未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す   作:オムライス2000

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ロールアウト記念日

 

 

悪夢の放送から一夜が過ぎた。

 

 

夏の気配を感じる昼下がり。

僕は窓枠に寄りかかりながら、揺れるカーテンをぼんやりと眺めている。

 

 

なんにもやる気がしない。

 

 

あの放送のせいで完全に心が折れてしまっている。芸能事務所の社長への怒りも当然あるが、それよりも少尉殿に迷惑を掛けた自分への失望があまりに大きい。復讐する気力など当分は湧きそうもなかった。

 

このまま窓際で一生を過ごすのが僕にはお似合いだと思う一方、心のどこかにこの部屋の濁り切った空気を何とかしなければという危機感もある。

 

僕は部屋に敷かれたままの布団に向かって声を投げた。

 

「少尉殿、そろそろ起きませんか」

 

相変わらず少尉殿の起床時間は遅い。

放っておけばいつまでも眠っていそうである。

 

「……もすこし」

「よくもまあ、そんなに寝てられますね」

「あすバイト。ねときたい」

 

少尉殿は、モデル仕事のために明日から五日間ばかり家を空ける。行先は沖縄らしい。こんな様子で大丈夫なのか心配だが、本人は絶対に行くという決意を固めている。この仕事の報酬が無いと来月ヤバい(少尉殿談)らしい。

 

そういえば高価なゲーム機をネットで購入したとか言っていたな。ちょうど少尉殿が帰ってくるあたりで届く予定になっていたはずだ。

 

「僕も資金を出しますよ。番組の出演料が手元にありますので」

 

汚れた金だが、それでも金は金である。少尉殿の為に役立てれば多少は浄化されるだろう。

だが、少尉殿は顔を布団に伏せたまま平坦な声で断ってくる。

 

「いい。そろそろしごと、しないと⋯⋯」

 

自分が有名になれば隊員が見つけてくれる筈だという適当過ぎる考えの下に、少尉殿は望んでもいないアイドル業を続けている。僕のA3があるんだから、もしこの世界に隊員が転移してきたらすぐに分かるというのに。

 

ふと見れば、少尉殿はまた寝息を立て始めた。

これは無限ループという奴ではないか?

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、少尉殿はスーツケースを引っ張りながら慌ただしく出て行った。

 

嵐が去ったこの部屋は、まるで時が止まってしまったかのように静かだ。少尉殿の几帳面な性質が反映された、居心地のいい空間ではあるのだが……一人で過ごすには落ち着かない。知らない部屋に迷い込んでしまった気すらしてくる。

 

所在なさを消そうと勢いよく畳の上に腰を下ろした僕は、窓枠に頭をひっかけて液体のように呆けはじめた。

 

 

この無為に流れていく時間をどうすべきか。

 

 

困ったことに、何も思い浮かばない。

こういう時は誰かに相談するのが良さそうなのだが……。僕の頭の中で、僕を中心とした交友関係の相関図が描かれ始める。無論、あの芸能事務所の連中はもれなく敵なので全員除外されている。

 

一瞬で完成してしまった空虚な相関図に残っていたのは、荒川に住むホームレスたった一人だけであった。

 

 

 

 

 

 

「わしに相談?そこらの犬に聞いた方がマシな気がするねんけど」

 

マサが僕から受け取ったパンを咀嚼しながら言う。

 

ここは荒川の橋の下。マサの手で作られたバラックが、絶妙なバランスで形を保っている。考えてみれば少尉殿は週に一度はここに来るため、その度に付いて行っている僕も、マサと結構な顔見知りになってしまっている。

 

なんだか妙な感じだ。

 

「心が折れた時の対処法ねぇ。わしが折れた時はホームレスになったなぁ」

 

それを真似たところで、別の箇所がさらに折れて複雑骨折になるだけだ。ため息をついてボロボロのベンチに座ると、いくつもあったパンを飲み物のように食べ終えたマサが隣に座る。

 

「何があったん?話すとええよ」

 

そう言われて暫く躊躇したあと、僕はマサに自分のやらかしの全てを語り始めた。

 

少尉殿が世間に馬鹿にされて悲しんでいること。

その屈辱を晴らすために僕が番組に出て、余計に事態を悪化させたこと。

 

結構長い話になったが、マサは何も言わずに最後まで話を聞いてくれた。話し終えた今は心が軽くなっているのを感じる。僕は長い息を吐き、聞いてくれた礼を言おうと隣に座るマサへと向き直る。

 

 

僕はベンチから転げ落ちた。

 

 

マサが、憤怒の表情を浮かべている。

あの無害で温和なマサがである。

 

僕が見上げている前で、マサは懐から使い込まれた携帯端末をゆっくりと取り出した。そしてボタンを人差し指でゴリゴリと押していく。暫くのコールの後、マサは普段の彼からは想像もつかない地鳴りのような声で話し始める。

 

「⋯⋯春野か?おうワシだ、郷田だ」

 

そして胸一杯に空気を吸い込み、貯めに貯めた音圧を携帯端末のマイクへと叩きつけた。

 

「なぁーーにが、お久しぶりですじゃい!!こんモタレ!!おどルァ、ハナちゃんとジローくんに何としとるンなん?!ぶち転がされたいんかキサン!!おォ?!」

 

僕が戦慄しながら見つめる中で、マサが刃のような言葉を電話の向こうに突き立てまくる。そんな壮絶な光景が永遠に続くかと思われたあと、マサは携帯を切ってそっと懐に仕舞った。

 

 

頭上の橋を、電車がガタゴトと通過していく。

 

 

「叱っといたんよ。あとでちゃんとお詫びするって言ってた」

 

穏やかに語るマサに、僕は恐れ慄きながら問いかける。

 

「ま、マサは、春野社長と知り合いだったのか?」

「かつての後輩よ。あの男にハナちゃんの事を頼んだのは間違いだったかもしれんね」

 

マサは首を廻らせて、青々と植物が生い茂る川岸へと目を向けた。

 

「ハナちゃんをここで見つけたのは、3年前の7月29日だったんよ。その日はハナちゃんの誕生日になってるんよね」

 

その日は台風の翌日で、マサはバラックが流されていないかと早朝に川に戻ったらしい。そこで少尉殿を発見したマサは、すぐに春野社長に相談を持ち掛けた。

 

その後は警察や児童養護施設など関係各所の介入がありつつも、不思議なほどスムーズに養子縁組が成立。少尉殿はあっさりと社長の娘に収まったとの事だった。

 

「ここでハナちゃんを見つけられたのは、わしの人生で一番の幸運だったと思うんよね。ホームレスやってて良かったわ、変な話やけど。……せや、ジローくん、ハナちゃんにお詫びしたいって言うとったよね。あとひと月くらい先なんやけど、ちょっと頑張った誕生日プレゼントを用意するとかどうやろうか」

 

誕生日……ロールアウトされた日か。それを祝う?なるほど。全く意味が分からん。しかも、ほぼ間違いなくその日は少尉殿がロールアウトされた日ではないだろう。

 

それに、僕ら兵士がどれくらいの耐用年数を与えられているのか分からないが、あまり長くない年月だろう事は想像に難くない。耐用年数が減少していくことを喜ぶ気には全くなれなかった。

 

とはいえ、確かに少尉殿が喜びそうなイベントではある。ゲーム機の購入は今朝断られている。他に少尉殿が欲しがりそうな物は何だ?

 

「なんでもいいんよ。ジローくんの心が込められてるならハナちゃんは喜ぶはずよ」

「そういうのはいいから、具体案を出してくれ。謝礼として次回の訪問時に高めの土産を一品つけよう」

 

マサは困り顔でしばらく腕を組んだあと、ガラクタの山から棒を一本とりだしてきて土の上に円を描きはじめた。四つに分割された円の領域には、それぞれに『時計』、『指輪』、『バッグ』、『花』と書かれている。

 

「中心に棒を立てて、手を離すんよ。棒が倒れた方向の品物に決定ね」

「なんだこの無意味な手続きは」

「どんな方法でも、ジロー君が決めなきゃなんよ」

 

この世界は謎が多すぎる。

僕が言われるまま適当に棒を転がすと、その先には『指輪』の文字があった。

 

 

 

 

 

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