境界廻戦~闇夜に輝く魔眼~   作:ノワールキャット

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第4話_殺意

「はい、ちょっと頭痛が酷くて...微熱もあるようなので、万が一を取って休ませてもらいます」

 

『分かりました。今日の配布物や課題は放課後に届けるので、後で確認しておいてください。それではお大事に』

 

「はい、ありがとうございます」

 

欠席の連絡を伝え、スマホを机に置くと両儀はベッドに体を沈ませて気分を落とした。

両儀が気分を落としている理由は魔眼の暴走が治らなかった(・・・・・・・・・・・・)からだ。

日曜日になっても、完璧に能力を抑えることが出来ず、結局丸一日潰して日曜日を終えた。別に一日潰して魔眼を抑えることが出来るならば、気分を沈める理由にはならないが、問題は今でも魔眼が暴走している(・・・・・・・・・)ことだ。

これははっきり言って予想外だった。今まではどんなに魔眼が暴走しても、一日経てば治っていたからだ。万が一にも、魔眼の出力が一気に跳ね上がらないようにする為に目に意識を集中し続けている。

 

魔眼の暴走が治まらない以上、学校に行くのは危険すぎた。だから先程、電話で学校に休むことを伝えたのだ。この状態だと魔眼殺しを掛けていたとしても、意図せずして『殺す』可能性があった。

 

(おかしい、何で魔眼が制御出来ない!ここまで長引いたことなんて今まで無かったぞ!)

 

表情は苦悶に満ち、内心は焦りしかない。魔眼殺しの効果を持つ眼鏡を掛けていても本当に気休め程度にしかならないのだ。

 

『はっきり言って、お前の直死の魔眼は異常だ。式とは比べ物にならないぐらいに出力が高すぎる。その出力の高さ故に高純度の死を視覚化している。どうしてそこまで出力が高いのか...理由は大体想像つくが、言わないでおく。これを言ったら、お前自身を追い詰めることになりそうだからな。そこまで出力が高いとなると、生半可な魔眼殺しは通用しないだろう。お前に魔眼を抑制出来る魔眼殺しを作ってやる。お前の見ている光景は想像に(かた)くないからな』

 

カウンセリングを建前に様子を見に来てくれた今でも感謝の念が絶えない恩人の言葉を思い出す両儀。

 

───出力が高い

 

そう、同じ魔眼を持つ母よりも、自分の持つ魔眼のほうがずっと出力が高い。出力が高いせいで母よりもずっと高純度な『死』を捉えてしまっている。そのせいなのか魔眼の力を制御することが出来ず、暴走する危険性を孕んでいた。

しかし、魔眼の暴走が高頻度で起こることはない。完璧ではないが、制御が出来ているかと問われれば、出来ている方だ。

集中力が落ちたり、予想だにしない事態が起きるなどして、魔眼のコントロールが外れたりすることはあるが、それは再び意識すればすぐに治まる。心身共に大きな負担を掛けるような暴走は滅多に起きない。

 

『お前専用、特注品の魔眼殺しだ。決して壊すんじゃないぞ。素材の選定もやった上で今後も調整出来るように色々と気を使って作った物だからな。だが、それは気休めにしかならないことを重々承知しておけ。お前の魔眼は魔眼殺しで抑えきれる範疇を超えているんだ。故に期待はしすぎるなよ。私も出来る限り協力してやるが、それにも限界がある。時間は幾らでも掛けてもいい、お前は必ずその魔眼を完璧に掌握しろ』

 

両儀の為に特注で作られた魔眼殺しは視界を弄り、可視化されている死を見え難くしている。

眼から得た情報を情報として認識しているのはあくまでも脳の為、視認出来なければ認識は出来ないと言う算段だ。しかし、これはあくまでも視認し難くしているだけであり、魔眼その物を抑制する効果は無い。

つまり、魔眼の制御自体は両儀に委ねられているのだ。

 

(橙子さんの言う通りだ!いくら魔眼殺しで視認し難くしても、死を捉えてしまっている!そもそも何故ここまで魔眼の制御が出来ない!?何かに誘発されているのか!?)

 

焦りが滲み出る両儀。先程からずっと魔眼の制御に意識を回しているが、思うように上手くいかない。それ以前に魔眼の構造を上手く把握出来ないのだ。魔眼が以前よりも綿密に複雑化されできるように感じ、全体像の把握が非常に困難で難航を極めた。

 

魔眼の暴走が治まるように意識全てを眼に注いでいるが治まる兆候は見られない。そして、ずっと死を捉え続けているせいで両儀自身にも大きな精神的負荷が掛かってしまっている。

 

「クソッ、一体全体どうなってんだ...」

 

嫌な予感を感じた両儀。リスクは高いが確認するには必要な行為と割り切り、魔眼殺しを外して裸眼の状態で恐る恐る本来の風景を目にする。

 

視界に広がる夥しい数の赤黒い死の線。以前よりも線の本数が増えており、何処を触れれば、どの部分が殺せるのか本能的に理解してしまう。ごちゃまぜとなった風景に変わりはないが、何故かより鮮明となっているように感じる。

そして、今まで違う点は規則性はほぼ無いが、線が何か(・・)を起点に発生しているように感じるのだ。それを視認するのは叶わないが、両儀的には視認出来なくて良かったと思っている。

間違いなく、碌な物ではない。ある種の確信だ。それと実際の風景を視認することで分かった事があった。

 

「やっぱり...また出力が上がってる(・・・・・・・・)

 

出力が上がった...と言うよりかは成長の方が表現としては適切だろう。恐らくだが自分の持つ直死の魔眼は月日が経つ事によって、より強力に成長している。もしそうだとしたら、この魔眼の暴走は成長...いや、進化した魔眼に身体が追い付いていないせいなのではないかと考えられた。

前例がほとんどない上に直死の魔眼の保持者は自分と母親のみだ。参考となる例が少ないのだから、両儀の考えが当たっている確証がない。しかし、他に思い付く原因もない為、先程考えたことが原因だと両儀は結論付けた。

 

魔眼の発眼当初はそれほど強力な物ではなかった。もちろん、発眼当初でも死の視覚化、それに干渉することも出来た。

強力な能力に違いはないが、最初は小さな物体や昆虫程度にしかこの能力は適用されず、あまり強力ではなかった。とは言え、この程度でも幼子の心身には大きな負荷を掛ける。元より、死に好印象を抱く奴なんていないだろう。剰え、視覚化されると問答無用で死を視認することになり、精神的負荷を負うことになる。

おまけに両儀はこの魔眼のせいで精神崩壊の危機を味わっている。

 

能力の危険性を誰よりも熟知しているが故にこの能力を少しでも早く自身の制御下に置きたい所だが、発眼してから早くも10年近く経っているにも関わらず、未だに制御下に置くことが出来ずに振り回されているのが現状だ。

 

「...やっぱ才能の差なのかな」

 

母は発眼して物の数日で魔眼の全てを掌握した。指導者となった橙子の教えも良かったと言うこともあるだろう。しかし、自分はこの魔眼とずっと向き合い続けているのに、掌握どころか、暴走まで招いている始末だ。あまり考えたくは無かったことに、両儀は思考を回し始めた。

 

───ある程度では意味が無い

 

───必要なのは完璧のみ

 

この考えを持ってから、常に魔眼の制御の為に鍛錬をして来た。合気、体術、剣術などを磨き、己の糧とした。全ては魔眼を掌握し、家族を傷付けない為、また心の底から笑えるようにする為に。

魔眼があるから己が不幸と考えるのではなく、自身にとって最悪の事態をこの手で引き起こすことを不幸とし、最大の罪とした。自分より不幸な者など、この世にごまんといる。まだ恵まれている自分を不幸とは一度たりとも考えたことはない。

 

別に才能の差を妬むつもりはない。羨ましいと思うことはあれど、その才能を十全に扱えるのは努力と言う対価があるからこそだ。故に自分もそれ相応の努力をすれば、魔眼を己の支配下に置けるとずっと考えて来た。

 

だが...何かが足りない。

何かが分からないせいで、魔眼を掌握しきれない。

その何かが理解、経験、知識...この中に含まれる要素なのかも両儀は知り得ない。

 

「あと...一歩のはずなんだ。あと一歩あれば...」

 

───魔眼を掌握出来る

 

不確定の上に根拠もない漠然とした見解だが、そう感じるのだ。縋っているようにも捉えられるが、あと一歩で己の悲願が達成される、そんな確信があった。

事実、魔眼の暴走は極稀で両儀自身の制御下から外れることはほとんどない。能力のオンオフも普段は問題なく行える。不定期に起きるこの暴走だけが、唯一の懸念点だった。

 

自身では感じ取れない『何か』。それだけがどうしても理解出来なかった。その何かさえ分かれば魔眼の全てを理解出来ると言うのに。

もうあと、一歩のところまで来ているのだ。

しかし、その一歩が...

 

───ただ遠い

 

魔眼の制御に意識を回しながら、両儀は思考の海に沈む。

自問自答を繰り返し、己の求める答えを探しに思考の海へ潜るのだ。

 

もし、世界を俯瞰出来るのならば己の足りない部分が分かるかも知れない。第三者の視点から自身を観測すれば、主観では知ることの出来ない違和感を観測出来るのならば、自身の悲願を達成出来るかも知れない。

 

 

海の中を泳いでいる感覚だった。もしかしたら浮遊しているのかも知れない。

曖昧な感覚しか持てず、自分と言う存在が希薄化しているとも思えた。

 

浮上、沈殿、浮遊そんな行為を誰か(・・)と一緒に繰り返していた。

姿形は分からない。だけど何となく、自分と似た姿をしているのが、ぼんやりと感じ取れた。

自分と同じくらいか細くて小さな手だと言うのに、離さないとばかりに手を握り締めて一緒に事の成り行きを見守っていた。

 

何処までも果てしなく続くその場所は人間の一生では理解出来ない程の膨大な情報が溢れており、世界の全てが集約されているように思えた。

 

───森羅万象

 

その言葉がよく当て嵌まる。人間の一生を何度も捧げたとしても、決して手に入られない膨大な情報量がそこにはあった。目が回るほどの情報が行き交いを繰り返し、言語化など出来ない究極の知識が廻っている。

 

そんな全事象が詰め込まれた情報の渦の中で私達(・・)誰か(・・)と接触した。

姿は見えない。性別の区別も付かない。薄らと見える姿は人型だが、前述した通り、姿形が分からなかった。もしかしたら、敵かも知れない。だけど、敵意は感じれない。そして何故か不思議と親しみを感じた。

 

『まだ早い』

 

柔らかい、慈しむ声だった。

 

『こっちに来ては駄目』

 

拒絶。

ただただ小さな拒絶。

だけど、拒絶したとは思えないほど優しい声だった。何処か悲しみも含んでいるように感じる優しい声で、私達の頬をガラスを扱うようにそっと撫でた。

 

瞬間、釣り竿で体を引っ張り上げられるような感覚を味わった。まるで磁石のS極とN極がくっ付くような強い力でだ。しかし、本来身体に掛かるであろう圧力は身体には掛からなかった。 

 

不可思議な力で体を引っ張られ、目の前の人物から引き離される。向こうから一方的な言葉だったが、何故か親しみを感じ、もう二度と会えないのではないか、と脳裏を過った。しかし、また何処かで会えると謎の確信があった。

彼女(・・)は自分達の近くに居そうだと感じたからだ。

 

最後に彼女は此方を見て...。

 

『おーい!りょうぎー!見舞いに来たぞー!』

 

部屋に響く呼び鈴の音と自分を呼ぶ声に両儀は目を覚ました。ガバッと体を起こし、現状把握に努めた。

 

「...ね、寝ていたのか」

 

(何だ、あの夢は。いや、私が昔見た...記憶?)

 

ぼんやりと両儀の頭に残る夢。あれが何だったのか今の両儀には判断が出来なかった。

夢でないと説明出来ない神秘に満ち、この世の理を逸脱した空間。だと言うのに何故かはっきりと耳に残る優しさに満ちた声。全てを夢だと説明した方がずっと楽だが、決して全てが夢だと断じれないほどしっかりとした具体的な感触があった。

 

「暴走は治まった...のか」

 

自身の視界に死の線が映らないことに両儀は安堵の息を吐いた。「よかった」と呟き、どっと力が抜ける感覚を味わった。相当疲弊していたのだろう。ずっと横になっていたと言うのに、何故か脱力感を感じる。

 

『おーい!...両儀?寝ているのか?』

 

両儀は顔を顰めながら、ベッドから降りると寝巻きのままドアを開けた。

 

「まだ完治したわけではないので、もう少し声量を抑えてください。それと呼び出すなら、声ではなくインターホンでお願いします」

 

文句を言いながら、ドアを開けた先にはジャージに身を包んだがたいの良い褐色肌の30代半ばの男性。両手にはコンビニ袋を引っ提げ、ファイルを持っている。

 

「いやー、すまんな。ポストに入れといても良いと思ったんだが...こう言うの直接渡した方がいいと思ってな。それに、生徒の容態を確認するのも教師の仕事だからな」

 

はにかみながら笑い、頭を掻くのは両儀の所属するクラスの担任である中西大輔(なかにしだいすけ)。布都観市立布都観第一中学校の体育教師だ。一言で言えば豪快な人物で、人当たりの良い絵に描いた様な善人だ。

 

「これ今日学校で配布されたプリントだ。課題と来月の予定表ってところだな。目を通しておけよ」

 

「ありがとう...ございます」

 

受け取ったファイルを開き、中からプリントを取り出してパラパラと捲り、大まかな内容を確認すると再びファイルに戻した。これで予定は終わりだろうと思い、ドアを閉じようとしたが、中西は「ちょっと待て」と両儀を呼び止めた。

 

「まだ何か?」

 

「これ」

 

今度は持っていたビニール袋をズイッと前に出した。

 

「何ですか、これ?」

 

「さっきそこのコンビニで買ったカツ丼とおにぎり、それとサンドイッチにサラダパック。あとは烏龍茶と緑茶にポカリスエットだ。どうせお前のことだ。まともに食べてないだろ?」

 

「いえ...食べてはいますが」

 

嘘である。

 

「何言ってるんだ。何も食べないだろ?第一、毎日給食の時間に姿を消してる奴の言葉を信用出来るか」

 

だが、直様嘘だとバレた。

 

「...」

 

事実だ。元から少食と言うこともあるが、両儀は食べない時は全く食べない。今だってほぼ二日間まともに食べていないのに、まるで空腹感を感じないのだ。

 

「ほら、ありがたく貰っとけ」

 

「...じゃあ」

 

恐る恐ると言った感じで両儀は担任である中西からの見舞い品を受け取った。

 

「しっかり食べろよ。ただでさえ健康診断の結果は他と比べて悪い上に、お前の身長と年齢から測定される平均の体重を下回っているんだからな」

 

「元から太りにくいんですよ」

 

意味のない反論だが事実だ。生物は例外なく、何か食べなくては生きていけないと言うのは理解している。理解しているが、それを実行出来ない。

食に関してここまで関心が薄いのは自身の異常性を誰よりも嫌っているのと同時に生の実感が掴みにくいからだ

 

両儀は生を渇望していると同時に、死を渇望している。

生と死、互いに真反対の性質を持つ、相反する存在だ。片方は未来を得る代わりに人によっては苦行を背負う生を強いられ、片方は等しく楽を与える。代わりに生物としての歩みを止め、存在の消失を意味する行為だ。

 

両儀の精神状態は何時の日からか生と死を分ける境界線の上に立っていた。人ならば迷うことなく生の領域に立っていると言うのに、両儀はずっと死の領域を見詰めている。

元より、自分は生きていない方が良い人間なのだ。

 

「お前は色々と危なっかしいからな。気を付けろよ。教師としてはお前とは色々と話し合うべきなんだろうが、それでお前の心を抉っては意味がない。だから深くは聞かん。だけど、俺がお前の先生であることは変わらない。何かあったらすぐに相談しなさい」

 

「...はい、ありがとうございます。本日はお手数お掛けしました」

 

お礼を言い、今度こそドアを閉めようとした所で中西はまたも口を開いた。

 

「...お前は常に何か俺達とは違う何かを見ているんだろう?俺には見当も付かないし、お前の苦悩も分かってはやれん。だが聞いてはやれる。安っぽい言葉で申し訳ないが、俺で良ければ何時でも相談に乗ろう。それこそ、仕事を放り出してもな」

 

普段はがさつなくせに何故こうも無駄に察しがいいんだ。少なくとも両儀はそう思うざるを得なかった。

学校では平静を取り繕いながら生活して来た。家族には一瞬で見破られるような下手くそな演技だが、それでも一般人の目ならば簡単に欺けると思っていた。だが、結果はどうだ。

 

雑な所があるくせに観察眼は秀でていた。だからこそ、生徒の異変に人一倍敏感何だろう。

接点は2年生からと最近で、まだ一ヶ月も経っていないのに自分の視界の異変に気付かれた。

 

「...ありがたい話ですけど、仕事は放り出さないでください」

 

「それこそお前次第だ。お前がちゃんと相談してくれれば、俺は仕事を放り出さない!」

 

「最早それ一種の脅しじゃないですか」

 

「ハッハッハッ!それだけ俺がお前のことを考えているってことだ!まぁ、実際話すだけで意外と心は楽になるものだ。愚痴でも、文句でも、この際悪口でもいい。俺がストレス発散の場になってやる」

 

此処まで真摯に自分と向き合ってくれる人物を両儀は身内以外で見たことはなかった。

 

これはあくまでも持論だが、良くも悪くも人間は本能と欲望に忠実な生き物だ。他者に無関心、そして損得勘定の考えで動く。心中は分からないが、少なくとも両儀はそう思っている。無関心であるが故に必要以上に干渉せず、面倒事を避ける為に中立を貫きながら生きている。

もちろん全ての人間が無関心で打算的あると言う極論を振りかざすつもり毛頭ない。現に両儀自身の父親が根っからの善人でお人好し、誰でも平等に助けようとするからだ。

 

だけど自分の意見が間違っているとも両儀は思わない。無関心な人間が他者に関心を抱く時は損得勘定から自身に利があると判断したのみだ。自分に利があるかどうかで動き、自身にとってマイナスになるならば、干渉なんてしない。

 

「...ありがとうございます。色々と気に掛けて貰って」

 

故に純粋な善意で人の為に尽くすことが出来る者など早々いないだろう。

 

「これぐらいお安い御用だ!生徒を励ますのが教師の務めだからな。じゃあ、また学校で。しっかりと食べてよく寝るように!」

 

最後に一言念押しすると中西は踵を返して帰って行った。両儀は途中まで中西を見送り、姿が見えなくなったところで部屋へと戻った。

 

受け取ったビニール袋の中身は適当に冷蔵庫に入れ、ファイルは机に放り投げた。そしてベッドに座ると力一杯自分の拳を握り締めた。爪が食い込み、血が滲み出るが、それでも両儀は手を緩めなかった。

武者震いのように体が小刻みに震え、歯が折れるかと思うほどの力で歯を食い縛った。

まるで何かから耐えるように。

 

「何で...何で今、起きるんだ」

 

両儀の眼が赤青く輝き、虹を思わせる色彩となった両目が顕となる。

 

「何で...殺意を抱くんだ」

 

両儀の声は震えていた。

 

「どうして!あの人に殺意を抱くんだ!」

 

それは両儀の心からの叫びだ。暴力を振るわれたわけでも、暴言を言われたわけでもない。相手は根っからの善人で誰でも平等に助けられる人間だ。

 

何故、殺意を抱くのか...それが両儀には分からなかった。殺意なんて物を抱く理由(わけ)がなかった。家族以外で唯一両儀の異変に気付き、それが異質な物であると分かった上で話してくれたのだ。

 

感謝と尊敬。

 

それが抱いた感情。この感情に偽りはない。

だが、その感情が塗り潰されてしまうほどの殺意が渦巻いていた。

 

理解が出来なかった。

 

殺意を抱く理由がないのに、それに反して己の心は侵食されていった。殺人衝動が出るのも時間の問題だろう。

好意的な感情があることは間違いないが、それ以外の何か(・・)の感情を持ったのだろう。頭を回して考えたいところだがそれが出来ないほど両儀は窮地に立たされていた。

 

殺意を持ったと同時に再び魔眼が暴走を起こし、死を捉え始めた。自分でも抱きたくない殺意と精神を嫌でも削る死を目視したことで、更に両儀の心を削った。魔眼殺しの眼鏡を掛ければ、魔眼の効力を緩和出来るだろうがそれを忘れてしまうほど、今の両儀には余裕がなかった。

 

抱きたくもない殺意に死を捉え続ける魔眼、己の理性を壊しに掛かる殺人衝動。

 

壊したい。

 

殺したい。

 

この二つの言葉が両儀の思考を侵食し、理性を壊しに掛かった。もし、殺人衝動を表に出してしまえば自身が満足するまで殺戮を続けるだろう。

 

それだけは断固阻止しようと喰い荒らされる思考の中、両儀は台所に置かれている包丁を手に取り、迷うこと無く自分の肉体に突き刺した。

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