ハンマー少女はバズらない! 固有スキル【隠遁】で自由に探索してたら伝説になってました 作:chikuwabu
「その節はどうも失礼しました。親方さんにも、柿沼さんにも」
工房の応接室。
先日は親方の部屋へ直接やってきていた来客が、今日はきちんと玄関からやってきた。
とはいえ、先日とは違い背の高い方の男性――サカモト一人だが。
どうやらサカモトは先日の挨拶の際にあれこれ迷惑をかけてしまったことへの謝罪と、深援隊リーダーの風間の代理として和歌への個人的な謝罪、そしてしばらくまた関東に戻る予定がないため、親方に改めての挨拶にやってきたようだ。
どうやらサカモト個人としても、先日挨拶に来てから今日までの間に、親方の鍛えた剣の凄さを改めて思い知ったらしく、どうしてもまたお礼を言いたかったらしい。
この短期間に何があったのやら、と和歌などは首をひねっていたが、桃子としては桃の窪地で大剣を武器に盾にと大暴れするサカモトを目にしていたので、その時に親方の凄さに気付いたのだろうなと一人納得している。
なお、サカモトの言う柿沼さんというのは、柿沼和歌。つまりは和歌の苗字である。
「うちのリーダーが、なんだか個人的な約束事を反故にしてしまったようで。本当に申し訳ありません、急遽別のダンジョンへと行かないといけない事情がありまして……」
「いえ、リュウくんのことは私もニュースとかで存じてますし、本人からも伺っておりますからー。そういえば、サカモトくんも、新しいダンジョンへ行くんですかー?」
「はい。俺は実家が東京なので、ちょっと実家に顔を出してたんですよ、親には長らく色々心配もかけていたので。新ダンジョンにはこの後向かうことになります」
応接室から聞こえるやり取りに耳を傾けると、和歌はいつの間にか風間をリュウくん呼びするようになっていた。メッセージのやり取りは続いているようだし、友達ならば確かに、いつまでも苗字ではなく、砕けた呼び方になることもあるだろう。
ついでにサカモトのこともサカモトくん呼びである。桃子からしたら二人ともたいして年齢は変わらないように見えるのだが、和歌のほうが随分と年上のようなやり取りだなあと思った。
「でけェの、前はなんかややこしい事情があったらしいから仕方ねェがよ、次は大剣を泣かせるんじゃねえぞ?」
「はい。親方さんが打ち直してくれた剣、前より断然強く、使いやすくなってました! 手にフィットするというか、身体の一部みたいに使えるというか。いや本当に助かりましたよ、親方さんにお願いして正解でした」
「おゥ、そうか。まあ、また何かあったら俺んとこに任せな」
親方は親方で相変わらずツンデレ気質である。
武器を大切に扱わない奴は許さん、と憤ってはいたものの、しかし親方とてサカモト本人が剣を叩き壊したわけではなく、色々あって行方不明になっていた大剣が鵺との戦いで犠牲になってしまったようだ、ということくらいは把握している。
むしろサカモトは己の装備品を大切にしているようで、親方も彼を意外と気に入っているらしい。
まあ、武具を愛用するという意味では、全身を鎧で包んでいるような武具まみれの探索者は他にそうそう居ないので、むしろ親方の好むタイプの探索者なのかもしれない。
そして応接室から聞こえる会話を聞きながらそんな風に色々考えている桃子は。
「失礼します。おもたせですけど、お茶とお菓子です。熱いので気をつけてくださいね」
人数分のお茶と、サカモトが持ってきてくれた東京土産の高級な生菓子をお皿に乗せて、ノックをしてから応接室へとやってくる。
立場的には一番下っ端の桃子なので、今回はお茶の準備などを買って出たのだ。来客用のお菓子もサカモトが持ってきた高級菓子をそのまま出しているので、高い場所のお菓子を頑張って取り出す必要もない。
桃子がお茶とお菓子をテーブルに出すのを待ってから、サカモトがすかさず口を開く。
「あの、笹川さん! 先日は失礼しました! あの後リーダーからも散々怒られまして、初対面で女性の骨盤を分析するのはデリカシーがなさすぎると……」
「ちょ、掘り返さなくていいですから、その話題はっ。頭も上げてください」
サカモトはすくっと立ち上がり、がっちり45度で頭を下げる。
桃子からすると見上げるような大男が45度で頭を下げても、むしろ上から物凄い勢いで彫りの深い顔に覗き込まれている形になるため、誠意は伝われど余計に威圧感が増す。なんなら、ちょっと怖い。
骨盤の話についてはまあ、デリカシーがなかったのは事実だが、いま掘り返さないでいてくれた方が桃子としては嬉しい。というか、今ここで掘り返す時点でデリカシー不足だ。
「サカモトくん、桃ちゃんは駄目ですよー。桃ちゃん、深援隊ではリュウくんのファンなんですからー。ね? 桃ちゃん」
「わー! 和歌さんもそれは掘り返さなくていいですからっ」
そして後ろから桃子に抱き着くように引き寄せるのは和歌だ。
和歌はどうやら、風間が桃子のタイプだと思っているらしく、それをダシにしてサカモトを牽制している。いや、からかっているだけかもしれないが。
そして桃子は、風間が普通に俳優みたいで格好いいと思っているのは事実だが、ファンだの好みだのと言われてもそれはまた趣旨が違う。が、ここで慌てて否定しても余計に勘違いを助長してしまいそうなので、あまりその話題を掘り返されると困ってしまうのだった。
「ああ、そうかあ、リーダーが好みかあ……あの人、無駄に格好いいからなあ。って、桃ちゃんて?」
「桃ちゃんは桃ちゃんですよー」
「あー、えと私、下の名前は桃子って言います」
以前のときは普通に名前を名乗るのも変だったので苗字だけ名乗っていた桃子だが、この際普通に下の名前も名乗ることにした。
前は色々と、名前まで名乗ってサカモトに桃子が萌々子だとバレるのではないかとか、剣を壊したことがバレたらどうしようとか心配していたのだが、剣はともかくとしても、遠野ダンジョンで助けたことに関しては知られてはならないという程ではない。既に知っている人間も何人かはいるが、問題にはなっていない。
そしてなにより、サカモトは妖精の国のことを知っているのだから、桃子の話だけ秘密厳守にする意味もない。
なら何故正体を隠しているのか。
それは単に、萌々子ちゃんの噂が広まったいま「私が本人です」みたいに名乗り出るのが恥ずかしいからだ。
名乗るにしてもどういう顔で名乗ればいいのか分からず、ずっと保留にしていただけなのだ。
まあ、剣についての請求をされた場合は、やっぱり全力でとぼける気ではあるが。やったのは桃子だとはいえ、あれは鵺を倒すための必要な犠牲だったのだと、桃子は相変わらず自分に言い聞かせている。
とはいえ、剣が修復された今となってはそのような請求をされることはないだろう。多分。
そんなわけで桃子は、わざわざ「私が座敷童子です」とまでは言わないまでも、無暗に避けるのはやめにした。
窪地で柚花の危機を助けてくれた恩人を避け続けるのも申し訳ない、という気持ちのほうが今は大きい。サカモトがいなければ、柚花が魔物の餌食になっていたのは事実だから。
あとはサカモトが気づくか気づかれないか、それから何を言われるのか、そこら辺はなるようになれ、だ。
「サカモトくんの恩人の座敷童子ちゃんと同じ名前ですからねー。うちの工房の座敷童子ですよー」
「わはは、実際に桃の字が来てからのほうがでけェ仕事が増えてるからなァ」
「もう、私、ちゃんとした19歳ですからね? これでも深夜にカラオケ行ける年齢なんですからね」
「桃子ちゃん……あ、いや、桃子さん、か……」
的確に和歌が座敷童子の話を持ち出した。
まさか、遠野ダンジョンだけでなく千葉にある職場ですら座敷童子扱いだったとは桃子も寝耳に水であるが、きっとこれは和歌流ジョークなのだろうと納得する。
桃子の年齢くらい和歌も親方も知っているのだから、本気で座敷童子扱いしているわけではないだろう。多分。恐らく。きっと、本気じゃないと思う。
サカモトはサカモトで、やっぱり桃子の名前を聞いて、遠野の座敷童子と重ねてしまっているのだろう。神妙な顔つきだ。
そして、ちょうどいい機会だとばかりに、今度は桃子がサカモトに対して口を開く。
「あの、実は私、サカモトさんにはお礼を言おうと思いまして!」
「え、俺にお礼? 笹川さんが?」
「ああ、あの美少女ちゃんの件ですねー」
「美少女?」
唐突に「お礼」と言われても、当たり前ながらサカモトは全く何のことか分からない。サカモトにしてみれば先日初めて会ったはずの相手なので、お礼を言われる筋合いはないのだろう。
だが、桃子の話を聞いていた和歌はすぐに思い当たったようだ。美少女ちゃん、つまりは桃子の後輩である、橘柚花のこと。
「あのですね、美少女探索者のタチバナですけど、あの子、私が仲良くしてる後輩なんです」
「あのタチバナさん……?」
「先日は、タチバナの危ないところを救って下さって、ありがとうございました」
桃子は勢いに任せて、ぺこりと頭を下げる。
「あ、ああ、うん。まあ、年下の子は守るのは当たり前だしな」
「風間さんとオウカさんにもお礼言いたかったんですけど、柚花が一番危ないところを助けてくれたのはサカモトさんだったので、せっかくの機会なので、ちゃんとお礼を伝えなきゃなって思って。本当に、柚花を助けてくれてありがとうございましたっ」
そして勢いに任せて、礼を伝える。
柚花と話した結果、柚花からお礼の品を送るということでまとまっていたのだけれど、当の相手がいま目の前にいるのならば、やはり桃子の口からもお礼は言うべきだ。
当のサカモト本人は、いきなりのお礼にポカンとしているけれど。
「深援隊さん、色々と見えないところで人助けしてるんですねー」
「……」
「でけェのどうした、ボーッとしやがって」
親方に声をかけられるまで、サカモトは頭が真っ白で、ただ脳内で桃子の言葉を理解していた。
ただ、すぐに我に返って、目の前の小さな女の子のように見える相手。桃子の目を見て。
「ッあ、いえ! うん、そうか。どういたしまして、桃子ちゃん。それと……」
サカモトは、一拍置いて。
「俺のほうこそ、ありがとう」
「……はい」
サカモトは桃子に右手を差し出し、桃子も同じく右手を差し出す。
桃子は思い返す。彼と初めて会話を交わしたのは、河童に襲われて危険なところを助けてもらったときだ。
思えばサカモトと桃子は、救ったり救われたりの繰り返しだなと、思う。どちらかというと、やはり自分の方が多く救われている側だろうけれど。
ぎゅっと握手した手は、あの頃と変わらず、とっても大きな、戦士の手だった。
「サカモトくん。桃ちゃんはリュウくん派ですし、不純なことは私が許しませんからねー」
「い、いえっ、なんに変なこと考えてませんて!」
「わっははは、若ェなあ」
目を細めて桃子を見つめるサカモトから桃子をひったくるようにして、やっぱり和歌がサカモトを威嚇して。
サカモトは慌てて、親方は大笑い。所長さんは奥のデスクから親指を立てるだけ。
工房は、相変わらずの楽しい空間だった。
【その夜のこと】
「っていうわけで、サカモトさんにもぶっちゃけてお礼しちゃいました」
『うわーもう! せっかく! 私が! 誤魔化してたのにーっ』
「あのね、柚花が私のことが知られないように気を使ってくれてたのは分かるんだけどね、私は大丈夫だよ。別に、誰も知らない知られちゃいけない存在ってわけじゃないしね、私って」
『私は、そんなわけじゃ……』
「目の前で柚花が魔物に叩き潰されそうだったとき、本当に私も血の気が引いたんだよ。その時のお礼を直接言える機会がやってきたんだもん。本当にね、私はサカモトさんと風間さんに感謝してるんだよ」
『先輩、ズルいですよ、そんなの。それを出されちゃうと、嫌がってる私が性格ブスみたいになっちゃうじゃないですか』
「ごめんごめん。それにほら、柚花が心配してるようなことはないよ? お礼はお礼だけど、そういう風な感じにはならないからね。ちゃんと、柚花が一番だからね」
『え、あ……う……』
「それで、妖精ではヘノちゃんが一番。あ、でもお父さんとお母さんも一番だし、窓口さんとか学校の友達も一番かもしれないけど……まあ、そこは同率一位でいいかな? ……あれ、柚花? どうしたの?」
『すー、はー、ふー……大丈夫です、復活しました! 先輩が天然マシュマロなこと思い出しました!』
「なんだか分からないけど、それって褒められてるの?」
『全く褒めてません!』
「え、えー? なんで?」