未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す   作:オムライス2023

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(他視点)ある社畜の独白

 

 

 

北赤羽には本物の天使が住んでいる。

あまりにアホらしい響きだが、俺はそれが真実だと知っている。

 

 

 

その日の俺は、勤めている新宿の超絶ブラック企業から十五日ぶりに解放されて、自宅のある北赤羽に戻っていた。彼女を初めて見たのは、その北赤羽の駅前にあるスーパーだった。

 

彼女は両手に持ったネギを真剣に見比べていた。

それだけだ。だからなんだという光景でしかない。

 

だが俺には、その姿が無数の銀色の輝きを背負った途轍もなく美しい存在に見えた。三徹の直後だったので、ついにお迎えが来たと思ったのを憶えている。これが人生の最期に見る優しい幻覚なんだと。今考えるとだいぶ所帯じみたお迎えだが。

 

見知らぬおばちゃんに声を掛けられて、俺は我に返った。どうやら棒立ちで他の客の通行を妨げていたらしい。おばちゃんの両肩を掴むのを辛うじて思いとどまった俺は、普段の人見知りからは考えられないアグレッシブさで銀色の天使の事を聞いていた。おばちゃんは「知らんのか?」と呆れた後で、彼女は二年ほど前にこの街に住み始めたアイドル様だと教えてくれた。ここには越して間も無い事を説明すると、「あの子に不埒な真似は絶対にするな」と釘を刺してくる。聞けば、近隣に存在する複数の町内会が彼女を守る過激な組織と化しているらしい。おばちゃん自身もその一人だと。

 

色んな意味で恐ろしい話だが、そんな発想など元より浮かびもしない。なんなら町内会に入って活動に協力してもいい。

 

天使がスーパーから去っていくのを見送ってから、俺はその場で携帯を取り出し、彼女の事を調べはじめた。アイドルなんぞこれまでの人生で全く興味が無かった。こうしてガツガツと芸能事務所のページを漁っている自分には違和感しか無いが、それすらもひどく楽しい。俺は幸せだった。灰色の人生に、まぶしい光が差し込んだとすら思っていた。

 

 

しかしだ。人生はそう簡単に変わらない。

 

 

残念極まることに、彼女のアイドルとしての活動は実に細々としたものだった。事務所がヘボいのか彼女に意欲がないのか、デビューしてから一年半あまりが経過した現在、目立った仕事はデビュー曲とつい先日発表された新曲、あとはそのPVだけ。サイン会や交流会なども一切ナシ。ファッション誌のモデルは結構やっていたのでオッサンの身ながら買い集めはしたが、その程度では彼女を応援したいという欲望が満たされる事は無かった。

 

さらに落胆させられたのが、液晶や誌面、スピーカーを通して彼女の姿や歌声を見聴きしても、スーパーでの出会いで感じた衝撃を再び体験出来なかった事だ。彼女は姿も声も信じられないほど美しい。ただそれだけだ。あのスーパーでの出会いのような、見知らぬ人間の人生を一気に眩しい光で満たすような力は感じられなかった。

 

相変わらず会社に畜生扱いされ、デスマーチは激化して休日は都市伝説となり、稀に帰宅できても午前様。当然、彼女を街で見る機会など訪れない。ファンクラブに在籍している事も忘れがちになり、俺の人生はそれ程時間を掛けずに再び灰色へと戻っていった。

 

 

変化が訪れたのは、彼女の事を殆ど忘れつつある頃だった。

 

 

携帯に一件の通知が届いていた。春野ハナ公式ファンクラブからの告知だった。『バラドル女学院』に出演するとの事らしい。

 

最近はどんな情報もスルーしていたというのに、俺は何故か番組を観たいと思った。通知を確認した場所が、彼女と出会ったスーパーの前だったからなのかもしれない。閉店して真っ暗なその自動ドアの向こうに、光り輝く彼女の面影がぼんやりと浮かんで見えた。

 

早足に帰宅した俺は、操作方法をすっかり忘れてしまっているハードディスクレコーダーを起動し、何とか番組予約を済ませた。

 

 

 

それから何事もなく数日が過ぎ。

深夜の職場で携帯片手にカップラーメンを啜っていた俺は、ふと思い出した。

 

そういえば、バラドル女学院の放送が数時間前に終わっているはずだ。俺は携帯を操作して自宅のハードディスクレコーダーにアクセスすると、録画データのサムネイルをタップした。

 

結論から言うと、やはり天使は存在していた。

 

ぎこちない愛想笑い。

キョトンとした顔。

涙目で目を泳がせている様子。

無邪気に嬉ぶ笑顔。

そしてなにより、絶望の表情。

 

まるで巨大な腕が、俺の胸の中を引っ掻き回しているかのようだ。体が張り裂けそうなほどの胸の痛みにひたすら耐え続けた俺だったが、番組終盤には爆発寸前になっていた。

 

エンディングが終わると同時に椅子を蹴って立ち上がった俺は、ゾンビみたいにモニターに向き合っている同僚たちの間を走り抜けてオフィスを出ると、社用車のプロボックスに飛び乗って首都高速道路へと突撃した。

 

喉も破れよと雄叫びを上げながら、C1をひたすらグルグルと回る。何周目かで間違えて湾岸線に入ってしまったが、これが丁度よかった。俺はたった二曲しかない春野ハナの持ち歌を繰り返し絶叫しながら湾岸線を爆走した。

 

気がつけば、俺はいつの間にか西湘バイパスのパーキングエリアに立っていた。謎の達成感に浸りながら、明るくなっていく空を見上げてスチール缶を傾ける。荒れた喉に熱いコーヒーが染みるが、それすらも心地よい。

 

こうして落ち着いてくると、この思いを共有したいという欲求が熱いマグマのようにグツグツと湧き上がってくる。

 

SNSをやらないオッサンである俺の主戦場は掲示板だ。放送があった日時の春野ハナ板を探し出して開く。少しスクロールしただけで状況はすぐに分かった。書き込みが人間の会話になっていなかったからだ。ほぼ叫び声や出鱈目な文字列で埋め尽くされている。気持ちはわかるが、「んほぉー!!」しか書き込めない脳が破壊された奴ばかりなのは困る。俺は現行スレを開き、多少落ち着いた書き込みをじっくりと読み始めた。

 

便所の落書きにおいて極めて稀な現象だが、板にいる全ての住人が一人残らず俺と同じ気持ちを抱いていた。俺は迷わず携帯のキーボードをせわしなくフリックし始める。ここに書き込むのなんて久しぶりだ。

 

どれくらいそうしていただろうか。

バッテリーが切れて、携帯が物言わなくなった。

 

我に返って顔を上げた俺は、すっかり色彩を取り戻した世界に視線を走らせた。目の前の海は、遠く、果てしなく続いている。なんで今までこんな事にすら気づかなかったんだろう。行こうと思えば、俺はこの向こうにだって行けたのに。

 

「……さて、どうすっかな」

 

そう呟いた俺は、ドアを開けてシートに滑り込むと、会社とは逆方向の小田原方面へと再びプロボックスを走らせ始めた。

 

 

 

 

 

 






ここまで読んでくれた数人の方々、本当にありがとうです。感謝しかござらん。
それと感想くれた、くらばーとさん、ありがとうです。とても励みになりました。

どうでもいいと思いますが、書くのおっそいので、シコシコ書き溜めようと思います。

主人公二人をいじめすぎたので、次回からはもうちょっと待遇を改善しようと思います。あと06(青髪ツンデレロリ)を登場させる予定です。

感想、ぜひお願いします!
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