未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2023
あの収録から半月が過ぎ、今日がその放送日である。
少尉殿と夕食を共にしている僕は、いよいよその時が来る事に緊張していた。
「少尉殿」
野菜炒めの皿に箸を伸ばしている少尉殿が、僕の声に手を止めた。
「ん?」
「テレビを点けませんか」
「……どうした急に。食事しながら観るなんて行儀悪いだろ」
「今日は特別です」
僕はダッシュボードに這い寄ると、リモコンを乱暴に引っ掴んでちゃぶ台まで戻った。手が震えている事を忌々しく思いながらテレビを点ける。
いつまで経っても画面が真っ暗だ。
見れば画面左上にHDMIの文字が表示されていて、そう言えば昨夜も少尉殿がゲームに興じていたなと思い出す。イライラしながら画面入力を切り替えれば、やっとでバラドル女学院のオープニングが表示された。
画面を見る少尉殿の表情が苦々しいものに変わる。彼女にとってはトラウマ物の番組である以上、当たり前の反応だろう。
「……軍曹、チャンネル変えてくれ」
「いえ、この番組を観て貰いたいのです」
真っ直ぐに向けた僕の視線に気圧されたのか、少尉殿は食事の手を止めて渋々とテレビに目を向ける。その不満げな表情が一気に強張った。出た筈のない番組に自分の姿を発見したからだろう。
『今日の転校生は、これで二度目ね。春野ハナちゃんよ』
顎沢の紹介の後で、少尉殿に扮した僕の姿が大写しされる。こうして画面越しに観ると、あれほど自信を持っていた変装が思っていたよりもお粗末なものに感じる。
「なんだこれ、こんなの出た覚えないぞ?!」
が、思い過ごしだったようだ。
本人が記憶を疑う程の完成度であれば問題ないはずだ。
「自分が変装して出演しています。少尉殿のかわりに番組に出るとお伝えしてましたよね」
「はぁあ!?」
僕の言葉を真面目に受け取っていなかったのだろうか。少尉殿は箸を放り出すほど慌てふためいているが、番組の進行はもう誰にも止められない。
『まぁた出てきたの?恥かくだけじゃね?』
画面の中の僕に、その後ろに座る共演者が声を掛けている。篠原核裸(しのはらコアラ)、十代前半とレギュラー最年少で、口を開けば誰かが腹を立てるような手合いだ。こいつは前回の収録で少尉殿に嘘の答えを何度も吹き込んだ極悪人である。後ろの席からの囁き声に漏れなく引っ掛かった少尉殿もまぁ、大概ではあるのだが。
『今のうちに精々罵るがいい。この番組が終わる頃には、貴様の口も塞がっている事だろう』
僕の放った第一声にスタジオの空気が凍りつく。
そこからは僕の一人舞台と言っても良い。
全ての問いに最速で回答し、他の出演者に答える隙を与えない。難易度が選択できる設問では常に最高難易度を選び、その全てに正解していく。最後のコーナーであるタイムアタッククイズでも歴代最高の回答数を打ち立て、番組を完全制圧したと言っても過言ではない結果となった。
「おい、軍曹……目の前で起きてる事がイマイチ信じられないんだが、これ、どうなんだ?」
番組終盤のCMに入った直後、何故か石でも飲み込んだような表情になっている少尉殿が問いかけてくる。
「おかしいだろ。私はこんな中二病のお化けみたいな喋り方はせんぞ?それにだ、この成績はいくらなんでもやりすぎだろ!こんなに賢い感じにされると、ボロを出さずに生きて行く自信がぜんぜん持てないんだが?!」
「何を言うんですか。喋り方は置くとして、これくらいやらないと今までの失態を払拭できませんよ」
「大事な所を置き去りにするな!!」
「そんな事より集中してください。ここからが本番です」
CMが明けた画面の中には、今まさに教壇へと歩み始めた僕の姿がある。奥歯をきつく噛み締めながら、僕はかつての自分自身の成功を祈り続けた。
※
数分後。
演説を終えた僕が、ハリセンを教壇の上に置いている。手応えはある。これならばきっと、本当の少尉殿を皆にも分かってもらえた筈だ。僕は喜びの表情を期待しながら、おずおずと少尉殿の横顔を盗み見た。
彼女は笑みを浮かべていた。
血がにじむほど下唇を噛み、額に青筋を浮かべながら。
「……なぁ、聞いてくれ、軍曹。私はな、世間では『お馬鹿さん』という扱いになっているんだが」
ちゃぶ台を横にどかした少尉殿はこちらへと膝を進め、僕の頭を両手で挟んで固定する。否応なく覗き込む事になった彼女の瞳に輝きは無く、まるで深い縦穴の淵に無理矢理立たされている時のような寒気が僕の背中を走り抜けていく。
「まぁ実際バカだしな、そんな扱いも仕方ない。私はそう納得して、ようやく自分との折り合いをつけたばかりだったんだ」
笑みを貼り付けた顔がゆっくりと近付いてくる。
思わず腰が引けるが、少尉殿は手を離してくれない。
「ところがどうだ。そんな私が再び『お馬鹿さん』から『女神を自称する重度の中二病患者』へと進化を遂げようとしている。バカから珍獣にメガシンカだ!!いつ動物園送りになっても不思議じゃ無い!!」
何を怒ってる。
何を間違えた。
頭が回らない。
「どうしてくれんだ!何とか言えこの!!」
目を三角にした少尉殿が僕を前後に揺さぶってくる。
そうは言われても、うまく声が出ないんだ。
「……僕はただ、何も分かっていない連中が許せなくて」
やっと押し出した僕の声は震えていた。それを聞いた少尉殿は弾かれたように僕の頬から両手を放すと、一瞬で怒りを霧散させて唇を引き結んだ。
テレビからの音だけが、虚しく室内に反響する。
長い沈黙が続いた後、再び少尉殿が口を開く。
「……勘違いするな、別にそんなに怒ってない。ちょっと驚いただけだ」
そしてため息を吐き、胸の前で腕を組む。
「……まあ、今更だ。バカも珍獣もそんなに変わらんし。それに珍獣として生きてみるのも、ちょっと悪くない気がする」
僕は膝の上で両手をきつく握りしめた。バカと珍獣は全然違うし、そもそも、そんな結論で納得できる訳がない。本当の少尉殿を世間に知って欲しい。僕はそれに失敗したのだろうか。
よほど酷い顔をしていたのだろう。再び膝を寄せた少尉殿は、僕を慰めるかのように無理矢理な微笑みを浮かべてくれた。
「なぁ、私の事を色々と言ってくれたが、アレは全部本心なんだろ?」
僕は頬に熱い物が流れていくのを感じながら、これ以上無いほど心を込めて頷く。
「買い被りにも程があるが……嬉しい。他の事なんか、どうでも良くなるくらい」
少尉殿は膝立ちになって僕の頭を胸に抱きしめると、囁くように言った。
「ありがとうな、軍曹。頑張ってくれて」
僕は謝罪の言葉でそれに答えようとするが、胸が一杯でどうしても声が出なかった。今も空回りを続けている頭。少尉殿から伝わる温かさ。平静でいることなど無理だ。
そんな混乱が、頭の上に置かれた少尉殿の柔らかな手でどうにか治収まりかけた時だった。僕は全身の血液が凍る様な言葉を耳にする。
『ジロー君、綺麗だったねー』
核裸(コアラ)の声だ。それに続いて、複数の出演者の声が入り乱れ始める。
『正直、みんなよく耐えたわ。ハナちゃんで免疫つけといたお陰かな』
『とんでもなく綺麗なのに、ちょっと抜けてるのが好き』
『ちょっとか?』
『でもガチガチのシスコンじゃん。付き合ったら絶対面倒だよ』
『付き合えると思ってんの?』
僕は弾かれるようにテレビ画面へと視線を向ける。バラドル女学院のエンディングテーマが流れる中、出演者達が学習机を囲んで談笑していた。その画面の右半分には、『春野ジロー君』とご丁寧に名前が添えられた僕の写真が大きく映し出されている。渋谷のベンチに座って呆けている、女装していない姿の僕。
「…………やられたな」
ゆっくりと僕から体を離した少尉殿が、テレビに視線を向けたまま苦々しげに吐き捨てる。
「バカと珍獣の姉弟か」
しんみりと呟いた少尉殿は立ち上がり、ちゃぶ台を元の位置に戻してから座り直した。彼女がリモコンを差し向けると、テレビ画面から色彩が一瞬で消え失せる。
「軍曹、冷めちゃったけどメシにしよう」
まるで夢の中を漂っているかのように呆然としていた僕は、少尉殿に呼ばれてようやく現実に引き戻された。ヨロヨロとちゃぶ台に這い寄ると、袖で顔を拭いながら置かれていたスプーンを手に取る。
「こらこら、ハンカチ使え」
差し出されたハンカチで鼻を咬む。
その後は、茶碗を動かす音。かすかな咀嚼音。
ふと、少尉殿が手を止めて「あっ」と声を上げた。
「そう言えば軍曹……。貴様、番組の中で私の事を『マヌケ』だの『阿呆』だのと言ってなかったか?全部本心なんだよな」
口にした離乳食の味は、とても苦かった。