未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す   作:オムライス2023

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始まりと、終わりの始まり

 

 

 

目黒芸能事務所での用事を終えて北赤羽に戻ると、時刻は午後をだいぶ過ぎていた。

 

僕は家路を急いでいるつもりだった。あの部屋がそれなりに安全な環境である事は分かったものの、やはり少尉殿を一人にしておきたくない。なのに、アパートへと近づくにつれて僕の歩みは急激に遅くなっていく。

 

思い返せば、少尉殿は部下に怒りを見せた事など無かった。手を上げるなど論外であり、怒鳴られた記憶すらない。そこに来ての今朝の暴れっぷりである。今部屋に戻ると何が待っているのだろう。すぐにでも踵を返したくなる。

 

進みたがる自分と、逃げたがる自分。両者のあまりに不毛なせめぎ合いがどれだけ続いただろう。結局アパートに辿り着いてしまった僕は、迷いまくった末に錆だらけの外階段を登り始めた。どれだけそっと歩いても、忌々しい木製のサンダルがガンゴンと音を立てて心臓に悪い。変な汗が流れて来る。

 

ふと物音がして思わず立ち止まった僕は、階上を見上げて息を呑んだ。

 

そこには肩をいからせた少尉殿が立っていた。こちらを見下ろすその表情は、今にも泣き出しそうなほどに歪んでいる。

 

「少尉殿」

 

僕が思わず呼び掛けると、彼女は慌てたように右手で自分の顔を拭う。

 

「どこ行ってたんだ、バカ」

 

無理矢理に怒りへと表情を作り変えた彼女は、わずかに震える声でそう言った。

 

 

 

 

午後三時過ぎの、遅い昼食が始まった。

 

恐縮しながらスプーンを握る僕の前には、いつもより沢山の皿が並んでいた。どれも僕が最近食べられるようになった品ばかりだ。夕食よりも豪華な食卓に、僕は内心首を傾げる。

 

食前の合掌のあと、僕らは黙々と箸を動かしはじめた。茶碗が置かれる音と衣擦れの音だけが、ただ延々と響き続ける。僕は恐怖のあまり食卓から目を上げられずにいるが、前方からは確実に圧のようなものが伝わってくる。そんな殺伐とした食事が終わりなく続くかと思われたが、いつかは皿が空になる時が来る。僕は豆腐の最後のカケラへとスプーンを向けた。その時だった。

 

「……帰ってこないかと思った」

 

ぽつりと、少尉殿が言った。

まだ大半の白米が残る茶碗を置いて、彼女は独り言のように言葉を続ける。

 

「お前に嫌われたと思って怖かった」 

 

全身の毛が逆立つ様な感触を覚えながら、僕はいつの間にかちゃぶ台に身を乗り出していた。僕が少尉殿を嫌う?

 

「何ですそれ!!昼食の時間に遅れただけで」

「そんな事今まで無かっただろ!!」

 

きつく口を引き結んだ少尉殿は、手元に目を落として呼吸を整え始めた。まるで覚悟を確認しているかの様に。やがて意を決したらしい彼女は、真っ直ぐに僕へと視線を向けてから声を押し出し始めた。

 

「お前が出て行った後、なんであんな事をしてしまったんだろうって後悔した。どうしたら仲直りできるか考えて、お前の好物をたくさん作って帰りを待とうと決めた。スーパーで急いで買い物してから、家に帰って台所でフライパンを持った。……その時、急に全部が分かってしまったんだ」

 

その先の言葉を待つが、少尉殿は口を閉ざして再び視線を下に向けてしまう。焦れた僕が続きを促そうとすると、少尉殿は上目遣いで探る様な視線をこちらに向けながら、ためらう様に再び口を開いた。

 

「……軍曹、私に馬乗りになってパジャマを脱がそうとしてる時に……何か自分に変化を感じたか?」

 

予想外の質問に、僕は思考停止してしまう。

 

「変化……ですか?」

「身体に何かが起きなかったか?何でもいいんだ」

 

少尉殿の真剣さに気圧されて過去へと遡ってみるが、そういった現象には全く覚えがない。ただひたすらにウンザリしていた記憶だけがあるが、さすがにそれを報告するのは憚られた。

 

「いえ、特には何も」

「……本当に?胸の鼓動が激しくなったりとかもなく?」

 

少尉殿の眉間に、一本の深い皺が刻まれた。

学習したので流石に分かる。これはまた僕がやらかしている流れだ。だが虚偽の報告は出来ないし、そもそも少尉殿がどんな報告を望んでいるのかも分からない。

 

「……はい。ありませんでした」

「あーーーーーー!!もおおおおおおお!!」

 

投げやりな叫びを発したと思ったら、少尉殿は着ているTシャツをまくり上げて脱ぎ始めた。手にしたそれを部屋の隅に放り投げると、続いて胸に装着している下着にも手を掛け始める。

 

何が起きているのか分からず唖然とする僕の前で、少尉殿は短めのスカートだけの姿で立ち上がった。真っ白な体と銀色の髪が、窓から差し込む午後の光を浴びて眩しく輝いている。

 

彼女はそのままちゃぶ台を回り込むと、僕と膝を突き合わせる距離で正座した。

 

「軍曹、私の胸を触れ!!」

 

訳が分からない。

 

僕は己の耳を疑いながら、至近距離にある少尉殿の顔を凝視した。その顔は燃えるように赤く、目尻には涙が浮かんでいる。少し鼻息も荒い。これがどういう表情なのか、僕には判別できなかった。

 

「……どういう事でありますか?」

「命令だ!!左右どっちでもいいから、貴様の好きな方を触れ!!」

 

意味不明でも命令とあらば逆らえず、僕は突き出された胸に視線を向ける。こうして間近で観察するのは初めての事だ。

 

それらは掌に少し余る大きさで、先端をわずかに上に向けて整然と並んでいる。混乱の最中だというのに、僕は観察対象が持つ曲面の美しさに惹かれ始めていた。それと同時に、果たしてこの繊細な造形物に触れても良いのだろうかという懸念も湧き上がってくる。

 

「……なんだか、触るのが畏れ多いのですが」

 

思わずそう漏らした直後、まるで夜空に発生した爆発の様に少尉殿の顔が明るくなった。

 

「そう、その調子だ!!その気持ちを持ったまま触ってくれ!!」

 

夢の中にいる様な非現実感の中で、僕は触れると壊れそうなそれに右手を伸ばす。ごく小さな固い先端部分が掌に当たり、少尉殿が大きく身を震わせた。だというのに、初めての体験への好奇心が勝り始めた僕は、自らの指をすべすべとした曲面に沿わせて折り曲げていくのを止めようとしなかった。

 

しっとりと温かい表面に指が食い込んでいく。吸い付く様にどこまでも柔らかい反面、一定以上に指を侵入させると張りのある弾力が押し返してくる。その弾力をねじ伏せてもう少し手に力を込めると、中心にある球状の固い部分で指先が止まる。たった一握りするだけで、こうした複雑極まりない感触が手を通じて伝わってくる。

 

握ったまま恐る恐る少尉殿の顔を盗み見ると、彼女はきつく目を閉じて歯を食いしばっていた。顔どころか全身が赤く染まりつつあり、息もはっきりと荒い。いつもの僕なら、こんな状態の少尉殿を真っ先に気遣うだろう。

 

なのに、何故なのか分からない。先端部分が掌の中央をくすぐるのを感じながら、僕は自分勝手に指を動かして、その重みとたわみを楽しみ続けた。いつの間にかもう片方にも手を出している始末だ。両方を鷲掴みにしつつ、僕は無意識のうちに感嘆の声を上げていた。

 

「なんだこれ、面白い」

「…………は?」

 

冷たい声がした。

 

僕は掴んでいるものから視線を上げる。

そこには完全に無表情となった少尉殿がいた。

 

「面白い……?面白くはないな」

 

少尉殿は僕の両腕を掴むと、それを一気に押し返した。指から引き抜かれた乳房が、ブルンと大きく暴れてからすぐに静止する。

 

しばらくの間、少尉殿は僕の両腕をきつく掴んだまま動かなかった。その手からは震えが伝わってくる。生きた心地がしないまま、僕は俯いている少尉殿を見つめ続ける事しか出来なかった。

 

「……もう同じ事は繰り返さないと決めたんだ」

 

不意にそう呟くと、少尉殿は僕の腕を解放してから立ち上がった。

 

「分かる様になるまで教育してやる。逃がさんからな、軍曹」

 

 

 

 

 

 

生きた心地のしない一日が終わり、今は深夜、午前二時。

 

少尉殿が寝ついてくれた事に安堵しながら、僕はアパートからこっそりと抜け出した。今の僕は少尉殿を一人にする事に何の躊躇いも無い。これまで彼女を強力に護り続けてきた『守護天使』へのコンタクトに、ほんの数時間前に成功していたからだ。

 

僕が向かったのは最寄りにある公園だ。少尉殿と再会した日に訪れた場所でもある。僕は同じベンチに腰掛けて、待ち人を暗闇の中に探し続けた。

 

やがて前方の街灯が照らす領域の中に、子供の様な人影がぼんやりと浮かび上がった。それは迷いなく真っ直ぐにこちらへと近づいてくる。僕は片手を上げて、暗がりの向こうへと声を掛けた。

 

「よう、一ヶ月ぶりだな」

 

小柄な少女が、腰に片手を置いて僕の前に立ち止まる。残った方の手が彼女の薄紫色の前髪を払うと、その向こうには真紅の瞳が二つ並んで輝きを放っていた。

 

「相変わらずたるんだ顔だな。軍曹」

 

開口一番でこれか。

僕は嘆息しながら立ち上がった。

 

「一ヶ月じゃ人はそんなに変わらないぞ、06」

 

 

 

 




軍曹のあまりのアホさ、ガキっぽさに嫌になる方が多いかと思いますが、今後の展開の為に必要でして。もうこんな事は有りませんので、もうちょっとお付き合い下さい。

この後は軍曹にやらかしの対価が降りかかってきますが、そのあたりコミカルになるよう頑張ります。一応コメディにジャンル設定しちゃってますもんね……。
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