ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「ええと、ここはどこなんだろうね。見た所、第二層の石壁の迷宮部分……なのかな?」
「多分。そうみたいだな。あっちの方から。風が吹いてるぞ。行ってみよう」
三重に封じられた光の膜を抜けて出てきた先は、石壁に囲まれた通路のような迷宮内だった。
ティタニアの思い違いさえなければ、ここは香川のダンジョンのはずだ。ならば、先ほど調べた情報と照らし合わせて考えても、ここは香川ダンジョン第二層。闘技場の外部、石壁の迷宮なのだろう。
右を見ても左を見ても、石壁の通路。天井付近に松明のような光が点々と灯っているが、おそらくあれは炎ではなくダンジョン特有の魔法光だろう。
初めて来るダンジョンではあるが、見た目が真っすぐな通路でしかないのでとにかく進むことにする。途中には動く鎧や石のゴーレムのような、無機物主体の魔物が巡回しているようだが、ヘノが的確に迂回して先導してくれているので鉢合わせることはなかった。
ヘノが言うには、魔法生物に近い魔物の場合、視覚や聴覚に頼らずに魔力を感知するため、【隠遁】が効かない可能性があるのだという。
実際に動く鎧やゴーレムに【隠遁】が効いているかどうかは分からないが、君子危うきに近寄らず。わざわざ近づいて試してみる必要はないだろう。
「ヘノちゃん、今更だけどさっきの場所って覚えてる? 帰り道とか」
「安心しろ。道のりは忘れたけど。扉の場所は。感覚的に分かるから。迷うことはないぞ」
歩いているとただの通路以外にも、上下の通路を繋ぐ階段や、行き止まりの小部屋、装飾の飾られた謎の空間など色々とあり、まるでファンタジーゲームに出てくるダンジョンを探索している気持ちになる。どこかに宝箱などもありそうな雰囲気だ。
ダンジョンというものが現実にあるとしても、やはりゲームなどに出てくる創作のダンジョンといえば、謎の遺跡に様々な罠、そして宝を護るボス、というのがお約束なのだ。
そんないかにもなダンジョンをしばらくヘノと共に歩くと、通路の先に明らかに異質な空間が姿を現した。
「すごい……闘技場だ」
桃子たちが抜けて出てきた先は、闘技場の観客席であった。中央の何もない、石床が広がる空間を上から見下ろした、二階席だ。
ローマのコロッセオを、現代のアリーナのサイズで再現したような空間だった。
「桃子。あそこに。でかい魔物が佇んでいるな。あれの後ろに。下層につながる階段があるみたいだぞ」
ヘノがツヨマージを向けた先、眼下に広がる闘技場の反対側に目を向けると、そこには微動だにせず仁王立ちし続ける巨大な魔物がいた。人のように二足で立つ巨大な体躯のそれは、身体が石で出来ていた。
あの姿を例えるならば、そう、ゲームや漫画にも出てくるような、ゴーレムそのものだ。
「まるでゴーレムだね。堅そうだし、強そうだし、あれを倒さないと下層に行けないんじゃ、探索者さんたちもなかなか三層まではたどり着けないんじゃないかなあ」
「桃子なら。あの横を素通り出来る可能性も。あるけどな」
「んー、まあでもどっちにしろ、今日の目的はうどんだからね! ヘノちゃん、上層への階段ってどっちにあるかは感じ取れる?」
この観客席からでもよく見える巨大なゴーレム。
それを倒すか、うまく策を練って搔い潜るか、あるいは【隠遁】が効くなら横を素通りすれば第三層へと降りることができる。だがそもそも、今のところはその必要は全くないのだから、考えても仕方ない。
まずは当初の予定通りに、第一層『石造りの街』にあるという探索者たちによるうどん店へと向かうのが先だ。
上層への道のりをヘノに相談してみるのだが、しかしそれはあっという間に解決する。
「感じ取るまでもないだろ。ほら。そこにあるぞ」
「え? ……え?! これ上層への階段なの?」
ヘノがツヨマージを向けた先。ゴーレムが守護する下層への階段とは正反対に目を向ければ、観客席の中央を分断するように、闘技場の端から巨大な上り階段が延びている。
そして桃子はそれを二度見する。
最初に目を向けたときに、桃子はてっきり観客席への階段かと思っていたのだが、しかしその階段の先を見れば、闘技場の天井を抜けて、更に上層まで続いているではないか。
そう、驚いたことに。
闘技場を挟んで、上層階段と下層階段が向かい合いに設置されているのだ。
「この階層、入り口から出口が一直線なの?!」
「完全に。あの石みたいなのを倒して進むだけの。階層なんだな」
香川ダンジョン第二層は、下層への階段を守護するゴーレムと戦うためだけに存在する闘技場だった。
調べてもうどんばかりが出てきてしまい埋もれていたが、どうやらこのダンジョンは相当に癖の強いダンジョンのようである。
しかし、それならばこの周囲に広がっていた巨大な石迷宮は何なのかと、桃子は先ほどまで歩いていた背後の迷宮へと続く通路へと目を向けた。
「じゃあ、この周囲の石壁迷宮って、なんなんだろう……」
「多分。下層に進むだけなら。全く必要ない。迷宮なんだろうな」
不思議なダンジョンもあったものだ。桃子はそう思いながら、ヘノと共に観客席から上層への階段へと移動し、そのまま第二層『闘技場』をあとにするのだった。
「ここが第一層、『石造りの街』だね」
階段を上った先には、開けた空と大地が広がっていた。
ここは房総ダンジョンの森林迷宮等と同様、地上の時間と連動してダンジョン内も時間が進んでいくタイプの階層のようだ。既に時刻は夕方で、空もオレンジに染まってきていた。
「見たところ。比較的平たんだな。広さは。房総ダンジョンと同じくらいは。ありそうだけどな」
「とりあえず、先の方……っていうか、ダンジョンの入り口の方向に進んでみようか。多分、そっちのほうに行けばうどん屋さんがあるんだと思うよ」
第二層から出てすぐのあたりはただただ広大な荒れ地が広がっていた。いくつかの川が流れているが、木々もまばらだ。
多少の丘程度はあれど、ダンジョンにしては高低差のない平坦な地形で、かなり先の方まで見渡せる。
所々に黒い妙な影が跳ねていたり、獣のような影がうろついていたり、あるいは何人かの探索者グループがそれらと戦っている姿が見える。見たところ苦戦している様子もないため、魔物を狩って素材や魔石を集めているグループなのだろう。
視線の先のほうには、階層の名称にもなっている石づくりの建築物が並ぶ景色が見える。
遠くから見れば、いくつもの川と街道がその石の街を中心にして、周囲へと広がっているのがわかる。
「目的地は。あそこだな。行こう」
途中で犬サイズの牛の魔物のグループや、黒くてぴょんぴょん跳ねるよくわからない虫みたいなものの集団と遭遇したが、どちらも桃子の姿を認識できていないようだったので、作業的にハンマーで叩き潰して魔石を回収した。小さい角も落ちていたので回収しておく。
どちらも認識外から不意打ちで潰しただけなので苦戦ということは全くないが、房総ダンジョンに出てくる追剥ぎゴブリンよりは強そうで、危険度もこちらの方が高そうだった。
そして道をまっすぐ進んでいき、『石造りの街』と呼ばれている地域に到着したのだが。
「なにこれ。ちょっとした商店街じゃん……」
「桃子。すごいな。なんだこいつら。本当に探索者か?」
多数の水路で区切られたその区画は、ダンジョン内だというのにちょっとしたマーケットのような状況だった。日が傾く時間だからか、中央の通りには点々と松明が灯されていて、恐らくこのまま夜になったとしてもこの周囲は明るさが保たれていることだろう。
水路沿いに延びる大きな通りを眺めれば、左右には半壊した石造りの建物が並んでいる。そしてその半壊した壁を利用し、探索者たちが各々で勝手に布やレジャーシートで屋根を張り、あるいは個人で持ち込んだらしい折り畳みのテーブルを並べている。
そしてその大半が、何かしらの店として営業しているのだ。
第一層の入り口が近いのだろう、ほぼ武装もしていないような探索者も多く、それぞれの店を物色している。完全に私服姿の一般人のような姿も見かけるが、はたして彼らは探索者なのか。それともこのダンジョンは一般市民でも立ち入りが許可されているのだろうか。
また、武装をして周囲を巡回している探索者グループもいるが、あれはおそらく自警団的なものなのだろう。自主的に活動しているのか、はたまた誰かしらに雇われているのかは分からないが。
「なんだか、すごいねえ。もはやちょっとした観光地だよ。お土産売ってる人もいるじゃん」
「でも。半分以上の店が。うどん屋みたいだな」
店の半分以上はうどん店だが、中には普通に観光地のような手作り雑貨を並べている人もいたり、あるいは探索者ではなくうどん店向けに、調味料や割りばしなどの食器類、そして大量に持ち込まれた小麦粉の袋を販売している特殊な探索者もいた。白い粉の販売員には需要があるらしく、うどん屋の次に客の入りが多かった。
思いのほか人通りが多いため、ヘノは桃子の服のポケットに入って、そこから外を覗いている。
ヘノがポケットに入ると【隠遁】の効果は薄れるが、それと同時にヘノも【隠遁】の効果で見えなくなるようだ。そこら辺の仕組みはどうなっているのか分からないが、今のところは都合が良い。
二人で石造りの街のマーケットをぶらぶらと歩き、みて回る。
とはいえ、流石にあくまでここはダンジョン内。店が多いとはいっても、ちょっとした地域の夏祭り程度の規模であり、歩いていればすぐに全て見終えてしまうが。
「柚花の話だと、ダンジョン内ではお金のやり取りは厳禁だから、魔石をお金代わりにして交換していくんだって」
一応桃子もそれを聞いていたので、背負ったリュックには魔石がいくつか入っているし、先ほど拾った魔石もポケットに入れてある。
クズ魔石はギルドで売っても大した額にはならないが、ちゃんとした魔石もいくつかはあるのでこれで買い物くらいはできるだろう。
「桃子。さっそく。うどんを見てみよう。なんか。面白そうだ」
「とりあえず、近くのお店に行ってみよう!」
そして、桃子たちは一番近くにあったうどん屋台の暖簾をくぐり、本場のうどんをその目にするのだった。
とぼとぼと、オレンジから紫へと染まりつつある空の下、マーケットの中央から離れるように石畳を歩く。
「……なんか、ごめんね、ヘノちゃん」
「いや。ヘノも忘れてたんだ。桃子は。ダンジョン内だと。買い物もできないんだな」
桃子たちは、うどんをその目にすることは出来た。
そしてうどん店の店員たちは、桃子を目にすることが出来なかった。
暖簾が動いたときは一瞬だけ反応を見せたが、しかしすぐに中にいた店員は首を傾げてそのままうどんを造る作業に戻ってしまう。
中にいた客も、何もなかったかのようにうどんをすすっていた。
そう。言わずもがな【隠遁】である。
妖精の国の仲間たち、後輩の柚花、桃の窪地の人々、そして琵琶湖ではりりたんという、最近は桃子と普通に会話を出来る人々が多く存在したがために、そしてここがあまりにダンジョンとしては異質で、地上のお祭りのような雰囲気だったため、すっかり失念してしまっていたのだ。
桃子は誰からも認識されない存在だと。魔石がいくらあろうが、買い物なんて出来るわけがない、と。
「うー、ここまで【隠遁】が恨めしいと思ったことはないよ。初めてダンジョンに入って、友達に忘れられたときの次くらいにつらいよ」
「桃子。店のテーブルに魔石を置いて。うどんを勝手に持って行っちゃ。駄目なのか? 遠野でも。松茸を勝手に食べてたろ」
遠野では、探索者たちの焼いていた松茸を勝手に一切れ頂いたことがあった。
ならばここでも魔石だけ出して、あとは同じようにしてうどんを貰えばいいとヘノは考えたのだが、しかしそれはさすがに難しいと桃子は首を振る。
「松茸のことを言われちゃうとぐうの音も出ないけどさ。うどんは注文してから出してもらえるものだから、石だけ置いたとしてもそもそも作ってくれないんじゃないかな」
「そうか。それもそうだな」
野菜などの無人販売所のような形式ならばそれでもいいのだが、流石にうどんの無人販売は無いだろう。
いや、もしかしたら世の中そういうのも探せばあるかもしれないが、少なくとも今このダンジョンには無かった。
しばらくは、うどんのスープを煮込む店員――彼らも探索者なはずではあるが、姿は完全に職人のそれで探索者とは思えなかった――たちを眺めていたり、うどんの麺を一瞬にしてゆで上げる【うどん製作】に驚いたりしたものの、しかし間近で見ていてもお腹が空いてくるだけである。
目の前でうどんをすする客たちの姿を見せつけられても余計につらいだけだったので、桃子とヘノは泣く泣く退散することにした。
「まあでもさ、このダンジョンが比較的安全に進めるっていうことは分かったんだし、次は柚花とかと一緒に来てみれば、きっと食べられるよ」
「目の前で。うどんを食べている連中を眺めながら。何も食べずに帰るのは。とってもつらいな」
ヘノはつらそうだった。そして桃子もつらかった。
まさか、長々と迷宮や荒野を歩いてやってきた先で、美味しそうなうどんを見せつけられるだけの生殺しに合うとは。
少し考えればわかりそうなことなので、それすら失念してしまっていた自分のうっかり具合が余計につらかった。
「あはは。まあ、帰ったら美味しいカレー食べよ? まだ材料あるから、ね?」
しかし。
「そこの方……」
とぼとぼとした足取りで、石造りの街から荒野に出ようとしたところで、桃子とヘノは、声をかけられた。
「そこの三つ編みの、ちっちゃいアナタ……」
「え?」
たった今、己の【隠遁】について思い知らされたところなので、それが自分にかけられた声だとは気づかなかった。
しかし、三つ編みでちっちゃい人なんて、この場には自分しかいない。
というか、この場には他の探索者がいない。
「そこの、えと、妖精? ……を、連れたアナタ。う、うどんを一杯……いかがっす、で、ですか?」
マーケットの中央から外れた、荒野の入り口ともいえる場所で。
まるで人々から隠れるかのように、小さなテントのうどん店が存在していた。
そして、大きなフードで顔を隠した怪しげな風貌の人物が、確かにこちらを見ていた。はっきりと、認識していた。
桃子と、ヘノの姿を。
【琵琶湖ダンジョン専用 雑談スレ】
:なんか、この前のスライムの素材の扱いでギルドが頭を抱えてるらしいな。
:ああ、あの人魚姫が救助(虐殺)活動したときの?
:あの光る結晶綺麗だったな
:ギルドが頭を抱えてるっていうのはどういうことですか?
:一応、あのあと何人かで全部集めて、ギルドに持ち帰ったらしいんだけどね。それがどうやらかなり珍しい素材だったらしいんだ。
:スライムが結晶になって砕けることなんて普通はないものね
:珍しい素材なのはいいんだけど、スライムを倒したのは人魚姫なものだから、所有権とかそこら辺で揉めてるんだと。ギルドとしてもこれ以上人魚姫を刺激したくないから、自分たちのもの、とも言い出せず。
:ギルドとしては人魚姫にちょっと引け目を感じてるわけだなw
:とりあえず管理だけしてるけど、珍しい素材だから魔法協会が欲しがってるらしくて、俺の担当の職員さんが胃潰瘍で入院
:可哀想だけど笑える
:でもあれ以降、人魚姫さん大人しいじゃん
:たまに三層では歌が聞こえるけど、何も弾け飛んだり破壊されたりしてないんだよね
:人魚姫といえば、前に研究者が説を唱えてたんだけど、第三層の滝つぼって下の深潭宮と繋がってるんじゃないかっていう話を見たな
:姫さんどこから来てるのかと思ったけど、滝つぼから出てきてるなら辻褄があうな
:じゃあ最先端の魔石機械を持ち込んで調査するか!
:やめろ
:絶対駄目だぞ
:これ以上琵琶湖ダンジョンに文明を持ち込むな
:文明持ち込みすぎて怒られたこと、みんなのトラウマになってて草