてるものですよ?」

 

「秘密が多いのは結構だけどね。魔石を持ち出して外でスキル乱用してると、こわーいお役人さんに怒られちゃうから、ほどほどにしなきゃ駄目だぜ、お嬢ちゃん」

 

 スキル乱用。当然ながら、ダンジョン外で何の許可もなくスキルを使うことはご法度である。

 大体のスキルはそもそもダンジョンの中でしか使えないが、しかし中には桃子や親方が仕事の上で行使する【加工】のようなものもあるし、一瞬の発動で様々な情報が読み取れる【看破】のようなものもある。

 そして柚花は、常に懐にクズ魔石を潜ませて、ことあるごとに【看破】を発動させているのだ。

 

 人当たりが良く見える柚花だが、基本的に、彼女は人を信じていないところがある。感受性を育むべき思春期に、人間の裏を視すぎてしまった。

 これは【看破】というスキルを持ってしまった弊害だろう。出会う人間の価値を【看破】で切り捨ててしまうのは、ただスキルに振り回されているだけだ。

 【看破】が人の感情をも読み取れるというのもまたごく一部にしか共有されていない情報なのが救いだが、柚花はそのごく一部側に属するヤマガタや窓口の頭を悩ませる問題児の一人であった。

 

「……ほどほどにしますよ」

 

「ま、なんにせよ今後はキミも当事者だ。ついでに桃子くんの手綱もうまく握っておいてくれると助かるよ。あの子、君みたいなしっかりした保護者がついてないと危険だからね」

 

 しかしヤマガタとしては、桃子とタチバナの二人の探索者がセットになってくれるのは僥倖なことである。

 危機感の無い子と、他者を信用しない子。プラスとマイナスで、ある程度は互いの欠陥を補い合っているようだ。

 この調子で、とりあえずは桃子のことはタチバナに任せておいても悪いことにはならないだろう。そもそも彼女以外では桃子を認識できないのだから、選択の余地もないのだが。 

 

「保護者って。この場では一応最年少なんですけどね、私」

 

 桃子の手綱を握ること自体はやぶさかではないものの、自分のほうが保護者という扱いになっていることに、柚花は少々納得いかないのであった。まあ、それはそれでありな気もしているが。

 

「ああそれと、例の依頼。強制じゃないけど、どうする?」

 

「強制じゃないって言ったって、私がいかなきゃ判断できないじゃないですか。行きますけど、ちゃんと条件は認めてくださいね?」

 

「オーケーだ。秘密多き乙女の時間を買うんだ、あれくらいの条件は認めさせようじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、時間は過ぎて。

 

「あ、終わりましたか?」

 

 柚花はヤマガタとの話も終えて、あとは窓口と桃子の話し合いが終わるのを待つだけだったのだが、それからが長かった。

 時には理論で、時には契約を持ち出し、そして時には情に訴える窓口のお説教は、それはもう桃子の心をボコボコにしていた。そして長かった。

 柚花は横で聞いていて居た堪れない気分になり、途中からはヘッドフォンをつけて自分の配信動画の編集を始めていたくらいなのだが、しかしようやくお説教が終わったようである。

 

「本当はもっと言いたいことはありますが……まあ、あまりガミガミ言いすぎても桃子さんが心折れてしまいますので」

 

「いや、もうとっくに心折れてそうですけど……」

 

「ぐす……反省してます……」

 

 いつぞやは立派な先輩だった桃子が、今や先生に怒られた泣きべそ小学生みたいになってしまった。

 まあ柚花の目から見てもこれはこれで可愛らしいのだが、しかし流石に桃子がこれをずっとひきずってしまうと困る。

 柚花は心配げに桃子を覗き込むが、しかし桃子をボコボコにした側の窓口は意外と心配しておらず、ケロリとした様子だ。

 

「桃子さんは大丈夫ですよ。長い付き合いで薄々気づいていましたけど、桃子さんのメンタルは可愛い子ウサギの皮を被った特殊個体みたいなものです」

 

 特殊個体。鵺をはじめとする、いわゆる唯一無二。ボス格のモンスターだ。

 桃子のメンタルは、儚げに見えるけれど規格外に強い。これが、窓口の出した答えだった。

 

「まあ確かに。超合金のマシュマロみたいなところありますもんね」

 

 そして言われてみると確かにと、柚花もうんうんと頷く。

 この先輩は、見た目は小さく、人当たりは優しく、どんな相手でもふんわりと包み込んでしまうマシュマロのような人だが、その実そのマシュマロは何をしようが破壊不可能な無敵のマシュマロなのだ。

 そもそも、一人で誰にも認識されない状態で何年間ものほほんと探索を続け、人の命を食らう魔物を鼻歌混じりに全滅させる人の精神が、見た目通りの弱者なわけがない。

 

「え、あの、意味はよくわからないけど、もしかして二人とも酷いこと言ってる……?」

 

「いいえ先輩。マシュマロみたいで大好きですよ♪」

 

 無敵でも、超合金でも、マシュマロはマシュマロだ。柚花はマシュマロ先輩が大好きなので、何も問題なかった。

 まだちょっと凹み気味の桃子を、後ろからさりげなくハグする。

 

「そうですね、職員としてあまり特定の探索者さんに肩入れはできませんが、個人としては桃子さんは可愛い妹のような存在だと思っています」

 

 そして窓口も、先ほどまでの怒り顔とは違い、いつもの優し気なお姉さん顔だ。

 中学生のころから、桃子の泣き顔も、喜び顔も見てきたのだ。何年もの長い間、窓口だけが桃子に寄り添ってきたのだ。

 その窓口が桃子を大切に思わないわけがない。

 

「は、はい……妹、えへへ……照れちゃいます」

 

「えへへじゃないですよ桃子さん、反省してくださいね」

 

「はっ、はい、ごめんなさいっ!」

 

 しかし、妹のような少女だからこそ、甘やかさないことにした。

 

 今までは孤独な桃子に寄り添える相手が窓口しかいなかったために支える側に立っていたが、今はもう桃子には仲間が沢山いるのだ。

 ならば姉としては、これからはもう少し厳しくしていこうと、窓口は心に決めるのだった。

 

 

 

 

 

 

「先輩のお説教はともかくとして、ところで窓口さん、本日はお休みだったんですよね?」

 

 話が一段落したところで、柚花が窓口に声をかける。

 桃子は怒られていてそれどころではなかったのだが、言われてみれば確かに普段のギルド職員の制服ではなく、カジュアルな私服スタイルだった。

 

「えっ、窓口さんお休みだったんですか? ご、ごめんなさい、私たちのために……」

 

「いえ、気にしないでください。私も今日は特に予定もないですし、桃子さんに言いたいことを言えてスッキリしましたから」

 

「うぐ……」

 

 窓口の言葉が桃子の心にグサリと刺さり追加ダメージを与えるが、窓口も柚花もすでに気にしていない。

 そして桃子本人も、心に刺さった矢をポイっと引き抜いて、すぐに復活する。

 

「あ、あのっ。実はこれから柚花とケーキを食べる予定なんですけど、窓口さんがお休みなら、一緒に行きませんか?」

 

「あっ、それイイですね! 窓口さん、行きましょうよ♪ ケーキは市販品ですけど、ピザも沢山頼んでありますから」

 

 実は今日この後、結局お流れになってしまった桃子の誕生日祝いがてらで、近くのスーパーでケーキでも買ってちょっとしたパーティを開こうという話をしていたのだ。

 ギルド近くのピザ屋にも、少し多めにピザの予約を取ってある。

 窓口ひとり増えたところで何も問題ないし、むしろ仕事中ではない窓口と触れ合う機会なんてなかなか無いので、是非とも一緒に来てほしかった。

 

「私が、ですか? いいんですか?」

 

「はい! 金曜日が私の誕生日だったので、その祝いなんです!」

 

「誕生日……」

 

 そういえばそうだったな、と窓口は思った。

 付き合いも長い上に、そもそも桃子の様々な手続きを長らく担当していた立場なので、窓口も桃子の誕生日は把握している。

 

「窓口さんも私のその……お姉ちゃん、みたいな人なので。よかったら一緒に、どうかなって。お仕事の関係だけじゃなくて、個人的に、前から一緒にご飯とか食べたいなって思ってて……」

 

 先ほどの、妹のような存在、という言葉を受けてのことだろう。

 桃子も窓口のことを、お姉ちゃんみたいな人だと思っていたことを、少し恥ずかしそうに告白する。

 桃子に姉はいないのだが、職場では和歌が、そして探索者としては窓口がずっと、姉のように接してくれていたのだ。桃子とて、ずっと彼女らのことを姉のように思っていた。

 まあ、少し前までは『窓口』は役職名で、ずっと本名不詳のお姉さんだと思っていた薄情な妹なわけだが、それはそれ、これはこれ。

 

「ふふっ、手のかかる妹が、一気に二人も増えちゃいましたかね」

 

「え、私もですか? 百歩譲って、私は手がかからない妹だと思うんですけどね」

 

 突然の流れ弾に目を丸くする柚花だが、しかし柚花もまた、満更ではなさそうに笑顔を浮かべる。

 そしてその日、桃子のスマホの連絡先に『窓口 杏』という名前が一つ、新しく登録された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【お誕生日パーティ】

 

 

「ま、まさかダンジョン内のこんな場所でいつも、お茶会を……?」

 

「はい、ここって人は来ないですし、見晴らしもいいので、いつもここに集まってるんです」

 

「窓口さん、先輩とくっつきすぎじゃないですか? 私も桃子先輩抱っこしたいんですけど!」

 

「仕方ないじゃないですか、離れたら見えなくなっちゃうんですから。……というかその、お二人はそういうアレなのかしら」

 

「窓口。そのピザ食べないのか。貰っていいのか?」

 

「ヘノ……け、ケーキとピザ、どちらかにしましょうよぉ」

 

「危機感を養えない原因は房総ダンジョンにもありましたか……」

 

「あ、ヘノ先輩、そのピザ辛いですから、こっちのほうが良いですよ」

 

「窓口さん、私、19歳になったんですよ。初めて会ってから、もう5年ですよ」

 

「ああ、もう桃子さんが19歳ですか。初めてダンジョンに入った頃から全く変わっていませんけど、時間は流れてるんですね」

 

「窓口。桃子は昔から。同じ顔だったのか?」

 

「ヘ、ヘノ……私のピザに生クリームが……めそめそ」

 

「窓口さん、私も先輩の探索者デビュー当時の話聞きたいです! どんな子だったんですか?」

 

「わ、ずるい! じゃあ私も柚花のデビュー当時の話とか聞きたいです」

 

「残念ですね先輩。私って最初はもっぱら新宿ダンジョンだったんで、窓口さんは私のデビューは見てないんですよ」

 

「ヘ、ヘノ……ケーキが、ケーキが私のピザに……う、うわぁ」

 

「なんだこれ。うまそうだな」

 

「うわ、ニムちゃんのピザが大変なことになってるよ、どうしたの?」

 

 

 

「ふふっ、女の子が集まると騒がしいのはどこでも同じですね。じゃあ、桃子さんが初めてゴブリンを倒した日の話をひとつ」

 

「な、なんか恥ずかしいなあ……」

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