境界廻戦~闇夜に輝く魔眼~   作:ノワールキャット

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第6話_絡繰舞台

工房(アトリエ)として使っている廃ビルの屋上で、私は相変わらず不味い煙草を吸っていた。紫煙を吐き、宙で霧散して行く煙を見ると、どうしても彼のようだと考えてしまう。

 

常に生と死の境界に立ち、その両方を彼は廻っている。異常である自身を嫌い、世界が授けた特異な力に抗い続けて常に己と戦っている。

確固たる意志を持ちながらも、その(うち)はあまりにも脆い。自己を肯定出来ず、己の在り方を否定している。些細な出来事で殻の強度関係無く、空気を入れ過ぎた風船のように破裂してしまう存在だ。

 

眼鏡を掛けた時の主観的な()ならまだしも、今は眼鏡を掛けていない客観的な()だ。そんな私でも、彼の姿がちらついてしまうのはそれなりに気を掛けていたからだろう。

 

同じ退魔の家系でも式はかなり特殊な存在だ。その息子であるレイが直死の魔眼が覚醒する可能性は確かにあったが、まさか齢5つの時に魔眼が覚醒するとは流石に予想外だった。

 

あれは運が悪かったと見るべきなのか、それともタイミングが悪かったと見るべきなのか...これに関しては考えた所で特に意味はない。レイは原因よりも、これからのほうが重要だったからだ。

アレは力の扱い方を間違えれば、文字通りの破滅を呼び、殺人では収まらない殺戮を間違いなく引き起こす。それをアイツは望まなかった。だから、苦難に満ちた人生を歩むことを選んだ。

 

仮に殺戮でも起こす事になったら、こっちでは良くて傀儡にされるか永遠に封印、最悪処刑。向こうでは封印指定、と言ったところだろう。どちらにしろ悪い結果にしか転がらない。まぁ、魔術師と呪術師は分野が違うから、向こうがそもそも眼中に入れるかどうか謎だが。

 

私のような魔眼だったら対応は楽だったんだが...それを今更嘆いたところで意味はない。彼にとっての不幸は魔眼が覚醒したタイミングと魔眼の出力の高さの二点。特に前者が致命的だった。

 

純真無垢である子供は、例えるなら白いキャンパスだ。そしてそのキャンパスに初めて垂らされたインクは(呪い)だった。

子供は純粋で、想像力に富んでいる。故に人ならざる物を感知しやすい。感知、認知、視認した存在は普通ならば認知することの出来ない、人の常識から掛け離れた存在だった。

 

それが自分だけに見えていると彼が知った時、彼は嫌でも自身の異常性を理解した。

彼だけが視認出来た存在は呪霊と呼ばれる負の塊。この国の呪術師と呼ばれる存在が1000年前から殺し続けている人間と深く結び付いた存在。

 

普通の人間には見えないそれは、彼の異常性を浮き彫りにすることになった。しかも、特殊である私達も条件を満たさなければ、視認出来ないと来た。気配は感じ取れても、殆ど誤差の範囲。例えるなら温度計が正しい温度と一度上がっているか、下がっているかぐらいのものだ。

 

この結果が、彼に自身の異常性を後押しすることに繋がった。

 

案の定、彼は精神を病んだ。

 

私や式のように精神が成熟していれば、問題はなかっただろうが、それを子供に求めるの酷と言うもの。しかも、対処しようにも分野が違うので、私にはどうしようもなかった。精々暗示を掛けて、認識に齟齬を生み出すくらいだろう。それでも気休め程度、彼が呪霊が見えると言う事実は覆せない。

 

そこに直死の魔眼の覚醒だ。死の可視化なんて、子供に掛かる負担は尋常じゃない。黒桐から連絡が来た時は度肝を抜いたものだ。

 

慌てて赴いて来て見れば、未熟な魔眼ながらも、死を見せられたレイは酷く衰弱していた。手足は痩せ細って骨と血管が浮き彫りに。視界を塞ぐ為か、目元は包帯で覆い、腕には点滴と繋がった管が刺さっていた。

 

とうの昔にイカれてしまった私だが、人情が無くなった訳ではない。黒桐と式の頼みで魔眼殺しを制作したが、あの2人に頼まれなくても、私は作っていただろう。死に塗れた世界がどれだけ悲惨なのか...想像は容易い。

 

魔眼殺しを与えた後は、魔眼制御の訓練に時間を費やしていた。魔眼に振り回されていたアイツは式の教えもあり、魔眼をモノにして行ったが、更に予想外だったのは魔眼の成長。時間が経てば経つほど、魔眼の出力が上がって行き、レイが魔眼を掌握出来ることは無かった。

 

これには本当に頭を痛めたものだ。この特異性のせいで、魔眼殺しが使い物にならなくなるのも時間の問題だった。

ただでさえ『虹』と言う最上級ランクに位置する直死の魔眼。存在自体が疑われる希少性を持つ『宝石』を上回るのだ。前例が全くもって無い上に所持者は式とレイの2人のみ。謎の部分も多い上に、2人して共通しているのは『死』に接触したと言うことだけ。

 

流石に解剖して研究する訳にもいかないので、長期間扱える魔眼殺しの制作をする必要があった。素材の選定、長期間使用出来る耐久性に高度な暗示や認識を弄る術式、今までに無い工程の多さに頭を痛めた物だ。

とにかくレイの魔眼は厄介、その一言に尽きる。非常に強力な代物だが、扱いの難しさは飛び抜けている。おまけに魔眼の出力は式以上だ。これだと彼が魔眼を制御し切る前に、先に精神を殺られるだろう。

 

だが、魔眼の成長はレイが中学生に上がってから、ある程度鳴りを潜めるようになった。しかし、これ以上成長しないとも限らない。もしかしたら別の形で変質する可能性だってある。そうなった場合、今持っている魔眼殺しでは抑制しきれないだろう。

 

かなり長持ちするように丁寧に作ったが、アレもいつ寿命が来てもおかしくないだろう。今の内に、新しい魔眼殺しを作っておいた方がいいだろう。

 

再び煙草を吸い、紫煙を吐き出す。溜め息を吐いて、灰となった刻み部分を(はた)き落とした。

 

恐らく、レイの魔眼は出力面を除けば、式と同じ性能を持っている。今は魔眼の能力に追い付いていないせいで、制御が出来ていないが、私の見立ててではもう後1、2年で解決するだろう。レイはこれまで二回、死を体験している。死に接触しようがしまいが、間違いなく『』と繋がっているレイは確実に魔眼を掌握する、もしくは完成する筈だ。

 

後者だった場合、今の魔眼殺しでは性能不足だ。より濃厚な死を見せられる可能性もあるだろう。となると、善は急げ、だ。早速作成に取り掛かるとしよう。

 

 

両儀が魔眼の出力を上げ始めたと同時に、キメラの呪霊が突進を繰り出して来る。

 

巨体とはそれだけで武器となる。

身長にもよるが、人間は大凡50kgの重さが伸し掛るだけで、圧死する。そこに速さが加われば、人体など容易く潰すことが可能だろう。

 

(速いな。だけど動きは単調。これなら、まだ避けれる)

 

体を逸らし、攻撃を回避する。しかし、躱した瞬間に呪霊がスピードはそのままに方向転換する。突然の方向転換に両儀は目を見開いた。攻撃が当たる寸前に体を捻って回避するが、左腕の上腕部分を擦ってしまう。

 

(少し掠ったか。尻尾を使って急な方向転換。おまけに尻尾をバネのように使うことで、更にスピードを上げたな)

 

掠った左腕を確認すると、ジャケットは破け、肌が露出していた。掠っただけだと言うのに、肌は赤く腫れ上がっており、内出血も見られた。

 

(そこまで酷くはないな。それでも、この巨体がぶつかればただでは済まない)

 

目の前の呪霊に対して、より警戒を強める。負けるビジョンは見えないが、如何せん未知な部分が多い。

乏しい自我に肉体の変化、そして先読みの能力。懸念点は概ねこの三つだ。特に懸念すべき点は先程見せた、両儀の行動を先読みしたと思われる未来視じみた能力。

 

(もし、未来視の能力を持っているとすれば、コイツを殺すのは単純ではない。物理的に届かなければ、私の魔眼は作用しない。遠距離から物量で押し切られたらそれで終わりだ。ナイフを投擲してもいいが、それを喰らうほどアイツも莫迦ではないだろう)

 

両儀が最も警戒しているのは先程見せた未来視のような能力。相手の能力を見抜くような慧眼は持ち合わせていても、圧倒的な情報不足だ。推測をするにしても限度がある。確証がない限り、全ては予測の範疇に留まり推測の域を出ない。

 

(アイツが反応出来ない速度で斬り掛かるか?いや、仮にアイツの能力が未来視だった場合、アイツは私が来るところに待ち構えていればいい。あの鋭い爪で鳩尾(みぞおち)でも貫かれたら終わりだ。そうなると...)

 

両儀の視線は呪霊の腕へ向けられる。

 

「先に腕を斬り飛ばして無力化だな」

 

優先するべきは敵の無力化。この呪霊の場合は手に当たる部分を斬り落とせば、脅威はほぼ取り除ける。

鱗を備えた鞭のように僥る尾も脅威と言えるだろうが、鉄すらも容易く斬り裂きそうな爪と違い、尾の鱗は突起物がある程度の物で、そこまで警戒する必要は無かった。

 

方針を定めると両儀は改めて呪霊へ目を向ける。魔眼は未だに虹のように輝いており、魅惑に満ちた不思議な神秘さがあった。しかし、その神秘さとは裏腹に、その本質は万物を死に至らしめる凶器だ。『殺す』ことだけに特化した両儀の魔眼は、何も生まず、ただ破滅を引き起こす。

だが、それは使い手による。両儀自身がただ殺しを肯定する殺戮者なら、彼に関わった人間はほぼ全てが死んでいる。それが起きないのは、ひとえに彼がそれを望んでいないからだ。

 

獲物を定め、ナイフを構える。その姿に隙は無く、ただ一点だけを見詰めている。

滲み出る殺気はよく研磨された刀のようであり、静かであり、冷たさを帯びていた。

 

足に力を込め、床を踏み壊す勢いで両儀は一気に加速する。呪霊は腕を振り、爪で切断しようとするが、両儀は腰を体勢を低くすることで難なく回避する。

両儀の頭上で風を切る音と共に突風が吹いた。

 

(膂力自体が既存の生物を超えている。見た目とは裏腹に、筋肉の密度が相当あるな)

 

動きは単純で読みやすいが、フィジカルは両儀を大きく凌駕していた。両儀の純粋な力は同年代の子と比べると、少し劣る。聴力や動体視力、脚力などは大人を軽く凌駕するが、呪力強化無しの素の腕力や握力、などは平均以下だ。

 

両儀はその場から飛び退き、頭上から迫って来ていた尾を避ける。するとドドドッ、と言う音と共に、地響きがした。両儀が居た場所には呪霊の尾が三つとも深く刺さっており、そこから放射線状に広がっていた。

 

両儀が一瞥すると、尾が瞬く間に呪霊へと戻って行く。一瞬見えたが、尾の先端は錐のように鋭く尖っている。アレで突かれてでもしたら只では済まない。更には尾の速度。恐らくは伸縮を利用することで驚異的な速度を得ていると考えられた。

 

破壊音と共に感じた振動。再び呪霊が尾を両儀に向け、一斉に飛ばして来る。

両儀は軽々と躱し、再び斬り込もうと動くが、両儀の進行を遮るように、尾が前方から飛んで来る。それをすんでの所で避け、後退した。

 

(肉体を変化させたな。となるとコイツの能力は『肉体変化』もしくは『肉体操作』と見るべきだな。尾を錐状に変化させたのは伸縮を用いた際の速度に私が対応出来ないとふんだからか。さっきの攻防のやり取りから肉体を変化させたな。全く、おかげで余計に考えることが増えた)

 

呪霊の猛攻を潜り抜け、攻撃の機会を窺う両儀は内心で溜め息を吐いた。懸念点が再び浮上したが、それと同時に確定した情報があった。

 

新たな懸念点は呪霊の能力。主な能力は肉体を作り変えるものであり、肉体に鱗を生やしたり、錐状に変化させるだけではなく、筋肉の密度などの身体の内側にも影響を及ぼしている。しかも、この肉体変化は両儀の行動に合わせて最適に変化しており、このまま長時間戦い続ければ、両儀特攻の肉体に仕上がってしまう。

一回でも真面に喰らえば、一発アウトと見るべきだろう。攻撃力はカンストしている両儀だが防御力に関しては並、下手したらそれ以下と言えるほど脆弱だ。

 

次に、上記の通りの能力で、両儀特攻に肉体が変体しているとするならば、どうやって外部の情報を入手したのかが疑問だ。呪霊には外部からの情報を得る為の手段がほとんどない。

 

人間の場合、外部の情報を得る為の手段はほぼ目に集約されている。その割合は約90%。ほぼ全てと言ってもいい。これほどまで視覚情報に依存しているのだから、大体の生物も当て嵌まるだろう。だが、この呪霊の場合はその視覚情報を得る為の器官が存在しないのだ。それどころか耳すらもない。疑惑は増すばかりだ。そこで両儀はある一つの仮説を立てていた。それは、情報入手を第三者に任せている(・・・・・・・・・)のではないかということだ。

 

(もし、コイツの視覚情報を第三者に任せているなら、私に合わせて肉体を変形させられるのも納得が行く。もしかしたらコイツの自我が極端に薄かったのも、その第三者に操られていたとしたら...ある程度は筋が通る。とくれば...)

 

「どっかに本体が居るよな」

 

星々が点滅し、街によって照らされる暗闇の空へと目をやる。そして認識する対象を空間へと拡張させた。それによって見えたのは空に浮かぶ、複雑に絡み合った赤黒い線。それと同時に呪霊は両儀に向かって突撃して来た。

そのことに両儀は笑みを浮かべた。

 

「やっぱり、そこに本体が居るんだろ!」

 

「グルゥアァァァアッ!」

 

先程まで言葉を話していたとは思えないほど呪霊は取り乱していた。獣の如く雄叫びを上げ、開かれた口から覗くのは不揃いの不恰好な歯。

 

尾をバネのように利用し、呪霊は一気に加速する。それを三叉でやっているのだから、スピードは単純に三倍増しだ。

両儀との距離を急速に詰め、腕を振る。

 

ドゴッと床を砕き、破片が飛んだ。呪霊の筋肉密度は既存の生物を大きく上回る。呪力で身体能力を強化させる呪術師でも真面に喰らえば、スクラップにされてしまうだろう。

 

「焦っているのが目に見えてるぞ。その大ぶりの動作...何回見てると思ってる。来ると分かっていれば、腕を斬り落とすのは容易だ」

 

腕を振り下ろした真横に両儀は立っていた。ズルッと音と共に呪霊の腕がボトリと落ちた。血が噴き出し、紫色の血が舞う。

 

「グゥアァァァアッ!」

 

襲って来た痛みに呪霊が悶える。呪力で肉体が構成されている呪霊は頭部などの核に当たる部分が潰されない限り、呪力があれば、何度でも肉体を後遺症なく、文字通り肉体を元通りに再生出来る。勿論この呪霊も例外ではない。

呪霊は失った肉体を再生しようと呪力を集中させるが、何故か一向に再生しない。

 

呪霊に困惑と戸惑いが走り、操り主である呪霊にも動揺が走っていた。しかし、それを見逃すほど、両儀(死神)は甘くない。

 

物理的に距離が空いていれば、直死の魔眼は大した脅威には成り得ない。万物を殺す眼だが、殺すには対象の線をなぞらなくてはならない。近接戦においては無類の強さを発揮するが遠距離攻撃をする能力を持たない直死の魔眼は遠距離戦は最悪の相性だ。

しかし、それは遠距離戦での話。直死の魔眼の使い手が、相手の懐にでも入れば、それ(魔眼)は途端に牙を剥く。

 

両儀は呪霊に視線を固定したままナイフを振るった。

 

ナイフを振り下ろす。

 

───残された片腕が斬り落とされる

 

「アァッ!」

 

痛みに悶える呪霊の背後へ回り込む。

 

ナイフを横に一閃。

 

───機動力である三叉の尾を斬り落とす

 

バキッと音が鳴り、呪霊の身体が歪む。呪霊の方へと目線をやり、両儀は思わず顔を顰めた。

腰辺りから180度に身体を捻じ曲げ、顔は四方へと広がり、歯がびっしりと生えていた。その見た目は剰りにもグロテスクで、ホラー映画に出てくるような怪物の姿だ。

 

常人ならばその姿を見るだけで、悲鳴を上げるなり、失神するだろうが、それは真面な人間のみ(・・・・・・・)だ。

 

「クハッ」

 

両儀は笑っていた。口角を上げ、笑みを浮かべていた。まるでこの戦いを楽しんでいるかのように。

 

瞬間、呪霊の顔が三つに斬り裂かれる。

 

「そういう芸当を披露するくらいには追い詰められてるんだろッ!」

 

頭部を失った呪霊の体はぐらりと傾く。元より身体を後方に無理矢理曲げていたのだから、バランスに問題が出てくるのは時間の問題だった。

 

錆び付いた機械が動くかのように尾が動くが、先程のような勢いは無く、その命は文字通り風前の灯だ。

 

「顔を広げたのは失策だったな」

 

ブスリと両儀はナイフを呪霊に突き刺し、『点』を穿った。

微々たるものだが、動いていた呪霊の体が完全に静止し、肉体は塵となって消失した。

 

「まだ、そこに居るな」

 

両儀は空を睨み、ナイフを宙へ投擲した。

ナイフはクルクルと回転しながら、真っ直ぐ飛んで行く。その先には何もないように見えるが、異常であり、死を観測する両儀は見えている。この廃ビルの主と言うべき存在が。

 

直進して行くナイフは、複雑に絡み合った線を切断し、怪物の胴を貫いた。

 

「ギィキィィィイ゙!」

 

響くのは甲高い金切り声。カチカチと口を鳴らし、体を震わせながら姿を見せるのは六対の脚を持つ巨大な蜘蛛。ギョロギョロと忙しなく動く六つの眼は、この異常事態に混乱しているようでもあった。

鉤爪状になっている爪の先端からは糸が垂れている。糸の先には、消滅してしまったが、先程操っていたと思われるキメラ型呪霊との戦闘跡。

 

(コイツが主だな。対象を人形のように操る能力と認識を弄くる能力と言ったところか?この二つなら、さっきの怪物の自我があやふやだったのも、コイツに気が付かなかったのも納得が行く)

 

両儀は呪霊の能力を頭の中で整理すると、早めに決着を付けるべく、助走を付け一気に加速した。

しかし、異常事態であることに気が付いている呪霊は自身の命の危機を察知し、糸を吐き出してワイヤーアクションの要領で、空中移動によって隣のビルへと移った。

 

(このまま逃げるつもりか!)

 

逃走を図る呪霊を追う為、両儀は更に足を速めた。

 

呪霊は既に隣のビルへと移動しており、追い付く為にはビルとビルの間を飛び越えなくてはならない。両儀が今居る廃ビルよりも眼前の先に移動した呪霊が居るビルとは普通の人間の跳躍力では決して届かない距離が開いている。

しかしそれは普通の人間(・・・・・)だったらの話だ。異常に満ちた世界で生きる両儀には造作も無い。

 

空気抵抗を極限まで減らし、動きの無駄を削ぐ。そうすれば足を止めない限り、どんどんと加速して行く。

 

───ダッ

 

乾いた音を鳴らし、両儀は跳び上がる。只々前へと加速して行った両儀は勢いを残したまま隣のビルへと乗り移った。

 

「そこまでだ。もう、逃がさん!」

 

ナイフを構え、落下した勢いを利用して床を滑り、再び隣のビルへと逃げようとした呪霊の胴体を斬り裂いた。

 

呪霊の胴体に一本の線が走る。血が滲み出て呪霊の胴体が前後に分かれた。

ドシャ、と肉が崩れ落ちる音が鳴り、怪物を証明する紫の血が飛び散り、広がり、屋上を染め上げた。ボロボロと肉体が崩れて行き、塵へと成って行く。

その様子を、両儀は只々無表情で見詰めていた。

 

「...呆気ないな」

 

両儀は視線を手元に落とした。僅かにだが、ナイフに付着していた血も、呪霊の肉体と同様に崩壊し、やがて完全に消滅した。

やはり自分の心は動かない。

波風立たない己の心を認識しても、両儀は何も思わない。これが、当たり前になってしまったから。

 

「帰るか...」

 

自身が戦っていた屋上を一瞥し、家へ帰ろうと屋上を後にしようとした時だ。

 

「君...凄いね。1級相当の呪霊をこんなに簡単に祓えるなんて、流石僕の見込んだ通りの子だ」

 

月明かりで照らされる屋上に夜風と共にやって来たのは若い男性の声と一つの人影。

 

両儀の体は即座に反応した。ナイフを再び構え、声の出所に目をやった。

 

その者は異常だった。両儀に負けず劣らずの、普通から脱却した存在。

ペントハウスの上に降り立ったのは、逆立った銀髪を靡かせ、目元を包帯で覆って目隠しをした男。日本人の平均身長を大きく上回る恵まれた体躯に、両儀の目に映る自身と同じ、男の体を迸るエネルギー(呪力)。そして、男の姿を目視してから本能的に感じ取った圧倒的な生物としての格の違い。それと、頭に()ぎるサングラスを掛けた自身を尾行していた男の姿。

 

「誰だ、お前は?」

 

すぐさま戦闘態勢を両儀は取った。相手に敵意が無くても関係ない。そもそも、相手が声を出すまで気配を感じ取ることも出来なかった。警戒する理由はそれだけで十分だ。気配に敏感な両儀が目の前の存在を感じ取れなかった時点で、この男は自分にとって脅威になると判断したのだ。

 

「うーん、一応一回会ってるんだけどね。...僕が誰か、か。そうだな...強いて言うなら

僕は...呪術師なんだ」




両儀の身体スペック
1.膂力
平均以下。呪力強化無しの素の力は女子より少し上程度。しかし今後も多少は成長。

2.脚力
脚力はあるが、速いのは単純に両儀の動きに無駄が無いから。言わば技術の結晶。

3.五感
一般人よりも優れており、中でも視力と聴力が最も発達している。
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