本願寺君の第一印象は特殊な人、だった。彼は絶対にスタンスを変えないけれど、対話相手によって話し方を変える。私たち女子に対しては、積極的ではないがふとした瞬間に容姿を褒めるし、山内君たちと話すときは、下品な言葉を交えながらもかわいい女の子がいかに素晴らしいかを熱弁する。幸村君と話すときは、女性の容姿と知性のどちらが重要かについてを生物学、経済学、社会学的観点で討論している。
たとえ女性がいるときでも会話相手が山内君たちなら下ネタなどを言うから、気持ち悪いランキング上位には入るけど、幼い顔立ちも悪くないし、紳士ではなくとも誠実なところから、イケメンランキングの上位にも入るという変な人だ。そして、みんなそれが本願寺君の素だと思っている。
出来るだけみんなに好かれようとしている私でも、うまくコミュニケーションをとれない相手はいる。私が嫌ってしまっている堀北さんとか、私のことを怖がってる佐倉さんみたいな。本願寺君もその一人だった。
最初からどんな相手とも楽しく会話できる本願寺君は、その反面、最初はどんな相手とも壁を作る。たった一枚のその壁は高く、分厚い。内側に入る方法は無数にあるように見えて、そのどれもが不正解。私はその壁を超えることができなかった。多分その壁を越えているのは、綾小路君、平田君、葛城君、そして坂柳さんと龍園君の5人だ。前の3人だけなら、仲良くなれば越えれそうに見えるが、ここに坂柳さんと龍園君が入ってくると難解さが増してくる。
一定以上の好悪なのか、それ以外にこれら5人に共通点があるのか判断がつかないが、重要なのは未だにこの枠に私が入れていないことだ。
デッキで寝そべりながら夜空を見ている本願寺君を見つけて思案する。
綾小路君にはできるだけ関わるなと言われた。普段から表情の変化が乏しい綾小路君が見せたそれは忠告ではなく警戒だった。
だからこれは実益と趣味を兼ねた博打。綾小路君の弱点を本願寺君が知っているなら万々歳。知らなかったとしても本願寺君と仲良くなって秘密が知れるなら悪くはない。
そんな思いを抱えて本願寺君に近寄って行ったとき、本願寺君の頬に伝わる涙を見て、私の心は激しく昂った。
「うわ、恥ずかしいところ見られたな。」
「ごめんね?本願寺君がいたのが見えたから来たんだけど、邪魔しちゃったかな。」
「いやいや、かわいい女の子と二人きりになって喜ばない男はいないでしょ。でも夜風は冷えるから風邪ひかないうちに帰りなよ。」
本願寺君の許しを得てとなりのビーチチェアに腰かけ星を見る。東京とは違いあかりが少なく空気の澄んだ場所で見上げる夜空は普段は見ることのできないたくさんの星の輝きを余すことなく網膜に焼き付ける。
「本願寺君は星が好きなの?」
「うーん、別段好きってわけではないんだけどね。」
ロマンチックな趣味でも持っているのかと思ったが、そういうわけではなさそうだ。
「…秘密なら言わなくてもいいんだけど、聞かせてくれないかな。何か辛いことがあるなら吐き出してみるのも手だよ?」
少々強い言い方だが、女子の前で格好をつけたいタイプは優しくいっても口を開かないことが多い。なるべく私からお願いしたスタンスをとることで相手の面子を立てるのがそういう相手から秘密を抜き取るコツだ。
「別に秘密ってわけじゃないよ…星を、探してたんだ。知らない星。」
「見つかった?」
「ぜーんぜん。全部知識にある星だ。」
ずいぶんと大言を吐くものだ。見える星の名称を全部覚えているのか。本願寺君が嘘をつく姿はあまり想像できないが、二人きりなので多少の嘘ならばれないと判断したのか。ならあの星の名前は?なんて聞いてみたいが、ここで茶化して本命を聞けなければ意味がないため、ぐっとこらえる。
「死んだらお星さまになるって知ってる?」
「うん、聞いたことはあるよ。」
「僕は施設で育ったんだけど、僕と同じような境遇の子が何人もいたんだ。でも、ちゃんと大きくなれたのは僕一人で、皆は死んじゃった。」
あっさりと語られたその話には本願寺君の幾千もの苦しみと嘆きが乗っていた。
蜂蜜のような歓喜が私を満たす。どろどろとしたそれはゆっくりと全身に広がって行き、むせかえるような甘さがストレスを溶かしていく。もしもこれが本当に秘密でないのなら、彼の秘密はどれだけ甘いのだろう。
「星になるって言うのは結局、その人間を構成していた元素が何億年後には星を構成する元素になるってだけの話なんだけど、小さい頃の僕はそんなこと知らなかったから、夜空を見上げては新しい星がないか探して、そのまま外で寝落ちしかけたりもしたんだ。」
聞けば聞くほど知りたくなる。私にだけ教えてほしい。
何時しか綾小路君の弱点を聞くのも忘れて、本願寺君の一言一句を聞き逃さないように全神経を集中していた。
「…戻りてえなぁ。」
「過去に戻りたい」その本音は、きっと本人も意図したものではなかったのだろう。言った直後に目をはっと開きホームシックなんだよねぇ、なんてごまかす彼を私はどんな表情で見ていたのか、一晩たった今では、思い出すことができない。
気まずいよぉ!仮にも必死に勉強して頑張って入学したのになぜかDクラスに配属され貧乏くじ引き続けてる櫛田ちゃんに適当に人当りの良い好青年演じて適当にAクラスに配属された僕が
『ではこれより2回目のグループディスカッションを開始します。』
すごい笑顔で見られてる!しかもいつもの完璧笑顔じゃなくて、どこかじっとりとした雰囲気をはらんだ笑顔だよぉ!助けてぇ!
ふと、その瞳の奥に見える闇にデジャブを感じた。なんだ!?なぜ僕はあの感情を知っている!?僕はいったいどこで…
『俺はお前の中身を知りたいんだ。』
「うおおおおおおおおおおおあああああ!!???」
「寺くん?大丈夫?」
ダイジョウブダイジョウブ、クシダチャンハカワイイオンナノコ、キリングマシーンチガウ。
自己暗示を何重にも掛け精神の落ち着きを取り戻す。
おっす、オラ本願寺。かわいい女の子のパンティーを七つ集める旅をしてるんだ。ギャルのパンティおくれーーっ!!
「本願寺君?」
「ひゃいっ!?」
オラ、(心臓が)バクバクすっぞ!
突然櫛田ちゃんに話しかけられ心臓が跳ねる。これが…恋!
「えっとね、昨日のことなんだけど、秘密にしない?」
「ひ、秘密?」
「うん、本願寺君も泣いてたのとかばれたくないかなって思って、だから昨日のことは二人だけの秘密。」
「き、桔梗ちゃん…」
トゥンク!僕の心臓がいつもより強く、速く血液を押し出す。なんていい子なんだ。僕の体裁を推し量り秘密にしてくれるなんて、素敵な子だ。かわいい子だ。でもいつまでたっても総毛立ってますねぇ!本能が全身で彼女が危険だと知らせてきますねぇ!
『犬グループの試験が終了いたしました。犬グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないように気を付けてください。』
『羊グループの試験が終了いたしました。羊グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないように気を付けてください。』
『竜グループの試験が終了いたしました。竜グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないように気を付けてください。』
『猿グループの試験が終了いたしました。猿グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないように気を付けてください。』
『虎グループの試験が終了いたしました。虎グループの方は以後試験へ参加する必要はありません。他の生徒の邪魔をしないように気を付けてください。』
何の何の何!?
「聞け、雑魚ども。」
未だ混乱が収まらぬ中、龍園が声を発したことで皆の視線がそちらへ集まる。
「俺はすでに優待者の法則を見つけ出し、虎、竜、羊、猿、犬の優待者をBクラスの奴らと共に当てた。」
えー試験終了です。お疲れさまでした。Cだけとかなら何とかなったけどBと組まれたらもうどうしようもないわ。二つのクラスの願いは結果1にすることだったな。二つのクラスで優待者を撃ち合い、AとDの優待者を人質にしてリスクなしで説得する魂胆だろう。マジで龍園あいつ頭良すぎ。喧嘩なんかせず普段から頭使えよ。
「言いたいことはわかるだろ?残りのグループの結果を1にする。そのための契約書を作ってきたからサインしろ。しなければそのクラスの残っている優待者を全て当てる。さっきのグループでクラスの優待者全員を当てられた可能性は考慮しなくていいぜ。もしもそうなら俺は自主退学する。そういう契約書もすでに書いている。」
龍園の出した契約書には確かにABCどこかのクラスの優待者が全て当てられた場合自主退学するという内容が書かれていた。契約相手は一之瀬だ。
「信じられないわね。もしもクラス全員を当てていても一之瀬さんがその契約を破棄すればいいだけよ。信じられないわ。」
「ならこいつにサインすれば良い。」
そう言って龍園が取り出した契約書は先ほどのものと全く一緒だ。しかし、契約者の欄が空欄になっている。
話し方が上手い。堀北さんに先に不満を言わせたうえでその不満を潰せば、あと彼女ができることは感情論での否定だけだ。納得できないという顔で堀北さんが契約書にサインする。というかせざるを得ない。あの契約書は堀北さんにとって全くリスクがない。ただ、それにサインするということはすでに反論できるだけの材料がないことを指し示すものだ。
「坂柳、てめえもサインするか?」
「結構です。」
坂柳はすでに先ほどの動揺からは立ち直っているが、その心中は穏やかではないだろう。実際悔しげな表情こそ見せていないものの、いつもの彼女と違い、話し合いで主導権を握るそぶりを見せない。
「これからお前らには一枚目の契約書にサインしてもらう。そのあとに優待者の名前とそれを当てた根拠を示す。もしも従わないのなら先に言った通りお前らのクラスの優待者を当てる。異論はねえな?」
既に竜グループの試験は終わっているが、だれも扉を出て行こうとはせず龍園の指示に従っている。正直龍園なんて雑魚だと思っていたが、評価を修正しなければいけないようだ。この敵対する他者をも掌握する素晴らしい才能を加味すれば、坂柳と同じかそれ以上、下手すれば今の段階でも南雲雅にも届き得るほどの強敵。おっかしいなあ、最初見たときはこんな強そうじゃなかったんだけどなぁ。
契約書の内容はいたってシンプル。どこかのクラスが試験終了前に優待者を当てた場合はその優待者が所属する竜グループのメンバーが自主退学することと、この試験で入手できるAとDのプライベートポイントの半分をそれぞれBとCに渡すという内容だ。洋介と櫛田ちゃんの二人を退学させようとする奴はDクラスにはいないし、Bは善人のごった煮みたいなクラスだから絶対にない。Aも当然坂柳と葛城という優秀な指導者をなくす決断を下す者はいないだろう。一歩間違えばサインされないであろう条件で、しかしサインすれば絶対に裏切れないギリギリのラインをせめている。
「話がわかるやつが多くて助かるぜ。うちのクラスの連中じゃ1から10まで言わねえと書かねえからな。」
龍園は全ての契約書を集め終えると、満足そうに笑いながら優待者の話をし始めた。
ふーん
ほうほう
…もしかしてさあ
あーなるほどね?
これ僕が戦犯案件だな?
「ヤメローーシニタクナーイ!シニタクナーイ!シニタクナーイ!」
「今回ばかりは死んでもらうしかないぞ本願寺ぃ!平田から聞いたがてめえの推論の大体あってたらしいじゃねえか!」
「無人島試験で頑張ってくれたけどそれとこれとは話が別!なんでそんな推論を遊びの景品にしてるのよ!」
「…本願寺…死んでくれ。」
き、鬼頭!ついにお前までそっち側に回るのか。僕は現在、正座させられたままクラスメイトに様々な自衛グッズの試金石にされていた。
「お前ら!良心が痛まないのか!この愛らしい僕の顔を見て何も思わないのか!?」
「てめえの憎い顔をみてもなにも思わねーよ!」「死ねぇ!!」「もっと痛そうな顔しろよぉ!」「いつもすました本願寺君がほんの一瞬歪むのが可愛いんじゃないですか!」「殴打系はダメだ!匂いがきついもの持ってこい!」「太腿に正の字書いてやろうぜ!」「バッテリーセット完了!魔改造うそ発見器MK3、いつでも逝けます。」「ちくわ大明神」「よし、逝ってこい。」
僕の左腕にセットされた謎の機械が緑の光を放っている。
「本願寺君。反省した?」
「今回の件は本当に申しわあぎゃあああああああああああああ!!!!」
痛ってえええええ!赤く光った機械はわざとらしくビリビリ音をさせながら電流を放った。なんならちょっと焦げてるぅ!?
「康平!助けてくれ康平ぃ!」
「すまん。俺は止められなかった。あとちょっとは反省しろ。」
機械が爆発したことで駆け付けた真嶋先生に救助された僕は意識がなかったため保健室(船上)に送られた。今度は死ぬ前に助けてくれ。
試験終了が終了し、クラスポイントとプライベートポイントの変動結果がメールで送られる。
Aクラス -50cl +1200万pr(625万prをBクラスに譲渡)
Bクラス +250cl +1300万pr
Cクラス -150cl +1300万pr
Dクラス -50cl +1150万pr(600万prをCクラスに譲渡)
プライベートポイントは9月のプライベートポイント配布時期に、クラスポイントは試験終了から1日たって変更される旨がメールに記載されていた。僕は今回の試験で龍園翔という人物の評価を上方修正し、気を緩めていた。
その日、CクラスとBクラスの間で暴行事件が勃発したことで、僕はさらに龍園翔という人物を見誤っていたことを知る。
龍園鬼つええ!逆らうやつ皆ぶっ殺す(断言)。