小さい頃は幸せだった。何も考えず友達と一緒に飛んだり跳ねたりして遊んだ。もちろん、勉強は辛かったし運動も過酷だったけど、楽しい思い出や嬉しい思い出もいっぱいあった。
みんなの背中は遠ざかるばかりで追いかけども追いかけどもその手は空を切るばかりだ。それでも、
「僕は忘れないから!みんなのこと!忘れないからぁ!」
まどろみから目が覚める。懐かしき昔の光景にほんのちょっと脚色が入った夢特有の謎描写。彼らの背を追いかける夢を見たのはきっと陸上部の大会に向けての練習とホームシックからくるものだろう。夢を見るほど深い眠りのなか起きることはまずないが久しぶりに良い夢を、まてよ?なんで人に起こされたわけでもないのにこの快眠の申し子である僕が夢見てる最中に起きるだと?
「坂柳、あの女郎!!!」
「ひやっ!びっくりした~」
僕がは寝ぼけた頭で周囲を見渡すと、カーテンで仕切られた空間の奥の人影が見える。おそらく先ほどの可愛らしい悲鳴の正体であろう。思考がはっきりしだすと次第にここがどこかも推測が付き始め、布団をめくり丁寧に整えて、律義にそろえられた靴を履く。
「星之宮先生、今何限目ですか?」
「ついさっき授業は全部終わっちゃったよ。あれ?私本願寺君に名前言ったことあったっけ?」
「もう学校が始まってしばらく経ちましたから、関わりそうな教師の顔と名前は一致させてありますよ。星之宮先生は前に教員室でも顔を合わせましたしね」
「はぁ~、Aクラスは優秀だねぇ。うちのクラスも負けてないけど」
ムチムチボディ改め星之宮先生は僕の中で対処の優先度が非常に高い。なにせ僕はBクラスに嫌われているものだから、星之宮先生とのパイプはそのまま僕とBクラスをつなぐパイプでもあるのだ。僕はまだ一之瀬帆波宗教計画をあきらめたわけではないのだ。
「そんなAクラスがつぎつぎ保健室に運ばれるし、そのうち二人は病院行きだし、今年は物騒だね」
「巻き込まれた側からするとまじふざけんなって感じですよ。龍園とか綾小路とか坂柳とか坂柳とか坂柳とか」
「(葛城君がここに来たのは君も原因の一端じゃ?)でも坂柳さんは葛城君と鬼頭君と一緒に保健室まで来てくれたし、実はつんつんしてると見せかけて本願寺君に気があるのかも。ツンデレって奴じゃない?」
「あはははは!僕がここまで運ばれた理由はあいつにはめられて電流くらったせいですけどね。マッチポンプヒロインとか読者受け悪そうじゃないですか?」
「…Cクラスとの喧嘩って聞いてたんだけどな」
自分のやったことを平然とCクラスにおしつけた坂柳に星之宮先生はひきつった笑みを浮かべた。
大した怪我でもなかった(当社比)僕は普段と変わらず飄々とした態度で廊下を歩きながら内心ではひどく落ち込んでいた。綾小路を早期退学させて速攻帰宅することもできず、坂柳にはいじめをくらい、挙句の果てには龍園に敗北する(坂柳のせい)。泣きたい。というか帰りたい。なぜ友達ぼこぼこにした奴をいたぶることすらできないのか。まだ夏休みにも入っていないのにこの調子だとメンタルが持たない。ストレスで禿げる。間違いない。
とぼとぼと歩いてる最中、僕と顔を合わせた元凶は声をかけてきた。
「本願寺、倒れたと聞いたが大丈夫か?」
「遊ぶぞ」
「は?」
この学校に来てから初めてレジャー施設に来た僕は綾小路と遊びに遊んだ。ボーリングは二人ともストライクを出すから勝負にならず、エアーホッケーはパックがへこんで話にならない。パンチングマシーンで初めて優劣が付き、その後もカラオケやクレーンゲームなどでひたすらに競い合った。
「うまく歌って100点が出ないなんて納得がいかないんだが」
「愚かなり綾小路、あれは音程を合わせつつ適切なタイミングで強弱やビブラートを挟み込むゲームだということを知らなかった貴様の負けだ」
ホワイトルーム仕込みの歌唱力は僕も感動するほどうまかったが、それで点数が取れるかというとまた別の話。綾小路を倒す方法としてはこのような知らない情報を連続で叩きこむのも手ではないかと僕は新たな綾小路の弱点を発見しテンションが上がる。上がるだけだが。
「それで、なんでこんなことに付き合わされたかそろそろ知りたいところだ。約束を破ったせいで友達から怒られることが確定している俺にはそれを聞く権利があると思うんだが」
「女の子?」
「…女の子だが」
「死ね」
「さすがに理不尽では?」
「理不尽なわけねえだろなに俺が頭捻って必死に帰る方法考えてる間に女子生徒とキャッキャうふふしながら生徒会に入ってリア充街道まっしぐらなお前にそんな配慮しながらいけねえんだよふざけんなお前どうせかわいい女の子侍らせながらエッチしてんだろうらやましいなあああああ!!!!佐倉ちゃんか?櫛田ちゃんか?堀北ちゃんか?松下ちゃんか?オラッ!吐けっ!」
「っぶね!お前今の当たってたら吐くどころか内臓がダメになるんだが」
当たるわけねえだろお前が。
「綾小路、この前自由が何とかって言って生徒会に入ってったよな。お前何が目的でこの学校に入ったんだ?お前を庇った松雄はいろいろあって自殺した。お前だってお前を逃がした松雄がどうなるかぐらいは推測してたんじゃねえのか?そこまでしてお前は何が欲しかったんだ?」
結局こいつに勝てないなら僕ができる最善の方法はこいつの目的を最速で叶えさせることだけだ。
たとえ答えなくても綾小路の一挙手一投足からできるだけ情報を抜き取ろうとした僕は突然こいつがこちらに指をさしたのでそこに目をやったが、そこには何もなかった。
「どこさしてんの?後ろには寮しかないけど、あ!寮暮らしがしたかったとか?」
「お前だ。本願寺」
予想外の答えが耳朶を打った。僕が目的とはまた抽象的な答えだ。まさか、
「僕の体が目当て…ってこと!?」
「違う。お前のように生きたいんだ。俺は自由が欲しい」
「僕は自由じゃないが。お前を追うためにこの学校に入らざるを得なかったし、この学校でもさんざん敗北と煮え湯を飲まされてるんだが」
僕の言葉を聞いても綾小路は僕に向けた指を下ろさない。
「お前は綾小路篤臣のところから逃げ出せるはずだ。それでもお前が逃げないのはあいつと目的が一致してるからだ。俺は違う。あいつに育てられた俺はきっと何年たってもあいつの思い通りにしか動けない。人を駒と扱い、自分の目的のために切り捨てるだけの機械としてしか俺は動けない。戸塚のために龍園を殴ったお前とは違う」
「僕とお前が違うのは当たり前だろ」
「だろうな。俺とお前じゃ初期条件も、成長過程すらも違う。だけどな、本願寺。俺はお前になりたいんだよ。あの日、俺に勝てなくても笑ってたお前に俺はなりたい。だからここで俺は新しいことを学びに来たんだよ」
「そんな、くだらないことのために綾小路はあの施設を抜け出したのか。あの地獄を乗り越えてあと少しで好きに生きられるって言うのに」
「それは俺の意思じゃない。綾小路篤臣の思い通りに動くよう俺にプログラムされてるだけだ。だから、」
綾小路は俺の胸に指を当てそのまま縦に下ろした。
「俺はお前の中身を知りたいんだ。それで俺はお前になる。本願寺、嫌なら俺を葬ってくれ。お前にならできるはずだ」
そうか、綾小路はホワイトルームでの生活に嫌気がさしたんじゃない。自分の否定がしたかったんだ。
「受けて立つぜ。僕に葬られて泣きべそかいても知らないぜ」
綾小路は僕の言葉を聞いてもピクリとも表情を動かさず、そのまま寮に帰って行った。
その姿を見送った後僕も寮に帰り風呂に入りながら、綾小路の指がまるで僕の腹を引き裂く錯覚をしたのを思い出していた。
僕は恐怖から泣いた。