未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す   作:オムライス2023

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俺は変性期

 

 

あの男を頼るなんて、僕はどうかしていると思う。

 

だけど、「お前の抱える問題を必ず解決する」と自信満々で断言されてしまったら、それに縋りたくなるのも仕方ないではないか。

 

そろそろ見慣れてきた目黒芸能事務所の会議室。その椅子に収まった僕は、何度目かのため息を吐いた。対面に座る和泉女史が気遣わしげにこちらを見てくれているが、正直口を開く気分にならない。

 

やがて扉が開き、元気一杯の春野社長が部屋に飛び込んできた。

 

「よぉジロー!!よくぞオレに相談してくれた!!」

 

煩い。そして暑苦しい。その顔はツヤツヤと血色が良く、少し前に会った時より若返っている様にすら思える。奴は対面に立つと、両手をテーブルに叩きつけて早口で捲し立て始めた。

 

「お前の相談を聞いてな、オレは神に感謝したね!このために生まれてきたんじゃ無いかと思ったくらいだ!まずはこいつを見てくれるか?!」

 

数枚の紙がクリップ留めされた書類を、春野がテーブルの上に投げて寄越す。表紙には『俺は変性期』という表題と共に春野の名前が書かれていた。

 

「……なんだこれは」

 

思わずゴミを見る様な視線を送ってしまうが、意に介さない春野は口の回転を止めようとしない。

 

「そいつぁ『ドラマ』の原案だ!前にお前が女装した時にビビっと来て書いたんだが、今回の相談を聞いて運命を感じてなぁ、こうして引っ張り出してきたって訳よ!!」

 

ドラマ……主に架空の人間関係をシミュレートした映像作品。僕が全く学習を進めていない分野でもある。しばらく無言で視線を落とした後、僕は嫌々ながら書類を拾い上げて表紙をめくった。

 

『ある日の朝。主人公の流川雄二郎(15)は、目を覚ますと自分が絶世の美少女になっている事を発見する。』

 

……いきなりこれか。冒頭から支離滅裂ではないか。春野にちらりと非難の視線を向ければ、奴の期待に満ちた熱い眼差しと目が合ってしまう。急いで顔を逸らした僕は、眉根を寄せながら再び文字を追い始めた。

 

『面影を残しつつも美しい少女となった雄二郎に困惑する人々。その中には、彼の幼馴染である忍野兄妹の姿もあった。雄二郎に強い恋心を抱いていた忍野妹は、同姓となった事を逆にチャンスと考え、彼に大胆なスキンシップを仕掛け始める。一方の忍野兄は、大親友である雄二郎に以前と変わらぬ態度で接しようと努力するものの、彼に惹かれていく自分を抑えきれなくなっていく。』

 

……頭が混乱する。登場人物が全員おかしくなっている事は何となく分かるが、これに比べたら寝言のほうがまだ理解できそうだ。

 

『女性の体でありながら飽くまで男として振る舞う雄二郎は、忍野兄妹との距離を測りかねて次々とトラブルを引き起こしていく。それらの困難は雄二郎を傷つけると同時に、彼を一人の女として徐々に花開かせて行く。』

 

……なるほど。

 

「さっぱり分からんぞ」

「それそれェ!それがお前の悩みの原因なんだよ!恋愛感情が全く理解出来ねぇんだ!女の気持ちが分からない青臭いクソガキで、なのに見た目はどんな美女でも足元にも及ばねぇ。完璧にこの主人公と重なるじゃねぇか!!」

 

春野が突然テーブルに跳び乗り、血走った目をこちらに近づけて来る。僕は椅子から転げ落ちそうになった。

 

「ジロー、女になれ!そして女の気持ちを体で覚えろ!!こいつぁな、お前が恋愛を理解するための物語なんだよ!!」

 

 

 

 

あの男の話を聞くなんて、僕はどうかしていたと思う。

 

和泉女史が目の前で必死に「やめとけ」と手振りしているというのに、春野の「コレで確実に女の気持ちが分かるようになる」という言葉にまんまと乗ってしまった。やたらと手回しがいい事に契約書まで用意されていて、巧みに誘導された僕はいつの間にか乙の欄に自分の名前を記入してしまっていた。

 

こうして僕は、春野の原案が制作決定となった場合に流川雄二郎役を務める義務を負う事となってしまった。

 

この世界では契約が一方的に破棄される事が多々あるようだが、僕らは一度結んだ決まり事は全力で履行する。たとえそれが理不尽な内容であってもだ。これは僕らが法を遵守するように造られている事が関係していると思われる。

 

つまり、僕に逃げ道は無い。

 

だがまあ、今回は大丈夫だろう。あんな頭のおかしい男が作成した代物がマトモである訳がなく、実際にドラマ制作が開始される確率は万に一つも無いからだ。これに懲りたら二度と軽はずみな契約締結を繰り返してはならない。僕は己の心に戒めを刻み込んだ。

 

一方で、女性の気持ちが分からないという欠点の指摘が図星だったのも確かだ。さすがの僕も、自分の問題がその辺りにある事は理解している。ただ、どうやって女性の気持ちを学べば良いのか全く見当がつかないのだ。

 

もしかしたら、今回の春野の提案が問題解決の糸口となっていたかも知れない。そう考えると少しだけ残念な気持ちにならなくも無かった。

 

どれくらいの間、こんな詮無い事を考え続けていたのだろう。僕は頭を振って無駄な思考を意識の外に押しやると、ハンドライトを持ち直して目の前の作業に集中した。

 

僕が今立っている場所は、渋谷駅の真下にある巨大な地下空間だ。暗闇の中で僕が動く度に、この広大な空間に澄んだ水音が反響していく。目の前にある僕のA3も、ハンドライトで照らすと水溜りの上に跪いているのが分かる。

 

豪雨が来たら、ここは雨水で一杯になる。そんな場所にA3を置きっぱなしにしている理由は、この巨体を外に出せるだけの広い通路がこの施設に存在しないからだ。早い話、閉じ込められてしまっている。最悪の場合はどこかを破壊して外に出るしか無いと覚悟していたが、06にはコイツを運び出す何らかの方策がある様子だった。

 

突然、いくつかの光が遠くで瞬いた。

同時に複数の足音が階段を降りて来る。

 

「待たせたなー!軍曹ー!」

 

06の声が何重にも反響しながら届いてくる。僕はハンドライトを振って彼女に応えた。しかし、なにしろこの地下貯留槽は広大だ。06が普通に会話できる距離まで来るのに一分以上はかかった。

 

闇から浮かび上がった彼女はいつものインナースーツ姿ではなく、オリーブ色の作業ツナギに白い安全ヘルメットという出立ちだった。どうにも似合っておらず、服に着られているような印象がある。僕は歩み寄って来る彼女に声を掛けた。

 

「よう。しかしなんで毎回、直接会うんだ?」

「なんだ、私と会いたく無いのか」

 

暗がりとヘルメットでよく見えないが、06はきっと前回のように悪戯っぽい笑みを浮かべているのだろう。

 

「機体の引き渡しだから一応な。それに共に事を成すなら、対面での会話を軽く見てはいけない。私がこの世界で学んだ事の一つだな」

 

そういうものか?

肩をすくめた僕は、右手のハンドライトをA3に向けた。

 

「で、どうやってコイツを運び出す」

「道路の緊急工事という名目で搬出口を作っている所だ。明後日の深夜に機体を搬出する手筈になっている」

「……滅茶苦茶やるな」

「それだけの価値があるんだ」

 

そう言われると悪い気がしない。

 

「無駄かもしれんが、軽く点検しておいた。弾も丸々残ってる」

 

A3の脚部を叩くと、繊維を編んで造られた装甲が軽い音でそれに応える。

 

「臨時操縦者の登録も完了している。権限を確認してくれ」

「……確認した。」

 

06の声とともにA3の頭部にあるセンサーが瞬く。これで引き渡し完了だ。

 

「後は我々に任せてくれ」

 

06は満足げだったが、僕の様子にひっかかる物を感じたようだ。彼女はこちらに向き直って疑問を口にした。

 

「どうした軍曹。なにか懸念があるなら言ってくれ」

「……なぁ、06。本当に少尉殿に黙ってていいのか?」

 

僕の言葉を聞いた06は口を固く結び、腕を組んで沈黙してしまった。

遠く水音だけが聞こえる。

 

「……軍曹。私は少尉を敬愛している。あの方の為なら何だってしてみせる。その私の言葉を信じてくれ。『少尉殿』は、この件に絶対に関わらせてはならない。ただこの世界で幸せに生きてくれればそれでいいんだ。そして何度でも言うが、それを支えるのは軍曹、貴方の仕事だ」

「やはり理由は教えてもらえないのか」

「知ってどうする?『少尉殿』の安全を脅かしたいのか?」

 

正直言って納得出来ない。

だが06が本心を喋っているのは分かるし、僕も少尉殿には戦って欲しく無い。せいぜいゲーム機で荒ぶるくらいにしておいて貰いたいのだ。

 

考えども葛藤に折り合いは付かず、僕はそれを無理やり胸の奥に押し込む事で蓋をする。

 

「……わかった」

 

僕の返事を聞いて、06の緊張があからさまに解けた。

 

「理解してくれて助かる。では、また明日」

「帰る前に紹介してくれないのか?」

 

僕は06の背後に立っているはずの気配へと視線を向けた。

 

「ああ、すまん。部下のマニング曹長だ」

 

暗闇の中から、身長170センチ程度のがっしりとした男性が姿を現した。06と同じくツナギ姿だ。彼が目深に被っていた安全ヘルメットを脱ぐと、金髪碧眼の実直そうな相貌がその下から現れる。顔の骨までしっかりしていて、とにかく頑丈そうな男だ。年齢は四十歳近辺といった所だろうか。

彼はつぶらな目を細めて手を差し出してきた。

 

「クロード•マニングです。お会いできて光栄です。何とお呼びすれば?」

 

大きめの手を握り返しながら、僕は迷いなく答える。

 

「軍曹と。それが名前みたいなものです」

 

 

 

 

 

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