夢にも思わない 作:ODA
どこかおかしいところはないだろうか。私は不安になって、鏡をもう一度覗き込んだ。よし、大丈夫。しっかりと固定できているみたいだし、問題ない。それに、我ながらなかなか似合っているんじゃないだろうか。
鏡の中の私は、一見いつもと変わらないように見える。常日頃のように、私であると認識している少女が、鏡の内側で何気なく立っているだけだ。その彼女にいつもと違う点があるとすれば、それは。
私はそっと額に手をやった。鏡の中の私も、私につられるようにそっと額に手を伸ばしていく。その動きを私は目線でゆっくりと追った。鏡の中の私の左手が金属特有の光沢を放つそれに触れる。冷たくて、硬い感触。昨日までの私になくて、今日の私にあるもの。
私が触れたもの、それは真新しい額あてだった。木の葉の忍である証。そして、この額あては私が木の葉の忍になったという証明。そう考えると、急に胸の中が熱くなる気がした。なんだかちょっと感動だ。
まだ下忍のスリーマンセルだって発表されてないし、あのサバイバル演習だって終えてない。だから、私はまだ正式に下忍になった訳ではないけれど、それでも。……やっぱり嬉しいって感じてしまう。
そりゃあ、忍になることに抵抗がない訳じゃない。未だに煮え切らない感情が、私の中には確かにある。だけど、額あてを実際に目にしてつけてみると、どうしても嬉しいという感情が勝ってしまう。
自分でも顔がにやけているのが分かる。嬉しくて堪らない。頬が緩んでしまうのを止められなかった。ニヤニヤ笑っている私は他人から見れば不気味であったに違いない。そんなこと十分自覚しているけれど、胸の内から湧き上がってくる喜びは当分落ち着きを見せそうにもなかった。
だって、仕方ないじゃないか。これでようやく私は舞台に立つことが出来たのだ。
何が出来るわけじゃないけれど。でも、何か出来るようになれるように。私の大切な愛しい人たちに近づけるように。一歩前に進めた気がしたから。だから、私は嬉しいんだ。
額あてがおかしくないことをもう一度確認してから、私は部屋を出た。向かった先はイタチの部屋だ。ずっと前から決めていた。額あてをつけた姿を、忍である私の姿を一番最初に見てもらう相手は私が一番認めてもらいたい人にしようって。
だから。
「兄さん!」
私はイタチの背中に笑顔で声を掛ける。振り返ったイタチはきっと額あてをつけた私を見て、こう言うだろう。
「ナナセ、おめでとう。よく似合ってる」
今の私はきっと、とても綺麗に笑えているに違いない。
スリーマンセル。三人一組。アカデミーを卒業したばかりの、下忍になりたての忍たちは、基本的に最初はこの形を取る。スリーマンセルの重要性というのは、アカデミーで何度も習ったことだから、今更語るようなことは何もない。ので、そのシステムそのものに異議を唱えるつもりは私には毛頭ない。
問題は、卒業生の人数が三で割り切れなかった場合の話だ。まさか「三の倍数になる人数しかアカデミーからは卒業させません」とかいう決まりはさすがにないだろう。あったら嫌だ。
弟の代だって、あの金髪のいたずらっ子が滑り込み合格を決めなければ、人数は変わっていた筈である。彼に合わせて二人ばかり合格人数を増やしました、なんて話は聞いたことない。私が純粋に知らないだけかもしれないけれど。もし、そんな事実があるのだとすれば、私はこの里の制度を疑う。その時は、里のアカデミー卒業制度に異議を申し立てようと思った。
とにかく、都合よく毎年アカデミー卒業生の人数が必ず三の倍数だなんてことは考えにくいのだ。だから、そう。順当に考えれば、里は卒業生が何人であろうとも、班分けがスムーズに行えるように何らかの制度を決めている筈なのである。
今年の卒業生の人数は、三で割り切れる数ではなかった。その事実に気が付いたのは、班分け発表の為に集められた卒業生の数を数えた時である。あれ、と違和感を覚えたのが始まり。違和感を感じるままに、私は教室内の子どもたちの人数を数える。一、二、三……。何度数えても、人数は三では割り切れない。一人、余る。
担当教諭が班分けを発表する頃には、その違和感は不信感へと、そして不安へと変わっていった。何故かって? 順当に皆が名前を呼ばれていくなかで、私の名前だけが未だ呼ばれていなかったからだ。
「……以上だ」
担当教諭がそこまで読み上げたところで、さすがに私も焦った。まさか、私の存在を忘れてたとか言うんじゃないだろうな。
一人余る。その事実には気付いていたが、まさか弾かれた一人が自分だなんて、一体誰が思うだろう。
「先生!」
思わず、私は声を上げて立ち上がった。
「まだ、私の名前が呼ばれてません」
そこで、ああ、とようやく思い出したかのように、担当教諭は声を漏らす。この扱いは酷いんじゃないだろうか。いっそ、怒りだしてやりたい。
「ナナセには人数の関係上、既に卒業した者たちと組んでもらう」
「……は?」
間抜けな声が思わず漏れてしまった。一体、それはどういうことだ。聞いてないぞ。私は驚きのあまり、一瞬思考が完全に停止してしまった。
必ずしも、同じ時期に卒業した者とスリーマンセルを組まされる訳ではない。可能性の話を考えれば、それは十分に有り得る話だ。けれど、私にその発想はなかったので、正直に言えばかなり驚いた。だって、主人公やその同期の子達は、みんな同期の子としか班を組んでいないんだもの。班編成は同期だけで行うものだ。そう思い込むのも仕方ないだろう。
そういえば、四代目が面倒を見ていた例の班は、カカシさんだけが先にアカデミーを卒業していたという設定があったような気がする。今更そんなことを思い出した。
私の記憶が正しければ、はたけカカシは五歳で下忍になったという設定だったはずである。個人的見解だが、リンはともかく、当時のオビトは、はたけカカシに比べるとそんなに優秀であった訳ではなかったと思う。うちはの中では落ちこぼれ扱いされているとかそんな台詞もあった気がした。うろ覚えだから、自信はないけれど。
そんな彼が、カカシさん同様に五歳でアカデミー卒業という偉業を成したとは思えないから、多分、彼らの卒業は時期が異なるんじゃないだろうか。
欠員が出たから補充することになったのか、それとも純粋にその年の子どもたちが今年同様三の倍数ではなかったからかは知らないが、それらを考慮すれば、カカシさんは下忍になってしばらくした後にミナト班に組み込まれたと考えるのが妥当である。
二部になってから、サイが七班にサスケの欠員を補充するために配員されていたことを考えても、それほどおかしい推測ではないと思う。
前例があるのだと考えれば、私だけ既に下忍になっている人たちと班を組まされることになるのは有り得ることなのかもしれないと思った。納得はいかないけれど。
班分け発表後、担当教員は私の同じ班の仲間になる(予定の)人物がいる場所に行くように私に指示を出した。他の班はみんな担当上忍が迎えに来てくれるのに。なんで私だけ自らの足で出向かなきゃならんのだ。文句を言いたかったが、それは担当教員に言っても仕方ないだろう。彼の役割はあくまで班編成の発表である。班を決めたのも、私だけ迎えが来ないのも彼が決めたことではないだろう。諦めて、私は黙って指定された場所に向かった訳だが、そこに見知った人物を見つけてしまい、私は思わず足を止めてしまった。
「兄さん……?」
私は驚いて、無意識のあまり声を漏らす。
私が指示された場所に立っていたのはイタチだったのだ。
え? どういうこと?
私はもう一度、周囲を見渡す。そうしながらも、担当教員の言葉を反芻した。私が指示された場所は一本松の下だ。周囲には他に松の木はないし、途中の道だって言われた通りに歩いてきたのだ。道を間違える要素もない。
ふと、アカデミーで聞いた担当教員の言葉が私の頭の中でリフレインする。
『ナナセには人数の関係上、既に卒業した者たちと組んでもらう』
担当教員は、そう言った筈だ。
――まさか。
ようやく気がついたその可能性に、私は目を見開く。
確かにイタチは既にアカデミー卒業済みという条件は満たしている。満たしてはいるが、それにしたって。
驚いた。驚いたなんてもんじゃないくらいに驚いた。だって、おかしいじゃないか、こんなの。
スリーマンセルは各班、個人の持つ能力、資質、血継限界、相性などを考慮した上で編成されるものである。私とイタチの相性が良いかどうかは置いておくとしても、同じうちはの人間をひとつの班にまとめるというのは明らかに不自然な人員采配だ。
元々、優秀が売りのうちは一族。それでなくても、私は仮にも主席で卒業しているのである。当然イタチも主席なので、主席と主席を同班に配属させるということになる。さすがに戦力過多ではないだろうか。まあ、昨年写輪眼を開眼したイタチと、未だその素振りもない私とでは、同じ主席と言えど比べようもない程、差はあるのだが。でも、私も多分そのうち写輪眼が使えるようになる(といいなぁ)と思う。
「兄さんは知ってたの?」
今回の班編成のこと。私が問えば、イタチは首を横に軽く振った。
どうやら、イタチも私同様、何も聞かされてはいなかったらしい。それでも、私に比べてあまり驚いていないように見えるのは、彼がポーカーフェイスだからだろうか。それとも、イタチにはこうなることも予想の範囲内だったとか。
班編成なんてどうやって予測するんだろうと自分でも思ったけれど、イタチなら何を知っていてもおかしくない気がしたので、それも有り得るんじゃないかと思ってしまう。
「不満なのか?」
私の困惑を感じ取ったかのように、イタチが言った。
まさか。イタチの言葉に私は心の中で反論する。不満などあるものか。イタチと一緒なら心強いに決まっている。ただ、納得がいかないだけ。私とイタチを同じ班にするなんて、何か裏があるんじゃないだろうかと勘ぐってしまうだけ。そして、それが決して私の杞憂ではないような気がする、それだけだ。
「班編成の意図が読めないから、引っかかりを覚えているだけ」
不満がある訳じゃない、と言外に含ませながら私はそう言った。
「そうか」
「そうだよ」
だから、イタチと一緒なのは本当は嬉しい。と、これは口にするには些か恥ずかしい言葉であるので、心の中で思うだけにした。
スリーマンセルな訳だから、当然私とイタチの他にも、もう一人別に班仲間はいる筈なのである。既に昨年以前から下忍であっただろうその人物からしてみれば、アカデミー卒業したての下忍とスリーマンセルを組むのは不本意に違いない。だが、それは断じて私のせいではない。だって、この班編成を取り決めたのは私ではないのだから。
「げ、こんなガキとかよ」
だから、そんな言葉を向けられるのはこちらとしても不本意なのだ。「こっちこそアンタなんて願い下げだ」と言ってやりたかったが、私はギリギリで言葉を飲み込んだ。
いくらアカデミー首席卒業といえど、私の見た目はただの子ども。六歳児。しかも女。彼の不満も分からないことはない。こんな子どもと望んでスリーマンセルを組みたがるヤツがいるとしたら、ロリコンくらいである。もし、そんな変態と同じ班を組むことになったら私はこの里を去ろうと思う。いや、冗談だけど。
とにかく、私が彼の立場でも眉をひそめたのは違いない。まあ、間違っても不満を口にするような、はしたない真似はしないだろうが。そんなことを思ってみるが、私の内心は『こんな低レベルヤローとは口も聞きたくない』である。私は案外心が狭い。大人気ない、とも言う。
そんなこんなで、しばらく険悪な状態で私とソイツはにらみ合っていた。おかげで、場の空気はこれ以上なく悪い。ちなみにそれは、担当上忍が現れてからも続いていた。
「取り合えず、自己紹介でもしようか」
な? と、現れた担当上忍は私たちをなだめるように言う。何だ、私は猛獣扱いか。失礼な。
そうこう思っているうちに、担当上忍が自己紹介を始める。
適当に聞き流していたら、じゃあ次は君と指示されてしまった。
「……うちはナナセ」
自己紹介なんて面倒くさいなぁと思いながらも、私はひとまず名前を名乗った。
「好きなものは甘いもの、嫌いなものは……教えない。将来の夢は……。」
そこまで口に出して思う。私の将来の夢。幸せな未来なんて自分には来ないと確信している、私の。
「……平凡な幸せ、かな」
イタチやサスケの、という言葉を飲み込んで、私はそれだけを口にする。
ささやかな願いだが、それが何より難しいことを私は知っている。私の願いはきっと叶わない。
でも、夢は口にするだけならタダだろう?
現実にはきっとなり得ない夢を、私はそっと祈るように口にした。