ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「なんすかこの香り! これがカレーうどんっすか!」
テントの中にポンコの元気な声が響き渡る。
気絶してしまった子狸を奥のスペースで寝かせたままヘノと桃子は先にカレーうどんを食べていたのだが、桃子たちが食べ終えようとするタイミングでようやくポンコも目を覚ましたらしい。
半獣タヌキ娘の姿で慌てて奥から飛んでくる。
「あ、ごめんね。先に食べちゃってたよ」
「たぬき。お前も桃子のカレー。食べてみるといいぞ」
驚くポンコをよそに、桃子は最後のスープまでズルズルと飲み干す。
最初は生臭く感じた魚のスープだが、カレーのスパイシーな香りと合わさり絶妙に野性味を残したカレーとなって、その癖の強さが一転して味の深みへと変化していた。
カレーとの相性が元から良かったのか、はたまた【カレー製作】の為せる業なのか。或いは、ダンジョン食材ならではの未知の変化だったのかもしれない。
変化の理屈はわからないものの、とにかく結論から言えば、けっこう美味しかった。
先に食べていたヘノに促されて、ポンコも慌てて奥に自分の分のカレーうどんを取りに行く。
麺はあらかじめ茹でておいたので、数十秒も経たずにカレーうどんを手にしたポンコが戻ってきた。
桃子の隣の席にカレーうどんを置いて、お箸を手にし、さっそく目の前のカレーうどんを食べ始める。
「なんすかこれ! なんすかこれ!」
一口ごとに、なんすかこれ、を連呼する。意識しているのかいないのか、尻尾の毛が興奮によりぶわっと広がって大きくなる。
狸という動物は感情表現をすることが殆どない動物だと言われているが、目の前の化け狸の少女はそれと比べると随分と感情表現が豊かなようだ。
「これがポンのおうどんすか?! うまいっす、これが本物のおうどんなんっすね」
「お前のうどんじゃなくて。どっちかというと。桃子のうどんだけどな」
「まあまあヘノちゃん。カレーはともかく、麺のほうはポンコちゃんが作ったものだからね。太さと形がバラバラで見た目は悪いけど、それが逆に刀削麺みたいで美味しかったよ」
「キュゥゥン……うまくて泣けてきたっす」
カレーつゆが絡んだ、自分のつくったうどんをひたすらにすすっていくポンコ。
桃子は食べ終えた自分とヘノのお皿を先に奥へと片付けて、ポンコがカレーうどんを味わう姿に目を細めるのだった。
しかし、そんな食事タイムも長くは続かない。
「あれー? こんなところにもうどん屋があるじゃん?」
「ほう、いいにおいですね、カレーうどんですか?」
「カレーうどんか、悪くないな」
テントの外から、探索者たちの声が聞こえてきたのだが、その内容は明らかにポンコの店のことを言っている。
そして、複数の足音がテントに近づいてくる。つまりは、来客だ。
「ひ、ひ、人が来たっすか?! ど、ど、どうすればいいっすか」
「ポンコちゃん、まずは急いでフード被ってっ、その恰好はまずいよっ」
「は、はいっす!」
桃子がポンコを立ち上がらせて、調理場とカウンターを隔てる布カーテンの向こうへと押し込む。
うどん目当ての客が来るのは喜ばしいことだろうが、さすがに半獣人姿を晒すのはまずい。化け狸の噂が広まるだけならまだしも、獣人タイプの魔物と勘違いでもされたら大変なことになってしまう。
化け狸と同じく、わざわざ見知らぬ人間に姿を晒したくはないヘノも、ポンコとともに布カーテンの奥へと引っ込んでいった。桃子はハラハラしながら、客が入ってくる様子を眺めている。
そしてポンコが奥へと戻っていくのとほぼ入れ違いに、テント入り口側から三人の探索者たちが姿を現した。
どうやら彼らはこの先の荒れ地で魔物を狩っていたようで、所々に擦り傷や打撲の痕があり、たった今まで運動してきたかのようにじんわりと汗ばんでいる。
「ちーす、ここってうどん屋ですかー?」
「おや、誰もおりませんね。奥でしょうか?」
「見ろ、テーブルに食べかけのカレーうどんがあるぞ」
三人の男性探索者。
剣を持った軽いノリの若者に、杖を持った眼鏡の真面目そうな術士、そして大きな盾を背負った大柄な壁役という三人組パーティのようだ。
その三人の視線の先には本来ならば小柄なふんわり三つ編み姿の少女がちまっと立っているはずなのだが、【隠遁】に認識を阻害され、彼らには無人のテントに見えているようである。
そして、間をおいて奥からは慌ててフードを被り、手袋を装着するポンコの声が響く。
「ポンッ……あ、えと、いらっしゃいませ、です」
「ポンコちゃん、多分もう普通に話した方が自然だから、普通の口調にしよう」
「はいっす」
例のぎこちない喋り方に戻ってしまっていたので、桃子が奥へと向かって声をかける。ポンコが思うほど、探索者は敬語に拘りはしない。
怪しげな口調になるよりは、元気なままのポンコの喋り方のほうが断然自然である。
なお、桃子がポンコへとかけた声も探索者たちには物理的には聞こえているはずなのだが、三人とも一瞬感じた違和感に首を傾げるばかりで、すぐに聞こえたはずの声については忘れてしまったようだ。
特に今はヘノが桃子から離れて奥にいるため、【隠遁】は効果抜群だ。
「おまたせしましたっす、カレーうどん三つでいいっすかね?」
「うぉっ?! あ、えと……はい、おなしゃす」
そして奥からちらりと顔をだして注文を確認するのは、頭からフードを被って顔を完全に隠した、非常に怪しげな風貌の店主。
探索者は一瞬その姿に驚くものの、しかしすぐにポンコへ向かって頭を下げる。
全身を隠した怪しげな姿に加え、先ほどまではあからさまに不自然な喋り方で不審以外の何者でもなかったポンコだが、桃子の助言通りに普通の元気な喋り方に戻ったことで、多少は不審さが緩和されたようである。
「ふむ……なにやら、珍しい姿の店主どのですね」
「ちょいビビったけど、イんじゃね? 世の中変わった格好の探索者なんていくらでもいるからな」
「おや? さっきはここに食べかけのカレーうどんがなかったか? いつの間に消えたんだ……?」
「ほほう、気配を感じさせない接客とは、やりますね」
桃子がこっそり……というか、桃子的には堂々とお皿を片付けていたのだが、流石は探索者たち。小さい変化にも気づく、いい目をしている。
いきなりお皿が減ったことを怪しまれてしまうかと一瞬だけ肝を冷やしたが、しかしなんだかよく分からない深読みにより、店主の接客スキルの高さによるものということになってしまった。
まあ、結果オーライだ。
そしてカーテンの奥では。
「う、ううう、ポ、ポンコのおうどん……まずいって言われたらどうしよう……」
「大丈夫だぞ。ヘノは。美味しく食べたし。もっとお代わりしたいくらいだからな」
「ヘノさん……ありがとうっす! ポン、勇気が出てきたっす」
うどんの麺を準備しながら、ポンコが不安に震えていた。
実はポンコにとっては桃子とヘノが初めての客だったのだが、しかし残念ながらその初めての客からの感想は、実に心に刺さるシビアなものだった。
だからこそ今度は桃子がカレーを作ってくれたのだが、しかしこれでも尚ポンコのうどんが不評であったならば、ポンコはこの場で泣き崩れてしまうだろう。
その未来を想像をするだけでも、すでに今にも泣き出しそうなポンコだが、しかし目の前で宙を舞っている妖精、ヘノが応援してくれた。
ヘノ的にはただ事実を語っただけなのだが、嘘のないヘノの『美味しく食べた』という言葉が、ポンコに燃える勇気を与えてくれた。
意を決して、ポンコはおぼんに三人分のカレーうどんを準備する。
「ポンのカレーうどん、お待たせっす!」
「なんか、不思議な風味があんな。魚か? 野性的なクセの強さがカレーと仲良く手を繋いでる景色が見えるぜ」
「ほう、なにやら魔物と戦ってきた疲れが癒されていく気がしますね。もしや、これは何かのダンジョン食材では?」
「しかし、この階層に魚は居るまい。無論、第二層にもな。となるとこの魚らしきものは、第三層か、或いは他ダンジョンから取り寄せたものである……か」
「難しいこたいいじゃねえか、俺はこれ、気に入ったぜ」
「そうか……わかりましたよ。そのまま食すには癖が強すぎるダンジョン食材と、その癖の強さをあえて武器にするためにカレーを選びましたか。考えましたね」
「そしてこのいびつな麺の風味も素晴らしいな。そしてこのバラバラの太さの麺は、あえて一口ごとに食感を変え、カレーが絡みやすくなっているのだな。悪くない、悪くないぞ……!」
三人の探索者たちは、どうやら食事に対しては一家言あるパーティだったようで、ポンコのカレーうどんを食べながらも口々に評価が飛び出てくる。
多少、深読みしすぎている気がしないでもない三人組ではあるが、しかしなんにせよカレーうどんに対する評価は上々だ。
桃子は、カーテン越しに三人の客をジッと見つめるポンコの手を握って、大丈夫だと、声をかける。
「ほら、見て。美味しそうに食べてるよ。ポンコちゃんのおうどん」
「しかし。なんだか随分と。独り言の多い。連中だな」
「ポン……」
あのカレーうどんは美味しい。先ほど食べた桃子がそう感じているのだから、ポンコが恐れる必要はない。
結論から言うと、三人の探索者は満足して帰っていった。
このうどんダンジョンでは、魔石をお金の代わりにした流通文化が存在する。しかし商品の正式な価値は決まっていない。そもそも魔石自体が個々のサイズや質で価値が変わるものなので、統一しようがないのだ。
よって、代金の類は食べた側の満足度で変動していくチップのようなものと言える。
「ポンのおうどんに、魔石が30個も……!!」
「全部。ちっちゃい魔石だけどな。これって。どれくらいの価値なんだ?」
「さっき覗いてた感じだと、他のお店ではうどん一杯で魔石5個から10個くらいだったから、3人で30個ならすごく高評価なんじゃないかな?」
うどんの安値が魔石5個だとしたら、魔石10個はその倍額だ。
それは、それだけの価値のあるものを食べたという、探索者からの気持ちである。
今回のうどんの出来は、桃子の【カレー製作】によるものが大きいのも事実ではあるが、しかしポンコが作ったうどんを喜んで食べてもらえたのもまた事実。
ポンコはその事実を噛みしめて、その獣の手をぎゅっと握りしめていた。
ポンコはフードを下ろして、半獣の素顔を見せて、桃子に真っすぐ向き直る。
「も、桃子さん……!!」
「わ、どうしたの? そんなに改まっちゃって」
そして、桃子におおきくガバッと頭を下げて、言葉を続ける。
「ポンコのお師匠様になってほしいっす! そしてどうか、ポンコに、カレーうどんを教えてくださいっす!」
ポンコとて分かっている。このカレーうどんが美味しかったとしても、これは桃子のスキルありきのものだし、口が裂けても『ポンコのおうどん』とは言えない。
だからこそ、ポンコが一人でこの味を再現しなければいけない。出来るようにならねばならない。
そのために、桃子に師事するのだ。
頭を下げるだけで足りなければ、土下座をしてもいいし、桃子が望むならば虫や木の実を取ってくるし、いくらでも毛づくろいだってしてみせる。長年集めてきた大きな松ぼっくりコレクションを全部あげてもいい。
それだけの、とても重い覚悟を持って、ポンコは頭を下げている。
「たぬき。顔を上げろ。桃子はカレー名人だから。弟子になれば。いつかはお前も。カレー名人になれるはずだぞ」
桃子が返答する前に、何故かヘノが腕組み師匠面で語り始めた。
「ホントっすか?!」
「でも。今日はもう。時間が遅いから。修行は明日からだぞ」
「わかったっす! 明日からよろしくお願いするっす!」
頭を上げて、その場でぴょんぴょん跳ねて喜ぶポンコと、なんだか満足げな様子のヘノ。
ヘノがどんどん話を進めてしまったので、当の桃子は一言も発言をしていない。
桃子とて、弟子とか師匠とかについての関係性はさておき、ポンコに協力する分には全く問題ないし、そのつもりではあるのだが……。
「え、なんか私抜きでどんどん話が決まっちゃってない? どゆこと?」
当事者だというのに一人だけ話に置いていかれて、頭に大きくハテナを浮かべるのだった。
【香川ダンジョン専用 雑談スレ】
:雨季にうきうき
:乾季に歓喜
:乾季にゃ全然歓喜しないんだわ。
:水不足でうどんを作れないうどんダンジョンなんて何も残らないじゃないか
:たぬきダンジョンだぞ
:お前さては徳島県民だな
:愛媛県民かも
:香川県民以外の四国勢はあそこをたぬきダンジョンと呼ぶ これテストに出るぞ
:第二層までは香川県で、第三層からは県境を抜けて徳島県と言われてるからな
:化け狸が目撃されるのって第三層以降なんでしょ? ゴーレム怖くて挑んだことないわ。そこらの魔物とは格が違いすぎる。
:魔物といえば、最近やたらクロムシ多くない? なんか以前の倍以上見かける気がする あれやられるとしばらく具合悪くなるから嫌い
:なんか最近は他のダンジョンでも魔物の異常行動があったらしいからなあ。クロムシ大発生もそれと同じようなもんか?
:うどん大会中はゴーレムも討伐されてるから、実は第三層に自由に行き来できるようになる、これもテスト出るよ
:うどんといえば、さっき出る前にカレーうどん食ったぜ なんか超うめえの
:ダンジョン内でカレーうどんのチョイスは珍しい気がするな
:多分だけど、ダンジョン産の魚の煮汁か何か入ってたんだよな。どこの魚だったんだろ、聞いときゃよかったわ
:ダンジョンうどん食いたくなってきた、今からダンジョン行こうかな この時間でもうどん店あると思う?