▲▲市→布都観市
第1話_準備
報告
静岡県
10分後、1級呪霊の祓除任務を受けた
時野1級呪術師、新城2級呪術師により〇〇ビルを調査。1級呪霊の完全な消失と呪霊の残穢を確認。未登録の呪術師が呪霊を祓除したと推察し、調査を続行。呪霊との交戦痕を確認するも、交戦したと思われる未登録の呪術師の残穢は確認出来ず。
同、静岡県布都観市■■園にて任務地に到着した
21秒後、推定準1級呪霊1体、2級呪霊3体、計4体の祓除を確認し、乙との接触を図る。
坂内2級呪術師が乙との接触を図るも乙は逃走。その後、待機していた東雲準2級呪術師が乙と交戦を開始し、坂内2級呪術師も合流。
69秒後、再び乙は逃走し、帳を破壊。帳外で待機していた補助監督が意識不明状態である坂内2級呪術師、東雲準2級呪術師の両名を保護し、その後回復。
現場の状況及び坂内2級呪術師、東雲準2級呪術師の証言から鑑みて乙が1級相当の実力を持つと思われる為、今後の任務を1級案件とし、速やかに乙の確保を行うものとする。また、任務に当たるのは1級術師及び
補足
乙を呪詛師と判断した場合、その場での討伐を可とする。
乙の残穢を確認出来ない為、乙は隠蔽に特化した術式を持つ可能性あり。
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「残穢を確認出来ず、か...厄介な任務だね」
『現代最強の呪術師』と呼ばれる男、五条悟は苦々しい声で呟いた。
五条の手元には先日起きた内容を纏め上げた資料がインプットされたタブレットがある。粗方読み終えると電源を切り、隣の座席にタブレットを置いて溜め息を吐いた。
「五条さんがそのような反応をするとは珍しいですね。そんなに厄介な案件なんですか?」
運転席で車を運転していた補助監督、
「はっきり言って、相手が誰であろうと僕の敵じゃない。だけど、僕の
最後に「それ以外は特に支障はないよ」と五条は締め括る。
学生時代ならまだしも、今の五条は負け知らずだ。術式を完璧に使い熟せなかった学生の時と比べ、術式の精度、威力共に向上している。そして反転術式を習得したことにより、無下限呪術を最低限のリソースでほぼ出しっぱの状態にし、
「まあまだ、隠蔽に特化した術式なら良い。知略で上回って攻略すれば良いだけだからね」
五条の言うことには一理ある。今回捕縛予定の未登録の術師は戦闘技術を持っているのは確かだが、戦闘よりも逃走を優先していた。意識こそ失ったものの、外傷はせいぜい打撲や殴打程度の軽いものばかりだ。
「でも一番気掛かりなことは何処でそんな戦闘技術を身に付けたかだよね」
五条の懸念は未登録の術師の戦闘技術の高さだ。呪詛師との戦闘もある呪術師は対人戦の経験もある。呪霊との戦闘経験が豊富でも、対人戦では話が打って変わる。そもそも一般的な日常生活を送っていたら、殺し合うことすらまずない。あるとしてもせいぜい喧嘩ぐらいだ。
だからこそおかしい点がある。一般人がここまで呪術師に抵抗できるものなのかと。勿論、腕に自信のある者は一定数存在する。しかし、それがあくまでも通じるのは人間相手だけだ。生物は理解出来ない存在に恐怖する。呪霊のような超常生物が相手なら尚更だ。
呪術師として素質のある人間は幼少の頃から呪霊の視認が可能だが、視認が出来るだけで祓えるかどうかは別問題。分かりやすく言うならば、まともな訓練を受けていない未登録の術師が、蝿頭や4級呪霊ならまだしも、推定1級呪霊を祓える訳がないのだ。祓えるなら余程本人の頭がイカれているか、はたまた
「五条さんは裏に夏油さんが居るとお考えですか?」
「...根も葉もない推測だよ。僕からしたら、そっちの方が色々楽ってだけさ。だけど、誰かがその術師に訓練をつけていたのは確かだと思っているよ。と言うか、そっちの方が信憑性がある」
呪術師を育成する教育機関、呪術高専で教師を勤めている五条だからこそそれは言える。自身は生まれのこともあって呪術師としての英才教育を施されてきたが、高専で教育されれば、特級は難しいが、1級や2級術師として卒業する呪術師はそれなりの数が居るのだ。
元より五条は自身の夢の為に今回の任務を受けたのだ。その夢とは現呪術界の改革。今の呪術界、特に上層部は魔窟と言っても差し支えないほど、腐敗してしまっており、同じ人間かと疑うレベルで人間性が終わっている。そんな腐った呪術界を変える為に柄でもない教師をやり、強く聡い呪術師を育てると決めたのだ。だからこそ、五条はその人物を呪術師に勧誘しようと思っていた。学生なら呪術高専に転学を勧め、成人しているなら協力関係を結ぶことを目的としている。まぁ、何より推定1級呪霊を祓えるほどの実力があるならば、その内に秘められている才能は希少だ。上層部が介入して手駒にされるより先に自分の庇護下に置きたかったのもある。呪詛師が関係していそうなら、自分の権力で黙らせればいいだけの話だ。
「相手が素直に話を聞いてくれるならいいんだけどね。逃走して闘争した。穏便に終わればいいんだけどなぁ」
五条は溜め息を吐いた。相手が誰であろうと結構面倒臭い任務になるだろうなと五条は思っていた。
「まぁ、何にせよ、捜査の初めにやるべきことは状況見聞だ。と言うわけで伊地知、■■園に行って」
「分かりました」
伊地知は頷くとハンドルを切り、車を方向転換させ、■■園に向かう。
目的地に着くまでの間、五条は再び資料に目を通しながら、残穢が無かった原因を考える為、頭を回した。自身の持つ知識と経験から、起こり得ることを考察していく。
(天与呪縛によるものか?あの男と同じ、完全に呪力から脱却したフィジカルギフテッドなら有り得なくはない。そうなるとどうやって呪霊を祓ったのかが疑問に残る。驚異的な身体能力を得る代わりに呪力が完璧に
天与呪縛ならば、残穢が確認出来なかった辻褄と合う。当然のことだ。そもそも呪力が全く無いのだから。だが、今回その線は薄そうだ。呪力があるのが当たり前の呪術師からしたら、呪力が完全に
そうなると相手が
「五条さん、到着しました」
そこまで考えて車が■■園に到着した。
五条は猫背に気味になっていた姿勢を戻し、車から出ると体を伸ばす。全身黒尽くめ、目元は包帯で隠されて銀髪を逆立てている即通報ものの不審者の格好。
「じゃあボチボチやって行きますかー!」
場の雰囲気とは似合わない高らかな声で五条はkeepoutと書かれた黄色いテープを潜った。
■■園は廃園となった植物園だ。1950年頃に設立され、当時は注目を集めていたが、それも時間と共に廃れていった。開園から約40年後に閉園。それ以降は市が管理し、取り壊しも決定していたが、当時の経済難から中途半端な状態で終わってしまい、そのまま放置されてしまっている。
「へぇ、確かに残穢は少ないね」
五条は目の前の光景を見ながら呟いた。
噴水を中心とした広場。雑草は好き放題に伸び、石畳の道は滅茶苦茶だ。そして激しい戦闘の跡とそこに渦巻く呪力。
隠蔽特化の術式を持っている、残穢を確認出来なかった理由も頷ける。そして、術式の精度がまだまだ未熟であることも分かった。
包帯を緩め、片目だけ六眼を顕にする。六眼に映るのは二つの呪力。交戦した坂内龍介と東雲響子の呪力だ。その呪力に埋もれるように、塗り潰されてしまうかのように薄い、今にも消えそうなもう一つの呪力。
「これは見付かんなくても納得だね」
五条も漸く合点が行った。要は極端までに呪力が少なかったからだ。他の呪力に埋もれてしまう程、薄くて弱く、そして少ない。これでは確認するのはかなり難しい。何せ自分の呪力で埋め尽くされてしまっているのだから。難易度で言ったら、崩落した洞窟の中から砂金を見付けるのようなものだ。
「よし、伊地知!」
「はい!」
「これくらいで大丈夫だから、なんか甘い物食べられる喫茶店探して」
「...今からですか?」
「うん、今から。ちなみに10分で探してね。探せなかったらマジビンタだから」
「...すぐに探します」
渋々伊地知は了承した。こうした無茶振りはいつも唐突だ。だが、拒否の二文字を発することは絶対に出来ない。誰にも手が付けられない核爆弾のような男だ。その気になれば日本全国の人間を皆殺しに出来る上に天災と呼べる人外じみた力を持つ。ミサイルが降ってこようが、隕石が降ってこようが、無傷で生還するのがこの男だ。
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五条達はラディックスと言う喫茶店に訪れていた。アンティーク調の落ち着いた雰囲気が特徴の喫茶店で地元の人気ランキングでもトップ10に入るほどの人気な喫茶店だ。
カウンター席と3、4人でも利用出来る丸テーブルの二種類があり、五条は丸テーブルの方を選択した。席に着いたら、メニュー表を捲り、頼みたい物を決めると店員を呼び出した。五条はチーズケーキとモンブラン、メロンソーダの三つを伊地知はブラックコーヒーを注文した。すぐにメロンソーダとコーヒーが運ばれ、それを飲みながら、五条は先程感じた違和感を淡々と話し始めた。
「今回の案件だけど...まず相手は最低でも準1級クラスの実力は絶対にある。まぁ、報告書を見る限り1級だろうけど」
「ですが五条さんなら問題ないのでは?」
「あったりまえでしょ〜!なんせ僕は最強だからね〜」
自信満々に五条は言う。その様子に伊地知は「存じてます」と短く返した。そうこの男は自他共に認める現代最強の呪術師だ。その強すぎる力に圧倒的な権力を持ち、呪術界上層部と呪術総監部は手も足も出ない。独裁めいた権力を絶対的な力で黙らせることが出来るのは五条がそれだけの力を持つからであり、彼を除いた呪術師と五条にはそれだけ大きな力の差が存在するのだ。
「さてと話を戻すけど、捕縛予定の術師の術式は隠蔽に特化したものだ。これはほぼ確定でいい」
「隠蔽ですか?
「それこそ有り得ない。その場合は呪霊を祓う時に呪具がないと駄目だし、それを見逃すほど戦った術師は未熟じゃないでしょ」
さも当然かのように告げる五条。それもそうだ、呪力感知は呪力操作の基礎中の基礎技術だ。術師の呪力か、呪具の呪力かも見破れないような術師はまず等級すら与えられないだろう。
「多分、術式効果は気配遮断とか、呪力の希薄化とか、風景と同化させるみたいな感じだと思う。後は...単純に隠すみたいな?どっちにしろ
あっけらかんと言う五条。もし、五条の言う推測が全て当たっている場合、捜索対象を探すのは中々骨が折れる。そこまで隠蔽に特化しているのならば、捜索の網を潜り抜けるのは簡単だ。
「ま、心配はしなくていいよ。術式をまだ完璧に扱えきれていなかったからか、僅かだけど残穢を見付けることが出来た。呪力ももう記憶したし、これを元に探したら一発だよ。それと、後もう一つ可能性がある」
「?」
「警戒しているとかではないし、こっちは本当にもしかしたらの話。もしかしたら...呪力の漏出?消費?が限りなく
「なっ!」
「伊地知も気付いた?僕程じゃないけど、結構なレベルで呪力操作が出来てるのかもしれない。僕と同等のパフォーマンスが出来る術師なんていないけど、それでも呪力操作技術が高いってことはそれなりの手練れだ」
絶望することはあれど、並大抵のことでは驚かなくなった伊地知も驚愕を顕にする。それも当然だ。五条悟の呪力操作技術は言語化が不可能なレベルで難しいからだ。言語化出来ても原子レベルの緻密な呪力操作と云う人間には認識出来ないほど、細かい。人間を構成する血肉と内臓。血肉と内臓を構成する血肉と内臓より小さい細胞。細胞を構成する細胞より小さい分子。分子を構成する分子より小さい原子。
呪力を用いた主な使い方は肉体強化と術式の行使の二つだ。共に呪力操作技術が高ければ、ロスエネルギーを限りなく減らすことが可能だ。肉体強化程度なら、差異はあれどほとんどの術師には出来る。ならば何故、原子レベルの呪力操作は出来ないのか?先程も言ったが、原子まで認識など出来ないからだ。血肉や内臓まで認識するのは比較的容易だが、細胞レベルとなると極端に減る。もしかしたら分子レベルでの呪力操作が出来る術師もいるかもしれないがほぼいないと言っていいだろう。要は出来る出来ない以前にそもそもそこまで気が回らないのだ。
「そうなってくると術式の話は全部白紙に戻る。僕でも流石に残穢から術式の情報は読み取れないからねー。ま、僕からしたらどっちでも良いけどねー。仮に呪力操作がそこまで卓越しているんだったら、それだけでも勧誘する価値はあるよ」
「楽しくなってきたね〜」と笑う五条。伊地知はこの後の展開が大体読めてきた。大方、布都観市の住民を調べて、呪術師家系と血の繋がりがある者が居るかどうか調べさせられるんだろう。伊地知はこれから言われるであろう仕事に胃を痛め、気分が悪くなる。おまけにタイミング悪く、五条の注文したチーズケーキとモンブランが運ばれて来た。その漂う甘い匂いに伊地知は更に胃を痛めることになった。
パクパクと凄まじい速度でチーズケーキとモンブランが五条の腹の中に消えて行く。気分が悪くなり、顔が青ざめる伊地知を横目に五条はこれからの予定を練って行く。
(多分対象は結構簡単に見付かるはずだ。隠蔽の術式にしろ、呪力操作に長けているにしろ、呪力の漏出は一般人と比べて遥かに少ないはず)
「どうしよっかなー」
五条は態とらしく溜め息を吐いた。五条が悩んでいるのは未登録の術師の見付け方ではなく、その後の話だ。どう勧誘しようかと悩んでいるのだ。呪霊、呪術師のことを話しても、本人は白を切ることだろう。そうなると本人が呪霊を祓う現場を目撃するか、気絶させ、高専に連行するかの二つのどちらかになると五条は考えている。五条的には後者の実力行使は最終手段にしようと思っている。
本人が素直に勧誘の話を好意的に聞き入れ、とんとん拍子に話が進むのが理想的だが、それは今までの五条の希望的観測でしかない。過去にも優秀な術式を所持していた一般人を勧誘した経験が何回かあるが、ほとんど失敗している。最終的に無理矢理連行して渋々頷かせていた。...やっていることのほとんどが脅迫だ。何処のヤクザだよ、と五条は思った。
何にせよ、今やるべきことは情報収集と捜索だ。
「いじちー、この布都観市に呪術師家系と血縁関係にある奴が居ないか調べといてねー」
その言葉に絶句する伊地知。
案の定、伊地知は胃を痛めた。
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ピピッとアラーム音が鳴り、少年は目が覚めた。少年は唸るような低い声を出すと枕元の横に置いてあるスマホを手に取り、アラームを止める。
「はぁ...」
また憂鬱な一日が始まると少年は頭を痛めた。それでも今日は休日、土曜日だ。学生、会社員にしろ休日は喜ぶようなものだが、少年からしたら毎日が憂鬱だ。
スマホのロック画面を開き、時間を確かめると6:56と表示されている。中途半端な時間に起きた、と再び少年は頭を痛めた。このまま二度目を決め込むのも良いが、何故か妙に目が冴えてしまっている。
どうせ眠れないと思った少年はベッドから降りると窓際に掛けていた私服に着替え始める。寝巻きに使っていた白いシャツとジャージ用の黒いズボンを脱ぎ捨てると飾り気のない無地の黒いシャツと黒いボトムに着替えた。
顔を洗いに洗面所へ行くと備え付けられた鏡に自分の姿が映る。男とも女と見れる中性的な顔立ちに伸ばされた黒い髪、青白い肌、そして生気を感じれない光のない目。
こんな自分を見るのは何度目だろう?こんな自分を嫌ったのは何回目だろう?何故、自分だけこうも違うのだろう?理由など絶対に分からない、意味の無い問い掛けを何十回、何百回と過去に繰り返した。
「ダメだ。また同じことを」
思考の沼に入りそうなになったところで少年は首を横に振って思考を切り替えた。その後は特に何も考えずに、顔を洗って歯を磨き、元の部屋へ戻った。
少年の部屋は非常に簡素だ。キッチンと居室に仕切りのないワンルーム。置いてある家具は課題が広がった机とベッドだけで、他は何もない伽藍洞な部屋だ。テレビもソファも、クッションすらない寂しい部屋だ。
少年は冷蔵庫を開け、大量に置かれたミネラルウォーターを取り出すとキャップを開け、口に含んだ。水の冷たさが渇いた喉を潤し、頭の中が少しクリーンとなる。朝ご飯を食べる気になれず、またベッドに倒れ伏した。
少年は自分が嫌いだ。
異形が見える上に、目を閉じていても、精神を擦り減らす物が薄らと見えてしまうからだ。
少年は家族が好きだ。
こんな自分を受け入れてくれる。こんな自分を息子と、兄と呼んでくれるからだ。家族がいなければ、とっくの昔に自殺しているに違いない。
少年は世界が嫌いだ。
こんな自分を生み出したこと。こんな力を授けたこと。言い出したらキリがない、無意味な恨み言を世界に向けている。だけど、本当に無意味だ。世界はそれだけ絶対的で理不尽の権化だからだ。
少年は異形が見える。
この世の生物と呼べない、人間の定めた常識の理から逸脱した世界の穢れ。詳細は不明だが、恐らく異形の怪物の起源は人間からだ。正確には人間の負の感情を糧に生まれている。でないと、あそこまで負の帯びた存在を説明出来ない。
少年には異能がある。
怪物を殺す特異な力、それが少年にはある。言語化が困難な不可思議な力。只でさえ、異形が見えるという得意な体質の上に特異な力があるなんて分かれば、どれだけ自分が周りと違うのか嫌でも理解してしまう。
少年は異常だ。
そんな何処かちぐはぐで強固に作られた少年は度々、精神的異常を起こす。それは衝動だ。口に言い出したくない、人には言えない畏怖されるべき最悪な衝動。だからこそ、異形を殺すことでその衝動を紛らわすのだ。
今にも踏み外しそうな境界の上に彼は立っている。
異形と衝動を理解した上で、それに抗った。
守りたいから、生きていて欲しいから、笑っていて欲しいから、傷付けたくないから。