夢にも思わない   作:ODA

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13 子ども

 任務は無事に終了し、私たちは木の葉に帰ってきた。

 けれど、私とイタチはどこかぎこちないままで日常を過ごしている。理由なんて分かりきっている。私が放ったあの一言が原因だ。

 木の葉に帰ってからもう三日。私はその間、ずっとイタチとまともに会話をしていない。家族だってみんな気付いているだろう。サスケなんて私とイタチの顔を見上げながら困った顔をしている。そんな顔、サスケにさせたいわけじゃないのに。

 そう思う一方で、私は自分から謝ることも出来ないくせに、イタチが近づこうとすれば逃げ回っていた。自分から仲直りするチャンスを棒に振っている。

 でも、怖いのだ。あんなことを言われたイタチはどう思っただろうか。考えるだけでも、胸が苦しい。

 

 自分でも自分のことを面倒くさい奴だと思う。プライドばかりは一人前で、少しも素直じゃない。可愛くないやつ。それくらいの自覚はある。自覚はあっても態度がちっとも改善できていないんだから、全く意味がないけれど。

 

 今日は任務もない休日だった。

 家にいても気まずい。それが分かっていたから、私は朝早くから手裏剣の練習をしてくると言って家を出た。

 実際には、何をしていても身が入らず注意力散漫気味だ。投げた手裏剣は何とか的に当たっているものの、気がつけば手元がおろそかになっていたらしく指先に小さな切り傷が出来ていた。

 こんな状態で修行なんて続けても、怪我をするだけだろう。結局、私は昼前には道具をまとめて修行をすることを諦めた。

 かと言って、その後私が素直に家に帰ったかといえばそんな訳もない。私がいるだけで家の空気だって悪くなるのだ。こんなに早く帰っても重い空気が家の中を漂うだけなのは分かりきっている。

 仕方なく、行くあてもなく私はブラブラと里の中を歩き回った。私はなるべく人混みを避けるように歩く。雑踏のざわつきも今の私には疎ましい。

 そうして歩いていたら、気がつけば私は慰霊碑の前にいた。人気を避けていたのだから、当然といえば当然の場所に行き着いたという感じだろうか。

 慰霊碑の周りに人の気配はない。静かだ。元々人が寄り付くような場所でもない。

 誰もいないここは、一人でいろいろ考えるのには向いているのではないだろうか。そんなことを考えながら、私は慰霊碑の前に座り込んで物言わぬ石の塊をぼんやりと眺めた。

 

『兄さんなんか嫌いだ』

 

 なんで、あんなことを言ってしまったんだろう。私はひどく後悔していた。自分で自分の行動に頭を抱えてしまう。

 足手まといだと思い知らされて、悔しくなった。そのせいで感情がつい高ぶってしまった。それが理由だと分かってる。だけど。

 

 ――努力してきたつもりだった。

 

 私は自分の右手を見つめる。血豆だらけの手のひら。

 私が今の私になる前、以前の私であった頃はもっと綺麗な手をしていたと思う。女性らしくて、柔らかい指をしていた。少なくとも、今の私のような傷だらけで不格好な指はしていなかった筈だ。

 忍としての才能が私にあるだなんて、思ってない。周りは私を優秀だの何だのとはやし立てるけれど、そんなものは幻想だ。うちはという血筋と前世の記憶の恩恵がそう見せているだけ。所詮は安いメッキだ。アカデミーを卒業して一人前の忍者として活動を始めれば、そんなメッキは簡単に剥がれ落ちる。

 他の子に比べて、生まれた時から自我がはっきりしていた分、私はスタートを切るのが早かった。その差が他の子たちよりも、私を前で走らせている。

 

 イタチは常に私の前にいた。私のように生まれた時から自我が芽生えていた訳でもあるまい。それでも、イタチは最初から私の前に佇み続けていた。私のスタートダッシュもイタチの前では霞む。

 イタチは本物の天才だ。私とは違うと感じる。

 天才が必然の人間だというのなら、イタチは正しく選ばれて天才となった存在だ。必然の天才。才能に愛されている。

 私のようなメッキではなく、イタチは本物の宝玉と呼ぶにふさわしい。

 

 初めから差があることなんて、百も承知だ。

 それこそ最初からそうなる人物であることも知っていたし、実際、傍にいればいる程、その差を感じてしまう。

 だから、努力した。

 少しでも差を埋めたかった。追いつかなくてもいい。後ろからでも、イタチについて行ければそれで良かったのだ。

 路傍の石をいくら磨いても宝玉にはなれまい。分かっていたが、近づきたかった。

 宝玉になれなくとも、路傍の石だって磨き続ければ、それなりの輝きを持つことはできるかもしれないじゃないか。所詮偽物でも、安っぽくても、本物の宝石と同じようにショーケースの中に並べてもらえる日が来るかもしれない。

 

 馬鹿らしい。

 自分の考えには呆れるしかない。

 

 結局、私は諦めている、諦めていると言うばかりで、何一つとして諦めることなど出来ていないのだ。

 いつだって思考と感情は矛盾する。そして、私は感情に流されるばかりでどうしようもないやつなのだ。理性を持って感情を静止できてこそ一人前の人間だと知っているのに。

 

「何してるの?」

 

 不意に背後から声をかけられて、私は振り返る。

 

「……なんだ、カカシさんか」

 

「いや、その言い方は失礼でしょ」

 

 いつの間にやら背後に立っていたらしいカカシさんを一瞥してから、私はため息を一つ零す。

 そう言えば、この人はここによく来るんだったと今更ながらに思い出した。誰もいないから、すっかり安心していたのに。

 黙っていたら、カカシさんはじっと私の顔を見つめてきた。正直、居心地が悪い。一体、何だって言うのか。

 

「……何かあった?」

 

「は?」

 

「落ち込んでるでしょ」

 

 ずばり言われて、私は思わず視線をキツくした。

 

「……別に」

 

 我ながら可愛くない返事だと思う。

 だけど、仕方ないじゃないか。この人に話すことなんて何もない。慰めて欲しいだなんて思いもしない。可愛いだなんて思って貰わなくって結構だ。

 そんな私に、カカシさんは苦笑を漏らした。

 困ったガキだと思われているんだろう。それが手に取るように分かって、悔しい。そんなところが一番ガキだって言うのに。

 

「自分の馬鹿さ加減に呆れていただけです」

 

 私は大きく息を吐きながら、そう告げる。

 馬鹿みたい。言葉にしてみて、改めて自分でそう思う。

 

「本当に馬鹿みたい。まるで子どもみたいなんだもの」

 

 考えれば考えるほど、ため息しかもれない。愚かな自分。賢く生きていくには一体どうすればいいんだろう。誰か教えてくれないだろうか。

 

「子どもでしょ?」

 

 何を今更という風に、カカシさんに言われて、私は思わず瞬きをした。

 子どもか。そうか、子どもなのだ。私は子どもだったのだ。

 そんな当たり前のことに今更気づかされて、思わず笑いが漏れた。

 

「そうです。子どもです。子どもだったんですね、私」

 

 何も出来ない無力な子ども。いくら私が足掻いたってその事実だけは揺らがない。

 前世の記憶がとか、精神年齢がとかそんなの関係なく、私は子どもなのだ。体が子どもという意味じゃない。私自身の思考回路が子どもなんだ。

 体が小さくなった弊害なのか。それとも、両親やイタチに甘えてばかりいたからそうなってしまったのか。分からないけれど、確かに今の私は子どもだ。

 寂しがり屋で構って欲しがってばかりの子ども。癇癪持ちの我が儘少女。うちはナナセはそんなどうしようもない子どもなんだ。

 本当に今更だけど、その一言で私は自分が以前の自分ではなく“うちはナナセ”なんだと実感した。

 その事実に気がつけただけで、私は目からウロコが落ちた。

 私は一体何に拘っていたんだろうとすら思えてくる。何だか全部がくだらない。

 前世がどうとか、普通だとか、天才だとか、結局一番拘っていたのは私なのだ。

 子どもなんだもの。本当なら出来ないことが当たり前なのに、心のどこかで私は自分が出来て当たり前だと思っていた。思い上がりもいいところだ。

 

 謝ろう。

 なんだか全部一気にくだらないことに思えてきたせいで、私の頭は妙にすっきりしていた。

 だからだろう。今の私は素直にイタチに謝ろうと思えた。

 

「帰ります」

 

 それだけ言って、私は立ち上がった。

 カカシさんは私の顔を見て、何だかよく分からないけれど私が何か吹っ切れたのを感じたようだ。カカシさんは深くは事情を聞こうとせず、「そう」と小さく告げながら、別れの言葉を口にしただけだった。

 

 

 

 カカシさんと別れた後、私は真っ直ぐに自宅を目指した。

 イタチは家にいるだろうか。いないような気もする。それでもいい。いないのなら、帰ってくるまでいくらでも待てばいいのだ。

 もう三日も口を聞いてない。それを思えば、イタチが帰ってくるまでの間なんてきっと短い。

 そんなことを考えながら、私は玄関を開けた。

 

「ただいま」

 

 が、玄関を開けたところで、私は目を丸くすることになる。サスケが玄関にうつ伏せに倒れていたのだ。

 慌てて駆け寄れば、なんてことはない。サスケは安らかな顔で寝ていた。

 なんでこんなところで、と思わないでもないが、何事もないのならそれが一番だ。

 取りあえず、このまま玄関に放置しておくのはサスケの体調にも、私の心臓にも良くない。

 よく寝ているようなので、起こさないようにと慎重にサスケを背負った。

 

「あら? サスケ、寝ちゃったのね」

 

 台所にいた母さんは、そんな私たちの姿を見てそう言った。

 

「サスケ、ずっとナナセのこと待ってたのよ。最近、元気がないみたいって」

 

 待ってる途中で寝ちゃったのね。

 母さんの言葉に、私は瞬きを繰り返す。私はそっと自分の背中で眠るサスケに視線を送った。

 要するに、サスケがあんなところで寝てたのは、私のせいなのだ。

 

「……心配かけてごめんね」

 

 寝ているサスケにそう謝ってみるけれど、サスケからは当然返事はない。

 サスケが起きたら、もう一度ちゃんと謝ろう。イタチだけでなく、謝る相手が増えてしまった。けれども、それも悪くない。謝罪することが出来る相手がいるのは案外幸せなことだと私は思う。

 そんなことを考えながら、私はサスケを布団へと運んだ。

 私はその横に座って、サスケの寝顔をじっと見る。頬をつつけば、嫌だったらしく、サスケは眉間にシワを寄せた。私はそれを見て、小さく笑う。

 それにしても、私がイタチを待つより前に、サスケに私を待たれてしまうだなんて。

 なんだ。この子の方がよほど私より大人じゃないか。まったく、私は何やってるんだろうね。

 サスケの寝顔を眺めながら、私は小さく苦笑した。

 

「サスケ、早く起きろ。兄さん、早く帰ってきて」

 

 待つのはちっとも苦じゃないけれど、気が付けば、私はそんなことを呟いていた。

 

 しばらく眠るサスケの寝顔を見ながら過ごしていたら、玄関の方から「ただいま」という声が聞こえた。確認するまでもない。イタチだろう。

 サスケの寝顔を見ながら、考える。今すぐにでもイタチに謝るべきだ。イタチのところへ行かなきゃ。それは分かっている。だけど、怖いなんて未だに思ってしまう私は大概往生際が悪い。

 十分すぎるほど覚悟は決めたつもりだったけれど、それでもまだ足りなかったらしい。実際にイタチの声が聞こえただけで逃げ出したくなるっていうんだから。

 そんな情けない自分に私は心の中で静かに叱咤した。

 腹を括れ、うちはナナセ。どうしてお前はそんなに臆病者なのか。だから、お前はダメなんだ。

 そんなことを考えながら、眠るサスケの小さな手を握る。

 ――サスケ、君の勇気を少しだけ私に分けて。

 いつだって、この子は弱虫な私の原動力。

 私は立ち上がると、玄関に向かって歩き出した。

 

 謝ろうと決めたのに、いざイタチを前にすると緊張してしまう自分が情けないと思う。

 イタチを前にしながら、私は何度も不自然に口を開きかけて止めるを繰り返していた。

 自分で蒔いた種なのに、それを刈るのがひどく怖い。

 許さない、なんてイタチはきっと言わないと思う。思うけど、言われたらどうしよう。

 それだけならまだいい。まったく取り合ってもらえなかったら? 無視されて、いないものとして扱われたら? ……悲しすぎる。そうなったとしても、自分のせいなのに。

 

「兄さん」

 

 イタチに私は声をかける。知らず声が震えそうになった。イタチは真っ直ぐに私を見つめている。

 

「……ごめんなさい」

 

 声は少し小さくなったけれど、それでも私はちゃんと伝えた。その言葉はイタチにだって届いた筈だ。

 

「悔しかったの」

 

 私はぽつりと語る。

 

「兄さんに信用されてなかったんだって思ったら、悔しかった。……兄さんは悪くないのに」

 

「……ナナセ」

 

 イタチが私を手招きする。私はイタチに近寄った。

 

「俺も悪かった。ナナセを傷つけた。……すまない」

 

 私は小さく首を左右に振る。

 イタチは悪くない。悪いのは全部私だ。イタチは謝らなくてもいいのに。

 それでも、やっぱりイタチの優しさが嬉しい。許してくれて、その事実が嬉しい。

 嬉しすぎて、目が痛くなる。

 

「……サスケも心配してた」

 

「うん」

 

「サスケにも謝らなくちゃいけないな」

 

「うん」

 

「後で一緒に謝ろう」

 

「うん」

 

「ナナセ」

 

「……」

 

「……泣くな」

 

「……泣いてない」

 

「そうか」

 

「……うん」

 

 イタチの手が私の頭を柔らかく撫でた。その手のひらの温かさはどこまでも優しく感じて、私はやっぱり泣きたくなった。

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