白い部屋から出たとして   作:九頭竜 胆平

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苦しむ傑物、猛る化物、這い寄る龍、そして

葛城康平は小さいころから我慢が得意だった。それは生来の者だったのか、はたまた体の弱い妹のために身についたものなのかはわからない。それでも自身を不幸だとは思わなかったし、ストレスをため込むこともなかった。だからこそ、葛城は今まで自身が体験したことのないような痛みと不快感に襲われていた。

 

「葛城君!?大丈夫!?!?」

 

顔が青い。顔に血が少なくなったときの比喩表現ではあるが、実際今の葛城はまるで血の代わりに水色の絵の具を流されたような顔色をしている。星之宮はBクラスの担任であり、自身のクラスにAクラスを打倒してほしいとは思っているが、顔面蒼白を絵にかいたような生徒を目の前にして取り乱さないほど人の心を捨てたわけではなかった。

 

「星之宮教諭。ここが、痛くて」

 

まるでハートを抑えるような仕草をしているが、額に浮かぶ脂汗がそれが恋煩いなどというふざけたものではないことを物語っている。星之宮にはそこを抑える症状に心当たりがあった。それが当たっていなければ重大な病気の可能性が高い。だが、だがしかし、それでも星之宮は推察が外れてほしいと切実に願った。そんな彼女の願いは無情にも叶わない。

 

「葛城君、検査が終わりました」

 

「先生、俺は、大丈夫なんですか」

 

「葛城君、落ち着いて聞いてね、葛城くんの病名は機能性ディスペプシアと言います」

 

「それは、どうすれば治るんですか。…まさか…手術とか」

 

せっかく学費を削減できるこの学校に入学し、クラスも諍いはあれど学年トップとして順調に進んでいるというのに手術となればいくらかかるかわかったものではない。しかも入院などがあれば退学させられてしまうのではないか。そんな嫌な想像が葛城の頭をよぎる。

 

「先生!どうにかなりませんか!俺はまだこの学校をやめたくありません!」

 

葛城は人生で初めて他人に懇願した。痛みと不快感で気絶しそうな体に鞭を打ち、星之宮の服に情けなく縋りつく。本当はわかっていた。星之宮の顔を見れば自分に深い同情をしているのがありありと見て取れる。先ほどまで痛みで押さえていた場所には外傷もない、ならば悪いのは臓器なのだ。きっと俺はもうだめなのだろうという思いとそれでも家族に迷惑を駆けたくないという思いがぶつかり合う。

 

「大丈夫だよ葛城君」

 

そんな星之宮はますます痛ましいものを見る顔になる。葛城は自身の死期を悟った。

 

「原因はストレスと過労です。しっかり寝て元気になろうね」

 

その言葉を最後に葛城は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

機能性ディスペプシア。それは痛みや不快感などの症状があらわれているにも関わらず、胃カメラなどの検査を行っても何の病気も見つからなかった場合に診断される病気、別名、ストレス性胃炎ともいう。

 

「さすがにこれはちょっと、同情しちゃうかな」

 

葛城の情報は星之宮の耳にも届いている。Bクラスの一之瀬帆波を操り新興宗教を立ち上げようとしたやべーやつこと本願寺寺を部下に、理事長の娘であり自身の派閥のためなら残りの生徒を切り捨てることも構わないやべー奴こと坂柳有栖と派閥争いを続けていると。

葛城の顔を見たとき、今まで付き合ってきた中間管理職の男たちを思い出した。若くして課長になった男も、キャリアを積み部長になった男も皆、仕事の話となるとあのあたりを抑えながら苦しみ始めるのだ。ついでに最近の真嶋君もそんなかんじだ。今年のAクラスはヤバいのかもしれない。

 

「今はいっぱい寝て、早く元気になってね」

 

1年Bクラス担任星之宮知恵、純粋に葛城が心配だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「坂柳ぃ!勝負だオラァ!」

 

「受けて立ちましょう!」

 

お互い少なくない傷を負った本願寺と坂柳がまた喧嘩(戦争)をしている。

坂柳が貧する女(精一杯の配慮)と呼ばれたあの日から四日間、お互いにボードゲームなどで勝負し敗けたほうに屈辱を味合わせる無意味な戦いが続いていた。最初の勝負はチェス。後手の坂柳がギリッギリの辛勝ののち、カメラのない場所に本願寺を連れて行き、鬼頭に本気でぶん殴らせるという制裁を加える。しかし、坂柳は甘かった。人を傷つける行為などごまんとある中で、坂柳が選んだ方法は下の下の下だった。その直後、本願寺がどこからともなく碁盤をとりだし五目並べを開始、結果、盤面のほとんどを埋め尽くしたところで坂柳が敗北した。本願寺が自分に暴力を振るわないだろうと過信していた坂柳は余裕の表情(死ぬほど悔しそう)で罰ゲームを受ける。だが、坂柳の予想は当たっていたが、予想をはるかに超える罰ゲームも待っていた。

翌日、1時限目の社会の授業が入っており、当然皆起立し、礼をした後に着席する。

 

プゥ~~

 

噴き出したのは3名、笑いをこらえきれなかったのは6名、犯人を凝視したのは5名(茶柱もこの中に含まれている)。何と坂柳が屁をこいたのだ。しかし坂柳は羞恥からか顔を真っ赤に染め上げながら、茶柱に授業の開始を促した。

クラスメイトが事情を察したのは2時限目の数学、坂上に対し礼をし着席したAクラスの面々は耳を窺った。

 

プゥ~~

 

坂柳が屁をこいたのだ。もちろん、生徒は昨日の勝負を知っていたのでブウブウクッションが置かれたのだと察することができる。しかし初見である坂上はそうはいかない。

 

「…坂柳さん。お手洗いにはいかなくて大丈夫ですか?」

 

加えて坂上はフォローがへたくそだった。屈辱的な辱しめを受けた坂柳はノートすらまともにとることができない。ゆえに、

 

「殺してやるぜぇ坂柳ぃ」(超激辛ラーメンと防犯電気グッズで肉体がボロボロ)

 

「こちらのセリフですよ本願寺君」(数多の羞恥プレイと山姥メイクでプライドがボロボロ)

 

醜い争いを止めようとした傑物は死に、今はただ化物二人が残っている。互いに傷つけあい、塩を塗り込み、それでも足りぬと叫びながら更なる傷をつけるため、今日も今日とて争うのだ。

それはつまり、今まで台風の目であったAクラスが一時的に表舞台に出てきていないということであり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今まで身を潜めていた悪魔が動き出す時間でもある。

 

 

結論から言うと、本願寺が提案した作戦はうまくいかなかった。何者かがCクラスの生徒が通ったであろう場所の監視カメラのデータを削除したためである。それによりDクラスが一気に不利になると共に、Cクラスの中に学校のサーバーデータに乗り込み監視カメラ情報を削除したものがいるのではないかと一斉に調査が入る。しかし探せども探せども犯人は見つからず、事実上Cクラスの生徒は監視カメラを自由に削除できるという宣言がされたことで、DクラスとBクラスは互いの身を守るために手を組むことになる。

また、Dクラスのいじめ問題は加速した。平田はできるだけクラスメイトに仲良くしてほしいと頼み込むものの、今回の事件の発端である須藤の居場所は狭くなり、中間テストを何とかして見せると言いながら何の役にも立たず、あまつさえ今回の事件の手掛かりすら得られなかった堀北もまた、Dクラスのはぐれものとなっていた。

逆にできるだけクラスメイトの勉強を見ていた櫛田や、中間テストの答案を入手した平田の株は高騰し事実上の二人君主制となっている。

 

「だがな、監視カメラのデータをどうこうしたのは俺じゃねえ。わかってるとは思うがな」

 

うまく行っていた作戦が、途中から誰かのシナリオの上で転がり始めたことを、龍園はよく思っていなかった。Dクラスからクラスポイントを強奪できたことは悪くないが、Cクラスが監視カメラをどうこうできると思われたのは非常にまずい。強すぎる力を持つものは共通の敵となり打倒されることを龍園は知っている。これが龍園一人ならよかったものの、クラス全体をB、Dクラスに狙われるとなれば話は別。どれだけ王が立ち上がろうとも、民も国も死せればそれはただの人なのだ。

 

「より不味いのは持ってねえ武器を持ってると思われていることだ。これができると思われている限り俺たちは狙われ続ける。金田」

 

「はい。おそらくですがデータを消したのはAクラスかと思われます。この学校のデータにハッキングするには既存のデバイスでは不可能なので潤沢なプライベートポイントを持つものがケヤキモールで道具をそろえ実行したものかと」

 

金田の説明を必死にかみ砕いて飲み込もうとした石崎は、最終的にAに敵がいると結論づけた。

 

「お前ら聴いたな。もちろんまだそいつがAクラスにいると決まったわけじゃねえがとりあえずそいつを見つけ出すことは急務だ。全員常にボイスレコーダーを隠し持っておけ、こいつを存在Xとしてあぶりだし、言うことを聞かせて嘘を本当にしちまえばいい」

 

化物は化物同士争い、龍は敵を探し始めた。ならば悪魔は何をするのか?決まっている。古今東西、悪魔は人を喰らうために契約を結ぶのだ。

 

 

 

 

「なあ堀北。兄に認められたくはないか?」

 




悪魔は笑わず、されど嗤っている。
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