はるなわすれそ   作:佐伯美鈴

1 / 1
東風吹かば にほひをこせよ 梅の花 主なしとて 春な忘れそ   菅原道真


はるなわすれそ

 サムエル・ウルマンによれば「青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方をいう」のだそうだが、青春は心的状況だという点で私はこれを信じる。私がもはやこの種の(さか)しらなマキシムには不信感しか抱いていないにも関わらず、だ。

 中三のときの担任は「おそらくね、いや、これは確実だと思うけど、君たちが大人になるころには自由って言葉は死語になってると思うよ。青春って言葉が今はダサくなってるのと同じようにね」と言ったが、確かに当時でも口にするには多少の恥ずかしさを伴った言葉である。もしかしたらすでに青春なんてものは死に絶えているのかもしれない。

 ただ、この世から青春が絶滅しているかもしれないということと、私の中にかつて青春という心的状況が存在したかもしれないということは、全くとは言わないまでも結構別問題である。仮に、一般的な意味でまるで青春ではないものを私が青春だと思い込んでいたとしても。そう考えるのは私の自由のはずだし、全く関係のないものを青春だと思い込むのだって、充分に青春らしいではないか。

 私は今から自らの青春の終わりについて書こうと思っている。より正確には私の青春だった女性についての物語だ。描かれる青春がすでに失われているのは、読者にとっても書き手にとっても幸福なことだ。青春を信じている人間が青春について書いた文章などあまりに白々しいし、はたして最後まで読めるものだろうか? 過去の青春に向き合うのは、もっと気の滅入る作業であるべきだ。イヴリン・ウォーだって同意してくれるに違いない。そう、私は今から私にとっての「ブライズヘッド」について物語るつもりだ。

 そしてそれは取りも直さず戦争の物語でもある。だが、戦争について語るのも気の滅入る作業だ。語るのが嫌というより、語っても誰にも理解されないことに嫌気がさす。故郷の町のバーの片隅で、絶対に話しかけるなという空気を出しながら飲んでいても、私の右手の動きのぎこちなさと、右足が持つ冷たい石のような重さは、嫌でも人の目についてしまう。

「その足は深海との戦争で?」

「傷痍軍人にも理解のある常識人」というステッカーを額に貼ったようなにこやかな人たちが話しかけてくることがある。だが、彼らは真に私の体験を聞きたいわけではなく、「センシティブな話題にもエレガントに対応できる知的な自分」を確認したいだけだ。つまり、ファッションチェックである。

「ええ、捷一号作戦のとき、レイテで砲弾の破片を(すね)にもらいましてね」

「右手もそのときに?」

「これですか? これはヘルメットをかぶった班長の頭が飛んできて骨折したんです」

 当たり前だが、実際の戦争では映画のように肩ばかり撃たれるわけではない。ちょっと人に言いにくい場所にも弾は当たるし、飛んでくるのは何も弾や破片ばかりではない。だが、「戦場の真実」に真摯に耳を傾けるつもりで近づいてきた人々もこの辺で顔が青ざめ、それは大変でしたねとかお体に気をつけてとか言い残して、気まずそうに自分の席に戻っていく。結局のところ戦場のことなど、誰も分かってはいないし分かる気もないのだ。

 数少ない例外は、カウンターで(よりによってカレーを(あて)に)ジュヴレ・シャンベルタンを飲んでいたメガネの妙な女だった。名前を聞くと目を合わさずに「ないしょです」と言い、「こう呼んでください」と指で作ったアルファベットのCの形を顔の横でひらひらさせた。メガネの女は、私の話を愛想よく聞き、砲弾に吹き飛ばされて手足の千切れかけた小隊長が紐人形のようにぐるぐる回転しながら斜面を転がり落ちて行った場面にも眉一つ動かさず、話を聞き終えるとI・W・ハーパーのオンザロックを注文し、「おごりです」と私の前に置いて消えた。最後に私を見て口の端をちょっと上げて目だけで笑ったのがわかった。私を馬鹿にしたのだ。実に正しい反応だ。

 私は今から、メガネの女にした話を、ほぼそのままここに物語ろうと思っている。感動のストーリーは期待しないでほしい。もはやすべては「冷たい土の中」なのだから。

 だがせめて、私の青春と、青春だった女性のために、書き手として誠実でいたいとは思う。偉大なる作家、デレク・ハートフィールドの言葉を借りて、この世で最も神聖なる書物であるアルファベット順電話帳に、それを誓おう。

 

 さて、戦争の前、この国の人々が、まだ気軽に海を遊び場としていたころの話だ。私は瀬戸内海に浮かぶ島々の中でも、そこそこに開けた町の自転車屋で生まれ育った。父の人生は二つの車輪を回転させることに捧げられた。父は自転車を司る全能の神に仕える司祭のように、日々厳粛にタイヤの穴を塞ぎ、(うやうや)しくサドルを取り付け、秘蹟を行うようにチェーンに油を差し、神託を授かるように防犯登録カードをファイルに収めた。神が「車輪あれ」と言い、そして車輪が生まれ、神はそこから前輪と後輪を分けられた。第一日目である。父にとって世界とはそういうものだった。「回転せるもの」それが父の望んだ全てだ。

 榛名と初めて出会った日のことは鮮やかに覚えている。生まれて初めての自転車を買うために両親に両手を引かれながら我が家を訪れた榛名は、はじけるような笑顔で私に挨拶をした。父は店の奥から現れると、左右に並んだ自転車の中を重々しく歩み、一台のかわいらしい子供用自転車を指さした。私は榛名の自転車を褒めたと思う。榛名ははしゃぎ、目を輝かせながら私の手を握って上下に振った。

 それ以来、榛名と私はいつもいっしょにいた。自転車は私たちの世界を限りなく広げてくれた。丘を登り、坂を下り、郵便局の裏の秘密の路地を抜け、木陰の下をくぐり、荒々しく砂利道を踏み越え、そして、世界の果てには常に海があった。榛名と私は毎日世界の果てまで冒険していた。

 夕暮れの海に目を向ける榛名の横顔は、子供心にも恐ろしいほどきれいだった。海風にゆれる髪をそっとかき上げ、子供らしくない艶やかなほほ笑みが私を釘付けにし、腹の下あたりから無数の黒や紫のバラが咲くような、妖しい気持ちが湧くのを感じた。初恋だったと言える自信は無い。もっと妖しくて危険な何かだ。横顔に触れようとして、目が合った。私はおびえて手を引っ込めた。恐れではなく、畏れから。

 中学に上がるころには、自転車は冒険の担い手ではなく学校と家を往復する日々の営みの一部となった。我々は一回り大きくなって、それぞれ学生服とセーラー服に袖を通し、一回り大きい自転車に乗り換えた。夏、朝風に吹かれて学校に向かうとき、薄い夏服のセーラーから透ける体の線と、ペダルを漕ぐたびにスカートの裾から覗く白い膝がしらに目が吸い付けられた。

 

 冬の終わりのある日、たまたま帰りがいっしょになった榛名と寄り道して中学校の裏手の丘に登ったことがある。登っていく道の両側には林が乱雑に繁り、枯れ枝の落ちる音と、その中を飛び渡る小鳥の気配がした。海と学校を見下ろす高台の広場からは、海を隔てた対岸の工場のクレーンがかすかに見えた。榛名はそれを指さしながら身振り手振りを交えて熱っぽく語り、ついにはクレーンの動きを真似し始めて私を笑わせた。一瞬きょとんとした榛名もいっしょに笑い出した。広場のベンチに肩を並べて座り、榛名は将来もずっと海のそばにいるような仕事をしたいと言った。うちの自転車屋も海のそばだけどね、と言うと榛名はなるほどと手を叩いた。たぶん榛名は私の家が海の近くにあるという単純な事実に納得しただけだったろうが、私の脳裏には、あの古びた自転車屋の事務机で伝票を切る榛名と、店の前で自転車を組み立てる自分の姿がはっきりと浮かび、ふたりの未来が重なったような夢想がわき上がった。それは「リッツ・ホテルほどもある超特大のダイヤモンド」を信じるような甘く幼稚な夢だったから、私はあまりの恥ずかしさに頭を振った。夢から覚めろとばかりに時季外れの鶯が鳴き、それをきっかけにしたように、榛名はスカートをはたいて立ち上がった。夕陽に染まった瀬戸内海の赤い照り返しの中で、榛名はとても自然に私の右手をとって「帰りましょう」と言った。

 

【メガネの女はフローズン・ダイキリを(すく)ったスプーンで私を指しながら「そこでその子になにもしなかったんですか?」と意地悪そうに笑う。別に何もしなかったですよ、子供でしたから、と答えると、頬杖をつきながら私を横目で見てスプーンを舐めた。妙な女だ。まあいい、オールド・エズラを一口舐めてから話を続ける。】

 

 戦争が始まったのは中三の春のことだった。世の中に出ている諸々の体験記や手記を読むと、開戦と同時にあらゆる人々が「深海棲艦への怒りに燃え」「人々を守ろうという決意に体が震え」「犠牲となった人々の仇を討つことを誓った」ような印象を受けるが、少なくとも最初のうちはそうではなかった。人間の記憶も自己顕示の誘惑というペンキに塗り込められてしまう。実際、深海棲艦の襲撃は、はじめのうちは(たち)の悪い自然災害のように捉えられており、大人たちは大型台風に備えるのと同じ感覚でスーパーに行列を作り、日用品を買いだめした。我々中学生にとってはネットで仕入れた真偽不明の情報をHR前に持ち寄って大騒ぎをする格好のネタであり、教師に怒鳴られてようやく席に着くという、いわば日課の一部だった。榛名は深海棲艦の話題にはあまり乗ってくることがなく、話を振っても悲しげに目を伏せることが多かった。

 大人たちの反応が変わりだしたのは、海の対岸の軍港の動きが慌ただしくなり、焼け焦げたりマストが折れたり傾いた護衛艦が目の前の海を横切って軍港に入っていくことが増えてからだ。夜、人通りが少なくなると、何台もの軍のワゴン車が人目をはばかるように港から山の上の火葬場に向かって行った。対岸の街の火葬場の処理能力が限界を越え、そして、一般市民の目から隠す必要を感じるほどの戦死者が出始めていた。

 夏には次々と法律が改正された。軍への志願年齢が引き下げられ、学校では不自然に身体検査が増えたかと思うと、中学卒業見込みの生徒を対象として海軍少年通信兵制度が創設された。まだ若くて聴覚が柔軟で、声もよく通る少年を通信兵として教育し、「後方勤務限定」で任務にあたらせようというわけだ。「給与が出る」というのは中学生の耳には魅力的に聞こえたが、さりとてそれだけの理由で軍隊に志願する者は普通はいない。

 そのころ榛名は気持ちの浮き沈みが激しくなり、私は榛名の思いつめたような厳しい表情を初めて見た気がした。気遣って声をかけると榛名は「大丈夫です」と答え、何度か口をぱくぱくさせた後「榛名はもうすぐ海にゆくことになると思います」と言った。別にいいんじゃないか、海に行くのは気分転換にもなるだろうし、と答えると、榛名は困ったような表情をして、くすくすと笑った。

 それでもなお、私も榛名も普通に高校に進学するのだと漠然と考えていた日常は、ある秋の日に終わりを告げた。

 その日、全校生徒が体育館に集められた。校長に促されて一人の少女が舞台袖から現れると、生徒たちの間からため息とも感嘆のいずれとも言い難い、空気の振動のようなざわめきが漣のように起こった。

 そこには、見慣れない赤と白の着物のような衣装に身を包み、金属質の鈍い輝きを頭に冠した榛名が、迷いのない眼差しで立っていた。そこには見る者に畏敬の念を抱かせるような、強く鋭く、そして優しく確かな美しさがあった。「艦娘だ」 と言い交す声があちこちで聞こえた。

 校長も多少緊張した様子でマイクスタンドの前に立った。そこで説明されたのは、榛名は各種の身体検査を経て、海軍の(そして人類の)反撃の希望である艦娘の、それも戦艦としての適性が認められ、「艦娘榛名」として人々を守るために壮途につくことになった。皆もどうか榛名の無事を祈って送り出してあげてほしい、ということだった。校長の顔は赤く染まっていたが、それは興奮や感動などではなく、生徒を戦場に送り出すことへの苦痛や羞恥であったように思う。

 次いで榛名がマイクを取り、「この海とみなさんを守るために、榛名は戦います」と簡潔に言った。ようやく気が付いて、自分の能天気さに青ざめた。あのとき榛名が言ったのは「もうすぐ海に征くことになる」という意味だったのだ。

 

【メガネの女に笑われると思ったが、不思議と笑われなかった。女は、「艦娘って分かんないですからね」と呟いて、私とは目を合わせずにオレンジ・ブロッサムを注文する。そこでようやく私に顔を向けて、憐れむような眼をして言った。「だからかな、艦娘に一度関わった人間は、どうしようもなく心がとらわれちゃうんですよね。あなたのことは好きじゃないけど、そこだけは私もわかります」】

 

 確かにそうかもしれない。次の日、私は海軍少年通信兵を志願した。壮行会では「この海と皆さんを守るために戦います」と挨拶したが、本心ではなかった。では本心とは何だったのだろう? 国土防衛への献身と犠牲、これは絶対に違う。榛名への愛。それも違う、私は幼馴染という関係から先に進みたいと願いながら、ついに人を愛することを知らなかったから。結局のところ、私は自転車で榛名と走り回っていたころの幼い自分から何も変わっていなかったのだ。榛名が海へ行くのだ、榛名のために私は少しでも近くについていこう。私にはそれしかなかった。と言うより思いつかなかった。

 

 海軍少年通信兵の教育は数字の数え方から始まった。助教の兵曹は二言目には「このガキども」と声を張り上げ、7を「シチ」と言えば頭をはたかれ、4を「シ」と読めば肩を突き飛ばされた。酒保で買い物をしてきた同期生は金額を言ってみろと言われ、「サンゼンゴジュウ円です」と答えて頭を小突かれた。正しくは「サンゼンレイゴジュウ」だ。

「このガキども。娑婆っ気が抜けやがらねえでちっともハラハラしやがらねえ。てめえらなんざ、ろくに数字も数えられめえ。いいか、てめえら観測通信係が支援射撃の射程距離6100で五分のずれを出してみろ、サンビャクレイイツツだ。近弾なら敵前に肉薄してる艦娘やら歩兵やらを叩いちまうじゃねえか。冗談じゃねえぞ。わかったか」

 私たちは支援射撃の観測通信係として教育された。敵めがけて落下する艦娘の支援艦隊や陸戦隊の砲兵射撃の着弾を肉眼で観測し、修正データを報告する。着弾が目標を飛び越えて右にそれていれば「左に10、引け100」、自分がまだ生きていれば「修正可能、送れ」だ。

 基礎教育が終わると、重量6kgの野外無線機を背負って演習場を一日中走り回り、通信内容を大声で復唱する訓練を繰り返した。助教の兵曹は予備のバッテリーを背負って右に左に駆け回り、「送話器に叫ぶな、声が割れるじゃねえか」「最初の声をまずはっきり出せ。口の形はアイウエオをはっきりさせろ」と(わめ)きながら指揮棒で生徒たちのヘルメットを突いて回った。しかし「後方勤務限定」の話はいったいどこへ行ったのか。助教に聞くと「観測通信係は陸戦隊の第一線の『後方』じゃねえか」と(うそぶ)かれて終わった。

 午前中は座学、午後は日が暮れるまで走り回るという毎日に、足は腫れて浮腫(むく)み、毎晩同期生たちと足の裏のマメの数を自慢しあった。医務室へ行くのが面倒で、消毒液に浸した糸を裁縫針につけてマメの中を通す荒療治で済ませた。 

 そんな毎日だったから、海軍に行っても小まめに連絡を取ろうという榛名との約束も果たす余裕が全くなく、通り一遍の挨拶のようなメッセージをスマホで何度かやり取りしただけだった。

 

 三か月後の一期査閲を終えたあたりのある日、助教は不穏さをはらんだにやけ顔で朝の点呼に現れた。

「今日は、本物の射弾を観測して、相手と実際に交信しながら射弾を修正する演習だ。演習弾だが砲弾も飛んでくる。魂消(たまげ)てしくじるんじゃあねえぞ」

 積み上げた土嚢に囲まれた観測所で、どんな巨弾が飛んでくるかと思って身構えていたら、演習相手の放った砲弾がしゅるしゅると音を立てて飛んできて、射場の真ん中にある標的の手前やや左に落ち、すぽんと間の抜けた音を立てて白い煙を上げた。こんなものか。

「初弾近。左に切れた。右に15、増せ100、修正可能、送れ」

「了解、続けて撃ちます」

 心臓が止まりそうになった。榛名の声だ。胸の鼓動が高鳴り、心がどうしようもなく浮き立つのを感じた。榛名が演習弾を撃つ。私が観測して修正する。榛名との繋がりをこんなに感じたことはなかったと思う。射弾修正も信じられないくらい息が合った。最後の斉射では、同期の誰も出せなかった命中弾判定が出た。榛名と私が成し遂げたのだ。何か分からない感情がこみあげてきて涙が出そうになった。

「我が有効なる射弾により目標撃破。状況を終了する」

 演習を締めくくる教官の声に紛れるようにして、低く小さい声で榛名と言葉を交わした。

 元気?  大丈夫です、そちらも?  

 うん大丈夫、またね ええ、また

 同期には歓声で迎えられた。助教には「無線だぞ、聞こえねえとでも思ったか、デレデレしやがって、このバカ」とヘルメットのてっぺんを叩かれた。でもそれくらいなんでもない。私はまだ榛名のそばにいるのだと分かったのだから。

 

 レイテ戦が始まったのはそのすぐ後だった。まだ訓練未了で兵隊未満の存在の私でも、上官上級者の空気から、戦況の厳しさを感じることはできた。そのうちになぜか教育隊そのものが陸戦隊に再編され、見たこともない少佐がやってきて「小官はこの度編成された海軍特別陸戦隊第2海上機動大隊の指揮官として補職された。精鋭たる諸君の指揮官となったことを光栄とする」と訓示したあたりで雲行きが怪しくなった。つまりは、こういうことだ。レイテでの戦局の挽回を狙い、大本営はレイテ島北部カリガラ湾沿いを占拠する陸上型深海勢力を撃滅する逆上陸作戦を立案したが、専門的な訓練を受けた精鋭である海上機動大隊を投入するのが惜しくなり、急遽そこらへんの部隊を集めて第2海上機動大隊を編成して投入したのだ。

 だから、私たちの第2海上機動大隊は、所轄長以上の幹部将校が初めて集合したのは上陸用舟艇の発進直前。歩兵・砲兵・通信・工兵の各兵科も連合訓練の経験は一回もなし。各隊ごとの使用周波数は、カリガラ湾に向かう船の間で甲板からメガホンで怒鳴って連絡という状態。大隊長は終始どっしりと落ち着いた空気を出していたが、実際のところもうなにもかも諦めていたのかもしれない。

 

【メガネの女は口数が減り、自分の手をじっと見つめている。ここからは戦場の話です。もう止めてもいいし端折(はしょ)ってもいいですよ。「いいですよ、続けてください」 女はバーテンにガルフストリームを注文して笑った。 「私もその時フィリピンにいたんです」 なるほど、ガルフストリームか。カリガラ湾の話にはふさわしいのかもしれない。】

 

 私たちは揚陸艦に乗せられてカリガラ沖を目指した。天候が悪化して風と波が強まるなか、5~6隻の駆逐艦娘が護衛に付いた。本部通信隊といっしょにいたから部隊全体の動きはだいたいわかったが、いよいよ上陸用舟艇に乗り移って発進というときに騒ぎが起こった。揚陸艦の艦橋から身を乗り出した大隊長が声を張り上げて海の上の艦娘に何かをまくしたてている。(いぶか)しんでいると、編成替えで観測班長になった、かつての助教が話しかけてきた。

「艦娘隊がさ、ここで分離退避するんだってよ」

「え、艦砲射撃で援護してくれるんじゃないんですか」

「だからさ、艦娘は俺たちの船団の護衛を命じられてるんであって、上陸援護は命令外なんだとさ」

「自力で上陸しろってことですか」

「大隊長も食い下がってるけどさ、向こうも命令じゃしょうがねえよな。どっちもどっち、どえらいことになりました、ははは」

 班長の気持ちのこもらない笑いの最後に、一人の艦娘があげた鋭く強い声が重なった。名前は分からないが、セーラー服の駆逐艦娘が涙声で旗艦に抗議している。私たちは艦娘です。ここで引くんですか。この人たちを守るのが艦娘ではないんですか。

「泣かせるない。いい啖呵ぁ切るじゃねえか。だがな、軍隊じゃあ箸を上げるも下げるも命令次第だ。あの艦娘もまだ軍隊ってもんがわかっちゃいねえな」

 

 夕暮れが近づき、天候がさらに悪化する中、私たちの舟艇は艦娘隊と分離して援護無しで発進した。「サンゴ礁だ」「岩礁だ」「故障だ」と騒ぐうちに隊形が乱れ、さらに暗闇の中で上陸予定地点を誤り、敵の十字砲火の真っただ中に飛び込んでしまった。海岸付近で身動きが取れなくなり、砂浜で文字通りの滅多打ちを受けた。こちらもあらゆる火器で撃ち返すが、なにせ敵の数が多い。大隊長は立ち上がり、「あの敵を撃て!」と部下を叱咤しているが、「目標設定は小隊長がやりますから伏せててください」と地面に伏せた大隊副官に足を引っ張られている。火力支援中隊の75ミリ榴弾砲が直接照準で撃ちまくる。こうなるともはや観測通信係の出番はない。砂浜にへばり付いて伏せているのが精一杯だ。ズボンの前が生暖かく濡れるのが分かった。よかった、まだ生きてる。

 空中で弾同士が衝突してはじけ飛ぶほどの猛烈な敵の射撃で、目の前の椰子林が溶けるように消えていく。その中を「無反動、前へ」の号令で無反動砲を担いだ兵が前進していくのが横目に見えた。まるで現実とは思えない。

「自分はなぜこんなところにいるのか」

 爆風に吹き飛ばされた小隊長が砂浜の斜面を海の方に転がり落ちていく。

「自分はどこで何を間違ったのか」

 直撃弾を浴びた榴弾砲が空中に舞い上がり、砲身がブーメランのように回転しながら飛んでいく。

「でも、自分は榛名のために決断してここに来たはずだ」

 すぐ横に大隊長が倒れている。体を起こして抱き抱え、手当てのためにヘルメットを脱がすと、頭の上半分がそのままヘルメットにくっついて取れた。

「いや、そもそも自分は今まで何も決断などしていなかったのではないか」

 班長が私に向かって何か叫んでいる。そこで、はっと恐ろしいことに気が付いた。

 

「そもそも今まで榛名が私を必要としたことなど、一度でもあったのだろうか」

「私は榛名と共に歩んでいると思いながら、自らの道を歩む榛名の後を、ただついていっていただけではないのか」

 

 愕然とした。体が震えた。私は今まで何をやっていたのだ? 私は「前輪にも後輪にもなれていなかった」のだ!

「伏せろ!」班長に突き飛ばされて我に返った。

 頭上を無数の貨物列車が通り過ぎるような轟音がしたかと思うと、我々の目の前にまで迫っていた敵の先頭集団が文字通り消し飛んだ。味方から歓声が上がる。

「ぼやぼやしてるんじゃねえ、艦砲だ、艦娘の援護が来たぞ」

「援護?」

「しかも戦艦部隊だ。とにかく初弾は出させた。あとは射弾で直接修正するしかねえ。通信開け、そっちはてめえの仕事だ、俺は眼鏡(がんきょう)で着弾を観測する。しっかりやれ」

 通信機のアンテナを上げる、レシーバーをかぶる。こちらに呼びかける艦娘の声が聞こえた。嘘かと思った。馬鹿な言い方と笑ってくれてもいい。しかし私に取ってはまさに天使の声だった。

「第2観通班、こちらは戦艦榛名です。聞こえますか?」

 声が詰まった。会いたかったと叫びそうになるのを寸前でこらえた。

「こちら第2観通。感明ともに良好。敵はなおも攻撃前進中。右に15、引け100、効力射を要求する、修正可能、送れ」

 無線の向こうで榛名も息を飲むのが分かった。私の声だとわかったのだ。

「了解、次に撃ちます」

 二斉射目は敵のど真ん中で炸裂した。戦艦4隻が同時に撃ち込む艦砲射撃は、地面に火山の噴火口を続けざまに穿っていくような、美しくも恐ろしい暴力をはらんだスペクタクルだった。至近弾を受けた砲台小鬼が縦に真っ二つに裂けて吹き飛ぶのが見えた。

「命中!続けて撃て、急げ!」

 連続する斉射が椰子林ごと敵を()ぎ払い吹き飛ばしていく。地面にへばり付いて伏せていた生き残りの隊員たちも姿勢を起こし、歓喜と困惑の入り混じった呆けた表情で、その華麗な破壊と蹂躙に一瞬見とれていた。

 私は榛名たちの砲撃を逐次修正しながら、前進してくる敵の出鼻を次々に叩いていった。榛名と言葉を交わし合いながら、榛名の息遣いをそばに聞いたような気がした。榛名の砲撃のタイミングが分かったし、榛名も私の送信のタイミングを分かってくれている。榛名と私は繋がっているという満ち足りた気持ちが湧いてくるのを抑えられなかった。思い出した、これはあれに似ている。小さなころに榛名と二人、公園の鉄棒を挟んでやったバドミントンのラリーが果てしなく続き、ついには二人して笑い出してしまったときのことに。次の斉射は姫級の一隻を一撃で粉砕した。榛名と私は同時に歓声を上げた。これは二人だけの時間だと思った。まるで…

 

【「『時間よ止まれ、お前は美しい』ですか?」メガネの女は楽しそうに私の言葉を遮った。思い付きはしたものの、あまりに恥ずかしくて飲み込もうとした言葉を先取りされて動揺した。メガネの女はうなじから首元にかけてがほんのりと赤く染まり、ハイスツールに沿ってからめるように組んだ白い足の膝から下がスカートから覗いていた。「続けてくださいよ」声が甘い。】

 

 しかし、希望が見えたと思ったのもつかの間だった。撃破された敵の後ろから、まるでジャングルの奥から湧き出るように敵が迫ってくる。我々の砲弾よりも敵の数が多い。榛名たちの砲撃と大隊の残存火力による応射を浴びながら、まるで海を目指す溶岩流のようにじりじりとこちらに迫ってくる。目の前に迫った小鬼に向けて工兵小隊が突進し、足元目がけて梱包爆薬を投げ込むのが見えた。機関銃小隊は弾薬が尽き、拳銃と手榴弾で戦っている。班長が耳元で怒鳴る。

「おい、300引け、射距離2000だ」

「2000って、ここのことじゃないですか」

「そうだ、阻止砲火をここへ」

「味方を撃たせるんですか」

「敵にやられるよりゃいい。てめえあいつらに食われて死にてえのか。俺はいやだね。他の奴らだってそうだ。見ろ、工兵も機関銃も、死に方ぐれえ選ばせろって言ってるじゃねえか」

 目の前の観測班長は自分たちの頭の上に砲弾を落とせと言っている。榛名に味方を撃たせるなんて、そんなことはできない。絶対に嫌だ。

「できません」「やれ、連絡しろ、2000だ、この期に及んで命が惜しいのか」「できない」「てめえ」その瞬間、至近弾の熱く灼けるような衝撃が私の右半身を焼き、丸めた紙屑のように自分の体が宙を飛ぶのを感じた。

 

【気が付いたときは病院船のベッドの上でした。これで私の戦争は終わり、私の話も終わりです。メガネの女はカウンターの上に突っ伏して「それで終わりですか」と不満げに言った。終わりです、この先はないんです。「榛名さんとはその後?」会ってませんし連絡も取っていません。榛名は艦娘として今も戦っています。戦傷で軍を離れた私とは、もう住む世界が違うんですよ。私も明日、この町を出ます。もう榛名と会うこともないでしょう。女は息を吐きながら体を起こすとI・W・ハーパーのオンザロックを注文し、「話のお礼です」と私の前に置いて席を立った。最後に私を見て、はっきり「嘘つきですね」と言った。】

 

 確かに私はメガネの女に嘘をついた。その翌朝、私は生まれ育った田舎町の小さな港のそばの公園で、フェリーの出発を待っていた。幼いころに榛名と遊び、海を眺め、クレーンの音に耳を澄ませた公園だ。そして、もうすぐ榛名がここにやってくる。私が島を出ることを実家経由で聞き知った榛名が、私を見送りに来るというのだ。

 約束の時間まであと少し。あのころと同じように耳を澄まし、公園の真ん中でぐるりと一回転した。私が乗る予定のフェリーが、寄せる波で桟橋のゴム防舷材に押し当てられ、ぎゅうぎゅうと音を立てている。そして、岸壁を手でたたくような波の音に、作業中の漁船が立てた何かの高い金属音、遠くを走る軽トラックの間の抜けた頼りないエンジン音がサラウンドのように耳に入ってくる。体が海の方を向いた瞬間、光の当たり方のせいだろうか、海全体が透き通るような水色に輝きわたって、雲一つない鮮やかな空との間にあったはずの島々の緑に境界の意味さえ失わせ、世界中のあらゆる青色が溶け込んで、自分の体すらそれに溶け込んでゆくような感覚に包まれた。もう二度と訪れるつもりのない故郷の港の風景は、いつになく優しく美しく見えた。ふと風が渡り、ようやく開き始めた梅の花が漂わせる春の気配をわずかに感じた気がして、「花ぞむかしの香ににほひける」の一首が頭をよぎった。

 レイテでの戦い以来ずっと考えていることがある。あれ以来私の耳には、砲弾に吹き飛ばされる直前に「射距離2000」と送話器に向かって叫ぶ自分の声がまとわりついて離れない。実際には言っていないはずだ。しかし、時間がたつほどに自信がなくなってくる。班長の声が蘇る。妄執の中の「射距離2000」は私にとっての「死に方ぐれえ選ばせろ」だったのだろうか。だとすれば、私の本心がようやくはっきりしたことになる。

「私は榛名にすべてを終わりにしてほしかったのだ」

 カリガラの戦場で、私は今まで榛名のそばにただ立っていただけで、榛名と共に歩みたいと思いながら、どこにも歩み出すことなく、何者かになろうとして何者にも(前輪にも後輪にも、だ)なれなかった自分を発見した。榛名に憧れ、聖像画(イコン)に祈っていただけの男だ。そして、その幕引きの役割さえ榛名に頼ろうとしたのだ。しかし、それならそれでいい。私は像に恋をした哀れなキプロスの王ピグマリオンでかまわない。引きずる右足も、ぶらさがった右手も、罰だと思えばむしろ納得する。私が私にふさわしい姿になり、足を引きずりながら榛名との思い出の場所を去る。きっとこれがいちばん正しいのだ。「友よ拍手を、喜劇は終わった」

 

 そのとき、急に名前を呼ばれて体が強張った。座っていた待合室のベンチから顔を上げたその先に、艦娘姿の榛名の顔があった。最後に見たときよりもずっと大人びて、なんだかずいぶん立派になったな、と思った途端、榛名は私の胸元でわっと泣き出した。

「無事でよかったです、生きていてくれてよかった、本当に」まあね。「怪我は、体は大丈夫なんですか」生活する分には大丈夫、運動とかはちょっと無理だけどね。「ごめんなさい」なにが?「あのとき榛名にもっと力があったら、榛名がもっと強かったなら…みなさんをちゃんと守れたのに…。ずっと謝らなきゃいけないと思っていたんです」いや、いいんだ。榛名のせいじゃない。本当にいいんだ。こうして生きていられたんだし。榛名が命を救ってくれたんだ。本当に、謝らないでくれ。

 榛名が私の二の腕あたりを両方の手でぎゅっと握った。榛名の顔が目の前に迫り、私は両の手を榛名の肩に添わせようしてかろうじて思いとどまった。榛名の瞳を見て分かった。そこにあったのは、私に対して許しや憐憫を乞うような弱々しさではなく、今度こそ絶対に人々を守り抜くという決意に満ちた誇り高い眼差しだった。月並みな言い方だが、美しいと思った。

 榛名にかけてあげられる言葉を頭の中で探した。詩篇第二三篇、マタイによる福音書一一章二八節、詩篇四六篇が頭に浮かび、自分に失笑した。結局借り物の言葉ばかりだ! 私には自分の言葉すらないのか!

 結局、口から出てきたのはどうしようもなくありきたりで、でも間違いなく私の本当の言葉だった。

「ありがとう。この町で榛名と出会って、小さなころ、ずっといっしょに遊んで、すごく楽しかった。きみがいたから、今ここでこうしていられるって、今やっと分かった気がする。絶対に忘れないと思う。どうか、元気で。本当にありがとう」

「ありがとう、あなたも、お元気で」

 言葉を区切って絞り出すように口にして顔を上げた榛名は、むりに笑顔に戻ろうとして泣き笑いのような表情になっていた。榛名の言葉も本心だとわかって涙が出そうになった。榛名はすっかり強くなり、そして誰にでも底抜けに優しい内面は何一つ変わっていなかった。フェリーの出航を告げる汽笛が鳴って、私は最後にもう一度だけ榛名の顔を見つめ、榛名のまっすぐな目を伏し目がちに受け止めてからフェリーのタラップを上った。一度も振り返らなかった。「さようなら」と、心の中でお別れを告げた。フェリーのエンジンが地響きのように一オクターブ高鳴り、船体がぐらりと揺れて港を出たのがわかった。

 

 フェリーはその丸い船体を、象が寝返りを打つようにのっそりと西に向けた。デッキから眺める海の色が変わっていく。潮目がぶつかりあったところを境目にして、海が濃い群青と明るい水色のツートーンに分けられていくのが見える。そして、フェリーの航跡と、すれちがう行会い船の航跡とが干渉し合い、ざわざわと不安定に盛り上がる不思議な形の波を作って、潮目のツートーンの上にいびつな跡を残した。見上げるとフェリーの上を飛ぶ二羽のかもめが、向かい風のせいで静止して見えた。手を伸ばせば触れられそうで、でも絶対に手が届かないところを、寄り添いながら飛んでいる。

「あれ、艦娘だ」「きれい」「すごいな、近いぞ」突然デッキの上の乗客たちの華やいだ声が聞こえた。乗客たちはあわただしくスマホやタブレットを取り出し、写真を撮ったり声を上げて手を振ったりした。

 視線を海に戻すと、フェリーと同航する艦娘たちの姿が目に入った。

 ああ、榛名がいる。なんで、こんな、やめてくれ、私なんかのために、こんなことを。

 榛名と同じ服の艦娘が、榛名の隣で元気よく手を振っている。その手前でひとかたまりに騒々しいえんじ色の制服の四人組の艦娘は「ご安航を祈る」の信号旗をてんでに打ち振り、笛を吹き、艤装を叩いて笑い合っていた。榛名が指で上の方を指す仕草をした。見上げると、ちょうど艦娘用の水偵の三機編隊が東から西に飛んでフェリーを追い越し、同時に空に無数の紅白の花が咲いた。

 デッキの上の乗客たちが歓声を上げた。赤と白の梅の花びらが、潮風に乗ってデッキを漂い、私たちはつかのまの花吹雪に包まれた。

 私が榛名に手を振って、同時に榛名も私に手を振った。

 私は叫んだ。「ありがとう、元気で」

 艦娘の歓送に答えてフェリーが汽笛を鳴らす。そのとき、さっと海を照らした光によって、フェリーと艦娘たちを抱く鏡のような海原は、数万の小魚が一度に跳ねるような、無数の輝きに満たされた。

 ここから先は、私にとっても榛名にとっても、別の新しい物語となるのだ。




 番外で物語の補足をするのは不作法と心得つつ、少しばかり「言い訳」ができればと思います。
 ここまでお読みになってくださった方の中で、ご興味がおありの方がもしいらっしゃいましたら、もう少々お付き合いただければ幸いです。
 まず、この全体的に情けない主人公についてですが、「私」にとって榛名はイコン(聖像画)のような存在だということです。そのため榛名は無謬で完璧で至善な存在であり、感情の描写は限定的です。初登場時、「私」の父(神官)は海の代わりに自転車を二列に割り、女神の出現を予言します。「神」である榛名の慈愛は諸人に向けられているので、「私」は榛名が愛する「全ての人々」の中の一人であって、「特別なあなた」にはなりえません。ただ、艦娘になる直前に動揺をさらけだす位の信頼感はある、という感じです。
「私」は登場時点ですでに虚無的で、榛名への好意ですら中身がはっきりせず、言葉も虚ろです。彼は自分の中から取り出した言葉ですらどこかからの借り物、引用であり、「本物の言葉」「感情」に乏しく、書き手としての誠実さを誓う相手すら架空の人物です。また、作中で彼が確固たる意志の元に決断的に実行したことに至っては命令に対する「無為」と故郷からの「逃避」という有り様です。それでも彼が最後に榛名と向き合って、ありきたりだけれど本物の、本音の言葉を初めて発したとき、榛名への彼の言葉はようやくカギ括弧を獲得します。主人公自身の「破壊」と「再生」には、いずれも榛名が関係しています。「再生」された彼は、相変わらず頼りなげでふらふらした、でも一人の確かな「人間」と言っていいでしょう。
 二人がこの先再会するのかどうかは分かりません。でももし再会したとして、そのとき二人は、「いつかばったり出会ったら 友達みたいに話せるさ」とでもいうような、お互いに自立した関係性を、そこで「初めて」持てるのでしょうか。その希望はあるのでしょうか。
 私は「ある」と思っています。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。