ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「よっし、スーパーでたっぷりカレールーも買ってきたし、これで大丈夫かな?」
「桃子。他の具は。買ってこなくてもいいのか?」
「うーん、買ってこようかとも思ったんだけど、ポンコちゃんが自前で用意できる具だけで作ったものじゃないと意味がないと思うんだよね。まあ、カレールーは仕方ないとしても」
「じゃあ。具が必要なら。うどんダンジョンで。たぬきが探してきたものにするか」
香川ダンジョンで化け狸のポンコと出会った次の日。
人を駄目にするベッドでぐっすり眠った桃子は、朝一番でダンジョンの外のスーパーでカレールーを大量購入していた。これは当然、ポンコが作るカレーうどんの材料である。
昨日はさすがに時間が遅くなってきたため、また次の日に――つまり今日だが、うどんダンジョンのポンコの店でカレーうどんの作り方を教えるという話に落ち着いた。
帰る前に少しポンコと話をしたのだが、どうやらポンコが住んでいる場所は香川ダンジョン第三層の『妖狸の森』に存在する、化け狸たちの隠れ里とのことである。
隠れ里については詳しくは聞けなかったものの、恐らくは妖精の花畑と同様に、普通の人間が立ち入ることは叶わない土地だろう。
うどんの麺に使う粉と塩は里内で入手出来るらしく、ポンコのうどんの麺が妙に美味しかった理由も桃子は納得する。つまり、あの麺は完全なるダンジョン食材だったのだ。得てしてダンジョン食材というのは、ダンジョン内にて魔力が保持されたままの状態で食べる場合は特に美味しいのだ。
製麺の技術自体は他のうどん店にはどうしても劣っているものの、見様見真似でもあれだけ出来れば大したものだろう。そこにダンジョン食材という強みがあるならば、意外と他の店とも良い勝負が出来るかもしれない。
更には、住んでいるのが森ということなら、木の実の類やキノコなど、カレーうどんの具に出来るものも探せばあるのではないかと思う。昨日はそれとなくポンコに話してみたので、今日は何か材料が増えていたらありがたいが、どうだろうか。
そのように色々とカレーうどんについても考えながら、ヘノのつむじ風を両の足に纏わせて桃子は房総ダンジョン内をすっ飛んでいく。
そして、房総ダンジョンをかっ飛ばし。妖精の国では大量のカレールーを見せて妖精たちや女王ティタニアを驚かせてから、再びツヨマージの魔力で香川ダンジョンへの扉を開く。
昨日はヘノを心配しきりだった女王も、戻ってから香川ダンジョンの様子を事細かく説明すれば、比較的安全なダンジョンだということに理解を示してくれたようだ。大量のカレールーにはそんなに使うものなのかと驚きつつも、今日は快く見送ってくれた。
「ねえヘノちゃん。この石壁の迷宮も、奥の方まで探したら色々なアイテムとか、素材とかってあるのかな。それこそうどんの具とか」
「どうだろうな。少なくとも。美味しそうなものがあるダンジョンとは。思えないぞ」
光の膜を潜って出てきたのは昨日と同じ、香川ダンジョン第二層『闘技場』の周囲に広がる石壁の迷宮だ。
一般的なダンジョンの広さから考えると、この第二層の中央に存在するメインの闘技場よりも、その周囲の迷宮部分の方が遠くまで広がっているのだろう。しかし、なにぶん第一層からの階段と第三層への階段が闘技場で向かい合っている作りなので、周囲の迷宮部分の蛇足感が半端ない。
軽く調べたところでは、この石壁迷宮に潜って魔物素材などを集めて稼いでいる探索者パーティも少なくないらしい。ただ、うどんの具になるような食材を拾えるといった情報は皆無だった。やはり、食べ物は無いのかもしれない。
やはり桃子たちが興味を引く食料素材があるとしたら、第三層の『妖狸の森』だろう。
「っと、食材のことを考えてる間に闘技場へと到着っと」
「桃子。さっきから喋らないと思ったら。食べ物のこと。考えてたのか」
「あはは、ごめんごめん。じゃあとりあえず、階段上がってポンコちゃんのお店まで真っすぐ行っちゃおうね」
「じゃあ。つむじ風の魔法。かけるぞ」
石の迷宮ではあまりスピードを出すと危ないので一時的にゆっくり進んでいたが、闘技場から階段を上がった先は広々とした荒野なので、遠慮なくつむじ風の魔法で駆け抜けることが出来る。
第一層まで長い階段を駆け上がり、黒い虫のような魔物の群れの中を風の様に潜り抜けて、真っすぐポンコのテントへと向かっていく桃子だった。
「おうどん、おうどん、おいしくなるっすよー」
準備中、の札がかけられたポンコのテントの中では、半獣姿のたぬき娘が楽しそうにぺったんぺったんうどん生地を捏ねていた。
昨日は、桃子たちが来るまでにうどん生地を作ると言っていたが、少し早く来すぎてしまったかもしれない。
「ポンコちゃん、おはよう。うどん作ってたんだね」
「たぬき。来たぞ」
「あ、師匠にヘノさん、おはようっす! いまおうどんを捏ねてるから、ちょっと待っててほしいっすよ」
ポンコに促されるままに、桃子は木箱の椅子に座ってうどんを作るたぬき娘を眺める。
あれから、ポンコは桃子を師匠と呼び始めた。
カレールーを溶かして混ぜただけで師匠扱いというのは、桃子的にはなかなか複雑な気持ちではあるが、ポンコがその呼び方を気に入っているようなので受け入れている。
とはいえ、せっかく師匠と呼んでくれるのなら。カレールーの溶かし方以外にも色々と教えてあげたいと思う。
まあ、うどん生地については桃子も素人。他の店のやり方を見様見真似とはいえ覚えているポンコの方が詳しいかもしれないが。
そんな風にポンコの姿を眺めていたのだが、桃子はふと、何の気なしに気になったことを聞いてみる。
「そういえばポンコちゃんって、他のお店のうどんは食べたことあるの?」
「あるっすよ! 人間のお店には入れないっすけど、袋に入れて捨ててあるおうどんを貰うことが多いっす! 他のお店のおうどん、もちもちだったり、歯ごたえがあったりしてて、とても参考になるっすね!」
まさかの残飯だった。
まあ、元が狸だというのなら、人間の出した食べ物の残りを餌にするということもあるだろう。ただの狸なら。
しかし、目の前の半獣とはいえ人の姿をとる少女が嬉々として残飯を漁っているというのは、その姿を想像するだけでもちょっと、なんか、つらい。
しかし、目の前にいる半獣人姿では他の探索者のお店に入れないのも仕方がない。顔を隠すフードを付けた所で、食事中はどうしても顔を晒してしまうだろうし。
「もっとうまく、人間に化けられたらお店にも入れるっすけどね……」
「たぬき。お前。なんでそんなに。人間に化けるの。へたくそなんだ」
「キューン……ヘノさん、ポンが一番気にしてるところをグサリと刺してくるっすね。ポンは見本なしに素で化けようとすると、いつもこうなっちゃうっす」
「ん、見本なしって? ポンコちゃんも、見本があれば化けられる……ってこと?」
ヘノとポンコの話を聞いていた桃子だが、見本なしというワードが気になって話に参加する。
普通に考えれば、もちろん人間の見本があったほうが変身もしやすいだろう。しかし、香川ダンジョンにだって探索者はたくさんいるし、見本が無いということはないだろう。
そしてふと思ったが、ならば今の少女の姿は誰か特定の人間に化けようとしたわけではない、ということだろうか。
そしてポンコの説明によるとこうだ。
化け狸は普段、自然に人間に化けることが出来るし、それは特定の誰かというわけではなく、『自分だけの人間姿』をとることが可能なのだという。
しかしポンコはそれが昔から苦手で、人間に化けようとしても今のような半獣姿になってしまう。そのため、人間にも化けられない出来損ない、という自己評価に陥っているようなのだ。
そしてそれとは別に、誰か特定の、実際に居る人間を見本に化けることも可能らしい。
ならばそれで実在する探索者にでも化けたらいいのではないかと桃子は思ったが、しかしそうはうまくはいかないのだそうだ。
実際の人間に化けるには、その姿をじっくりよく観察した上で、更にはその相手に直接触れていなければならないのだという。確かに、ダンジョンを訪れている探索者を観察するだけならまだしも、触れた上で同じ姿に化けるなど、問題が起きる予感しかしない。
それどころか、探索者に成りすます危険な魔物としてその場で即討伐されても文句は言えまい。
だがしかし、それならそれで、いい解決方法がある。
今日の桃子は賢かった。完璧な解決方法を思いついた。
「じゃあポンコちゃん、私の姿に化けなよ。私なら事情を知ってるし、間近で好きなだけ観察してもいいよ?」
「え?! ポンが、師匠に化けるんすか?! で、でも、そしたら師匠が二人になっちゃうっす、他の探索者さんたちに、怪しまれちゃうっす」
どうやらポンコは、桃子が二人になることで起こる問題を気にしているようである。他の探索者には怪しまれるし、ギルドの入場記録などを調べたら片方が偽物だということは一目瞭然だ。すぐに大騒ぎになってしまうことだろう。
だが、桃子に関してはそのような心配はないのだった。
「たぬき。桃子の姿は。他の探索者たちには見えないんだ。だから。大丈夫だと思うぞ」
「うんうん。私、【隠遁】ってスキルで他の人から見えなくなってるから、ポンコちゃんが化ける相手としてはうってつけだと思うな。香川のギルドで記録をとられてるわけでもないしね」
そう、桃子という存在はどうせ他の探索者にとっては居ないも同然なのだから、ポンコに姿を貸し出すくらいわけないのだ。
特に、知り合いがいるわけでもなく、更には今後も第一層から出入りする予定もない香川ダンジョンならば、そもそもギルドで調べられることもない。
いっそ、香川ダンジョン限定ではあるが、ポンコに永続的に自分の姿を利用してもらったっていいくらいだと思っている。
「よし、ものは試しだよ。ポンコちゃん、私に変身してみようよ」
「キューン……そのぉ、でもぉ……」
そして桃子はポンコの前に立つ。
ポンコは慌てて手洗い用の水桶で粉を落として、おろおろとした様子で桃子の前でもじもじしている。
「桃子が二人に増えるのか。面白そうだな」
「さあ、さあ、ポンコちゃん。私なにすればいい? 葉っぱとか必要だったりする?」
実のところ、話のきっかけはポンコを助けるためという体ではあったが、今の桃子は化け狸が自分に変身するところをこの目で見れるということでワクワクしていた。ポンコには悪いが、人助けというより、好奇心のほうが勝っていた。
そんなワクワクした子供のような期待の目で見つめられて、ポンコは更に恐縮してしまう。しかし桃子の言うことも一理ある。桃子の同意のもとで変化するならば、誰にも迷惑は掛からないし、人間の子供としてうどん店にも堂々と入ることができる。
しばしの逡巡の末に、ポンコも覚悟が決まった。
「ポン……こ、こうなったら、ば、化けるっすよ! いいっすね!」
ポンコは目をぎゅっと瞑り、ぽふっと桃子に抱き着いた。
抱き着かれた桃子はちょっと驚いて目をぱちくりとするが、しかしこれがポンコの変身の仕方なのだろうと理解して受け入れる。
ヘノはぼんやり眺めている。
そして、ポフッという、布団を叩いたような音と共にポンコの周囲に煙が出たと思えば。
そこにいたのは、今までのたぬき娘ではなかった。
「すごいな。桃子が二人……じゃないな。なんだこれ」
「うわ、私がもう一人……って、あれ? ポンコちゃん、なんか変だよ?」
「ポン……?」
桃子に抱き着いているのは、服装までしっかりと再現されたもう一人の桃子だった。
135cmの低めの身長。妙なキャラクターがポーズを決めたスカジャン、ショートパンツと、その下に履いたレギンス、親方が作ってくれた工具入れに、和歌から貰った探索者用ブーツ。
童顔気味の厚めの二重と、化粧っ気のないたぬき顔――ポンコのほうがガチのたぬき顔ではあったが――。ふんわりとした栗色の大きな三つ編み。その頭にぴょこんと出た狸の耳。お尻のあたりから生えている大きな狸の尻尾。
一部を除き、完全に桃子を再現している。
ただし、その残り一部がかなりタヌキだった。
「その、ポンコちゃん、変化しきれてないね……」
「ポ、ポンッ?!」
普段から鏡で見ている自分と同じ顔の狸耳少女が、でも自分とは違う声で驚いている。
慌てて耳と尻尾をさわって確かめて、あわあわとその場でオロオロとしている。
桃子はなんか、変な気持ちになる。
「桃子とたぬきの。あいの子みたいになっちゃったな。ももポンだな」
ヘノ命名。ももポン。
桃子でもポンコでもない新たな存在が、いまここに爆誕した。