ブラックルーム生。ホワイトルーム設立時、綾小路篤臣のもとに集められた子供ではあるが、その成長過程はホワイトルーム生とは大きく異なる。
研究者たちはホワイトルームの稼働に当たり、全国6か所に施設を作り、ホワイトルームとの対照実験を設けた。その時稼働した施設の一つがブラックルームであり、本当に
子どもたちは厳しいカリキュラムをこなさなければならないが、代わりに好きなテレビは見放題。ネットも使い放題で、カロリーや必要な栄養が計算されたおいしいデザートも出される。これらの影響か、ホワイトルームそのものに比べてストレスで廃人になったり体を壊す子供が圧倒的に少なかったため、設立当初はホワイトルームよりよほど優れた施設だと思われていた。
事態が急変したのはその4か月後、徐々に子供たちに話が通じなくなっていった。本来人間が詰め込める限界値を短期間に詰め込んだ後遺症として起こった認識の乖離である。一人、また一人、言語野に支障をきたし、廃人になっていき、そうして残ったのは子供の中で最も学習速度が低かった子供だった。
それが本願寺寺、ブラックルーム唯一の卒業生であり、肉体強度はホワイトルーム生を大きく上回る正真正銘のモンスターだ。
なお余談ではあるが、当時の試みで綾小路清隆と戦闘を行うも敗北したため、ブラックルームプロジェクトに価値はないという結論が出かけたが、その後のホワイトルーム生と比較した結果、綾小路清隆を約13分間防戦一方にする戦闘能力は目を見張るものがあるとしてプロジェクトは一時凍結している。
龍園が初手に石崎とアルベルトを当てたのはあくまで保険だった。鬼頭、葛城に押さえられている相手に過剰戦力かとも思ったが、逆に言えば鬼頭と葛城の二人係で押さえられているのだ。事実、どちらの攻撃にもひるむどころかピクリとも動かずに対応している。
あれは獣だ。精神力とか思考がなんてまどろっこしい話ではない。シンプルにあれを人だと思って対応すると負ける。
「伊吹」
「マジ?いくら私でも負けが見えてる勝負に挑むのはやなんだけど」
「試したいことがある」
噂は所詮噂でしかないし、たとえその噂が本当だとしても伊吹が潰される可能性はあったが、出し惜しみで負けるのは性に合わない。加えて、たった1%でももし龍園のその推測があっているなら大きな弱点になる。
龍園は伊吹澪が今後自分に従わない可能性を加味しても、その弱点を暴くことを優先した。伊吹の攻撃後、龍園は自分の推測が現段階ではあっていたことを悟る。
「伊吹、大金星だ」
「は?ざけんな!!!」
両肩、腕の関節を外し、二人の拘束を抜け出した本願寺に伊吹は蹴りかかった。しかし本願寺は反撃どころか防御すらせず、側頭部で攻撃を受け止める。ただ、本願寺は伊吹のスカートの下に釘付けだった。
本願寺寺、こいつの噂はいろいろとあるが、その中でも有力な情報は二つ。一つは坂柳と勝負をするときに絶対に勝てる格闘技ではなく、わざわざボードゲームを選択すること。もう一つは茶柱の授業時、片時も胸から視線をそらさないこと。
「女好きの助平」なんて言葉にしてしまえばひどく滑稽ではあるが、思春期男子らしい弱点だ…少々過剰な点を除けば。伊吹のスパッツに気を取られた瞬間、石崎が腕に飛びつき、関節技を決めようとした。だが左腕に石崎の全体重が乗っているにもかかわらず本願寺はそのまま龍園に接近し腕を振り上げた。
「石崎!放せ!」
アルベルトの拳を受けながら腕を振り下ろそうとする本願寺の攻撃を横に転がりながら龍園は石崎に声をかけるが、自分が掴んだ状態で腕を振り上げられた石崎は訳が分からぬまま地面に叩きつけられ、意識を飛ばす。
「解せねえな。何でわざわざそんなまどろっこしい戦い方をする?正当防衛でも気にしてんのかよ」
事実、龍園が転がったときに石崎の軌道をそらす様子はなく、石崎を叩きつけたときに横にいたアルベルトにも攻撃を仕掛けずに龍園を睨みつけるだけに留めている。強者ゆえの傲りと言えばそれで終わりだが、龍園には違うという確信があった。
「つまんないから」
「あ?」
「勝つのが楽しいんじゃないんだよ。嬲るの楽しいんだ」
「てめえ」
「本願寺君、時間ですよ」
そんななか、先ほどまで傍観していた坂柳が突然本願寺に話しかけ、思わず本願寺は振り向いた。
突然だが、本願寺は攻撃を肉体で受ける癖がある。数多の攻撃はかわす必要がないし、躱して殴るのと躱さずに殴るのでは威力に大きな差が出るからだ。
「坂柳いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!??!???!???!?」
ゆえに、周囲を警戒していないときの本願寺は神室でも容易にスタンガンを当てられるほど無防備だ。首元から強力な電流を12秒たっぷり流された本願寺は先ほどまでの頑強さなど見る影もなく膝から崩れ落ち、黒煙を吐いている。
「坂柳、これ本当に大丈夫なんでしょうね」
「…おそらく大丈夫でしょう。最近の本願寺君の体でいろいろ試していましたが、これ以上少ない秒数だと即座に反撃してくる可能性があります」
魔改造された対痴漢対策用のスタンガンはもともとのフォルムとはかけ離れた見た目をしており、おそらく威力も高いことが本願寺の有り様からうかがえた。
「おい、勝負はまだ終わってねえ」
「いいえ終わりましたよ。今回は時間内に龍園君を倒せなかった本願寺君の敗けです」
あまりにも不平等なルールを、まるで当然のように坂柳は言い切った。残念ながら本人は知る由もないが、それは本願寺を信頼している証ともいえるだろう。
葛城に背負われ帰っていく本願寺の背中を見ながらそれでも龍園は不敵に笑う。手痛い出費だったが値千金の情報を得ることができたのだから。
「最後に勝つのは俺だ。お前が死ぬまで、俺が何度でも殺しに行ってやるよ」
本願寺と山内は同級生ということか(迷推理)