夢にも思わない 作:ODA
私は今、これ以上ないピンチに陥っている。
無事に演習も終了し、私は晴れて下忍となった。そして、本日は下忍としての初めての仕事の日だ。
下忍の仕事なんて最初は雑用ばかりだというのは分かりきっていたので、私は変に気負うこともなければ期待することもなかった。至極いつも通りに、まったりとしたものだ。
イタチと共に、時間よりも少し早めに家を出て待ち合わせ場所で上忍を待つ。
まだ時間までしばらくあるし、暇だったのでじっとイタチを鑑賞することにした。観察ではない、鑑賞だ。美少年は目の保養だよなー、とか睫毛長いなー、とかモテるんだろうなー、とか些か気の抜けたことを考えながらイタチを眺める。
さすがにイタチも私の熱視線が気になったらしく、何かあるのかとでも言いたげな表情をされた。
私はそれを曖昧に笑って誤魔化す。イタチは不思議そうにそんな私を見つめた。訳が分からないという顔。でも、説明してやるつもりは私にはない。だって、至極くだらない内容だから。
そんな私たちを見ながら、何故かもう一人の班員は深いめ息を吐いていた。謎だ。
そこへ、担当上忍が私たちのもとへとやって来た。集合時間より、まだ少し早い。予定の三分前くらいだ。
何となく私はそれに驚く。多分、原作で待ちぼうけをくらうサスケたちを何度か目にしてきたせいだと思う。時間を守るのは人として当然なことなのに、何故かこの時は担当上忍がやけに立派に見えた。担当上忍がカカシさんであればこうはいかなかっただろう。
そう考えて、少しだけカカシさんに呆れた。どんな理由があるにせよ、時間を守らないのは良くないことである。その理由を考えれば、同情の余地くらいはあるかもしれないけれど。
サスケは結局累計何時間、彼に待ちぼうけを食らうことになるのだろうか。まあ、退屈しない班員がいるから、それはそれで楽しいかもしれない。とはいえ、理由があっても、遅刻はされる側には迷惑な話でしかないだろうが。
サスケが不憫だ。私は心の中で未来のサスケに少しだけ同情した。
そんなことを考えているうちに、上忍が今日の任務を私たちに言い渡した。
「今日の任務は子守りだから」
「……え?」
わらわらと子どもたちが私のもとへ寄ってくる。思わず悲鳴を上げそうになった。
今日の任務は先ほど上忍が述べた通り、子守りである。何でも、とある大名の子どもたちである八人の幼子の面倒をみるのが、今日の任務であるらしい。
上は私と同年代から、下は赤ん坊まで。このスパンで、この子どもの量は些か頑張りすぎではなかろうか。他人の家のことなので口に出したりはしないが、正直呆れた。
私は決して子どもは嫌いではない。対人スキルも人並みくらいにはあると思う。だが、大勢の子どもに囲まれる経験なんてない。要するに慣れていないのだ。
だから、一斉に此方にキラキラした無垢な瞳を向けられると、どうしても怯んでしまう。
「いっしょにあそぼー!」
「お前、俺と同い年くらいだろ、それなのに忍なのか?! スゲー!」
「おねえちゃーん、おしっこー」
年齢が近いということもあってか、子どもたちは私に一番に寄り付いた。アカデミーでも子どもに囲まれて生活してきた訳だが、こんなに寄りつかれることはなかった。少なくとも子どもたちに取り囲まれたことはない。
アカデミーでは同級生たちは、私から一歩離れたところにいた。いや、逆か。私が彼らから一歩離れていたのだろう。まあ、そんなことは今はどうでもいい。要するに、私は大勢の相手に慣れていないのだ。
だから、そんな一斉に私に話しかけないでくれ!
子どもに子守りをやらせるなんて、そもそも前提が間違っている。というか、他の奴らは何してるんだ。とっさに上忍に視線を送れば、何故か生温かい目で微笑まれた。くそぅ、助ける気なしか!
「和むねぇ」
そりゃあ、あんただけだ!
助けを求めるようにイタチを見れば、彼は別の子どもの相手をしていた。どうやら絵本を読んであげているらしい。
……私も、そういう大人しい子の相手をしたかった。
忍者ごっこ、と称された遊びに付き合わされながら私はそんなことを思う。
まさか、アカデミー卒業後に忍者ごっこする羽目になるとは思わなかった。
「子どもはやっぱり子どもらしくしてないと」
腹が立ったので、そんなことを呟く上忍を私はわりと本気で睨みつけてやった。
好きでこんなことしてるんじゃないぞ、私は!
※※※
寒い。
凍えるような寒さの朝だった。
起きるのも億劫で、起きなければと思いながらも布団の中でしばらくうだうだしていたら、急にばーんと私の部屋の扉が開いた。そして、足音が続き、続いて私の腹の上に突然の圧力が襲う。
「うげ」
潰れたカエルみたいな変な声が思わず漏れる。こんなことをする犯人は我が家には一人しかいない。
布団から少しだけ顔を出して、私の布団の上に飛び乗ったサスケを恨みがましい目で見つめる。
だけど、サスケは私のそんな目線なんてまるで気にしていないらしく、満面の笑みで私を見下ろしてきた。
「姉さん、雪だよ!」
サスケが興奮した声で、窓の外を指差す。カーテンの向こうからは白い光が漏れていて、私は思わず眉を潜めた。眩しい。
目を細めて、嫌々ながらに窓の外を見れば、辺りは一面の雪景色。前世ではなかなか見ることが出来ないような白銀の世界が広がっていた。
「……通りで寒いと思った」
私の呟きなど、サスケはまるで気にも留めず、私から容赦なく布団を剥ぎ取った。
サスケの馬鹿っ! 寒っ!
思わず身を縮めた私の心境が、今のサスケに届くことはない。誠に無邪気とは罪なものである。
「一緒に遊ぼうよ!」
キラキラ輝くサスケの笑顔に、私は溜め息を吐くと渋々重い腰を上げたのだった。
後でこっそり後頭部に雪玉でもぶつけてやろうかな。
※※※
じーわ、じーわ。
世話しない蝉の鳴き声に、私は汗を拭う。
下忍の仕事の多くは雑用だ。単純な肉体労働も少なくない。
今日の仕事は農場の草むしりで、こんな炎天下の中、なんてことさせるんだよ、と心の中で悪態の一つも吐きたくなる。
暑い日差しは肌に刺さり、熱で温められた空気は容易に体力を奪う。以前の私だったら、とっくの昔にぶっ倒れていただろうなー、とついそんなことを考えてしまう。
勿論、この世界に生まれてから身体はずっと鍛え続けていたから、この程度の暑さでへばったりはしない。伊達に忍を名乗っちゃいないのだ。
けれど、こういう作業は精神的にもくるものがある。とにかく暑いし、だるい。
「全部火遁で燃やしちゃ駄目かな……」
まだ半分以上残っている雑草を見ていると、ついそんな不穏なことを考えてしまう。
燃えている間は暑苦しいだろうが、作業の時間は十分の一以下で済むだろう。
さて、どちらが効率がいいだろうかと半ば本気で考えていたら、突然頬に冷たいものが触れた。
「ひぅ!」
予測もしない冷たい感触に、思わず私は変な声を挙げてしまう。
見上げれば、そこにはイタチがいて、何故か氷の入ったグラスを手に持っていた。
「休憩だそうだ」
イタチはそう言うと、農場の外れの一本の古木を指差す。そこには、古木の木陰で既に麦茶を飲みつつ、休息を取っている奴らがいた。
――あのヤローども!
休憩なら、さっさと呼んでくれればいいものを。
というか、普通は女性に最初に声を掛けるべきじゃないのか。私は、仮にも一番年下で、唯一の女の子なんだぞ。
女性に優しくない男なんて最低だ。もっと優しくしろ、気を使え、崇め奉れ、跪け! 後半はただの私の願望だ。
それに比べて、ちゃんと私を呼びに来てくれたイタチの優しさと言ったら。
「私には兄さんだけだよ……」
「?」
私の呟きに、イタチは瞬きを一度だけ返した。
※※※
イタチと修行するのは好きだ。それは私の趣味と言ってもいいだろう。けれど、その趣味も、最近は競争率が高いので上手くいってなかったりする。
父がイタチを連れ出すことは以前からままあった。だから、競争率を上げているのは父ではない。犯人はサスケだ。
イタチ大好きサスケは、イタチとの修行も当然大好きだ。私も一緒に行くこともあるが、それでも、男同士の修行というものはまた格別らしく置いてきぼりをくらうことも結構あったりする。
そうなると必然的に私は一人で、イタチもいない、サスケもいない中、黙々と修行に励まねばならなくなる。……はっきり言って寂しい。
サスケは可愛い。それは認める。兄さん、兄さんとイタチの後ろを追う姿なんてまるでカルガモの親子だ。可愛いし、和む。
一度、サスケにそれを言ったら思いっきり拗ねられたことがある。
いくら小さくともサスケはちゃんと男の子。「可愛い」は禁句らしい。
その時は丸一日口を聞いてもらえなかった。だから、それ以来、私はサスケに向けての「可愛い」を封印している。私にしてみれば、可愛いに反応してへそ曲げるサスケも十分可愛いのだけど。
とにかく、今ではその可愛いサスケのおかげでイタチと修行に出かけることが出来ない。
「もう少し姉さんに譲ってくれてもいいんじゃない?」
そう抗議したら、「姉さんはいつも任務で兄さんと一緒じゃん」と返された。いつの間にこんなに賢くなったんだ、この子は。
「……私も男に生まれれば良かった」
どうやら、男同士の中に女である私は入れないものらしい。
※※※
雨が降っている。ザアザアと音を立てる雨が。私は雨の中、傘も差さずに立っていた。見上げれば灰色の分厚い雲。星なんて見えない。
「何してるんだ?」
イタチに問われて、私は視線を空からイタチへと移す。
「空を見てた」
私の言葉にイタチは少しだけ眉を動かした。
「風邪を引く」
「うん」
イタチに促されるように、私は家の中へと入った。
「残念だね」
私がポツリ呟けば、イタチが瞬き一つ返す。そんな彼に私は小さく笑みを零した。
「今日は七夕」
それだけ言えば、イタチは理解したようだった。
「七夕、好きなのか?」
「別に」
別に七夕が好きな訳じゃない。他人の逢瀬に乗じて自分の願いを掲げるなどと馬鹿馬鹿しいと思う。古代に生きた人々の神経はよほど図太く、彼ら自身はかなり図々しかったのだろう。
「ただ可哀想だと思っただけ」
年に一度の七夕の日に雨が降ったならば、天の川は水かさを増すのだとか。牽牛と織り姫はその日に雨が降ると、互いに逢うことが出来なくなる。梅雨の終わりの時期に位置する今日に、そんな逢瀬の日を持ってくるなどと、考えたヤツはよっぽど性根が曲がっているに違いない。
「まあ、それでも羨ましいけどね」
今逢えなくとも、彼らは次を望むことが出来る。来年を待てば、彼らはまた巡り会えるかもしれない。
永遠の別れを持っていない彼らが少し羨ましい。