夢にも思わない   作:ODA

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5 ハッピーバースディトゥミー

「やあ」

 

 うちは一族の集落に一族以外の人間が訪れることなど殆どない。集落の出入り口である門の近くであってもそれは同じ。一族以外の人間が居れば、否が応でも目立ってしまうのは間違いない。(それでなくても、この人は目立つというのに)その男は周りの視線など気にも止めていないように一族の門の前に立っていた。

 

「久しぶりだね」

 

「……」

 

 無視しよう、と私は腹に決める。四つに成り立ての子どもである私が一族以外の知り合いがいるのは不審に思われるかもしれない。大体、こんな目に付く場所でこの人と会っていたら、あっという間に両親に筒抜けになってしまう。両親からいつ知り合いになったのかとか、詳しく問いただされたならば、私は答えに窮してしまうだろう。

 だから、ここは知らない振りをするのが得策。私はそう判断した。

 

「あれ? 無視しちゃう訳?」

 

 そう、判断した、の、に……。

 

「おーい、聞こえてるでしょ?」

 

 しつこい。私に絡むな。

 こんなに親しげに話されたら、いくら無視したって知り合いだって思われてしまうじゃないか!

 

「ちょっと面貸し……じゃない。来て下さい」

 

 結局、無視なんか出来っこなくて、私はその人の服の端を掴んで別の場所に移動することにした。

 

「何の用なんですかっ! カカシさん」

 

 一族の集落から少し外れた森の中で、他に人影がないことを確認してから私は叫んだ。私は怒っているというのに、カカシさんは余裕で笑っている。まさか、人をおちょくって楽しんでいるのではないだろうか。

 

「君、今日が誕生日でしょ」

 

 はい、と彼はどこから出したのかラッピングされた小さな包みを私の前に差し出した。

 

「な、なんで知って……」

 

「初対面の人間の名前を知っているよりも、よっぽど自然だと思うよ」

 

 言い切られて、私はうぐっと言葉に詰まる。確かにあれは不自然だったかもしれない。でも、はたけカカシは里の中でも有名人に部類するから、私が知っていたとしてもおかしくないじゃないか、というのは少し苦しい言い訳だ。アカデミーに通うどころか、まともに家も出たことのない二歳児がそんな忍事情に精通しているのは明らかにおかしい。

 第一、あれだってもう彼と接触することはないだろうと踏んで行った悪戯だったのに。彼から接触してくるだなんて、それ自体が予想外だ。

 

「取りあえず、要りません」

 

 とにかく、私は押しつけられた包みを両手で突き返した。

 

「知らない人から物を貰っちゃいけませんって言われているので」

 

「俺の名前知ってるよね?」

 

「そういう意味じゃないです」

 

 というか、なんでこの男は私にこんなにも誕生日プレゼントを押し付けようとしているのだろうか。今回で実際に顔を合わせるのは二度目。誕生日プレゼントを受け渡しする程、深い関わりがあるという訳ではないのに。

 

「何がしたいんですか、あなたは……」

 

「誕生日プレゼントを贈りたいだけだけど?」

 

 嘘だ。胡散臭すぎる。純粋な善意には到底見えない。というか、この前会った時とだいぶキャラが変わってないか。まあ、こちらの方が馴染みはあるけど。

 結局は包みを押し付けられ、返そうとした時には逃げられた。しまったと思った時には、私では追いつけそうにない程の距離が開いている。さすが上忍、素早い。

 

「お返し楽しみにしてるから」

 

「なっ……!」

 

 何を勝手なことを。驚くというよりも呆れてしまう。

 

「どうせ、俺の誕生日も知ってるんでしょ」

 

 驚きに目が見開いた。何故、そんなにも自信を持って言い切れるというのか。

 

「やっぱり知ってるんだ?」

 

 その一言に鎌をかけられたのだと気付いて、思わず舌打ちしそうになった。彼のかけた鎌はあまりにも鈍い鎌だというのにあっさり引っかかってしまった自分が情けない。あまりに間抜けな自分自身に苛立ちを覚えた。

 そんな私を見て、カカシさんの見えている方の目が僅かに細まる。

 探られている。それを察せないほど、私は愚かではない。自分が不審極まりない存在だということは嫌というほど分かっていた。

 知らないはずのことを知る、妙に大人びた子ども。警戒されたとしても不思議は一つもない。

 

「……訊かないんですか」

 

 私の声は低い。相手を正面に見据えたまま、私は尋ねた。

 

「私が何故あなたのことを知っていたのか、訊かないんですか」

 

 カカシさんが私の誕生日を知っていたことからも、彼は私について少なからず何かしら調べたということは間違いない。ならば、尚更不思議に思うべきだろう。調べたのならば、私が彼についての情報を持っているのは不自然だということに気が付いているはずだから。

 私が彼の立場ならば、こんな不自然な存在を絶対に放置なんてしない。

 視線を強くしながら、できるだけ気丈を装って相手を見据える。

 怖くないと言ったら嘘になるだろう。これだけの不審人物、ここが忍の隠れ里である限り、放置なんてできるまい。

 

「そんなこと、震えながら言われてもね」

 

「……」

 

 ギュッと、プレゼントと称された包みを握る手に力がこもる。私の体は情けないことに、彼の指摘通り僅かに震えていた。

 

「心配しなくても、今は何かをするつもりはないよ」

 

 その発言に私は思わず目を見開いた。『今は』という言葉に一抹の刺を感じない訳ではない。が、彼の言葉をそのまま取るならば、カカシさんは私を見逃すと言っていることになる。

 

「……なんで」

 

 掠れた声で私はようやくその三文字を搾り出す。彼に私を気にかける義理はない。情けをかける理由などないのだ。

 

「うちはナナセに生まれてから、今に至るまで不審な経歴は一切ない」

 

 まぁ、四歳という年齢を考えれば当然だけどねとカカシさんは続ける。

 間者であるにしろ、二歳でそれを行うというのはさすがに非常識だ。誰かが変化しているのだと仮定するとしても、写輪眼を持つうちはという一族に潜り込むのはリスクが高すぎる。写輪眼はチャクラの流れを読み取ることもできるのだから、幻術で操っているにしても、誰も気がつかないというのはありえない。

 そんなリスクを背負ってまで、別のところからうちは一族に間者を混ぜるのは不可能に近い。それでなくとも、うちはという一族は、一族間での繋がりが非常に強い一族なのだから。勿論、一族の中で裏切り者が出た場合はどうしようもないが。

 

「不審な点は多いが、偶然知っていたと考えるのが常識的だよ」

 

 当然のようにカカシさんは言うが、それは建前だと私は知っている。

 本気でそう思っているのならば、先ほど放った彼の鎌は全く意味を持たないことになるからだ。

 単純に情けをかけられている。おそらくは、私が子どもだから。少しの脅しで震えてしまうくらいに弱々しいから。私はそう結論づけた。

 悔しい。私は下唇を噛んだ。

 

「……さいよ」

 

「え?」

 

「アンタの誕生日、目に物見せてやるんだから!」

 

 絶叫に近い大声で私は宣言する。

 私の態度に、目の前のカカシさんは一瞬ポカンとした後、苦笑した。

 えーい、くそ! 生温い笑顔が腹立たしい。

 

「覚えてなさいよ!」

 

 私はまるで三下の悪党みたいな捨て台詞を残して、走り去った。

 

 

 

 部屋に戻ってから、誕生日プレゼントと称されたその包みを開けた。中から出てきたのは色とりどりのお菓子だ。案外中身は普通だな、と思う。悪く言えば、平凡極まりないとも言えるけれど。

 でも、まあ悪くはないんじゃないか。特に瓶に詰まったキャンディなんか可愛らしくていい感じだ。この年頃の女の子なら、まず間違いなく喜ぶだろう。色とりどりのキャンディが入った瓶は、見ているだけでワクワクしてくる代物だった。

 それにしても大人の男が買うにしてはあまりにもファンシー過ぎやしないだろうか。似合わない。似合わなさすぎる。あの男がこれを買ったのだと想像しただけで笑えてしまう。店員が微妙な顔をしている姿が思い浮かんだ。

 そんな失礼なことを考えながら、キャンディの瓶の蓋を開ける。せっかく貰ったんだから、食べなきゃ損だ。どうせお返しをする約束までしてしまったことだし。そんな言い訳めいたことを考えてしまう私も大概素直じゃない。

 変なもの(自白剤とか)が混じっていないだろうかと、ほんの少しだけ考えたが、おそらくそれはないだろうと私は結論を下す。私に一服持ったと知れれば、一族はあの男に詰め寄るに違いないだろうから、そんな手段を取るのは無謀を飛び越えて愚かだ。彼が要らぬ敵を増やすような悪手を打つとは思えない。

 

 中身を取り出して口の中に放り込んだ。甘い。

 甘味というのは幸せの味がする。というのは少し言い過ぎか。でも、確かに私は甘いものが好きで、このキャンディはとても美味しかった。思わず、頬が綻んでしまう。ああ、幸せ。私の幸せは何と安っぽいのだろうか。でも、その方が幸せになれる機会も多くていいじゃないか。

 

「何をしてるんだ?」

 

 背後から掛かった声に、私は後ろを振り向いた。イタチの気配には気が付いていたので、私は驚かない。

 ノックくらいしてよと年頃の娘なら、自室へ兄弟がいきなり入ってきたら言うのかもしれない。しかし、まだまだ幼い私には関係のない話である。この年齢ならば、プライベートよりも危ないことをしていないか確認する方が家族としては当然だろう。

 それに、イタチは距離の取り方が上手なので、こちらが構って欲しくない時などは自分から近づいてきたりはしない。同様に、私もイタチが何かをしている時は、自分から近づかないように気をつけていた。それは私たちの中の暗黙のルールであると私は思っている。

 

「食べる?」

 

 そう言って、イタチに瓶を差し出したが、彼は眉を寄せた。

 あれ? イタチは甘いものが苦手だっけ。甘いものが苦手だったのはサスケだったと思ったんだけど。

 

「それ、どうしたんだ?」

 

 イタチの問いかけに、もらったのだと私はそう答える。

 

「もらった?」

 

「うん、誕生日プレゼントに」

 

「……」

 

「どうしたの、兄さん?」

 

 急に黙ってしまったイタチに訊くが返事がない。一体、どうしたって言うんだろう。

 イタチは結局何も答えずに、私の部屋を出て行った。何か用があったから来たんじゃないのかとは思ったが、私は首を捻るに留めた。

 ……本当に何の用だったのだろうか?

 疑問に思いながらも、私は二粒目のキャンディを口の中に放り込んだ。

 

 

 

「ナナセ、夕飯もあるからお菓子を食べ過ぎちゃ駄目よ」

 

 キャンディをいくつか舐めていたから、私の喉は渇いていた。だから、お茶でも飲もうと台所に行った時、私は母さんと出くわしたのだ。その時、母さんはお茶を飲む私にそう言って注意をした。

 母さんの言葉に私はあれ? と思う。誕生日プレゼントにお菓子の詰め合わせを貰ったことを母さんに言ったっけ? 考えてみるが記憶にない。どうして母さんが知っているのだろうか。それを訊く為に口を開いた時、母さんは私が問うよりも早く言った。

 

「後でちゃんとお礼を言うといいわ。兄さんすごく真剣な顔をして選んだんだから」

 

「え」

 

 思わず声が漏れる。兄さん――イタチが何だって? その言葉に、私はさっきのどこか行動が不審な気がするイタチ思い出した。そして同時にその意味をようやく理解する。

 なんてこった。私は自分のあまりの鈍さに絶望した。イタチが私の部屋を訪れたのには、やっぱり訳があったのだ。

 気が付かない私も私だが、イタチもイタチだ。黙って部屋を去るなんて、どれだけ不器用なんだと言ってやりたい。私は一気にお茶を飲み干して、思ったことを行動に移すべくイタチの部屋に向かった。

 

「兄さん、入るよ」

 

 この頃のイタチは気配を読むとか、僅かな違和感から周囲の生き物に気がつくとか、そういった芸当が既にできるようになっていた。

 だから、いちいち声を掛けなくったってイタチには私の存在なんて筒抜けに違いない。それでも、私は声を掛けた。

 中からイタチの返事はない。扉の前で聞き耳を立ててみるが、物音もしなかった。もしかしたら、いないのだろうか。透視能力があるでもなければ、感知タイプの能力があるでもない私にはどちらとも判断が付かない。困った。

 どうしようか迷った挙げ句、私は結局部屋の中に入ることにする。部屋に入れば、そこにはイタチの後ろ姿があった。良かった、中にいたんだと私は密かに安堵していた。

 

「兄さん、ごめんね」

 

 さっきは気づかなくてと、私は心の中だけでそう補足する。

 私の言葉を聞いて、イタチは私の方に振り返った。振り向いたイタチの向こうに、私は淡い色の小さな紙袋を見つける。ラッピングされたそれは間違いなく誰かに贈るためのものだ。

 さすがに、その『誰か』が分からないほど、私は馬鹿でも鈍くもなかった。

 

「それ、ちょうだい。誕生日プレゼント代わりに」

 

 私はそう言って、右手をイタチの前に差し出した。自ら誕生日プレゼントを催促するなんて我ながら図々しい。こんな真似したくはないけど、はっきりしないイタチが悪いんだ。ということで、責任は全部イタチになすりつけることにする。

 

「もう貰ったんだろう?」

 

「兄さんからも欲しいの」

 

 うわ、言葉だけ聞けば、私はまるで欲張りなガキンチョじゃないか。我が事ながら、思わず苦笑が漏れてしまう。

 でも、全部イタチのせいにしてしまうと決めたので、今の私に遠慮という言葉はない。

 

「だから、頂戴」

 

 手を伸ばせば、イタチは私の手のひらをじっと見つめる。しばらくの間の後、イタチは私の手に小さな紙袋を乗せた。

 

「ありがとう」

 

 私は心から微笑んで、イタチにお礼を言った。

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