夢にも思わない   作:ODA

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3 彼女の日常

 玄関で靴を履く兄の横で、私も自分の靴を履いた。その様子を見て、父が眉をひそめる。

 

「ナナセ、私とイタチはこれから遊びに行くのでは……」

 

「分かってます」

 

 きっぱり言って、私は立ち上がった。父の言いたいことは分かる。さすがの父も、三つになったばかりの幼児を修行に連れて行くのは気が引けるに決まっている。

 

「心配しないで下さい。見るだけです」

 

 今はまだ、と私は心の中で続けた。さすがに今の私では忍術にしろ体術にしろ、修行だなんて出来やしないだろう。チャクラであれ、体力であれ絶対量が低すぎる。そんなことは理解していた。だから、今はまだ見るだけ。

 修行を見たいと言ったのは、純粋な興味が半分と打算が半分。書物では追いつかないものを、せめて、この目で見て学びたかった。

 

「お願いします」

 

 父は私の目をじっと見つめて、考える素振りを見せる。結局は、見学だけならばという条件で許可してくれた。

 

 成長していく存在を見ているのは楽しい。父とイタチの修行を見学させてもらうようになって、私はよくそんなことを思うようになっていた。

 私にとってイタチは木だ。天に向かって伸びていく様子をその傍らで見ているだけで感慨深い気分になる。それだけで、十分私は満足している。花に水をやる人が花からの見返りを求めるのではなく、ただ美しく咲き誇る姿を望むように、私も日に日に成長していく姿を楽しみにしていた。見ているだけでよかった。今はまだそれしか出来ないということを私は十分に理解していたのだ。

 けれど、ある日。兄がアカデミーに通っていて家にはいない時間。本を読んでいた私に、ふと父が言った。

 

「ナナセも修行をしてみるか?」

 

 父の一言に驚いたのは、私だ。私がイタチとの修行に付いて行くことにさえ渋い顔をしていた父が、そんなことを言い出すとは思わなかった。第一、イタチだって父と共に修行に出掛けるようになったのは四つを過ぎてからだ。今の私はまだ三つ。あと半年もすれば四つになるが、それでも、イタチが修行を始めた年よりも幼いのは確か。

 私は少しだけ目を丸くしたが、殆ど考えることなく父の提案に頷いていた。断る理由はなかったし、修行といっても大したことはしないと高をくくっていたというのも、多分ある。でも、それ以上に私は前に進みたかった。

 

 女であるという点を除いても、大した才能だと父は私を褒めた。確かに三歳の子どもにしては理解力もあるし、覚えはいいだろう。けれど、この短い手足から繰り出される体術はどうしたって子どもの遊戯の延長線でしかない。手裏剣術だって動かない的に向けて当てるのが、やっと。

 こんなんじゃダメだ。こんなんじゃ。

 

「兄さんには全然かないません」

 

「イタチはナナセよりも三つも上だ」

 

 今はまだイタチと同じようにとはいかないだろうと、父はそう言った。もし、それを慰めのつもりで父が口にしたのだとしたら、とんだ見当違いな発言だと私は思う。父は知らないから仕方がないが、私の中身はイタチよりもずっと上だ。体は確かに年下だから、体力面で劣ってしまうのは仕方ないと思う。けれど、技術面で劣っている部分があるのだとすれば、それは純粋に経験と才能の差だ。

 それを父に説明したところで、子どもの戯れ言だと思われるだけだろう。もとより説明する気もない。

 

「足手まといにはなりたくないんです」

 

 私は男ではないから、強い兄に憧れを抱くなんてことはない。兄に追いつきたいとか追い越したいとか、そんな願望は持っていないのだ。ただ、隣には立てなくても、後ろから自分の足でイタチの背中に向かって歩いていたいと思うだけ。その背にただおぶさるなんて嫌だ。

 イタチの背中は、放っておいてもたくさんの荷物を背負い込むことになる。結局は肝心なところで彼の背に寄りかかることになるのだろうが、それでも負担は少ないに越したことはない。例え寄りかかることになっても、完全に背負われるのではなく、せめて自分の足を地につけていたいと思った。

 

「私は意地っ張りだから」

 

 けれど、意地を張ろうにもイタチの背中は遠すぎて、今は歯がゆいばかりだ。いつかきっと、とは思うけど、その“いつか”にしたって私たちにはリミットがある。いつまでも幸せな家庭にいられるだなんて私は微塵も思ってない。

 届かない背中との距離は、遠い。

 いつだって気持ちだけが早るのだ。

 

 

 

 あ。その後ろ姿を見た時、思わず声が出そうになった。

 

 父に修行を見てもらうようになってからというもの。私は一人で修行であったり、図書館であったり出掛けるようになっていた。父に直接一人で修行する許可をもらった訳ではないが、何も言ってこないので多分問題ないのだろう。父だってさすがに、私が忍具を持ち出していることに気が付いてるだろうし。そのことについて、母も何も私に言わなかった。ただ、お昼ご飯はちゃんと家で食べなさい、と一言言われただけだった。寛容なのか、放任主義なのか、はたまた暢気なだけなのか。現時点では、私には判断はつかないが、それはこの際どうだって良いことだ。

 今日も修行でもしようかと、私は一人いつもの場所に出掛けようとしていたのだが、ふと、遠回りして行こうなんて思ったのだ。その途中で、偶然気になる人物の後ろ姿を見つけてしまった。

 こんなところで一体この人は何をやっているんだろう。彼の後ろ姿を見て、まず最初に思ったのはそれ。いや、何をしているのかは見ての通りだ。だが、そう突っ込まずにはいられなかった。幼児の目の前でなんてことしてるんだ、と半ば呆れてしまう。

 無視すべきなのだろうか。一瞬迷ったが、それはそれでかなり不自然な気がした。それにここで彼と関わりを持っておくのも悪くない。私はため息一つ吐くと、その人の後ろでピタリと足を止めた。当然、私の存在なんて、その人は気付いているに違いない。それでも、気付かない振り(と言ってもいいのだろうか、単に無視されているだけの気もする)をしているのは、私が彼にとって取るに足らない存在であると認識されているからだろう。実際、足元にも及んでいないとは思うけど。

 無視されっぱなしというのは些か癪であったし、第一私はこれから事実を述べるだけであって、何も悪いことはしていない。悪いのはこの人の方であるのは間違いない。ので、私はためらわなかった。

 私は息を胸一杯に吸い込んで、それを声と共に盛大に吐き出した。

 

「あーっ! ノゾキだー!」

 

 私が叫んだ数秒後には、入浴中の女性たちはきゃー、と悲鳴を上げて露天風呂から姿をあっという間に消してしまう。それはまさしく一瞬だった。

 

「ノゾキは犯罪ですよ」

 

 誰もいなくなって静かになった露天風呂の垣根の横で、私はうなだれる男性に向かってそう言った。がっくり、と肩を下ろす彼の姿に『してやったり』と少しだけ嬉しく思ったのはここだけの秘密だ。

 大体、ノゾキなんて大の大人がすることじゃない。ましてや、伝説の三忍とうたわれる人物がする行為としては、非常識すぎるのではないだろうか。もっと痛い目に遭ってもいいくらいだ。

 

「……お前、なんちゅーことをしてくれるんじゃ」

 

 恨みがましい目で此方を見上げてくる彼に、私は心の中だけでそんなことを思う。

 貴方こそ、なんちゅーことしてるんですか。ねぇ、自来也様?

 

 第一印象を悪くしたかな、とは思う。なんていっても、覗きの邪魔をした訳なのだから。でも、第一印象の悪さはお互いさまだろう。子どもとはいえ、女性の前で覗きを行う神経は如何なものか。

 

「……こんにちは?」

 

 取りあえず、会話らしい会話もしてないし、何から話し出せばいいのか分からないので、挨拶をしてみる。語尾が上がったのは、まあ、ご愛嬌だ。

 

「今更じゃのォ」

 

 彼の呆れたような言葉に、心の中で私もそう思うと返した。私だってそんなことは十分承知している。でも、他に言葉が浮かばなかったのだから仕方がない。

 

「ワシに何か用か?」

 

 問われて今更ながらに気が付いた。私は何も用がない。我ながら自分の頭の悪さに驚きだ。いくら何でも考える前に行動しすぎなのではないだろうか。建て前さえ考えていなかったというのはあんまり過ぎる。将来、忍を目指す身(ということに少なくとも建前上はなっている。そこまで至れるのかは現時点では不明だ)としては自分のことだというのに、多少不安になった。

 確かに彼と関わりを持つのは悪くないとは思った。けれど、見ず知らずの彼から忍術を教えてもらえるかもだなんて期待してないし、助けてくれとか何とかしてくれと泣きつくつもりもない。未来のことも、現在進行形の事実も、今はまだ私の中だけに秘めおくべきだ。

 

「なんじゃお前さん、用もないのにワシの取材の邪魔をしたのか」

 

 取材、ねぇ。その言葉に思わず眉尻がピクリと上がる。頬が引きつっている気がするのは、多分気のせいではない。

 確かに、彼に用事はないが言うべきことはあった。というか、今出来た。

 

「子どもの前でそのような行為をするのは、よろしくないと思います」

 

 ピシャリと言い切る。言っても無駄だろうという私の予測は、多分間違いではない。が、言わずにはいられなかった。後の子どもたちへの悪影響とか考えているんだろうか、この人は。

 案の定、この人は私の言葉なんて見るからに気にしてない。

 

「大体、で……」

 

「で?」

 

 伝説の三忍と呼ばれる人がこんなことして、恥ずかしくないんですか。そう言いかけて、私は慌てて口を閉じた。まだ彼は自分が何者なのか名乗っていない。彼が何者なのかこの時点の私が知っているのは、明らかに不自然だ。

 

「……何でもありません」

 

 かなり無理やりだが、ぎりぎりセーフだと思いたい。目の前の人物の視線が痛々しく感じるのは、多分私の気のせいだ。気のせいだといい。

 

「私はこれから用事がありますので失礼します」

 

 これ以上、気まずい思いをするのは嫌だ。そう思った私は早々にこの場を立ち去ることにした。逃げるが勝ちだ。

 私はそのまま、急ぎ足でその場を立ち去った。




それはあまりにもささやかな出会い。
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