未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2000
むかしむかし。
人類は、地球を追い出されて月に住むようになった。
地球は自己進化する人工知能が支配する無人の星になった。
それから九十九年と十二ヶ月が過ぎ、あと数日でちょうど一世紀。
そんな区切りとなる日を目前にして、僕ら人類は全軍を挙げて最後の大攻勢を地球上に展開している。
『
※
『旧世紀の昔、ここは世界最大級の通行量を誇る場所だったそうだ。見てみろ、軍曹』
僕らの小隊を率いる少尉殿が、少しばかり面白がっている声で促してくる。僕は視覚を可視光に切り替えた。特に珍しくも無い瓦礫の山が、砂塵で錆色に染まる暴風の中で途切れ途切れに見える。その向こうの赤黒い空では、幾つかの高層建築の影が猛烈な嵐を受けて傾いていた。
『一日あたり五十万を超える人間が往来していたそうだ。月の全人口の十倍以上だぞ?とんでもない話だと思わんか』
五十万の人間など実感できない以上、この荒れ狂う情景に何の感慨も生まれるはずなど無かった。ここは僕にとって4L14という番号が振られた一つの区域だ。それ以上でも、それ以下でもない。
「C小隊が先行しています。距離26」
問われた事を全て無視して、僕は暗に少尉殿を急かす。降下地点が僕らよりも遠かったC小隊に、だいぶ先を行かれてしまっているのがどうにも苛立たしい。
C小隊を構成している人員は、いわゆる新人類というやつだった。
僕らのような旧世界から続く肉体を持つ者たちが『フレッシュ』と呼ばれるのに対し、新人類の彼らは『コールド』と呼ばれている。より高効率で、合理的で、頑強な半生物。
僕らは前衛を担当しているので、戦域外と言えど支援部隊である彼らに先を行かれるのは宜しくない。そしてそれ以上に、新旧の性能差を見せつけられるのがどうしても気に食わなかった。
『足は動かしているさ。それに連中は全員がコールドだろ?どこかのフレッシュみたいにカッカしたりすまいよ』
常と変わらずのんびりとした口調で、少尉殿がさらりと皮肉を言う。こんな具合にいつも飄々としていて掴みどころがないのが彼女の欠点だが、どれほど苛ついても文句は言えない。彼女が掛け値なしに優秀な小隊長だからだ。なにせ部下を一人も死なせたことが無い。
海兵隊員が戦死するまでにこなす降下回数の平均は、六回を多少下回る程度とされている。
一方、少尉殿の率いるこの小隊は、十四回の降下を行って一人も損失を出していない。
はっきりと異常な数字と言えた。お陰で僕らは『例外小隊』と呼ばれており、頭のおかしい任務にばかり駆り出されてきた。
今回の強襲降下だってそうだ。損耗率を重視しないのは参謀連中の常だが、制空権のない地域への降下作戦など、あまりにも無謀である。
案の定ではあるが、先鋒を務める艦隊は手厳しい迎撃を受けて壊滅的な被害を受けた。参謀連中も作戦の続行を諦めたのだろう。僕らを運んでいた揚陸艦は、当初の目標とは大きく離れた地点に僕らを降下させた。
本来なら作戦中止モノの事態なのだが、今回の大攻勢は最後の戦いと銘打たれている。撤退など許されるわけもない。僕らは鈍重な鎧を着たまま、司令部が新たに設定した手近な戦域へと行軍させられる羽目に陥っていた。
そう。この鎧が厄介だった。僕らが着る……というより、乗るこの高さ約5メートル、全備重量約8トンの鎧は、強襲降下装甲、略してA3と呼ばれている。搭乗者の力と跳躍力を何千倍にも増幅する動力を備え、頑強な両腕で人が持てない重さの兵器を難なく扱う。
この鎧に詰め込まれて衛星軌道上から地上へと放り出され、降りたその場で撃って暴れてさっさと帰るのが僕ら海兵の仕事だ。今みたいに敵の監視網を避けながら嵐の中をヨチヨチと行軍するなんて使い方は全く想定されていない。平均速度は時速にして五キロメートルにも満たない有様である。
一方で、先頭を進む少尉殿の乗るA3は軽快に歩行を続けていた。
僕らの機体が二足歩行なのに対し、彼女のA3は黒い巨体に八本の足を持つ。頼もしい限りだが、その禍々しいフォルムにはいつまで経っても慣れることができそうになかった。
※
そんな苦難に満ちた移動を何日も続けて到着した合流地点は、かつてフジと呼ばれていた山のふもとにある、溶岩石に覆われた荒野だった。吹き荒れる濃密な暴風の中、僕らは巨体を寄せ合いながら施設へと接近していく。
「C小隊が既に火点の構築を完了しています」
『いい手際だ。優秀だな』
確かに。忌々しいほど優秀だ。
整然と機体を並べているC小隊は、編成されたばかりの部隊だ。つまりは全ての装備がピカピカの新品。その中身の兵士も指揮官を含めて全員が最新型のコールドであり、フレッシュによる指揮が無くとも戦うことができる完全自律型である。恐らく近い将来、生身の人間が製造されなくなる日が来るだろう。
やがて全ての人類がコールドに置き換えられる。そんな何もかもが虚しくなる思考を、小隊員全員に向けた少尉殿の声が終わらせてくれた。
『よし貴様ら、始める前におさらいだ。作戦目標は兵器工廠と見られる敵施設の制圧だ。ぶっ壊したらダメだぞ、施設の確保が目的だからな。規模判定はDマイナス、二個小隊が防衛に当たっていると推定されている」
少尉殿はそこで言葉を切り、いかにもうんざりと言った様子で言葉を続ける。
「毎度ながら予想は当てにならん。実際は一個中隊か……そんな雰囲気だな。幸いにも今回は豪華な支援がついてるし、まぁ何とかなるだろう。全機、目標に向けて陣形を維持しつつ前進。敵をC小隊の砲撃下に押さえ込む。序盤は砲撃が主役だ、脇役の貴様らは出しゃばらずに陣形を抜かれない事に専念しろ。特に05!貴様は突っ込み過ぎるなよ、砲撃の後で幾らでも仕事させてやるからな。06は最後尾でC小隊への繋ぎと砲撃観測支援。目標を達成後は再集結し、防御線を構築して回収を待つ』
一気に喋ってから、少尉殿はため息を一つ吐いた。
『だがなあ、後続が来るかどうかは微妙だな。お迎えが無くて地上を這いずり回る事になりかねん以上、機体の損傷は可能な限り避けたい。少しでも無理だと判断したら整然と後退開始だ。C小隊には武器を捨ててトンズラしてもらうとしよう。……いいか、張り切りすぎるなよ。自分と仲間の無事を第一に考えろ。以上だ』
毎度この調子だ。少尉殿は常に、作戦目標の達成よりも僕らの生存を重視する。当然ながら一般的な兵士の考え方ではなく、異端と言っていい。僕が小隊の運営で苦労している理由でもある。その苦労を不快だと思った事は一度もないが。
上官に聞かれたらその場で射殺されかねないブリーフィングが終わると、かすかな駆動音と共に少尉殿の機体が立ち上がった。僕らもそれに続く。
『前進』
やっとだ。やっと、思うさま解放できる。鈍重だったA3はみなぎる力を沸き立たせて大地を蹴り、僕は目が眩むような万能感に恍惚となった。一回の跳躍で瓦礫だらけの地形が矢のように流れていく。暴力的な推力に押されて、僕は長大な軌道を描きながら建造物をいくつも飛び越える。長射程武装を装備した06以外の小隊各員は、僕の指示する経路を移動しながら互いに約1キロメートル間隔の陣形を維持し続けている。この陣形の内側に敵を抑え込むのが今回の主な仕事だ。
後背で警告タグが表示されると同時に、06からの報告が入る。
『C小隊が砲撃を開始』
緑色の光がほんの一瞬空を満たし、続いて目が眩むような閃光が前方で膨れ上がる。遅れて到来する衝撃波で機体が激しく翻弄され、僕は味方の砲撃が発揮する想定外の火力に驚愕する。それに対する返礼というわけでもないだろうが、施設の防衛部隊が反撃を開始する。降り注ぐ砲弾の中、僕は最大出力で敵との距離を詰めながら、意識を集中して火力を開放するタイミングを測る。
が、それは少尉殿の制止で唐突に中断させられた。
『全機着地しろ!回避、回避!!』
意表を突かれた僕は、つんのめるように空中で推進力を逆転させる。激突まがいの速度で廃墟の中に着地した僕の頭上を、敵の火線が無数に流れていく。先ほど上空から確認した脅威は重機動歩兵が十二、そして多脚砲台が六。少尉殿の予測通りな歯応えのある戦力だが、こちらも前に出て圧力を加えないと崩されるばかりになる。全力で回避行動に移るのはどう考えても悪手だ。
「少尉殿、押せます!」
『待て、C小隊からの砲撃が妙だ!加害半径が大きすぎる!!』
『C小隊からの接続が強制切断された。再接続試行中』
06からの報告に、少尉殿が一瞬言葉を失った。
『……試し続けてくれ。砲撃に使用された弾種の特定も頼む。軍曹、各員の状況はどうか』
その問いに答えようとした、その瞬間だった。閃光があらゆるものを真っ白に変え、続いて激震と共に爆風が通過していった。廃墟が盾になっていなかったら、熱線を受けて機体装甲が何層か融解していた可能性が高い。機体を起こしながら無意識に止めていた息を吐いた直後、06が珍しくも狼狽した声で分析結果を伝えてきた。
『C小隊からの砲撃、推定される弾種はWA212。接続は尚も途絶中』
陣地攻撃などに用いる特殊弾頭だ。目標施設を無傷で確保する事が今回の作戦の成功条件だったはずだが、C小隊の連中は確保どころか、目標を僕らごと蒸発させようとしているらしい。その理由はなんだ。それ以前に、どこからそんな目玉が飛び出るほど貴重で物騒な物を持ち出して来た?
『全機撤退!!軍曹、集合地点を設定しろ!!』
少尉殿の命令で答えの出ない疑問から引き戻された僕は、各員の移動ルートを設定すべく意識を集中させる。だがその努力は、施設への直撃コースを飛翔する六発の砲弾が脳裏に映し出された瞬間に粉砕された。
『効力射六!!』
『全機遮蔽物に退避!!急げ!!!』
僕は一切の思考を捨て、その命令だけを実行しようとした。
周囲で時間がゆっくりと流れる。意識に流れ込んでくる情報流は粘性を帯びたように遅くなり、荒れ狂う大気の中を突き進む六発の砲弾が描くいびつな放物線も、僕を苛むように時間をかけて伸びていく。
着弾。
時間の流れが瞬時に元の速さに戻ると同時に、僕の機体の全センサーが死んだ。
全ての音が消失し、前方から押し寄せる奔流の中で機体が激しく回転する。わずかな時間で発生した強大な加速度に慣性制御器の対応が間に合わず、限界を超える負荷を受けて僕は気を失った。
※
あの時、一体何が起きたのか。
少尉殿は。仲間たちはどうなった。
あの爆発のあと、僕は未知の都市の地下に存在する巨大な空間内で目を覚ました。周囲に僚機の姿は無く、僕のA3は機能のほとんどを喪失している。
機体を降りて迷路のような通路を彷徨い、何とか地上に上がった僕は、巨大な生物の様にうねり、行き交い、流れ去っていく人々の群れを見て途方に暮れた。
僕は少尉殿の言葉を思い出す。
一日五十万人が行き交う交差点。
そんな荒唐無稽な光景が、現状となって目の前に広がっている。
ここに生きる人々にとっては見慣れた日常の一部なのかもしれない。だが月の狭く冷たい氷穴で暮らしていた僕にとって、それはあまりにも異様で、そして気を抜くと呼吸を忘れるほど壮大な光景だった。
訳が分からない。
ここはどこだ?
一体何が起きている。
結構長い間呆けていたようだ。
僕は思考停止状態から浮かび上がると、意識を目の前に向けた。
街の騒音が、再び僕の意識に押し寄せてくる。
僕は息を呑んで周囲を見回した。
いつの間にか大勢の人々に、遠巻きに包囲されていたからだ。
こちらに小さな板の様な機器を向けて真剣な表情で操作していた彼らは、僕が顔を上げるとそれを引っ込めて気まずそうに包囲を解いていく。中には笑顔で手を振りながら離れていく者も居るが、僕はそれにどう反応していいのか分からない。
彼らを見送りながらため息を吐き、僕は改めて視線を周囲に走らせた。こちらを盗み見る視線と何度もぶつかる。どうもここの人々にとって、僕の銀色の髪と瞳はかなり興味を惹くものらしい。それともこの服がおかしいのか。僕はプロテクターの下に着込む白のぴったりとした戦闘服を着ているが、これが現地人にとって奇異に見える可能性は高い。何せ僕と似た服を着ている者が誰一人いない。
だが言わせてほしい。僕だって同じ気持ちだ。黒い髪と瞳にこそ多少の共通性があれど、誰一人として同一の外見を持つ者がいない。あまりに混沌とした光景ではないか。
そして何よりも驚くのは、人々が自由気ままに動いている様にしか見えない事だ。全く統制されている気配がない。そんな社会が持続可能なのか?
A3が機能停止している今は、何も調べようがない。ため息を吐いた僕は、この街の地下に戻るべく立ち上がった。その際、意図せず交差点の向こう側に立つ巨大な建造物に視線が向く。その壁には一面にディスプレイが設置してあり、無数の光に満ちた映像を映し出していた。僕は目を疑った。
その映像の中に、少尉殿の姿があったからだ。