境界廻戦~闇夜に輝く魔眼~   作:ノワールキャット

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第3話_思惑

「最悪だ、とんだ厄日だ今日は」

 

目元を抑えながら、ベッドに横たわる両儀。その様子は苦しげだった。眼鏡を机に放り投げ、濡らしたタオルで目を覆っている。

 

帰り道、両儀のコントロール下から外れたのか、あろうことか魔眼(・・)が暴走した。何かしらトリガーがとなる要因があったと考えられるが、その要因は十中八九あの男に違いなかった。

 

「あの目隠しノッポめ」

 

八つ当たり気味な怒りを滲ませる両儀。タオルを退かし、薄っすらと目を開けると、やはり視界いっぱいに机、床、壁の至る箇所に赤黒い線が無数に広がっていた。「本当に嫌になる」と両儀は呟き、再び目を閉じた。

 

先程視界に捉えたのは『死』だ。『生命活動の終了』、『いつか来る終わり』...言い方は様々だが、存在限界のある物を生物、無生物問わずに死を可視化し、干渉可能にする代物で、数ある魔眼の中でも最高ランクに位置する『直死(ちょくし)魔眼(まがん)』の能力だ。

まだ視覚化するだけならいい。厄介なことはこの線は強度を持たないことだ。そのせいで『世界のあらゆるモノの脆さが分かり、自らの手で簡単に殺せてしまう』と両儀は理解させられた。理解させられてから、大きな精神的負荷を架せられることになり、常に心を削られることになった。しかも、この能力が覚醒したのは両儀が5歳の時だ。幼子にこの力は大きく、本能的に理解してしまったことで精神異常をきたし、精神崩壊の一歩前まで追い詰められた。幸いだったのはまだ眼を塞ぐことで死の視認を防ぐことが出来たことだ。しかし、これはただの気休め、ことが起きてからでは遅いと自身と同じ魔眼の持ち主である母から能力のオンオフの仕方や制御方法を教わった。

 

「まだ、衝動が起きなかったのは僥倖と言うべきか。...この手で殺戮を起こさなくて良かったよ」

 

齢10歳の時に大怪我を負ってから、この衝動は現れ始めた。恐らく怪我が生死に関わるほど大きかったせいだろう。魔眼の出力が跳ね上がり、単に眼を隠すだけでは死を視認不可能にすることは出来なくなった。おまけに不定期に魔眼が暴走を起こし、その厄災を撒き散らそうとする殺人衝動が襲いに来る。それ故に両親の知人から魔眼の力を抑える特注品の『魔眼殺し』を譲り受け、魔眼の力を抑え込んでいる。以前に、魔眼殺しの製作者である蒼崎橙子(あおざきとうこ)に何故この殺人衝動が起きるのか聞いたことがある。

 

『お前も式と同様、生への渇望があるんだ。お前の殺人衝動はちょっと違うが、分かりやすく言えば食物連鎖だ。生物は皆何かを食べなければ生きていけない。そしてその捕食の対象は自身よりも弱い生き物...端的に言えば、お前は自分よりも弱い(・・・・・・・)存在を殺すことで自身の立ち位置を理解し、生を実感しようとしている』

 

生を実感する為に人を殺す、そんなふざけた話があってたまるか。その理屈で言うならば、何時か必ず自らの手で家族を殺してしまう。それだけは嫌だった。嫌だったから、自分が家族から離れることで自ら手にかける可能性を少しでも減らしそうとした。結果的にはこの選択は正解だったと言える。不定期に起きる殺人衝動を完璧に抑え込むのは出来ず、魔眼の力を本能に任せて他者へ振るおうとする。理性で抑え込めるのなら、苦労しないがそれが出来ないのが悩みの種であった。

 

「ご飯はもういい...少しでも魔眼を抑えないと」

 

ここまで来ると下手に外出するの危険すぎる。唯でさえ死の可視化は脳にも、精神的にも大きな負担を掛ける上に可視化された死の線は指先で切断することも出来るほど脆い。

日曜日も外出は控えよう、と両儀は思った。魔眼の危険性もあるが、自分を探している輩が居る限り、下手に外出するのは発見されるリスクが上がってしまう。それに、もしまた殺人衝動が魔眼の暴走に釣られて起きてしまった場合、やはり不用意に外出するのは得策ではない。頼むから何も起きるなよ、と両儀は思いながら、魔眼の制御に意識を回した。

 

両儀の殺人衝動を抑えるのは比較的容易だ。生命(・・)を殺すこと。人を殺せばこんな辛い思いもしなくなるが、両儀はそれを良しとしない。以前、衝動を抑える為にナイフで手を突き刺し、無理矢理静めたことがある。痛みで無理矢理衝動を抑え込めても、毎回自傷するのは面倒臭い上に勇気がいる。だから、衝動を抑え込む為に定期的に異形の怪物を殺している。

この異形の生物は分からないことだらけだ。身内で視認出来るのは自分だけで、母は薄らと気配を感じ取っているらしい。最初は黒い(もや)が見えているだけだったが、魔眼が覚醒したと同時によりはっきりと見えるようになった。奴らは特に学校や病院、人の多い所で多く見られ、何より決まった姿形がなかった。虫や鳥、蛙から人型の姿をした物まで多種多様。だが、どんな形にしろ決まった共通点があった。

 

一つ、絶命した場合、肉体が塵となって消失すること。

 

二つ、人が多い所だと狡猾で強力であること。

 

三つ、一部の存在は不可思議な能力を持っていること。

 

以上が大まかに分かっているが三つ目が適用される奴はそうそう居ない。あんな奇想天外な能力を持った奴がホイホイ居て堪るか、と両儀は常々思っている。

能力は炎や水を操る物から速度の操作、物質の構築など多種多様でその中でも戦って一番ヤバかったのは物体の限界箇所の発生だった。

直死の魔眼のように死を可視化するような凶悪な能力ではないが、脆い箇所を意図的に作り出し、自壊を引き起こす能力だったのだ。下手に動けば肉体が千切れてしまう為、行動を制限された戦闘を強いられた。幸いだったのは発生出来る数が二つだけで、対象を常に視認しなければならないと言う発動条件があったことだ。この条件を見抜けなかったら、勝つことはなかっただろう。

 

そして、奴らが基本的に居る場所は廃ビルや廃園などの恐怖の対象となりやすい心霊スポットだった。街中にも普通に漂っているが、ほとんどが大した力を持たず、人に危害を加えられそうな存在ではない。廃墟に潜む奴と比べれば、ずっと矮小で弱々しい。故に奴らは恐怖などの負に属する感情の大きさが強さに直結しているのではないかと結論付けた。

 

「本当にあの化け物と言い、あの目隠しノッポと言い、何なんだアイツらは」

 

未だ疑問が尽きない存在に両儀は頭を悩ませた。後者の存在を確認したのは今日が初めてだが、間違いなく先日関わった奴らと同類の存在であることは明白だった。今後の対応をどうするか考えるが情報があまりにも少ない為、具体的な解決案は思い付かなかった。

 

「...これ以上考えても無駄か」

 

思考に区切りを付け、もう今日は寝ようと両儀は思った。少し体がベタつくのでシャワーだけを浴びると寝巻きに着替え、ベッドに横たわる。まだ寝るのは早過ぎる時間帯だが、元よりかなり滅茶苦茶な生活をしていた為、今更気にする必要もない。

両儀は「衝動は起きないでくれよ」と呟くと、静かに眠りに着いた。中々寝付けないと思っていたが、今日は肉体的にも、精神的にも疲弊していたせいか、すんなり眠ることが出来た。

 

 

伊地知の手配してホテルで五条は大量に角砂糖を入れたコーヒーを飲みながら、伊地知に依頼(命令)した報告を聞いていた。きっちりとしたスーツに身を包む伊地知とは対照的にラフな格好で居る五条。疲れた顔をしている伊地知には目もくれず、五条は優雅にティータイムを楽しんでいる。

 

「呪術師家系と血縁関係者が居るか、出来る限り調べてみましたが、該当者は居ませんでした」

 

「ほんとー?それちゃんと調べた?」

 

───該当者は居ない

 

その言葉に五条は懐疑的だ。一般家系から呪術師が生まれてくるのは非常に稀で突然変異と言う言葉でよく片付けられがちだが、一般上がりの優秀な術師の血筋を調べると有力な術師家系と遠縁の親戚であったり、一昔前に廃れた呪術師一族の末裔であったりするパターンがある。だが、極々稀に天文学的確率と思うレベルで呪術師家系と血縁関係なしに優秀な術師が居たりする。要は五条が言いたいのは前者の方が圧倒的に確率が高く、尚且つ優秀な術師にはほぼ確定と言っていいレベルで何処かの呪術師と血縁関係があると言うことだ。

 

「はい。しかし、私が調べられたのは戸籍までで、より正確に調べるには市の役員や病院関係者に聞かなけばいけません」

 

「じゃあ聞けばいーじゃん。なんか出来ない理由でもあったの?」

 

「布都観市は近年近代化が進んだことで、個人情報などの管理が厳しく、部外者にそこまでの情報開示は出来ないそうです。更に40年程前に個人情報が流出する事件があったそうで、その一件により徹底した管理をすることが、自治体で義務化されたようです」

 

「なるほど...それは確かに補助監督じゃ無理そうだ」

 

五条は顎に手を置き、数秒間思案するとスマホを取り出し、ある人物に電話を掛けた。

 

「あっ、冥さん?ちょっと今いい?実はお願いしたいことがあってね〜」

 

『おや、五条くんからお願い事とは珍しいこともある物だね。これは明日雨が降りそうだ』

 

電話越しに聞こえて来たのは色香漂う声と冗談混じりの内容。伊地知の記憶でこの声色に当て嵌まるのは1人しかいない。

今時珍しい高専に所属していないフリーランスの呪術師。金次第ではどんな依頼でも引き受ける呪術師一の守銭奴と言っても差し支えない女性。

 

───1級呪術師、冥冥(めいめい)

 

特級を除いた最上位の等級を持つ呪術界を牽引して行く存在の1人。中でも冥冥は1級呪術師の中でも上澄みに入る実力者で前述した通り、何処の勢力にも属しない完全フリーの術師だ。依頼を請け負う、契約式のスタンスを貫いており、金銭を積めば、味方にも敵にもなる中立の人間。

 

この女性に依頼すると言うことは無理矢理にでも布都観市の住民情報を手に入れるつもりだ。一般家系で稀に術式を持って生まれてくる術師は居るには居るが、五条が懸念している点は術式の効力ではなく、術師の実力だ。五条の尾行に気付いたのみならず、剰え五条を振り切ったのだ。気配の同化や消失と言った技術は一般化系出身の者には絶対に身に付かない技術だ。その為、絶対と言えるほど呪術師と関係があるはずなのだ。

 

「前金として3000万、依頼報酬は7000万ぐらいかな。後何か他にも有力な情報があったら、追加報酬も渡す」

 

『最低でも1億...随分と豪勢じゃないか。これは好奇心なんだが、そんなにも君の興味を惹くような人間が居たのかい?』

 

「そうだね。何せ僕の目を欺いて、僕の追跡から逃れたんだ。興味を惹かないわけないでしょ」

 

「なっ」

 

『...』

 

五条悟の目を欺く、これがどれだけ至難の業なのか冥冥と伊地知の2人はよく知っている。五条の両眼に宿る特異体質に属する特異な眼、六眼(りくがん)は術式・呪力を詳細に読み取り、サーモグラフィーのように可視化することが出来る。初見の術式でも術式効果や条件を把握可能で対象の呪力も詳細に読み取ることが出来る。術式や呪力を持っている以上、彼の目から逃れる事はまず出来ない。仮に逃れたとしても、残された残穢を追跡されてしまう。そうなると五条が尾行した相手は五条の目から逃れたのみならず、呪力などの痕跡を残さずに五条の追跡を振り切ったことになる。

 

「ご、五条さんの追跡を振り切るって一体何者なんですか!?」

 

狼狽える伊地知。

 

『フフッ、アッハッハッ』

 

高笑いをする冥冥。

 

『いやー、まさか五条くんの追跡を振り切るなんてね。とんでもない掘り出し物じゃないか』

 

「あー、やっぱ冥さんもそう思う?面白いよねぇ、直接戦ってないけど、最強である僕を一度負かした(・・・・)んだ。しかも、恐らく呪術界と関わりの無い者がだよ」

 

『あぁ、今までにないね。いいよ、五条くんの依頼受けてあげる』

 

「さっすが冥さーん!話が分かるねー!依頼を受けてくれて僕も嬉しいよ!」

 

依頼の承諾を聞いた五条は嬉々を露わにし、そのまま依頼内容と報酬の取り決めを行なっていた。そして内容を取り決めると、早速五条はスマホを操作し、冥冥から教えられた口座に前金として3000万円を振り込んだ。

 

『確かに受け取ったよ。私が得た情報は伊地知くんに送るから、確認は伊地知くんとするようにね』

 

「オッケー!じゃあ、お願いねー!」

 

さすが金持ちやる事が違う。場違いな感想を上司に向けながら、伊地知が再びこれからの仕事に胃を痛めた。冥冥が伊地知に情報を送ると言ったのは冥冥なりの優しさだろう。任務をサボるのは日常茶飯事で学生の頃からあった遅刻癖はいまだに治す兆候が見られない。毎度毎度学長が咎めているが、それに反省した様子なんて見たこともない。おまけにここ最近は物忘れが酷い。流石にここまで真面目にやっているなら、忘れるなんて事は起きないだろうが、冥冥のあの行動は優しさであり、一種の保険だろう。何だかんだで学生の頃から付き合いのある旧知の仲だ。五条の性格を誰よりもよく理解している。

 

「...随分と奮発しましたね。最低でも1億。今まで冥冥さんにここまで支払った事はなかったのでは?」

 

「うん、多分今回が初めてかな?ここまでやるの。まぁ、でも今回は1億円を叩いてでもお釣りが来る」

 

「それほどですか」

 

「うん」

 

五条は断言した。過去に自分を欺いた呪詛師は居たには居た。しかしソイツは特殊で呪力が全くない、特異な人間だった。呪力感知に引っ掛からない、呪力が完全に0(ゼロ)になる代わりに超人めいた身体能力を得る天与呪縛を受けたことで完全に呪力から脱却した存在。故に呪力を詳細に読み取る六眼が機能しなかった。

 

「僕の六眼を欺く方法は主に三つ。一つ、呪力を全く持たないこと。二つ、濃密な呪力で埋め尽くすこと。三つ、呪力を完璧に隠すこと。最初の二つは既に立証されてる。一つ目は痛い目見たし、僕もとっても苦い思いをしたよ。二つ目は意外かもしれないけど、呪霊が使って来たんだよね」

 

その呪霊は呪力量だけは五条を大きく上回り、術式のことも相まって苦労したらしい。術式が『自身の複製を作る術式』だったらしく、おまけに『複製は本体以下の性能』と言う縛りを架していた。

そのせいで無尽蔵に自身の複製を生み出す事が可能になり、本体の特定が困難だったとのこと。最終的には居着いていた場所を丸ごと吹っ飛ばす力業で祓ったらしい。

 

「三つ目は単純にやる理由がないし、コスパが悪い。前に話した通り、僕の目を欺くことは出来なくはない(・・・・・・・)。でもね、二つ目の方がずっと簡単なんだよ。僕の六眼で認識出来ないってなるとそれはもう肉体の在り方を改変しているようなもんさ。だけど不可能じゃない。かなり非現実味が帯びているけどね」

 

五条の言う通りだ。六眼から完璧に隠し切るのは本当に至難の業だ。二つ目のように呪力で埋め尽くす方がずっと簡単だ。濃密な呪力で埋め尽くされれば、六眼での判別も難しくなり、事実上六眼は機能しなくなる。

 

「だけど、六眼を欺くことが出来るんならば、ほとんどの術師の呪力感知になんて引っ掛かんないよ。そうなってくると凄い暗殺向けの能力だ。それか、僕の感知に引っ掛かる前に感知範囲から逃れたか...まぁ、どちらも断定するような根拠がないけどね」

 

五条は頭を掻きながら、ぶっきらぼうに言い放った。追跡するにあたって相手の残穢を探したが、発見するには至らなかった。そうなってくると相手は術式も呪力も用いずに素の身体能力であの壁を登り切ったことになる。五条も出来なくはないだろうが、あの数秒でそれは無理だ。

 

「この際、呪術師の家系と繋がりがあるかどうかは置いておいて、確実に何かは絡んでいると僕は思ってる。それにね...」

 

「それに?」

 

「僕の目を欺く...これがどれだけ凄いのか、伊地知なら分かるでしょ?だからこそ、是が非でも見付けたいんだ。彼には呪術師としての大きな才能が秘められている。そんな逸材を逃すのは惜しいからね」

 

五条は笑みを浮かべながら「楽しみだねぇ」と呟いた。

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