夢にも思わない 作:ODA
私はまだ六歳。一般的には、まだまだ小さい子どもである。だから、こういうことをしていたとしても何もおかしいことはないんだと思う。
それでも、精神年齢を思えば、真面目な顔をして遊戯を興じるなんて言うのは、いくら何でも抵抗がある。この遊びをする機会なんて、今世ではないだろうと私は思っていたのに。
その日、試験と称して行われた、私たちのサバイバル演習の内容は缶蹴りだった。
「今回の演習の内容は『缶蹴り』だ。時間内に、缶を蹴ることができなかったら、アカデミーに戻ってもらう」
試験開始の時刻、どこかの誰かさんのように遅刻することなく現れた上忍は、至極真面目な顔でそのように宣った。
上忍の言葉に、思わず私は全力で顔をしかめてしまう。
おいおい、缶蹴りって。試験の内容が子どもの遊びだなんてさすがにあんまりじゃないだろうか。原作でも七班の面々はサバイバル演習にだいぶ文句を言っていたが、子どもの遊戯よりはマシだ。さすがに、子どもの遊びをサバイバル演習と称するのはどうかと思う。
私の考えていることが分かったらしい上忍は、私の顔を見て苦笑を漏らした。
「まぁ、言いたいことは何となく分かるが、下忍になれるかがかかってるんだ。真面目に頑張ってくれ」
担当上忍の言葉を聞きながらそれでいいのかと、私は心の中で突っ込む。
下忍のスリーマンセルにおける最初の試験は、どうやら担当上忍が好きな内容で試験をしても構わないらしい。それでも、評価すべき対象が変わるわけではないだろうから、答えはおそらく原作と同じということになる。勿論、内容が変わる以上、採点基準は変化するだろうから、答えを知っていたとしても安心はできないが。
しかし、まぁ、この試験での合格基準を思えば、缶蹴りっていうのは案外悪くない試験内容なのかもしれない。
缶蹴りの定石は鬼を人数で押すことだ。この遊びをやったことのある者なら誰でも知っているだろうが、誰かが囮を引き受け鬼を引きつけている間に他の者が缶を狙う。それが、缶蹴りにおける王道である。やったことがある人間ならば誰でも分かることだから、担当上忍も勿論それを分かっていて試験の内容として缶蹴りを採用したのだろう。
原作に比べれば随分と優しいと思う。原作の試験が底意地が悪かったといえば、それまでだけど。
そんなことを考えながら、私は僅かに思案する。
さて、どうしたものか。
最初から正解を知っている問いほど滑稽なものもないと、私は思う。
私以外の二人に関して言えば、既にアカデミー卒業済みな訳で、このサバイバル演習もクリアした筈である。となれば、この問いで真に試されているのは私一人。しかし、その私もまた反則チートの記憶を持っているから、正答を最初から知っているのだ。
喜劇だなぁ、と私は思う。
観客は全員、初めから手品のタネを知っているって言うんだから。
素直に乗せられてやるほど可愛い性格はしてないので、さっさと合格はさせてもらおう。そんなことを考えつつ、始まりの合図と共に、私は身を隠しながら全員の動きを追う。
イタチは私よりやや後方、もう一人は私から見て前方の位置に動いた。
どうしようかな。
担当上忍は勿論、二人の動きも気になる。彼らは最初から答えを知っている訳で、さらに言えば、今回試されているのは私だけだ。常識的に考えれば、彼らもこの喜劇に乗じるだろう。私を試す為に。
ならば、私は自力で動かざるを得ない。自ら進んで二人に協力を仰がねばならないのだ。
私は物陰に身を潜め、視線を走らせる。担当上忍はまだ動いていない。彼に見つかる前に、最低でもイタチと接触を図りたい。
身を潜めながら、近付かなくては。私は小さく息を吐く。
――かくれんぼは苦手なんだけどな。
そんなことを考えながら、私は物陰から物陰へと動く。ひっそりと、ただし、迅速を心掛けて。
「兄さん!」
ようやく見つけたイタチに、私は声を掛ける。
「協力して」
わざわざ余計なことを口にする必要はなく、そんなことする意味はない。ので、単刀直入に私は話を切り出す。
この試験の正答は、チームワーク。仲間に協力を仰ぐことだ。だから、三人で協力をした時点で最低限はクリアしたことになるだろう。けれど、私はそれで終わらせるつもりはない。先ほども述べたが、試験内容が担当上忍ごとに異なるのだ。合格ラインがどこに来るのかは分からない。本当に缶蹴りをクリアしないと合格はさせないと言われることも念頭においておく必要はあると思う。
それに、ただやられっぱなしで終わる気は毛頭ない。喜劇に乗じるのは結構。けれど、私はかなりの負けず嫌いなのだ。やるからには、ギャフンと言わせてやろうと思う。
「三人で目にものをみせてやろう」
私は宣言するようにそう言った。
音を立てて、私が投げたクナイが地面に突き刺さった。
私はホルスターからクナイを取り出し、上忍に向かって投げつけたのだ。背後から死角をついて投げたつもりだったけれど、あっさりと避けられてしまう。
缶蹴りな訳なのだから、別段攻撃を加える必要性はない。けれど、攻撃という手段は確実に注意を引く方法としては最も分かりやすい方法だと思う。だからこそ、私は問答無用でいきなり先制攻撃という手段に打って出た。
担当上忍の実力など知らないが、上忍を任せられるくらいだ。それなりの実力はあるに違いない。原作の言葉を借りるなら「殺す気で」いっても、多分、現状の私では真っ当な手段ではダメージを与えることもできないだろう。それでも、本気で仕掛ければ、上忍も簡単には無視はできないと思う。効果的なダメージを与えられなくても、囮として効果的であれば問題はない。
私は小さく舌打ちをしてから、木の上から移動する。こちらの位置は、先ほどの攻撃で把握されたと思う。実際、次の瞬間には、私の目の前まで担当上忍が迫っていた。
逃げ回っても無駄だろう。そう判断すると、私は正面から迎えでた。
経験、技術、体力、チャクラ量、すべてにおいて、勝てる要素が私にはない。特に体力やチャクラ量なんて子どもの私じゃ絶対量なんて知れたものだ。
例えば、九尾を腹に飼っているあの子のように、無尽蔵のスタミナがあれば持久戦もありかもしれない。が、現実には私の体力もチャクラ量も人並みだ。年齢を考えれば、そこそこかもしれないが、同年代ならともかく相手が悪い。
鬼ごっこになれば私に勝ち目なんてないだろう。長期戦も論外。私に勝ち筋があるとすれば、短期決戦のみだ。
イタチやもう一人の彼と比べても、私は持久力に劣るだろう。持久戦になれば、私は真っ先に力尽きる。使い物にはならない、ただの足手まといと化す。だから、これは私が一番生きる場面なのだと思う。
体術に自信がある訳ではなかったが、私は接近戦を挑む。現在の私が使える忍術なんて高が知れているからだ。基本忍術と火遁系の忍術が少々。それはつまり、私の攻撃可能な間合いは短・中距離だけということだ。相手から離れれば離れるほど、私には攻撃手段が無くなる。単純な投擲による長距離攻撃が通じる相手とも思えない。なにより、私は弟の一つ上である筈の黒髪お団子少女のように、武器による攻撃が特別得意な訳でもないのだ。
印を組み、チャクラを練る。息を大きく吸い込み、チャクラと共に吐き出す。
火遁。うちは一族が得意とする忍術の一つだ。私も例に漏れず、火遁との相性は良いらしく、アカデミー在学中に何とか形にすることができた。
けれども、火遁の忍術は攻撃力はあれど、応用性には他の属性ほどではないと思う。攻撃範囲は狭いし、炎の動きなど風にでも煽られない限り、基本一直線だ。
あっさりと私の術を上忍は躱す。素早い。今の私では上忍の影を捉えるので、やっとだった。背後に回られたらしい気配に、とっさの判断で、上半身を倒し、地面を転がりながら右手を軸に回し蹴りを繰り出す。かなり無理な体勢であるし、これを躱されでもしたら、完全にアウトだ。身動きが取れないから、あっさり捕まってしまうに違いない。
しかし、そう簡単にはいかせない。その一瞬と同時に、後方から手裏剣が飛ぶ。
ナイスアシスト。心の中で私は賛辞を送った。私の後方ではイタチが控えていて、私の支援をしてくれる手筈になっているのだ。
私を避けるようにして、正確に手裏剣は担当上忍を狙い打つ。それから逃れる為に、上忍が離れる。その間に私は地面に両手の平を付けて、一気に飛び起きる。そのまま勢いをつけて、上忍に蹴りを打ち込んだ。足の裏に伝わる感触。人体にしては堅い。変わり身だ。しまった。そう思ったときには背後に上忍の気配を感じて、背筋が凍る。
逃げ場は、ない。
その次の瞬間には、私の背後を熱が覆った。
「兄さん!」
私は思わず歓喜の声を上げた。
火遁が私のすぐ後ろの地面を焼いている。私はイタチが攻撃を仕掛けるその間に、地面を転がるようにして起き上がる。
その間に、上忍がイタチとの距離を詰めていた。上忍はひとまず私を置いておいて、イタチの方へ向かったらしい。
すかさず、イタチを援護するために、私は上忍に背後から攻撃を仕掛けた。
さすがに前後の多方面攻撃を防ぐのは、無理だろう。防ぐのが無理ならば、自ずと取る行動は決まる。避ける、だ。
純粋に考えれば、前後からの攻撃を避けるならば、避ける方角は限られる。上か下かの二択。下は地面なのだから、普通は当然上だろう。
上忍が上に飛び上がったところで、隠れていたもう一人の彼が、行動を移す。
人間が一番自由に動けない状況とは何だろうか。答えは簡単だ。地に足がついていないとき。空中では、空でも飛べない限り、基本的にできる行動が限られる。方向転換も楽ではないし、ワイヤーや何らかの術を使用するにしても、方向転換にはワンアクションが必要になる。忍の戦闘において、そのワンアクション、コンマ数秒のラグは致命傷になりかねない隙であると私は思う。
私とイタチが協力を試みるのは、おそらくは想定内の出来事だろう。だから、缶を蹴るという大役は私でもイタチでもなく彼に任せた。
となれば、私たちの仕事は二つ。囮と上忍の隙を作ること。しかも、出来ればもう一人も私たちの協力者であることを悟らせずに、という条件がつく。
隙をつくのならば、不意打ちを狙うしかない。出来ればギリギリまで三人で協力していることは伏せるべきなのだ。
だから、私は自分が囮となって、イタチが私のサポートをしてくれているように見せかけることにした。二人の協力を見せることで、もう一人の存在を意識の外に追い出すためだ。
この演習の目的はチームワーク、相互協力だ。だけど、その一環として私の実力を図るという目的もあるに違いない。試されているなんて初めから分かっていたこと。だけど、踊らされるだけっていうのは好きじゃない。
だから、全力で挑む。目指すは完全勝利のみ。
不意打ちが通じるのは一度きり。チャンスは一度。そのチャンスの際に、確かに彼は缶に向かって大きく足を蹴り上げた。
「もう少しだったね」
蹴り上げた足は、けれど、缶に触れることはなかった。
「作戦がオーソドックス過ぎるかな」
ぼん、と音を立てて私が相手していた筈の上忍が消える。影分身。本体は缶の前で、もう一人の彼の蹴り上げた足を片手で押さえ込んでいる。
残念ながら、私の考えなど上忍にはお見通しだったらしい。憎たらしい批評に、私は上忍を睨んだ。
そりゃあ、まあ、上忍の言うことは正しい。今の作戦は定石を踏み過ぎている。となれば、予測も容易だろう。
仕方ないじゃないか、と私は心の中で舌打ちした。だって、私は本来何の特徴もないフツーの一般人なのだ。IQ200なんてないし、普通の作戦しか思い浮かばないに決まってる。
「作戦の発案者はナナセかな?」
上忍の質問に私は答えない。が、答えるまでもなく一目瞭然だろう。
この試験は私を試すためのもの。ならば、協力を仰ぐのも、作戦の立案も基本は私が主体にならざるを得ないということなんて、初めから分かりきっているじゃないか。
「奇襲は失敗した訳だけど、次はどうする?」
どこか楽しそうに言う上忍を前に、私は深くため息を吐いた。
「次はありません」
「?」
「諦めました」
両手を顔の横に上げ、ぷらぷらと振って見せれば、上忍が驚いたように此方を見ていた。
「奇襲が失敗した以上、今以上のチャンスは巡って来ないでしょう。だったら、これ以上続けてもジリ貧です。“私”にできることはない」
「それはつまり、失格になってもいいってことかな?」
上忍の言葉に、私は笑う。
「まさか」
私がそう言ったその瞬間、高い音を立てて缶が宙を待う。
振り返った上忍が見たのは、缶を蹴り飛ばしたらしいイタチの姿だった。と、同時に、私の近くに立っていたイタチが消える。
実態のある分身の術は、基本的に高位の忍術に分類されている。普通の下忍が使えるような忍術ではない。つまり、普通の下忍じゃなければ使えるということだ。
「私の兄は非常に優秀なんですよ」
知ってました? そう告げれば、上忍は深いため息を吐いた。
本来なら私の実力を見るということもこの演習に含まれているのだろうから、私がどうにかするのがいいんだとは思う。できれば、イタチやもう一人の彼には最低限のアシストくらいに留めてもらった方が見栄えはいいんじゃないだろうか。
けれど、忍に見栄えや建前なんて無縁な話だろう? 使えるものは何でも使うに決まっている。
「はいはい、合格合格」
オメデトウヨカッタネと、少しも心に思っていないだろう言葉を上忍は続ける。
こうして、上忍の随分と投げやりな発言で最初の演習は終了したのであった。