夏休みの大会が終わって暇になった僕はぐーたらした毎日を過ごしていた。最近は洋介も康平も何か用事があるようで遊べないし、綾小路、もとい清隆は生徒会業務でてんてこ舞いだ。
しかし、僕も大した用事もない日常も、それはそれで嫌いではない。図書館で借りた生物学や武術の本だって読めるし、鍛錬も超回復のインターバルは挟むものの、それが終わればまた死ぬほど鍛えることができる。しかし、残念ながら一昨日に鍛錬をしたばかりで、僕の体はいまだ回復期間。図書館から借りた本も、ちょうど昨日読み終わって返してきたばかりだ。新たな本を読み借りに行くのも悪くはないが、今必要としている知識はあまりない。ランニングも大会で散々走ったため乗り気じゃない。園芸部も昨日手伝ったばかりで今日の作業はほとんどないと聞いたし、美術部も今日は休みなため、モデルで稼ぐこともできない。
…めずらしく、本当に珍しく、今日という日は僕が真なる暇な日らしい。
この真なる暇というのは、実はほとんどの人間が持たない貴重な時間だ。暇だ暇だという人間はこの世にたくさんいるが、実際に暇な人間はそういない。洗濯物をためていたり、食器を洗わなかったり、課題や仕事を見ないふりをしたり、買った本に手を付けないまま、暇だ、と人は言う。かくいう僕もついつい暇と口にしてしまっているが、実は今日の晩御飯の買い出しをしていなかったり掃除を翌日に回したりする。そんな時、僕は思っていた。ああ、何も用事がない真なる暇な日があればいいのにと、そんな僕に、ついに待ち望んだ真なる暇が訪れた感想がつい口を突いて出た。
「…暇だ~。」
真なる暇など碌なものではない。人間、何かに精を出している時の方がよほど健康的なのだと、僕は学んだ。
真なる暇を脱却すべく趣味とも言えない人間観察をするためにケヤキモールに繰り出した僕は、ケヤキモール5階に男女のペアが列をなしているのを見つけた。まだ8時半だというのにすでに4組も並んでおり、一体何なのかと列の整理をしていた女性に話しかけると、どうやらここで占いが行われるらしい。
占い自体には非常に興味がある。なにせ、一度手を出して挫折しているのだ。様々な占いの本を読み漁ったが、様々な情報が大量にあり、食い違っているものや意味の分からない単語や造語が羅列するなどで情報の取捨選択が非常に難しかったからだ。なのでせっかくならぜひ受けてみたかったのだが、どうやらこの占いに受けるには二人セットで受けなければならないらしい。
話を聞いて僕ががっくりと肩を落としたとき、後ろから肩に手が置かれた。
「本願寺君。そんなに占いを受けたいの?」
後ろを振り向くと白波ちゃんが背伸びをしながら肩に手を乗っけていた。かわいい。
「うん、でも相手がいなくて困ってたんだ。どうしよっかな。」
「ふ~ん、なら、私が一緒に占ってもらってもいいよ?」
どうやら彼女も占ってほしかったらしいが相手が見つからなかったようだ。お互いの利害が一致した僕たちは列に並んだ。
白波千尋、かわいい。運動能力は低い。彼女はCクラスの金田と同じ美術部で、彼女の描く風景画は線が柔らかく、木や建物の写実はやや苦手としているものの、完成した絵には見ているものの心を癒すような柔らかい印象を感じさせる良い絵を描く。一之瀬をよく目で追っておりおそらく彼女に気があるのだろうがふと悲しげな雰囲気を醸し出す瞬間があるためおそらくすでに失恋していると思われる。ややナイーブだった時に彼女が描いた作品は普段の彼女の作品とはテイストが変わり、同じく線は柔らかいものの、その作品はどこか一抹の悲しみを彷彿とさせるものとなる。僕はどちらかというとこちらの作品の方が好きだ。
1時間ほど待ち、案内を受けた僕たちは中に入る。丸椅子に腰かけ、水晶の隣にある料金表に目を移した。
「白波ちゃん、僕は基本プランにしようと思うんだけど、何プランを受けるの?」
「本当は恋愛特化プランを受けようと思ってたんだけど、ちょっと値段が。」
「そう?じゃあ僕出すよ。大丈夫ですよね?」
「ああ、料金は先払いで頼むよ。」
カードリーダーに2回学生証をかざす。合計で14500、高いとみるか低いとみるかは人それぞれだが、会得難易度の高さを鑑みると僕は安いと思うね。
「え、ああ!申し訳ないよ!」
「いいんだよ別に。それじゃあ、彼女からお願いします。」
「ではお嬢さん、名前は?」
「白波千尋です。」
「私の占いは相手の顔、手、そして心を見る。その中であなたのみられたくないものを見えることがあるが?」
「はい。大丈夫です。」
そうして彼女への占いが始まった。しわだらけの手が白波さんの手を取り手相をなぞる。
「生命線は特に長くもない、80までと言ったところだね。相当健康に気を使わないと100には届かないんじゃないかね。病気は今年は1回風邪にかかる程度だろう。学業は悪くないね。そのまま勉強を続ければ順当に伸びる。友人にも恵まれているね。悩みはどんどん打ち明けると良い。」
やはりこういう物を見るともう一度手を出してみたくなるな。たくさんの人を見て統計を取っているのか、やっているうちに勘がさえるのか、普通は見えないものが見えているのか。疑問は尽きないが、占いは見ているだけでもわくわくする。
「肝心の恋愛についてだが、おそらくこれ以上の進展はないだろう。ただ無理に忘れようとするのは良く無い。心のままに従っていきなさい。その人への思いは自然と納得できる形で収まり、いずれ良い人に出会えるだろう。花柄のハンカチを普段から持ち歩くと良い。」
それからも老婆は白波ちゃんに部活のことや日常生活で気を付けることを述べていき、占いが最後に差し掛かった時、老婆がおもむろに口を開いた。
「龍に逆らうのはよしなさい。それは貴方やあなたの想い人を傷つけるものではない。お互いに敬意を払いながら、持ちつ持たれつの関係が望ましい。彼を無意味に否定すればそれは逆鱗に触れることと同義。怒れることはないが、災いが降りかかるだろう。」
龍、その単語が出たときに、僕は深く占いに吸い込まれていくような気がした。
やっぱり学びなおそう。もしもこの老婆と同じだけの能力が僕に宿るのなら、それは未来予知を手に入れたも同義。他の技能と比べてもあまりにも強力な武器だ。
「では、名前を。」
思案している間にいつの間にか僕の番になっていたようだ。
「本願寺寺です。本願寺が名字で寺が名前です。」
「手相を。」
僕の差し出した手を老婆が握りじっくりとその線を見ている。
「生命線は…ほう、三又か。いつも何かに心惹かれる性質を持つ。小さくまとまらず好きなことをのびのびとやりなさい。どれもが上手くいく。歳は不摂生な生活をしない限り110までは生きるだろう。」
白波ちゃんが110!?と小声で驚く声が聞こえた。僕も驚いた。
「…近々毒を食らうだろう。死ぬ物でも後遺症が残る物でもない。どうしてもやらなければいけないことがある場合は気合で耐えなさい。」
「そんな無茶な!?」
僕の顔と手相を交互に見ながら老婆は恐ろしいことをのたまい始めた。白波ちゃんに対して素晴らしい占いをしていただけに不安が募っていく。
「…今からでも特殊プランに変更しておいた方が良い。少し安くしておくから。」
そう言って今の僕が選んだプランより高いプランを老婆は進め僕は1も2も無くカードリーダーに学生証を読み込ませた。頼む、あなたは悪質な占い師であってくれ!全部僕を心配させて特殊プランに誘導するためだと言ってくれ。
「おまえは、宿命天中殺の持ち主だ。」
「宿命天中殺!?」
「さらに何!?」
老婆の言葉に白波ちゃんが驚きさらに心配を煽る。頼む、壺をお勧めしてくれ!もう高いプランに入ったんだからこれ以上心配させる必要はないだろう!壺を!やたらと高い謎の幸運のツボを僕にさっさと売りつけてくれ!
「両親からの恩恵を受けられず、人生に悪い流れがあるもののことだ。…お前の背後に、白い悪魔が見える。それはきっと、お前か、悪魔が死ぬまで付きまとうことだろう。」
白い悪魔!?死ぬまで付きまとう!?混乱している僕に老婆は更に畳みかける。友は大事にしろ。骨は丈夫に越したことはないから牛乳を飲め。裏切者は発覚しだい全力で叩きのめせ。災いは時にお前に降りかかり時にお前自身が災いとなる。おいおいおい全部本当だとしたら意味わかんなすぎるってぇ!壺くれぇ!そんな僕の願いが届いたのか老婆は最後に、と言って雰囲気を一変させた。金で安心を買わせてください。
「おまえはあまりにもまぶしすぎる。手当たり次第に周囲を照らし、もしくは焼き尽くすだろう。それをお前が選択することはできない。お前の手に負えない力が、その身にはすでに宿ってしまっている。本当に大切なものがいるなら、距離を置くことだ。」
「…壺は?」
「そんなものはない。しいて言うなら鉄パイプ。とりあえず鉄パイプを身に付けておけばお前にかかる災厄は何とかなる。これで占いは終了だ。」
あまりにも大量の情報に頭を抱えた僕の手をにぎり白波ちゃんは外へ出た。最初は4組だったのに気が付けば列は12組ほどまで増えている。やはりあの老婆が当たる証拠だろう。老婆の情報をインターネットで調べることを頭の片隅で考えていると白波ちゃんが話しかけてくる。
「本願寺君。大変だったね。でもきっと良いことあるよ!鉄パイプがあればなんとかなるって言ってたし、頑張ろう!」
優しい彼女のあったかい絵が、僕は無性に恋しかった。