未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す   作:オムライス2023

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※予告は守られませんでした(涙)
※投稿してからかなり改稿しています。




疑心暗鬼

 

 

 

目の前で少尉殿が泣いているというのに、僕は怒りに燃えるのではなく、ただひたすらに己の過ちを恥じていた。彼女がこうして涙するまで、この世界の恐ろしさをすっかり忘れていたのだ。

 

こんな重大な事を忘れる物なのかと自分でも思うが、これにはちゃんと理由があるのだ。その一つが、僕が生きていた三百年先の社会の統治方法だ。

 

あの時代に生きる人々は、市民、兵士、そして支配者層、その全てが法を遵守するよう強く条件づけられていた。今なら分かるが、そうしないとあの厳しい環境で人類を存続させる事は無理だったのではないかと思う。おかげで隣人を完璧に信頼できたし、社会から逸脱する者が居たとしても、少尉殿くらいの跳ねっ返りが精々という程度だった。

 

こうした人間を無条件に信じられる環境で生きていたからだろう。「同じ人間である」という理由だけで、僕はこの世界の人々を無意識に信頼してしまっていた。

 

もう一つは、あまりに平穏な日常だ。

 

この世界に『犯罪』が存在している事は情報として知っていた。だがそれを忘れさせてしまうほど、少尉殿との一ヶ月あまりの生活は何事もなさ過ぎた。

 

決まった時刻に三度の食卓を囲み、少尉殿のゲームの時間が終われば一つの布団にくるまって一緒に眠る。

夕暮れ時にはスーパーに向かう。少尉殿とおばちゃん連中の長話にはウンザリするが、そういう時は少尉殿の横顔を眺めて過ごす。

いつも通る道には小汚い野良猫の群れが待ち構えているので、そいつらを少尉殿と一緒になって撫で回す。

あとはコインランドリーに行ったり、マサに食い物を支給しに荒川を歩いたり。そんなしょうもない日々の繰り返しだ。何かを警戒するなんて気が起きるだろうか。

 

……うん。ダメだ。

長々と必死に自己弁護してみたが、要約すると油断していたというだけの話だコレは。小隊軍曹にあるまじき大失態だと思う。あとでじっくり自己嫌悪を楽しむつもりだ。あれば懲罰房にも入ろう。

 

ともかく、少尉殿が犯罪被害を受けた事で、僕はこの世界の危険性を思い出す事ができた。僕らの置かれている状況はあまり良いとは言えない。ネットを一瞥するだけで、『傷害』『監禁』『強盗』『殺人』といった、人間性をどこかに置き忘れて来たような単語が目に入ってくる。これらに巻き込まれない為にもひっそりと生きるべきだと思うのだが、残念ながら少尉殿は広く名が知られ過ぎた。彼女に関心を持った者達のうち、ほんの僅かな割合の人間が悪意を抱くだけで、僕らのもとに招かれざる客が訪れる事になるのだ。

 

まぁ何が来ようが僕は問題はない。この世界の法に縛られていないため、積極的に脅威を排除する事ができる。なんなら大人げなくA3を持ち出す事も可能だ。

 

問題は少尉殿だ。普段の振る舞いから、少尉殿は自分自身を日本国民と認識している可能性が高い。もしそうなら、彼女はこの国の法に縛られて自衛が非常に困難になるはずだ。

 

考えれば考えるほど、僕が全力で少尉殿を守るしかないという結論になる。さしあたって行うべきは、ネットを用いた警戒網の構築と、この建物の要塞化だろう。次に、より堅牢な物件への転居。やるべき事が次々と湧いて出る。

 

「軍曹」

 

少尉殿のか細い声で、僕は弾かれたように我に返った。まだ少ししゃくり上げている彼女の不安げな顔が視界に映る。その瞼は赤く腫れ、髪が頬に張り付きヨレヨレになっていた。

 

どれくらい自分の中に引きこもっていた?僕は慌てて無理矢理に笑顔を作ると、力無い彼女の体を引き寄せてしっかりと抱きしめる。

 

「大丈夫です。大丈夫」

 

少尉殿と僕の間に挟まったGS5の箱が、邪魔で邪魔で仕方なかった。

 

 

 

 

あの事件以来、僕は少尉殿にぴったりと張り付いて離れられなくなった。いつ刃物を向けてくるか分からない脅威が、素知らぬ顔であたりを歩いている可能性は否定できない。誘拐の機会を狙う者が隠れている可能性だってある。とてもでは無いが、彼女を一人で出歩かせる事などできない。

 

霞む目を擦り、ため息を吐く。二十四時間、一瞬たりとも気が休まらない。今の時刻は午後六時、帰路に就くのは日没後だろう。そう思うと更に緊張が高まってくる。

 

「……なぁ軍曹」

「何です少尉殿。警戒中なので手短にお願いします」

「歩きにくくてかなわんのだが。別にくっつくのは構わんが、部屋に戻ってからにしてくれんか」

 

僕は逆上しそうになるのを必死に堪えた。あなたが外出すると言って聞かないから、僕がこんな苦労をしていると言うのに。

 

「少尉殿の安全のためです。ご理解下さい」

「こんなにくっついてたら、いざという時に動けん気がするんだけどな!?まぁそんなのはどうでもいい」

 

ため息を吐いた少尉殿は立ち止まり、僕から体を引き剥がしてこちらに向き直った。

 

「アイドル始めてから色々あったからな。私も貴様と同じ心境になった記憶がある。実はあれから四字熟語を勉強しててな。『疑心暗鬼』って言うんだろ?こういうの」

 

腕を組んだ少尉殿の表情が呆れ顔に変わる。

 

「しかも貴様は、自分自身よりも私の事を心配してるらしい。まったく仕方ない奴だ」

 

言葉を切った少尉殿は、何の前触れもなく身を翻して走り始めた。息を呑んだ僕は泡を食ったようになって追いかけるが、彼女は当初の目的地であるスーパーとは逆方向へと風のように駆けていく。

 

数分ほど走り続けたあと、少尉殿は川辺の遊歩道に差し掛かったあたりでようやく立ち止まった。追いついた僕の抗議を無視して、彼女は周囲をキョロキョロと見回している。高い塀と深い藪に挟まれたこの遊歩道は、人通りもなく薄暗かった。

 

「ここなら人目につかないだろう。では軍曹。久し振りに軍人のダンスを踊ろうか」

 

ふふん、と鼻を鳴らしながら、少尉殿が気取った仕草で最敬礼する。困惑する僕に、彼女は目が笑っていない笑顔を浮かべながら言葉を続けた。

 

「なぁ軍曹、貴様私の事を舐めているだろ。確かに色々と頼りない上官かもしれんがな、そこまで心配されるほど私の性能は低く無いぞ」

 

直後、少尉殿の姿が目の前から消えた。辛うじてスリップさせた僕の頭部の真横を、空気を切り裂く音と共に拳が通過していく。冷や汗が噴き出すのを感じつつ距離を取った僕は、遅ればせながら少尉殿に対して身構える。

 

「三年振りだが、普通に動けるな。貴様のブランクはそんなに長く無いだろ?そこはハンデだ。気にせず全力でかかってこい」

 

そう言い終えるや否や、彼女は恐ろしく鋭い前蹴りを僕の腹目掛けて飛ばして来た。何とか反応して後ろに避けるがその場しのぎにもならない。ベージュ色のワンピースをはためかせつつ距離を詰めて来た少尉殿が、矢継ぎ早に刃のような蹴りを繰り出してくる。とどめとばかりに放たれたハイキックをみっともなく屈んで避けた僕は、なりふり構わずそのまま体を投げ出した。少尉殿の股下を潜るようにレンガが敷き詰められた地面を転がり、ようやく得られた間合いに安堵しながら立ち上がる。

 

「ああっ、おい!!何やってんだ!!」

 

不意に少尉殿が構えを解き、呆気に取られている僕の方へと駆け寄って来た。

 

「服が汚れただろ!!これ洗濯で取れるのか?」

 

羽織っている水色のワイシャツに目を落とすと、袖から肩にかけてレンガ模様が綺麗に転写されている。僕は汚れを顰めっ面で叩く少尉殿をぼんやりと眺めていたが、そのうちにだんだんと腹が立って来た。

 

「……少尉殿。もう一度手合わせ願います。今度は不意打ちなしで」

 

手を止めた少尉殿はキョトンとした顔で僕を見上げていたが、やがて不敵な笑みを浮かべて頷いた。

 

「いいぞ。不意打ち無しな」

 

 

 





※予告なんて高等な事はやめました。
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