新学期早々、本願寺と坂柳の戦いに気を揉むことになるだろうと予測していた1年Aクラスの生徒たちは、その予想を裏切られた。だが、彼らはそれを喜んだわけではない。
入学当初の本願寺寺に戻っている。誰にも興味を示さず授業を受けふらっといなくなって、それがどことなく教室の雰囲気を悪くしている。
「葛城、何も知らないのか。」
鬼頭が葛城に質問をするが、葛城は首を横に振るのみ。葛城からしてみても二日前の様子からは想像もつかない本願寺の姿に狼狽えていて、去っていく本願寺に声ををかけることができない。クラス全体が本願寺と一回も目を合わせない坂柳と何かあったことを薄々と察してはいたが、誰もそこに触れる勇気はなかった。
Q.かわいい女の子を気落ちさせてしまい、自分に腹が立っています。どうしたらいいですか?
A.スポーツでストレス発散しましょう。
「潰れろおおおおおお!!!!!」
「ッソがあああああああ!!!!」
小宮からパスを受け取りシュートを打とうとした須藤をボールごと上から押さえつける。尻餅をついた須藤は急いで立ち上がろうとするが既に俺のシュートは放たれていた。
「はいカス!何度言わせりゃ分かるんだ小宮ぁ!パスを出すときはその先の展開まで見据えろっつってんだろぉ!出して終わりじゃねえ!シュート入って終わりじゃねえ!ブザー鳴ってからボールが落ちてやっと終わりなんだよ!須藤がうめえのはわかるし、ボールを長い時間保持してたくないって気持ちも理解できるよ。でもなぁ、負けに繋がるパス出すくらいならチャレンジしろよ!練習なんだからさぁ!」
「だよな!マジで何べん言っても治らねえんだよこいつ。」
須藤は俺の言葉に同意している。小宮も、そのアドバイスにキレることなく、自分の悪い癖が抜けないことを悔しがって地面に拳を叩きつけた。
「てめえもだよ須藤!何回も何回もでけぇモーションでぴょんぴょん飛びやがって!今から跳びますじゃねえんだよ!パワーでぶっちぎるのは体力消費も激しいし、何よりお前より強い奴が出てきたときに勝てねえだろ!?」
「で、でもよぉ本願寺、お前よりつええ奴は俺見たことねえぜ。」
「高校までの話だろそれはよ。確かに僕は世界レベルのフィジカル持ってるけど技術は僕と同じレベルの奴なんて全国にごろごろいる。2対2で僕達に勝てないようじゃプロなんて夢のまた夢だぞ。なあ、橋本。」
「………死………………………ぬ………。」
僕が強いのは事実だ。でも僕より強い奴がいるのもまた事実。このまま実力を伸ばしていけば須藤がバスケで食べていく事も夢ではないが、せいぜいそこそこの選手どまりだ。日本人には珍しい強フィジカルの選手をそこそこで終わらせるのは惜しい。
「橋本にもう少し優しくしてやれよ。」
「最初そこそこでサボろうとしたこいつが悪い。遊びは全力が僕のモットーだし。」
先程の反省点を図付きでノートに書き込む須藤と小宮に見せつけるように、スポドリを喉に流し込んだ。キンキンに冷えてやがるっ・・・!!
「………ほ…………………………………じ………………俺………………………に…………………………も…………ごぼぶっっぼぼばごばっ!?!?!」
仰向けで死にかけている橋本の口にスポドリを流し込んでやると溺れかけていた。おもろ。
よりにもよって坂柳とあのやり取りした後に体育祭ってまじでメンタルに来るんだが、苦しい。
「本願寺君は推薦種目にはすべて出てくださいね。…本願寺君?」
なんで顔に出しちゃったんだろうな。いつも通り何もないふりしてへらへらしてればよかったじゃん。
「本願寺君、聞いていますか?」
「あ、悪い、聞いてなかった。」
「…言いたいことがあるならばお好きなようにおっしゃってください?いつものように。」
数人の生徒の方が跳ねる。いつもの坂柳の不快の表し方とは違う、聞かせろと言いながら強い嫌悪の含まれたその言葉に僕の口は音を発さず開閉するのみ。言っていいのか?五体満足で重い病気を患ったことも無い僕が、生まれてからずっと戦ってきたこいつに。でも、ここで言えって言われたなら言うしかないだろ。言うんだ、勝手に諦めてんじゃねえって。言うんだ、希望を持って生きろよって!言うんだ!言うんだ!
「
なんでもねえよ。」
「そうですか、それじゃあ集中してくださいね。Bクラスに落ちた今、手を抜けるほど楽な状況ではないことくらい理解していただけるでしょうから。」
お前の体が不自由なことよりクラス順位を優先するわけあるかよ。つってもこいつには伝わらねえだろうな。僕と坂柳は致命的なまでに価値観が違う。あの日できた小さな亀裂は今や大きな溝となり坂柳と僕の友情をこれでもかと引き裂いたようだ(そんなもん元から無い)。
ややナイーブになりつつも僕達は同じ白組のCクラス(平田クラス)と練習を重ね、ついに体育祭当日を迎えた。僕は全ての競技の初戦に出場することになっている。最初に大きく勝利して他クラスの勢いを削ぐシンプルな作戦だ。ウハハハハ!全員ぶっ潰してやるぜー!!!
滝のような汗を流しながら僕は片膝を着いた。順位を確認すれば写真判定だと伝えられるが、ほとんど負けを確信したうえで万が一勝ててたりしないかと浅い望みをかけた質問だったので写真判定が必要と言われた時点で負けは確定している。
「素晴らしい、本願寺ボーイ。それ以外の言葉が見つからないよ。」
走り終わった直後は肩で息をしていたはずの高円寺は、すでに何事もなかったかのように余裕の表情で僕に語り掛けてくる。
「競い合って初めて分かったが、君の全身を構成する筋肉の割合は圧倒的に遅筋が多い。それでも私に100m走、障害物走で肉薄するなど並大抵のことではないさ。もちろん私には及ばないがねえ。」
走っただけでそこまで見抜くほどの洞察力と短い時間で回復する体力、おそらく綾小路を超える走力。坂柳も同じ天才の部類に入るだろうが、まさに格が違うという言葉がふさわしい。欠点はあっても弱点はなく、僕の十八番である純粋な実力差の押し付けで勝てない相手。
「高円寺は、体育祭とか、興味ないと、思ってたんだが?」
「本願寺ボーイの認識は間違っていないよ。だがあってもいない。私は体育祭などに興味はないが、私自身の魅力にさらに磨きがかかるならば多少の遊戯もやぶさかではないのさ。」
多少の遊戯で俺の日本一速い高校生という称号は奪われたようだ。泣いていいか?
「私に比肩するものなどこの世界にはいないだろう。しかし私の一歩後ろ、そこに到達するものがいるとするのならそれは間違いなく君だ。本願寺ボーイ、君を叩きのめしてこそ、私はより完璧へと仕上がるのさ。」