境界廻戦~闇夜に輝く魔眼~   作:ノワールキャット

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第2話_追跡

五条は捕縛予定である未登録の術師を探す為に街中を歩いていた。捕縛と言っても、やることは呪術師への勧誘だ。ボランティアでやっていたことを正規の職業に変えて欲しいとお願いするのだ。

 

人探しで普段の格好でいては不審者として扱われてしまう。服装はそのまんまだが、目隠しである包帯を取ってサングラスを掛けている。黒尽くしだが、それでもマシな格好だ。そして目隠しを取った姿でも、良い意味で注目を集める。

単純な話、五条は見た目が良い。日本人離れした端正な顔立ちに世にも珍しい白髪碧眼は神秘的な印象を与える。単に美形のみならず、190台と言う日本人の平均身長を大きく上回る長身だ。おまけに細身でスタイルも良い。まぁ、そのルックスの良さを台無しにするレベルで素の性格は酷い。

 

(上手く溶け込んでるのかな?結構簡単に見付けられると思ったんだけど、中々見付からないな)

 

思った以上に人探しは苦労しそうだ、と五条は頭を悩ませた。東京ほどではないが、近年都市化が進んだことで布都観市の人口は飛躍的に増えている。東京タワーやスカイツリーのような高台の建築物はないが商業ビルやオフィスビル、マンションと言った施設はそれなりの数がある。この人数の多さから、特定の人間を見付けるのは骨の折れる作業だ。上空から探せれば、どれだけ楽だろうか。しかし呪術師の存在は秘匿せねばならない。未知という言葉は魅力と恐怖を呼ぶが、魅力的に映るのは余程肝が座っているか、頭がイカれている人間だけだ。基本的に未知は恐怖の元にしかならないのだ。

 

(煩わしさと言うか、もどかしさだけはアイツの言っていたことは理解出来そうだ)

 

五条は道を違えた親友を思い出していた。

 

───呪術師は非術師を守るためにある

 

これが親友である夏油傑(げとうすぐる)の口癖だった。一般常識を知らない五条からしてみれば、理解出来ない思想だった。自分の力を自分の為に使って何が悪いと言う自己中心的な考えしかなかった五条に気配りや気遣い、人間らしさを教えてくれたのが、夏油だった。いつも隣で自分達は最強だと笑い合える親友はもう居ない。

 

───非術師を皆殺しにし呪術師だけの世界を創る

 

それが最終的の彼が下した結論。非術師を猿と蔑み、自身の目的の為に容赦なく人を殺せる冷酷非道な人間に成ってしまった。自分があの時に親友の異変を感じ取っていれば、未来は変わっていたかも知れない。新しく得た力に酔いしれていた自分が今でも恨めしい。

当時担任であった夜蛾から聞いた時は時間が止まったような感覚を憶えた。その感覚は大きな後悔と共に今でも忘れることはない。

 

余計なことを考えてたと五条は頬を叩き、気持ちを切り替える。

六眼で道行く人を視界に入れ、呪力量や術式を持っていないか観察する。五条の推測では捜索対象は術式を保持し、尚且つ呪力の漏出が少ないと推測している。そうでなければ、説明出来ないこともある上に呪霊を認識出来るのならば呪力に何らかの変化がある。

 

探し始めてから、早5時間。もうお昼を過ぎ、1:00になってしまっている。

五条の探し人は未だに見付からない。それどころか痕跡すら発見出来ない。報告書に書かれていた出来事もあったせいか、警戒しているのかもしれない。

今まで見てきた者達の中には呪力量が飛び抜けて突出した者もいなければ、何か術式を持っているわけでもない。普通の一般人ばかりだ。もちろんこれはただ「居れば良いなー」と言う軽い願いだ。買い物をしてそのおまけで無料の何かが付いてくるような感覚だ。それ以前にそんな呪術師の卵がぽんぽんと見付かれば、呪術師は年中慢性的な人手不足に悩まされることはない。

 

「ま、地道に行こうか」

 

未だ楽観的な五条。ここまで楽観的になれるのは、五条に並々ならぬ自信と最強である自分は大丈夫と言う余裕があり、尚且つ、毎日雪崩のように舞い込んで来る大量の任務を受けなくていいからだ。

唯でさえ特級術師と言う呪術師の最高等級に現代最強の二つ名、この二つだけで自身に割り振られる任務量は並の術師を優に超える。どの任務も自分にとっては取るに足らない数秒で終わる簡単な任務だが、他の術師はそうもいかない。

得手不得手、相性の問題があったりもする呪術師はおり、任務が偏る傾向にある。その為、どんな相手でも一定のパフォーマンスを発揮出来る術師は貴重だ。それ故に余った任務の全てが押し付けられてしまう。五条は最早それの手本と言ってもいいだろう。兎にも角にも、今受けている任務の方が五条的には圧倒的に優先事項が高く、仮に何かしら任務が入ってきたとしても、それが特級クラスでない限り、全て無視するつもりでいる。それと基本的に任務中に他の任務が入ってくることはない。入ってくるのはいつも任務終了後になる。

 

気分転換と考えを改めて纏める目的も兼ねのつもりで五条は近場にあったカフェに寄った。テラス席に座るとクリームソーダを注文し、改めて考えを纏める。

 

(思ったよりも簡単じゃないな。流石にこれを続けるのは効率が悪いし、伊地知に住民リストを持って来させて1人づつ潰して行くか?いやそれも効率が悪いし、途方もない時間が掛かる。第一、確認した人を全員覚えるのは流石に僕でも出来ないしね)

 

五条もこれは長期戦になると覚悟した。そもそも情報が少なすぎるのだ。今わかっているのは1級相当の実力を持っているということのみで、呪力を判別出来るのは五条のみ。しかも直接本人を見ない限り、呪力での判別は不可能だ。

 

「ふっつうにめんどくせー」

 

途方もない時間が掛かりそうだと五条は思った。これなら、淡々と任務を消化していたほうがずっと楽だ。目先の利益に囚われて行動するとやはり碌な事がない。

 

これからどうしよっかなー、と五条が頭を悩ませている時に往来する人々の隙間を縫うように歩く1人の人物が五条の目に止まった。身長は170cmくらいで長い黒髪、上からコートを羽織っているせいで分かりずらいが、恐らく体格から考えて男だ。歩き方にも何か武を嗜んでいるようなものは見受けられない。他と大差ない一般人とほとんどの術師は思うだろう。しかし、五条は感じ取った。

 

───何かある

 

ほぼ直感だ。何か具体的な根拠があるわけでもない本当にただの直感。強いて言うなら、長年の呪術師としてやってきた経験からだ。後は何もない。こんなざっくりとした曖昧な理由だが、五条には何か確信めいたものがあった。そこからの五条の行動は早かった。残っていたクリームソーダを急いで飲み干すと、ささっと会計を済ませてすぐさま目の前の人物を追い掛けた。サングラスをずらし、六眼の能力を顕にする。

 

(呪力の漏出は非術師と比べて確かに少ない。それと...何だ?術式がなんか霞んでいる?違和感を感じるけど、どう言うことだ?だけどそれ以外には特に違和感はないな。相当の手練れだと思っていたけど、僕の探している奴とは関係ないのか?)

 

苦労して見付けた人物は五条が思っていたよりも普通だ。呪力の漏出は確かに少ない方だがそれだけだ。他に特出すべきところがない。それが分かった上で五条は違和感を感じざるを得ない。

だが、何かがあるのは間違いない、それを五条は確信している。出来るならば何処かで声を掛け、話をしたい。

 

群衆に紛れながら、五条は気付かれない距離を保ちつつ追跡する。今の所此方に気付いた様子は見られない。もし公園にでも寄ってくれれば絶好のチャンスだ。秘匿されている呪術師の話をするのは彼と2人きりの時が大変好ましい。

 

どうしようかと思案している時に赤信号に引っ掛かった。目的の人物と五条含め、全員が足を止める。止まっていた車の往来が始まり、そのまま青信号に変わるのを待つ。その時だった。

 

───お前か?

 

通り過ぎた車の窓に一瞬だけ写った彼と目が合った。顔はとても中性的で男とも女とも見れる整った顔立ちで、服装によっては女性にも見えるだろう。特出すべきは生気を感じ取れない、光を映さない黒色の眼。その眼は真っ直ぐに五条を見詰めている。その眼はまるでよく研磨された鋭利な刃物のように鋭く、その瞳の中には静かで、冷たい殺気が見えた。

そして先程頭の中に響いた冷淡で静か、尚且つしっかりとした秘められた殺意があった。もちろんこれは五条の幻聴で彼が発した言葉ではない。だが、その言葉が聞こえるほどの圧が、意志が、殺意が彼の瞳には込められていた。

 

時が静止したような感覚を味わうのは久しぶりだ。このような経験をするのは決まって命の危機と相場が決まっている。五条が命の危機を感じるのは約10年振りだ。まだ未熟だった自分の隙を突き、自身を死の一歩手前まで追い込んだ。初めて敗北を経験し、苦い想いを味わった。だが今回は殺気を向けられただけだ。それでも尚、生物が(あらが)うことの出来ない終着点、死と言う生命の終わりを具体的に想像出来るほどの濃密な殺気だ。

 

「へぇ...面白くなってきた」

 

柄にもなく五条は口角を上げた。相手のことは何も分からないが、どうやら一般社会に埋もれていた者は並の術師を優に超える卓越した実力者らしい。

 

信号が青に変わり、人々の移動が始まった。それに合わせて彼も動き始める。

逃す訳にはいかないと五条も後を追った。間違いなく向こうは此方に気が付いている。しかしそれが尾行を止める理由にはならなかった。六眼があれば追跡は容易の上にここまで人が多いと此方もだが、向こうも下手に動くことが出来ないからだ。

 

(アクションはない。それに、さっきから感じる違和感がやっと分かった。あまりにも普通すぎる(・・・・・)んだ。周りと気配が一緒いや、これは最早同化と言っても良いレベルだ。僕に六眼がなければ、探せなかった。変に完璧に気配を消されるよりも、こっちの方が余程探しづらい)

 

気配の同化は言ってしまえば、存在の改竄だ。もちろん大それたことではないが、自然と気配を同化させる技術は並大抵の努力では習得など出来ない。しかし一度習得すれば、その効果は絶大だ。雨粒を一つずつとして認識出来ないように、散らばっている小石を把握出来ないように、周りの風景と気配に一体化しているのだ。あくまでも同化させているのは気配のみで呪力までは同化出来ない。だからこそ、呪力の流れを読むことが出来る六眼の前には通用しない。

 

尾行を始めてから30分。一種の膠着状態となっており、お互いがアクションを取れないでいた。相手側も尾行を振り切ろうとしているのか、市内を適当に歩いたり、複雑な道を歩くなどして五条の尾行を撒こうとしている。

 

(大体30分くらい、特に音沙汰なし...か。相手も僕がそう簡単に振り切れないと分かったはずだ。もしかしたら、いつアクションを起こしたとしてもおかしくない。追うより追われる側の方が確実に精神的に疲弊するからね)

 

これは五条の経験だ。いつ追手が来てもおかしくない状況下で任務をしたことがあり、いつ仕掛けて来るか分からない呪詛師に常に警戒し続け、精神を削られた。

似たような状況下に置かれている彼も何かしらのアクションをそろそろ起こすはずだと五条は予想していた。

 

そうこうしている内に市内の真ん中辺りに来ていた。結構奥まで来たな、と楽観的なことを考えていた。それはもちろん、特段焦る必要はないからだ。依然として有利なのは五条側だ。

 

彼の後を追う五条は彼が路地裏に入るのを確認すると五条も後に続く。そして、突然彼の気配が消えた。

 

「!?」

 

慌てて五条は路地裏に入り、辺りを見渡す。距離を空けていたが、五条が走ればすぐに追い付ける距離だ。いくら気配を消しても、この短時間で姿を消すのは不可能だ。

 

(何処へ消えた!?術式を使ったのか?いや、そんな兆候は無かった。肉体を呪力で強化して、上から抜けたか?だとしても痕跡は残る)

 

この路地裏に裏口の類は無く、何処かに隠れることは出来ない。ならば吹き抜けとなっている上から脱出して、五条の眼を掻い潜ったことになる。何があっても大丈夫と言う慢心はあったが、それでも見逃すほどこの男は甘くない。術式と呪力を使っていないのは六眼で確認済みだ。もし上から脱出したとなれば、壁に掴めそうな突起物や配管の無い場所でよく上へ登れたものだ。こんな芸当が出来るのは肉体を呪力で強化するか、フィジカルギフテッドの二つだけだ。しかし男には呪力がある、天与呪縛では無いのは確かだろう。しかし呪力も使った痕跡も無い。

 

(術式も呪力も使っていない。純粋な身体能力で僕から逃げたのか)

 

「すっごい掘り出し物だ」

 

五条はニヤけざるを得なかった。術式、呪力を持ち、一般人を大きく凌ぐ身体能力を持った術師。呪術師からしたら理想の形態だろう。呪術師として五条の右に出る者はいない。それは周知の事実だ。しかし、身体能力だけで五条と渡り合った者は居る。1人は呪力を抜きにすれば、五条と同等に渡り合い、もう1人は身体能力だけは五条の上を確実に行った。もし、呪術と肉体その両方を兼ね備えたら、どうなるだろうか?敵無しだろう。術式の練度では五条は誰の追随を許さないが、彼は体術にも精通している。体術と基礎の呪力操作だけで、並の術師と同等以上に渡り合うことは容易なことだ。

 

「会うのが楽しみだ」

 

故に五条は期待している。

何時からか求めていた。

自身に置いて行かれない強い術師を。

自身に並び立つことの出来る強い術師を。

 

 

朝からずっとベッドに少年は倒れ伏していたが、唐突に腹の音が鳴った。

 

(...そう言えば、昨日の夜は何も食べてなかったな)

 

夕食を食べることなく、課題を終わらせたから眠りに着いたことを思い出した。「流石に何か食べるか」と少年は呟いて体を起こし、ハンガーに掛けていた黒のミリタリーコートを羽織った。そして、ベッド収納から一つの眼鏡を取り出した。この眼鏡は少年のある能力(・・・・)を抑える効果があり、家に居る分にはいいが、外出する際には必ず身に着けなくてはならない少年には必需品の物だ。能力のオンオフはある程度可能でコントロールも出来るが、意図せずに能力が表に出ることがあり、それを抑えるのがこの眼鏡だ。

 

1000円程度のお金を持ち、しっかりと鍵を閉めたことを確認するとそのまま『両儀(りょうぎ)』と書かれた表札の部屋を後にした。

 

両儀の生活は普通ではない。彼はまだ中学生で今年2年生に上がったばかりだ。それなのに親元を離れて一人暮らしをしている。自身の異常性を誰よりも知っていた彼は小学校を卒業すると同時にこの街に引っ越した。不定期に起きる衝動と未だコントロールが効かなかった能力から家族を守る為に自分から離れ、ここでの生活を始めたのだ。

 

こんな生活を続けて早一年、時間とは本当にあっという間に過ぎる。今はもう4月半ばに差し掛かり、少し特殊な日常生活を送っている。元より私物が少ない上に物欲も特になかった自分の引っ越しはすぐに終わった。唯一大変だったことはベッドを運び入れるぐらいだった。

 

「ん?」

 

懐に入れていたスマホが振動し、呼び出し音が鳴る。懐からスマホを取り出すと実家から掛かって来ていた。

 

「もしもし」

 

『お兄ちゃん!久しぶり!』

 

電話越しに聞こえてくるのは自身を兄と呼ぶ幼さを残した快活な声。

 

未那(まな)か。どうした?」

 

『どうしたって、もう直ぐでパパの誕生日なんだよ!絶対に帰って来てよね!』

 

「分かった分かった。絶対に帰るよ」

 

『絶対だよ!前にそう言ってお母様の誕生日来られなかったんだから!』

 

朝から張り詰めていた表情とは一転し、頬を緩ませる。未那と呼んだ少女に両儀は苦笑いを浮かべながら返す。これに関しては両儀が全て悪い。行けると思っていた母親の誕生日会に急用で行けなくなってしまい、すっぽかしてしまった。後に誕生日プレゼントを渡しに里帰りしたが、未那は誕生日当日に家族全員で祝いたかったようで、許してはくれなかった。

 

「安心してくれ、父さんの誕生日は日曜日だ、時間には余裕がある。金曜日に東京へ向かう夜行バスにでも乗ってそっちへ向かうから、土曜日は一緒に過ごそう。それで良いかい?」

 

『分かった。土曜日は一緒に過ごそうね。約束だからね!』

 

「あぁ、私と未那の約束だ」

 

『待ってるからね』

 

妹のご機嫌を取れたことに内心安堵の息を吐く両儀。

流石に他者からの評価や周囲の噂に関心を抱かない彼でも、ずっと兄と呼び慕ってくれた妹に嫌われるのは心にくるものがある。

 

『あっ、それとね、パパとお母様がお兄ちゃんがちゃんとご飯食べているか心配していたわ』

 

「うっ」

 

両儀は苦い声を上げた。

 

『ねぇ、お兄ちゃん。ちゃんと食べてる?』

 

「...食べては、いる」

 

嘘である。何だったら、朝昼晩の食事をサプリメントで済ませられるならば、サプリメントで済ませたいと思うのが両儀だ。しかしサプリメントのみで生活など出来ないので、週に二、三回ほど自炊して、栄養価の整った食事を摂っている。それ以外は惣菜パンやサラダパックで済ませ、酷い時は何も食べずに過ごしている。

 

『ほんとー?お兄ちゃんって生活力無いから心配なんだけど』

 

「自炊は出来る。元より食に関して興味が薄いだけだ。身体に不調は無いから心配しないでくれ、と母さんに伝えといて欲しい。頼んでいいか?」

 

『...うん、色々言いたいことはあるけど、伝えておくね。ちゃんとご飯食べるようにね。またね、お兄ちゃん』

 

「あぁ、またな」

 

電話が切れ、溜め息を吐く両儀。

 

「仕送りの話がまた出そうだ」

 

一人暮らしをするにあたって仕送りの話は当然出た。元より心配性の両親だ。仕送りの中には生活に役立つ物や母の作った惣菜が入っていることだろう。別に適正の量なら甘んじて受け入れる。適正の量ならば、だ。心配性でもあり、親バカでもある両親に仕送りなんてさせたら、あっという間に部屋が物で溢れかえるのは目に見えていた。

 

「...さっさと買いに行こう」

 

目的を思い出し、適当にサンドイッチにでもするか、とコンビニに行こうとするが不意に足を止める。

 

───ちゃんとご飯食べるようにね

 

電話を切る際に言われた言葉が両儀の頭を(よぎ)る。

 

「...せめてちゃんとした所のを買うか」

 

有言実行をしようと思う両儀。少し遠いが、美味しいと評判のサンドイッチの専門店へ行こうと思い、方向転換した。少々面倒臭いが、せめて腹がちゃんと膨れるものを食べようと思っての行動だ。あと、食生活に問題があるとバレれば、確実に厄介なことになるという確信があった。

 

向かおうと思ったサンドイッチの専門店は布都観市の中心近くにある。両儀の住むマンションからは歩いて1時間足らずの所にある。歩いて行くには少し遠いが、体力のある両儀には特に問題は無かった。

 

目的地に大分近付いて来た時にソイツ(・・・)は現れた。

目印となるカフェを通り過ぎてから、数分後に両儀は自身が尾行されていると気が付いた。

 

(...つけられてるな。相手は誰だ?前戦ったあの連中の仲間か?どちらにせよ相手を把握しておかないと)

 

尾行されていることに気が付いたは良いものの、問題はどうやって追跡者を確認するかだ。仮に相手を撒いたとしても、相手の素顔や特徴が分からずじまいだと、警戒しようがない。かと言って不自然な動きをすれば、直ぐに相手は身を隠すだろう。故に大胆な行動は取れない。チャンスを伺うしかないか、と両儀は自己完結させ、相手を確認出来るチャンスを待った。

 

20分後、そのチャンスは来た。赤信号になり、足を止めていた時に往来する車の窓ガラスに反射して映ったある男と目が合った。ほんの一瞬、1秒に足るかどうかの僅かな時間。そんな僅かな時間でも、両儀には十分だった。

 

白髪碧眼の日本人離れした整った顔立ちをした美形な容姿でサングラスを掛けている。身長は両儀を大きく超える190cmでかなりの大柄だ。そして何より目を引いたのはその特徴的な眼だった。ずらされたサングラスから覗いたのは空のような透明度の高い、色鮮やかな空色の眼だった。

 

「お前か?」

 

つい呟いてしまった。しかし、その声はどうやら相手にも聞こえたようで、一瞬だが動揺を露わにした。

 

(間違いなくコイツが追跡者だな。容姿を確認出来れば、それで良い。あとはどう撒くかだ)

 

すぐさま考えをシフトチェンジする。相手の姿を確認出来た今、後は逃げるのみだ。しかし、相手は両儀を食い入るように見詰めている。こうなると生半可な方法で撒くのは非常に難しい。どうにかして相手の視線を切り、その視線が切れた数秒の間に気配、姿諸共相手の索敵範囲から逃れなくてはならない。

 

一先ず、市内を歩き回り、撒けるかどうかを実行する。無論、こんな簡単な方法で撒けるとは思っていない。相手が油断するのを待ち、一瞬でも緩んだ捜索網から一気に脱出する、これが両儀の作戦だ。

 

(長期戦だな。根気のある方が勝つ)

 

鬼ごっこが始まり、すでに30分が経とうとしていた。様々なルートを通ることで撒けるかどうか試したが、やはりそんな小細工は通用しそうも無かった。此方でも何かしらアクションを起こした方が良いか?と思案していると、一瞬だが相手の警戒が緩んだ。

両儀は口角を上げた。

 

(自分に有利だとでも思って、油断したな)

 

すぐに両儀は近くにあった路地裏に入って気配を消した。いきなり気配を消せば、向こうは絶対に気付く。路地裏に入られる前に、吹き抜けとなっている上から脱出しなければならないが、人の身体能力では絶対に叶わない。何かしら掴むような突起物があればまだしも、あるのは真っ平らな壁だけだ。

しかし、両義には然したる問題ではない。自身には母譲りの高い身体能力と己の身体の中を流れる異形の怪物と似た負のエネルギーの二つがある。元から高い身体能力を流れるエネルギーでさらに強化することで、人間を遥かに超えた身体能力を発揮する事も出来る。

しかし、あの男が以前戦った奴と同類の存在の場合、痕跡を辿られる可能性があった。

故に負のエネルギーを使わずに脱出するのが好ましい。だが、そうなると身体能力は全力の時と比べて下回る。

それでも、両儀は臆すること無く飛び上がった。

 

軽々と壁キックで壁を登り、最後に()を捉え、大きく跳躍すると路地裏の反対側の道路に降り立った。次に縮地で可能な限り距離を直ぐ様空けた。すぐには追ってこれないほどの距離を空けたが、まだ安心出来なかった両儀は勢いを殺さずに、そのままマンションへ帰宅した。

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