ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました   作:chikuwabu

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はじめてのおうどん

「あ、あの、あ、えと……」

 

「がんばれ、ポンコちゃん、あとは注文するだけだよっ」

 

 外の明るさと比べると、やや薄暗いテント内。

 簡素な作りのカウンターテーブルの椅子に腰かけるのは、テント内だというのに頭から大きなフード付きの外套を被った小柄な少女だ。

 このような場所に来るのが初めてなのか、厚めの二重の瞳は先ほどからそわそわと落ち着きがなく、緊張しているのか、やや子供っぽいデザインのスカジャンのボタンをしきりに弄っている。

 そしてその横には、全く同じ顔に同じ服装の少女が寄り添い、フードの少女を応援していた。

 

 応援にこたえるように、フードの緊張でガチガチに固まっていた側の少女が、カウンター越しの男性へと声を絞り出す。

 

「おうどんを……た、食べたいっす」

 

「はい、かしこまり!」

 

 男性は、香川ダンジョンの探索者であり、ダンジョン内のうどん店主のひとり。ここは香川ダンジョン第一層『石造りの街』に多数つくられたうどん店のテントの中の一つである。

 椅子に座った少女は化け狸のポンコ。いや、今は桃子に化けた状態の少女、ももポンだ。

 

 本来ならば人間への変身が成功すれば、全身瓜二つのもう一人の桃子に化けられるハズであった。

 しかしポンコの変身は微妙に失敗し、通常の桃子に狸の耳と尻尾を追加した、化け桃子になってしまった。

 そこで苦肉の策として、先日からずっと被っていたフード付きの外套を浅くかぶり、耳と尻尾だけを隠して、人間の少女として振る舞うことになったのだ。これは桃子発案である。

 

「ひ、人の縄張りに入るのは緊張するっす……」

 

「お前。やることは大胆なくせに。肝心な所で。小心者なんだな」

 

「でもほら、人間のフリしてお店に入るのなんてさ、初めは誰だって緊張しちゃうと思うよ」

 

「桃子も。そうだったのか?」

 

「ごめん、私は最初から人間だからそういう経験はなかったよ……」

 

 耳と尻尾があるとはいえ、そこを隠せば今のポンコはちゃんとした人間の少女だ。だから、堂々と人間のお店に入ることが出来る。

 いま、ポンコは生まれて初めて人間の店に客として入り、そして当然ながら生まれて初めてうどんを注文した。初めて尽くしで、緊張の汗がとまらない。ガッチガチである。

 

 なお、横で呑気に自分と同じ顔のポンコを応援しているのは当然、オリジナルの桃子だ。

 スキル【隠遁】で店主や他の探索者たちから認識されないのをいいことに、堂々と一緒に店に入ってポンコの横の椅子に腰を下ろし、胸元に隠れたヘノと共におしゃべりに興じている。

 よくもこれで気づかれないものだと、ポンコも感嘆の息を漏らす。

 

 

 

「はいよお嬢ちゃん」

 

 小声でヘノや桃子と話している間にうどんが出来上がったようで、奥から店主の探索者がうどんの器を差し出してきた。

 特に具も入っていない、いわゆる素うどんだが、ポンコにとってはずっと離れて見ていただけの、夢の食べ物だ。

 

「おうどん、おうどんっす! ずっとこれ食べたかったっす!」

 

 店主から見れば、ダンジョンに慣れていない子供に見えたことだろう。ダンジョンに入れるのは14歳からなので、成長の遅い女子中学生くらいに思われているかもしれない。

 そんな子供が、一人で緊張しながらうどんを注文してくれているのだ。店主もついつい、笑顔になってしまう。

 

「うまいっす! なんすかこれ! これがおうどんっすか! みんなこんな美味しいお出汁で食べてたすか!?」

 

「もしかしてお嬢ちゃん、うどん食うの初めてなのか?」

 

「いままで、ずっと見るだけで、そ、その、ちゃんとしたおうどん食べるのは初めてっす」

 

「それはまた、とんだ箱入り娘だな」

 

 うどんを食べ始めた少女の、あまりの驚き様と、そしてうどんが初めてという言葉に、むしろ店主の方が驚いてしまった。

 この香川県で、アレルギーなどの事情も無しにうどんを食べたことのない中学生がいるだろうか。いや、いない。

 と言うか、他県出身だとしても14歳までうどんを食べる機会がないだなんてことはないだろう。

 もしかしたら、帰国子女とかいう奴なのだろうか? 店主は色々と考えるが、しかし真実は謎である。

 

「まあなんにしても、お嬢ちゃんの人生初のうどんなわけか。目出度い門出にうちを選んでくれてあんがとよ!」

 

「うまいっす! 本当に……ポン……」

 

 どのような事情であれ、その少女のうどんデビューに選ばれるとは、店主もうどん屋冥利に尽きる。

 実際にはうどん屋でもなんでもなく、あくまで趣味で勝手にうどんを売っている探索者、という身分ではあるのだが。

 

 

 

「ねえポンコちゃん、ここってお持ち帰りもあるらしいから、二つお願いしてもいいかな」

 

「は、はいっす!」

 

 自分と同じ顔の少女がうどんを啜るのをずっと横で見ていたオリジナルのほうが、遠慮がちに二号――ももポンに声をかける。

 どうやら店内に貼られたメニューによると、頼めば持ち帰りのうどんも注文できるようなのだ。

 一体どのような客がわざわざダンジョン内で持ち帰りのうどんを注文するのか疑問ではあるものの、しかしメニューに書いてあるということはそれを頼む客がいるということだ。

 実際に、今も桃子はポンコに持ち帰りをリクエストしている。

 

 

「お、どうした? おかわりかい?」

 

 何やらもぞもぞしていたフードの少女の様子に気付いた店主がカウンター奥から声をかけると、フードの少女はガバっと顔を上げて、店主の目をまっすぐに見る。

 

「お、お、お持ち帰りのおうどんを二つ、お、お願いしたいっす! 師匠が食べたがってるっす!」

 

 そして、メニューに書かれた『お持ち帰り』という文字を指さして、お持ち帰りのお代わりを注文した。

 師匠と言われて、最初は何のことかと思ったが、しかしよく考えれば何ということはない。

 

「ああ、探索者の師匠が外で待ってくれてるのか、いい話じゃねえか! よし、待ってろよ」

 

「教育……そ、そうっす。カレー師匠っす」

 

「はいよ、じゃあ華麗なるお師匠さんたちの分だ」

 

 14歳でダンジョンには入れるようになるが、最初は単独でダンジョンに入ることは出来ない。誰かしらの教育係や、引率の探索者が付き添わなければならないのだ。

 つまり、この少女の師匠、いわゆるベテラン探索者の指導員が、きっと表で待っているのだろう

 

 この少女が一人でうどんを食べに来ているのも、ベテラン指導員の気遣いなのだろう。この少女に、様々な経験を積ませてあげたい、という。

 なんせ、うどんを食べたこともない箱入り娘だ。そんな少女がうどん店に一人で入り、一人で注文する。それがどれだけ大きな経験なのか、その師匠は理解しているのだ。

 

 この初めてのうどん体験は、彼女にとって一生モノの自信に繋がることだろう。

 

 素晴らしい師匠ではないか。

 店主は熱い師弟の絆に、目頭が熱くなった。

 

 

 なお、当の師匠は目の前の席に座っており、目頭を光らせる店主を不思議そうに見ているのだが、残念ながら店主には見えていなかった。

 

 

 

 

「じゃあポンコちゃん、最後は魔石とか素材で支払いだよ」

 

「あっ、えと、お代はこれでいいすかね。魔石と、あとなんかちっちゃい角っす」

 

 素晴らしい師匠であるところのオリジナル桃子に囁かれて、ポンコも慌てて外套のポケットから魔石の類を取り出す。

 このうどんにどれほどの魔石を出せばいいのか分からなかったので、ポケットの中にあった魔石一通りに加えて、不要だからと桃子がくれた魔物の小さい角も共に差し出す。

 しかし、その支払いに驚いたのは店員のほうだ。

 

「え!? いやさすがにこんなには貰えねえよ、この角1本でお釣りがでるぜ」

 

 この小さな角は、ここうどんダンジョンの第一層に現れる牛の魔物のものなのだが、この素材はなかなか落とさないのだ。

 完全な不意打ちで牛の魔物が油断しているときにしか入手できない魔物素材。売ればかなりの金額になるし、なによりレアリティが高い。

 店主はさすがにこれは貰えないと、角と魔石の大半を少女へ返そうとするが。 

 

「じゃ、じゃあ、その角ひとつでお支払するっす! お、おいしかったから、そのお礼っす!」

 

「……そっか、ありがとうよ、お嬢ちゃん。また来てくれよな」

 

 少女の言葉に甘え、魔物素材の角を今回のお代として受け取った。

 

 店主はこの日、自分のうどんを心の底から美味しいと言ってくれる、うどん初体験の少女に出会い、そして更にはそのお礼だとうどん3杯では釣り合わないほどの価値を持つ魔物素材を入手出来た。

 

 店主は後に語った。今日は、うどん記念日。

 

 

 

 

「ポンコちゃん、すごいよ! ちゃんとお買い物できたねっ」

 

「えへへ、師匠たちが横で見ててくれたおかげっすよ」

 

 ここはポンコのテント。

 現在は『準備中』の札がかけられ、他の探索者が入ってくる心配はない。

 持ち帰りのうどんを貰って堪能したあと、桃子はポンコをべた褒めしていた。ポンコは現在ももポン姿なので、桃子が桃子をほめちぎるという奇妙な風景になっている。

 

「ズルズル」

 

「それで、どうだった? 初めて食べるうどんは」

 

「ポンが想像してたのより、何倍も美味しかったっす。ポンも練習して、美味しいおうどん作りたいっす。だからまずは、カレーうどんっす!」

 

 ポンコがずっと夢見ていた、自分で再現したいと思っていた食べ物、おうどん。

 それを今日初めて、人として食べたのだ。

 その感動を広めるためにも、そして目的のためにも、ポンコのおうどん熱は上昇していく。

 それはもう、唐辛子をどっさり入れたうどんのように、熱く、熱く、燃え上がっていた。

 

「ズルズル」

 

「うん、わかった。カレールー沢山持ってきたから、とりあえずはポンコちゃんオリジナルのカレースープを模索していこうね」

 

「はいっす!」

 

 とりあえずしかし、ポンコの目標はカレーうどんだ。

 昨日と同じく『妖狸の森』の沼で獲れた魚とカレーの組み合わせで、ポンコは頂点を目指すと決めたのだ。

 まずは魚の処理。昨日のものは昨日のもので良かったが、しかしあれは【カレー製作】の賜物だ。ポンコが1から作るならば、ぬめりやハラワタの処理は覚えておいて損はない。まずは桃子に、カレーの前に魚の処理から教えを請わねばならない。

 

 ポンコはやる気に満ちていた。満ち溢れていた。

 

「ズルズル」

 

 一方ヘノは、相変わらずうどんを一本一本食べているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【オウカお嬢様の本日のお食事チャンネル】

 

 

 うふふ、皆さまごきげんよう。オウカです。

 

 もしかしたら耳聡い皆さまは既にご存じかもしれませんが、わたくしの所属しているパーティ『深援隊』が、この度新たに出現したダンジョンの先遣隊として選ばれましたの。

 何を隠そう、わたくしはすでに現地入りしておりまして、現在はその最新のダンジョンで撮影しておりますのよ。

 とはいえまだ内部で配信を出来る程安全が確保されているわけではありませんので、こちらはダンジョン入り口にある窪地からお送りしておりますわ。

 

 景色ですの? ええ、ではカメラさん、ぐるっとまわってくださいまし。

 見ての通り、こちらは窪地になっておりますが、現在は雪で覆われていて一面真っ白ですわね。

 あちらの洞がダンジョンの正式な入り口ですわ。

 背後のお社ですの?

 

 これは、この地の土地神様が住まわれている立派なお社ですわ。そしてその横にある大きな切り株は、この土地の神木。白蛇姿の立派な神様が居りますのよ?

 事情によりバッサリと斬られてしまいましたが、まだ根が死んだわけではありませんので、暖かくなればまた芽が出てくるはずですわよ。

 

 さて、本日のお食事はこちら、赤い木の実ですわね。

 

 林檎のように見えますが、皮が少々柔らかく、やはりダンジョン産の未知の果物というべきものですわね。

 皆さまが気になっているだろうこちらのダンジョンの特性ですが、入り口の洞穴を抜けた先には広々とした空間が広がっておりますの。比較的危険性は低い構造のようです。

 そして他と違う特色というのが、どうやらこちらのダンジョン、ずっと雪が降っておりますわ。そしてわたくしたちの見た所では、果樹が非常に多いダンジョンですわね。

 名づけるならば、『雪の果樹園』といったところでしょうか。

 

 この実はそのダンジョンで発見されたうちの一つですわよ。

 

 ではナイフで切り分けて。

 

 ふむ……あら、これはなかなか……林檎とマンゴーを足したような、甘くて溶ける味わいの果物ですわ。お酒のような香りもありますが、流石にアルコール成分は含まれておりませんわよね?

 パイなどの焼き菓子などに加工しても美味しそうですわね。これはレシピの作り甲斐がありますわ。

 

 

 え? お酒?

 

 皆様、わたくしを何だと思っておりますの?

 このダンジョンでは、今はお酒は厳禁ですのよ。

 流石にまだ調査中のダンジョンの前でお酒を飲むような真似は致しませんわ。お酒は安全が確保されて、土地神様が戻ってきてからと、口を酸っぱくして言われておりますからね。

 

 あ、でもですね。この村のお爺様お婆様が、それはもう美味しいお酒をお持ちで、週に一度は皆さまと大宴会を開いておりますのよ! それはもう、それはもう……!

 そうそう、近くに住んでいらっしゃるお婆様が作ってくださったカレーうどんがですね、それがまたお酒に合うんですのよ! ああ、もう我慢できませんわ! 配信終わってよいかしら?

 今すぐ帰りたくなってきましたわ!

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