白い部屋から出たとして   作:九頭竜 胆平

20 / 31
スランプ


夏休み その2

占いを終えた僕は知恵ちゃんから連絡をもらった後、ケヤキモールで今日の晩御飯の具材を買い、あとついでにケヤキモールの仲の良い用務員さんに余った鉄パイプをもらって帰った。今日からお前は僕の相棒だ。よろしくな、鉄血(アイアンブラッド)

午後7時、インターホンがなりドアを開けると酒を片手に持った知恵ちゃんが玄関前に立っていた。

 

「寺くーん。今日もよろしくねー。」

 

彼女を部屋に入れ、鍵を締めた僕はいつものように両手を広げる。

 

「はいむぎゅー。」

 

「むぎゅー。」

 

胸に飛び込んできた知恵ちゃんを抱きしめた僕は彼女の太腿と臀部を容赦なく揉みしだいた。

 

「ああん♡寺君のエッチ♡」

 

彼女の体は女性特有の丸みを帯び、別に太っているわけでもないのに思わず揉みしだきたくなるような柔らかさを持っている。しかし…

 

「ちょっとぉ♡何時まで揉んでるのぉ♡はぁやぁくぅ♡」

 

「知恵ちゃん、またストレッチサボったでしょ。」

 

「…だぁってぇ!忙しいんだもん!」

 

本来の柔らかさには程遠い。首、肩、腰もそうだがお尻や太腿もガチガチだ。長時間のデスクワークで筋肉が固まり血の流れ滞り、代謝が悪くなる。そうして疲れが取れにくくなっていく。ほんの少し時間をかけて筋肉をゆっくり伸ばせば治るのにそれをさぼって将来後悔するのだ。

 

「って話を何度もしたと思うんだけど。」

 

「いいじゃない。寺君が治してくれるんだから。」

 

「マッサージよりストレッチの方が良いっていつも言ってるけどね。」

 

脱衣所で持ってきた水着に着替えた知恵ちゃんを防水シートを置いた僕の布団に寝かせる。アロマを焚いて、乳液とボディーバターを用意し知恵ちゃんの体を揉み解し始めた。

 

「なんでいつもストレッチしてないってバレちゃうの?」

 

「揉んだら分かります。触った時に筋肉たちが悲鳴を上げている。美しい女性の体から悲鳴が聞こえるなんて僕には許せない。」

 

「おぉープロっぽい。」

 

「あと今日は媚びすぎ。できるだけばれない様にって僕の集中力乱すために胸押し付けてきたでしょ。」

 

「あれ、ばれてた?」

 

「高1は守備範囲じゃないって言ってたのに怪しすぎるわ。」

 

腕の方は大丈夫そうだ。乳液を人肌程度に温めてから腕の血流を促進するように塗り、その上からボディーバターを塗る。首回りは腕とは違い血流が滞っているようだ。

 

「首が疲れてきたときに回すのはほどほどにね。ポキポキ音聞こえるのは良く無いから。」

 

「はっいっ♡わかってます♡」

 

ちゃんと喋れないのエロすぎる(確信)。もう少し声を抑えてほしい。僕が耐えきれずに襲ってしまったら一体どう責任を取るつもりなのか。エチチコンロが点火している。

首から肩にかけて、指圧だと痛いので母指球を使って押していく。

背面の施術はコツがいる。肩甲骨の剥がし方は内側から剥がすと猫背が促進されてしまうので外側から内側に剥がすのだ。

 

「っ~~~~♡」

 

必死に声を抑えてるのエロすぎる(確信)。もう少しちゃんと声を出してほしい。いったい今まで何人の生徒の初恋を奪ってきたのか。初恋ハンター星之宮知恵、出陣である。

 

「いたっ、いたたっ。」

 

「他の場所は大して痛がらないのに毎回ここだけ痛がるよね。」

 

足裏を押していくといつも決まって肝臓のツボで悲鳴を上げる。酒をやめろ。だがここで痛がってくれることで僕の理性は一度回復するのだ。この後の施術はある意味一番エロいからな。

足の指までしっかりとほぐした僕は足を揉む行為に映る。足りなくなった乳液をまた掌で温め、それを足に垂らしていく。そして脹脛のポンプを手伝うように押していくのだ。

脹脛、それは第二の心臓とも言われる場所。2つあるんだから第二第三の心臓じゃないのかと言ってはいけない。そこから酸素を送り届けた血液がでかい血管を通り心臓へと帰っていく。このでかい血管、なんと太腿の内側に通っているのだ。つまり、それを手伝うということは必然的に太腿の内側をがっつりと触ることになる。断じてリンパマッサージではない。

1擦り目。

 

「んっ♡」

 

ゴリゴリゴリゴリ(理性の削れる音)、ちょっとデリケートな部分に触ってしまったのか彼女の体がぴくんと跳ねた。まだ俺の理性が本能を抑えている。セーフ。

2擦り目

 

「はぁ♡」

 

ガリガリガリガリ(理性の削れる音)、知恵ちゃんが体から力を抜き熱のこもった息が漏れる。理性君が「もう無理です!抑えきれません!」とのたまっているが…セート。66%セーフだからまだいけるな。擦る足を右足から左足に変える。

3擦り目

 

「ひゃんっ♡」

 

ベキベキベキベキ(理性が剥がれる音)、セウト!33%セーフだからいけるいける!な?本能君!「はい!自分まだまだいけます!」ほら!本能君もこう言ってるじゃないか!

4、5、6、7、8擦り目

 

コスコスコスコスコス

 

「ちょ、だめぇ♡」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっきりしたー。寺君ありがとう。これ、お礼ね。」

 

知恵ちゃんのデバイスから10000プライベートポイントが送金される。費用を抜いても自給8600ポイント、最高だな。

 

「今度からはちゃんとストレッチするんですよ。」

 

「わかってるって!また今度よろしくね?それじゃ、夜更かしはせずに寝るんだよ。」

 

バイバーイと手を振りながら知恵ちゃんは帰って行った。できれば送っていきたかったが、こんな時間に女教師と二人きりなのは少々怪し…でも知恵ちゃんだよ?本当に怪しまれるかなぁ。まあ怪しいということにしておく。

布団の上の後処理をした僕は頑張った息子を存分に良い子良い子した後寝た。

 

 

 

 

 

 

 

今日は8月30日、洋介と康平、清隆に無理を言い1日中遊んでもらう日だ。

 

「今日は朝早くから起こしてごめんな?飯も食ってきてないよな?完璧なプランを用意してきたから死ぬほど遊ぶぞ!」

 

「朝からテンションが高いな、まだ7時半だぞ?」

 

「テンションが低い本願寺を想像できないがな。」

 

「そうだね。寺君はいっつも楽しそうで、見てるこっちも楽しくなるよ。」

 

3人を連れてまずやってきたのはケヤキモールだ。鉄血(アイアンブラッド)をもらった用務員さんにペコペコ頭を下げながら中に入っていく。

 

「まず朝食をとります。お前ら別に食えんもんとかなかったよな?」

 

「特にないけど、まだどこもやってないんじゃないかな?」

 

「それは大丈夫、ちょっと無理言って予約してある。」

 

目的地に着いたとき、洋介と康平は目を丸くして口を大きく開けた。

 

「ほ、本当に此処なのか?」

 

「ほ、本当に此処なのです。」

 

今日僕たちが朝餉を食すのは此処、江戸前寿司。なんとこの店、ケヤキモール内でも1,2を争う高級寿司店であり、普通に万単位で金が飛ぶ。恐ろしい場所なのだ。

 

「清隆はあんまり驚いてないな。」

 

「ああ、俺はあまりこういう情報を持っていないから、ここがどういう場所かわかってないんだ。」

 

「そうか、じゃあ存分に驚いてくれ。」

 

普段良いものを食べれていない清隆に味の良しあしがわかるかどうかは微妙だが、せっかくなら奴の舌が溶けることを願うぜ。

扉を開け中に入れば、親方と従業員2名が出迎えてくれる。

 

「坊ちゃん!待ってたぜぇ。」

 

「親方、どうよ、今日のネタの仕入れは。」

 

「そりゃあ坊ちゃんの祝勝会だからな。特別良いもんを仕入れてきたさ。」

 

「お、じゃあ期待しちゃおっかな。」

 

いつも通り親方と話し、真ん前のカウンター席に座る。

 

「本願寺はよくここに来るのか?」

 

清隆としては僕に話しかけたんだろうが、その質問には親方が答えた。

 

「おうともよ。このガキまだ15のくせして週1で来るんだぜ?ここで贅沢しすぎて将来まともなもん食えなくなっても知らねえぞ~?」

 

「おいおい親方、我将来官僚兼研究職ぞ?国税を湯水のように使って経済ぶん回してやるわ!」

 

「言うねぇ!」

 

本当は毎日でも来たいが、流石にそこまでのプライベートポイントは持ってない。来年から部活増やそうかな。

 

「…すまない本願寺、せっかく連れてきてもらったが、プライベートポイントをここで散財するわけには。」

 

「あ、ごめんごめん。今日は僕の驕り。言ってなかったけどここで出るものも、もう親方のおすすめで決まってるから。」

 

そうして出てきた一品目は茶碗蒸し。僕と清隆は同時に蓋を開け、スプーンでそれを掬って食べた。

 

おおうまい!(Oh My)(GOD)

 

なんてことだ!エビの出汁がこれでもかと効いているのに、卵の風味がしっかりと感じ取れる。横を見れば、あの清隆が目を剥いていた。その顔が見たかったぁ(ねっとり)。

 

「そ、そんなに…?」

 

清隆と仲の良い洋介も、食事で清隆の表情が変わるのを見てそれがただの茶碗蒸しではないことを察したらしい。康平も、一口食べてあまりのおいしさに泣き始めた。泣き始めた!?!?

 

「うっ、おいしすぎる。俺だけが、こんなものを食べてよいのか。」

 

「康平、妹のことを思うのはわかるが、今日は祝賀会。本願寺がせっかく用意してくれたこれをじっくりと味わって食べるのが作法だ。もしもそれでも気になるのなら、将来お前が金持ちになり、妹に好きなだけ贅沢をさせてやればよい。」

 

「…ああ、そうだな。」

 

泣いている康平をなだめたのは、意外にも清隆だった。俺お前からの妹の話聞いたことないが。何で清隆は知っとるん?

 

「くう、泣かせるじゃねえか。」

 

親方の涙をお弟子さんの一人がハンカチで拭く。泣かせるじゃねえかって言いながら本当に泣く奴初めて見たよ。

茶碗蒸しの出汁がエビだけじゃなくタイも入っていることをどや顔で指摘しようと思っていたのに、康平にチャンスを潰された俺はうんまい茶碗蒸しを黙々と食っていた。

2品目に出たのは薬味がたっぷりと乗ったカツオだ。おすすめの魚醤をつけて、いざ、実食。

 

「うまっ!」「おいしい!」

 

平田もお気に召したようだ。ミョウガと大葉のおかげでカツオの臭みは全く感じない。カツオ自体は舌の上に乗せるとあっという間にほぐれていき、甘めの魚醤とツヤツヤのシャリがまろやかな味わいを表現している。箸で掴んでもばらけなかったシャリは全く潰れておらず、薬味、カツオ、シャリが別々の噛み応えをするため、まったく飽きが来ない。

 

「本願寺。」

 

「お茶うめー、何だ清隆。」

 

「俺は寿司職人を目指すことにした。」

 

「マジで止めろ。」

 

僕が寿司屋に連れて行ったせいで清隆が寿司職人を目指し始めましたなんてパパの小路に報告したら即刻打ち首獄門にされるわ。

しかし素晴らしい。いつもの親方の寿司も良いが、今日は極まっている。これでまだ2品目?おいおい、これから俺たちはどうなっちまうんだ。

期待の3品目は…出汁巻き卵?

 

「…信じていいんだな。」

 

「あたぼうよ。」

 

親方の出汁巻き卵は知っている。あれは確かにうまい。うまいが…今日のクオリティには少し劣るのではないか。そんな若干の恐怖と、それを大きく上回る期待が僕の中で渦巻いている。

目の前に置かれた出汁巻き卵を箸で掴んだとき、僕の期待は確信へと変わった。

こいつ、プルッップルだ!卵が崩れない限界の出汁巻き卵。焼き目から見て、火の通りもギリギリなはずだ。そんな出汁巻き卵を葛城は力を入れ過ぎて皿の上で割ってしまった。そんなことをすれば出汁が抜けてしまう!

 

「零れない?」

 

ここで僕はあまりにも浅学だったと実感する。箸で割られた出汁巻き卵から出汁がほとんど零れていないのだ。これだけ柔らかい卵が水分を全く含んでいないなどありえない!その実態を確かめるため、僕は出汁巻き卵の一切れを勢いよく口に放り込んだ。

下に触れた瞬間、大海原が脳内をよぎる。それほどまでに濃厚な海産物の味。そして茶碗蒸しとはまた違う、卵の風味。今回の卵はいわばわき役、この海の恵みを固体にするための繋ぎ。ここまでで感じた情報すらいまだ表層。出汁巻き卵の真価はそれを噛んだときにあった。

箸で立ち割られても零れなかった出汁が、歯で潰された瞬間勢いよく飛び散る。まだギリギリ火傷する熱さだったそれを僕は構わず喉に流し込んだ。

…何をしているんだ!こんなにおいしい出汁を舌の上で転がすこともなく飲み込むなんて!信じられない暴挙に錯乱した僕は、さらにもう一切れを口の中に入れる。舌どころか口内全てで出汁を感じ取るために、乱暴に出汁巻き卵を噛み千切った。

ごくん。

…嘘だろ?あまりのおいしさに意識が飛んでしまっているのか?それとも、体がそれを欲しすぎて、舌の上で転がすことすら困難だとでも言うのか?

 

「負けた。」

 

完敗だ。僕が親方を疑うなど100年早かった。天才は此処にいた。今すぐ彼をホワイトルームに連れ帰り、教官として雇うべきだ。彼の教えを全て体現できる子供を量産できるのなら、寿司は世界を征服できる。

 

「清隆、俺たちは負けたんだ。」

 

「?」

 

良かったな清隆。今親方と勝負して俺たちが親方以上の寿司を作れる確率は0%だ。ホワイトルームで学ぶことのできなかった敗北。それを清隆は今、理解したのだろう(してない)。もう俺じゃなくて親方に屠ってもらえよ。

そしてついに4品目が!?

 

「あの出汁巻き卵がフィニッシュじゃないのか!?」

 

「まだまだあるぜ。」

 

その後もスズキや、ツブガイ、アナゴなどを食らった僕たちは親方に頭を下げ退店した。合計で136000ポイントの出費だったが、一人34000以上のものを食べれたので満足だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水着持ってきた?」

 

「…ああ。」

 

これからプールに行くというのに、清隆が放心状態だ。それだけのインパクトがあったから仕方ないな。

8月29日から3日間、特別水泳施設開放日として、学校のプールで遊ぶことができるのだ。この学校にいる生徒が300人余りなことを考えると短い期間かもしれないが、結構来ない奴もいたりして狭いと感じることはない。わざわざ30日に来たのは、最初と最後には人が多くなると推察を立てたからだ。

 

「洋介さ、筋トレ始めた?」

 

「ばれた?寺君を見習おうと思って、最近は少し食生活にも気を使い始めたんだ。」

 

「タンパク質ばっか取ると腸内環境悪くなるから気をつけろよ。で康平は?」

 

「お前を見習って筋トレでもと思ってな。ダンベルを使って上半身を重点的に鍛えているんだ。」

 

「まだ成長期なんだから自重トレだけにしとけよ…。……まさかとは思うんだけどさ。」

 

「ああ、俺も本願寺を見習って筋トレを始めたんだ。」

 

更衣室にはほかの男子もちらほらいたが、僕たちは浮きまくっていた。洋介は細いけど明らかに筋肉の密度が違うし、葛城に至っては縦にも横にも体がでかいんだよな。肩にちっちゃい重機乗せてんのか~い!綾小路はこれ以上鍛えてどうすんだよ。

更衣室でのインパクトが強かった僕たちではあったが、プールでは、みんな遊ぶのに夢中で視線が集中することはなかった。

 

「綾小路、随分とむさ苦しいメンバーだな。お前もこっちこいよ。」

 

訂正、一部の生徒は僕たちに注目しているらしい。話しかけてきたのは南雲雅、この学校の副会長にして、2年生で独裁政権強いてるヤバいやつだ。

女子生徒数人と水上バレーをしていた南雲先輩は一時中断してこちらとの会話に移項する。

 

「特別試験では危うく性犯罪者になりかけたらしいじゃねえか。災難だったな。」

 

「え、なにその興味深い話。」

 

平田があまり良い顔をしていないところを見ると、こいつがクラスから孤立しかけた理由ってそれ?そのまま退学すれば良かったのに。

 

「仮にも副会長が性犯罪なんて笑えねえからな。生徒会としての意識を持って行動しろよ。」

 

「南雲先輩、お言葉ですが綾小路くんは冤罪です。彼の態度に問題はなかったと思います。」

 

綾小路を庇うように一歩前に踏み出した洋介。ここまで強気な洋介は珍しい。

 

「ハハッ、冗談だ洋介。お前を怒らせるつもりはなかったんだ、許してくれよ。それにしても、どんな面子だ?綾小路と洋介に、この前生徒会入りを断られた葛城、あと、最近陸上部で暴れまくってた本願寺ってやつか。」

 

「副会長に認知される程の人間じゃないっすけどね。」

 

「ワールドレコードを何個も樹立しといて何いってんだ。部活動でクラスポイントを100以上確保するなんて偉業だぜ?」

 

周囲の女子生徒や、僕たちの会話に耳をそばだてていた生徒達から驚愕の悲鳴がもれる。しかし南雲先輩が言っていることは嘘ではないが誇張表現であるのは否めない。僕は確かに世界記録を出したが、5000mと円盤投げ以外はU18(アンダーエイティーン)記録の更新だ。ハンマー投げは自信あったんだけどなぁ。学校行事(特別試験)がインターハイと被っていて出れないことを危惧していたが、そこは流石高育というべきか高育陸上部はインターハイを数日遅れでも許されるらしい。こうして暫定1位君達は僕に優勝を全て掻っ攫われたのでした。君たちはブチ切れて良い。

 

「なあ綾小路、せっかくなら軽く勝負しないか?4対4の水上バレー、こっちは6人だから二人休みでローテーションを組む。悪く無いだろ?」

 

「今日は友達と遊びに来たんで遠慮ときますね。」

 

「そうつれないこと言うなよ。洋介たちも構わないよな?」

 

誘う方も誘われる方も手馴れてるので恐らくではあるが似たようなことが何度も行われているのだろう。できれば南雲先輩が清隆を退学に追い込んでくれることを願うが、まあ無理だろうな。南雲先輩はこの勝負を遊びの延長線として仕掛けている。何回か戦えば本腰を入れてくれるだろうがそのころには清隆の手駒は十分すぎるほどに集まっていることだろう。

清隆はともかく洋介の心象が悪くなることを危惧した僕と葛城が首を縦に振ったことで試合は開始した。

南雲先輩のサーブを次に受け取る人がわかりやすいように名前を呼びながらレシーブする。

 

「康平!」

 

「綾小路!」

 

康平は体を横に向け後ろから飛んできたボールを康平は両手で弾く。やや高めのオープントスとなってしまったが、清隆なら問題なく取れるだろう。というかこのドリームチームで負ける未来が見えない。決めてくれ清隆!

水の抵抗をものともしない清隆は軽々とネットを超える跳躍を披露し、大きく振りかぶった手をボールに叩きつける。清隆の腕の運動を一身に受けたボールは右斜め下に勢いよく飛んでいき、そのままネットに当たって自陣に着水した。

 

「……TIME!」

 

 

 

 

 

 

 

うんうん、バレーボール初めてだもんな。仕方ないよな。洋介、悪いんだけど予備のボール借りてちょっとレシーブ、トス、スパイクを一通り教えてあげてくれる?それまでは二人でカバーしとくから。

 

「南雲先輩には悪いがこっちは清隆(ボス)を出すまでもねえぜ。さあ勝負だ!」

 

「なんだよ、綾小路はでないのか?はぁ、あいつが帰ってくるまで少し遊んでやるか。」

 

葛城が左後方、僕が右前方でスタートする。南雲先輩はこちらの穴を突こうと軽くボールを放ると、素晴らしい軌跡を描き見事なジャンプサーブを決める態勢に入った。

 

「は?」

 

しかしその視界は突如見事な腹筋に覆われ、胸に叩きつけられたボールは相手コートに着水する。そしてその後着水する南雲先輩と僕。

 

「ハハッ、お前どんなジャンプ力してんだ?」

 

僕にサーブを防がれた南雲会長は不敵に笑う。僕たちのサーブは相手に拾われ、南雲がスパイクを打つ。それを僕がブロックし、前方に落ちた球は他2年がカバーするサイクルが出来上がった。一度わざと後方に落として葛城にトスをさせてからスパイクで返して1点入れたのだがそのあとからこっちの腕や胸にあてるときは必ず南雲チームに帰るよう打っているらしい。金髪チャラ男のくせにずいぶんと繊細なプレーをかますものだ。

彼方が僕のブロックをすかすプレイングを主体にし始めてから葛城の体力はみるみる減っていき失点が増えてきた。だが、どうやたここで僕たちは交代のようだ。

 

「ぜぇ、はぁ、後は、任せた。」

 

「うん。絶対に勝ってくるよ。」

 

「任された。」

 

清隆と洋介は葛城と僕と入れ替わるようにしてコートに入り、僕たちはプール端に腰かけ、それを観戦するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあいつ性格悪。」

 

「同感だ。」

 

洋介に教えられた清隆は今もめきめきと実力を伸ばしているが、コートに入ったころは洋介と同じ程度の技量しかなかった。しかし洋介のスパイクが5回に1回得点するのに対し、清隆のスパイクは3回打てば2得点、今は1回打てば1得点する化物となっている。

あいつのスパイクの恐ろしさはお見合い発生率の高さにある。水上バレーのレシーブは通常のバレーよりも多く体力を使う。なればこそ、ある程度休憩があるとしても体力を温存する必要があるため適切な人間がボールを拾う必要があるのだ。あいつは数発サーブを打って相手の守備範囲がどこかを分析すると、その相手の守備範囲が被っている場所目掛けてスパイクを打ち始めた。おかげで相手チームの雰囲気は最悪だ。南雲先輩はこの失点理由が清隆と分かっているがほか先輩方はさっきから味方のミスで失点していると思ってるからな。

42対8でゲームが終了し、南雲先輩が明日はガチ面子をそろえるから絶対にプールに来いと駄々をこねているのを見ながら、明日は絶対にプールに来ないことを心に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

プールでかいた汗を銭湯で流した俺たちは本願寺の部屋に案内された。

 

「お邪魔します。」

 

「お邪魔されまーす。」

 

本願寺の部屋には大型テレビと本棚、鉄パイプ、あとはテーブルの周りに座布団が配置されているだけの、意外に物が散乱していない部屋だった。

 

「テレビとか本とか好きにみて良いから。」

 

そう言って本願寺はキッチンに向かう。換気扇を回しながら油の跳ねる音が聞こえてきた。

 

「今日は楽しかったな。」

 

一息ついた平田がそう零した。確かに初めてするバレーは体を動かしながら頭も使う戦略性のある良いゲームだった。

 

「またバレーボールをするのが楽しみだ。」

 

「「いや、綾小路(君)はバレーボールはしないほうが良い。」」

 

何でだ。楽しかっただろバレーボール。そう突っ込んでも二人は黙って首を横に振った。

テレビをつけてみても残念ながら気を引くものはやっていなかったので、ニュースをBGMに本棚をあさる。本棚は上段がノート、下段が書物に分かれているらしい。

 

「…これは、野鳥の観察日記か。面白そうだな。」

 

「こっちは、サッカーノート?寺君もサッカーやるんだ。」

 

二人が本棚からとったのは小説やマンガではなく、本願寺が書いたノートの方だ。あいつが書いたノートは非常に興味があったため、適当に一冊取り出してみる。

 

『必殺技図鑑』

 

なんだこれ。表紙をめくればそこには目次が並んでいた。徒手格闘、棒術、槍術、盾術、呼吸法、足運び、隠形術などのカテゴリーに分かれており、そこにページ数と技名がびっしりと書き込まれている。せっかくなら知っている技が見たかったので、呼吸法にカテゴライズされているものをぺらぺらとめくっていくと、目当ての技が見つかった。

 

『ハウル:口の形を調節しながら叫ぶことで、指向性を持たせた音波を相手にぶつける。事前に肺いっぱいに空気を吸い込むためが必要なため、不意打ちに使うのがよさそう。』

 

なつかしいな。ホワイトルームで戦ったとき、これを先制で受けて両耳の鼓膜が破れたのは良い思い出だ。戦闘において特に武器も持っておらず罠も仕掛けていないならまず近づいてくるだろうと分析を立てた俺は、直後これをノーガードで食らってしまった。

 

『ドラゴンブレス2:アルコール度数の高い飲料を口に含み、火に吹きかけることで竜の息吹みたいになる。』

 

…火吹き芸だな。

 

「唐揚げできたよー。」

 

ドラゴンブレス2は呼吸法の部分にあったのに、ドラゴンブレスは棒術にあったのが気になるが、それを読むための時間はないようだ。

唐揚げと白米にレタスとトマトのサラダを持ってきた本願寺は、食卓に着くと手を合わせた。

 

「「「「いただきます。」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食後に出てきたバースデーケーキに葛城と平田はたいそう驚いていた。祝勝会というのはカモフラージュ、今日は二人の誕生日会だったのだ。二人は友達が多いので誕生日当日は忙しくなるだろうと二人で推察し今日誕生日会を開いた。別にサプライズにする必要はなかったのだが本願寺がごねにごねた結果祝勝会という提で二人と遊ぶことになった。

 

「誕プレは本願寺と二人で選んだんだ。二人が何が好きかわからなかったから安パイのお菓子を選んだが、気に入ってもらえただろうか。」

 

「ありがとう、すっごくうれしいよ!大切に保存しておくね!」

 

「さっさと食え。」

 

平田は本願寺といるとボケに回ることが多い。本人がまじめにやっているかどうかは定かではないが楽しそうならいいか。デザートを食べた俺たちは各自帰宅し、俺の誕生日もきっと素敵な1日にしてくれると信じて俺は床に就いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。