未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す   作:オムライス2023

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けちゃっぷかみさん、感想ありがとうございました!
ここまで読んでくださっている皆様、感謝しかないです。


※日常回です
※進展しません


呪文

 

 

笑みを消した少尉殿が構えると同時に、僕らの組手が再び始まった。

 

こう見えて、少尉殿は尉官としては明らかに突出した性能を持っている。心理面が問題だらけでなければ、もっと上の階級に選別されていたはずだ。肉体面においても反応速度や敏捷性が標準性能を大幅に上回る。

 

僕は拳を交えながら、その性能差に顔を引き攣らせていた。少尉殿はサンダル履きの上に遊びのような余裕すら漂わせているが、僕は本気も本気だ。虚実が混交したやっかいな打撃を掻い潜りながら、前に出て彼女を捉えようと必死に足掻き続ける。序盤はまだ動きを追えていた。だがそれも、結局は少尉殿が追い込みに入るまでの猶予でしか無かった。

 

「どうだ、参ったか」

 

少尉殿が得意げな笑みを浮かべている。その対面で固まる僕の頭の真横には、捲れ上がったワンピースの裾から突き出た少尉殿の脚部が白刃のように突き付けられていた。

 

「……参りました」

 

僕がそう呟いてから構えを解くと、少尉殿も乱れた服を払ってこちらに向き直った。少し困惑した表情だ。

 

「どうした軍曹、たかが組手だぞ。そこまで落ち込まんでもいいだろう」

「……少尉殿、自分は護衛失格ですか」

「いや。貴様の仕事に抜かりなんて無いぞ。私に護衛は不要ってだけの話だ。子供みたいな扱いはご勘弁だからな」

 

子供みたいなもんでしょうが……!!

腕っ節で万事が解決すれば世話はない。一人歩きの危険性を幾ら言っても理解してくれないのだ、この方は。心の中で頭を抱えながら沈黙を続ける僕に、少尉殿がわざとらしく明るい声で話し始める。

 

「軍曹、私の事は一度忘れて、自分が楽しいと思う事を考えてみろ。この世界には目を向けるべき物が沢山あるぞ」

「……楽しい事」

 

考えてみるが、思い浮かぶのは少尉殿の姿ばかりだった。そのうちのかなりの数が、ロクでもないことをしている少尉殿なのだが。

 

「少尉殿の事しか考えられません」

 

その答えを聞いて、少尉殿は笑みを必死に堪えるような表情になった。右手は髪の毛先を弄り始めている。

 

「忘れろと言ったのにな……ところでどういう意味かな、それは」

「そのままです。意味など特に無いと思います」

 

少尉殿の手が止まった。

表情も、心なしか憮然としたものに変わっている。

 

「他にも何かあるだろ、気になっている事」

「他ですか……強いて挙げるなら、この世界の『家族』という単位が興味深いですね」

 

もし僕らの小隊を家族に例えるなら、母は少尉殿、父は僕になるだろう。他の隊員は子供らだ。全員ほぼ同時期に製造された家族には違和感しかないが、彼らとこの世界で過ごす日々を想像するのは中々に楽しい。

 

それに僕と少尉殿が夫婦となれば、今よりも行動を共にする時間が増加するだろう。これは彼女を護る事にも繋がるはずだ。

 

僕は婚姻を真面目に検討しはじめた。

 

行政機関に対する正式な婚姻手続きは、国民ですらない僕の立場では非常に煩雑になる。一方で当事者間における合意は、短い定型文で相手に打診するだけと非常に簡潔、かつ気軽に行えそうな内容だ。試しにやってみる価値がありそうに思えた。

 

「少尉殿、ちょっと宜しいですか」

 

改めて姿勢を正した僕を、少尉殿がキョトンとした顔で見ている。何故だろう、少しばかり緊張してきた。僕はネットで拾った婚姻申し込みの定型文を頭の中で復唱し終えると、少尉殿の目の前に跪いて右手を差し伸べた。

 

 

「『愛しています』少尉殿。どうか僕と『結婚』してください」

 

 

少尉殿が固まった。

故障したみたいに完全静止している。あまりに動かないので、いい加減心配になった僕がもう一度言い直そうと思った瞬間、彼女は落雷を受けたかのように体を震わせて復活した。

 

「なんだ急に!!どうしてそうなった!?」

 

僕から後ずさった少尉殿は、両手で髪をせわしなく弄り始めた。その顔は夕闇の中でも分かるくらいに真っ赤に染まっている。その後も返事を待ち続ける僕にチラチラと視線を向けながら挙動不審だったが、ふと重要な事を思い出したらしい。急に無表情になって動きを止めた。

 

「……いや待て、変だろ。いきなりプロポーズとか絶対におかしい。まさかコイツ……」

 

少尉殿の顔から表情が完成に抜け落ちた。彼女の全身から放たれ始めた圧力を浴びて、虚しく差し出されていた僕の右手が萎びた枯れ枝のように落ちていく。そんな殺人的な空気の中で、肩をいからせた少尉殿が地の底から響くような声を押し出した。

 

「おい軍曹。私の事をどんなふうに『愛している』んだ。説明してみろ」

 

断固とした口調に気圧されながらも、僕は慌ててネットを漁り始める。

 

「ちょっと待ってください、今調べてますので」

「調べなくていいぞ。その答えで充分だ」

 

大きく見開いた僕の目に、振り下ろされる少尉殿の掌が映った。

 

 

 

 

次の日の、どちらかと言えば夜中に近い早朝。

 

僕は不意に眠りから浮かび上がった。すぐ隣に横たわっている少尉殿が、暗闇の中でかすかに身をよじりながら小さな声で唸っている。僕はにわかに緊張しながら体を起こした。眠る前は何の異変も無かったはずなのに。

 

「どこか痛むんですか」

「あ……何だ軍曹。二度と口を利かないと言っただろ」

 

しばらく沈黙が続いた後に、少尉殿の言いづらそうな声が闇の向こうから響く。

 

「筋肉痛だ」

 

……あの程度の運動で?

僕が拍子抜けしている気配を感じ取ったのか、少尉殿が不満げに続ける。

 

「なんだよ。しょうがないだろ三年ぶりなんだから」

「そうですね。具合を調べるので脱がしますよ」

 

僕は横たわっている少尉殿から強引にパジャマを剥ぎ取ると、抗議する彼女を転がして無理矢理うつ伏せにさせた。闇の中でほの白く輝く体に手を走らせて行くと、滑らかな手触りの起伏の下に、強張りと火照りがいくつか見つかる。症状を把握し終えて立ち上がった僕は、台所で複数枚の濡れタオルを作ると、それらを無造作に少尉殿の体へと貼り付けていく。

 

「つべっ!!いっ?!」

 

奇声に構わず全て貼り終えると、やがて少尉殿から心地よさそうな呼吸音が聞こえ始めた。

 

「熱が引いて痛みが治まったら、次は温めたいのですが」

「……それなら……風呂がいい……」

 

アレか。初めて知った時はとんでもない水とエネルギーの浪費だと驚いたものだ。

 

「起きたら……風呂……」

 

それを最後に、少尉殿は黙り込んでしまう。火照りが取れた事を確認してパジャマを着せ終える頃には、彼女は完全に眠りの世界に落ちてしまっていた。

 

取り残された僕は眠れそうに無い。

 

夜明けまでの時間をどう潰すか。僕は少尉殿の隣で天井を見上げながら、二日前から構築を進めている警戒網の進展を確認し始めた。張り付いての護衛が許されなくなった今、こういった予防策はいくらやっても終わりが無い。

 

今の所、進展に問題はなさそうだ。少尉殿を害するような動きがネット上で検出されると、即座に対応が行われる仕組みが整いつつある。周辺のオンラインな監視カメラも掌握済みだ。元々は他の隊員を見つける為に用意していた仕掛けなのだが、こんな使い方をする事になるとは思わなかった。

 

この建物の要塞化については、建物周辺を調べていくうちに確認したい事がいくつか出てきた。社長の春野が色々と絡んでいるようだ。会う約束は取り付けてあるので話を聞きに行こうと思っている。物凄く気が進まないが。

 

あとは少尉殿のA3をどう荒川の底から引き上げるかだ。これについても以前から準備を進めている。結局は元の少尉殿に戻って貰う事が一番の安全対策だ。

 

だが、何故だろう。

 

再び上半身を起こした僕は、隣に眠る少尉殿へと視線を落とした。暗闇に慣れてきた目に、彼女の緩み切った寝顔が映る。僕はその額に掛かっている髪をよけながら、この部屋で過ごした一月あまりを思い返そうとする。

 

バカっぽい笑顔で、好物のカレーを頬張っている少尉殿。

 

なぜか真っ先に、そんな光景が頭に浮かんだ。

あの笑顔が見られなくなるかもしれないのは寂しい。

 

そう思った。

 

 

 

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