未来から転移してきた最強兵士、アイドルになった元上官と渋谷駅前にて再会す 作:オムライス2000
乱雑に並んだ俺たちの前で、大尉がお客さんの紹介を始めている。彼女が人を迎えに行ってた事は知っていたし、その事自体に驚きは無いのだが……連れてきた相手が想像の遥か斜め上を行っていた。見た瞬間に意識が薄れるほどの美人だったのだ。
大尉と並ぶと姉妹みたいだ。文字通りの眼福で、見ているだけで気持ち良くなってくる。特にその神秘的な目が印象深かった。長い銀色のまつ毛の奥に、測り知れない奥行きを持った同じ色の瞳が濡れて光っている。もし視線が合ったらどうなるんだろう。背中がゾクゾクして震えが止まらず、俺は思わず自分の体を両手でさすってしまっていた。
大尉の紹介が終わって俺らが注目する中、彼女の小さな唇が開かれる。
「諸君らと共に戦えて光栄だ。私の事は軍曹と呼んで欲しい、宜しく頼む」
女性にしては少し低めの、鼓膜を優しく撫でるようなハスキーボイスだった。何時間でも聞いていたくなる心地よさだ。発音は完璧で聴き取りやすいが、綺麗過ぎて母国語ではなさそうに感じる。
「大尉!!軍曹に質問いいすか!!」
隣から頭の軽そうな声が響いて、陶酔状態から覚めた俺は思わず視線をそちらに向けた。声の主は俺の小隊のミゲルだ。コイツはラテンのノリをどんな時でも忘れない問題児で、女が絡むと命知らずになるようなバカだった。
「階級ではなく、お名前を教えて頂きたいのですが!あと恋人はいますか!?」
顔をしかめた大尉の許可を待たず、ミゲルの野郎は舌を垂らした犬のように身を乗り出して恐ろしく不躾な質問を言い放ちやがった。お前、よくこんな相手に迷いなくナンパを仕掛けられるな。恐れ知らずも良いとこだろ。テメェは聖母像にすら欲情しかねん罰当たりだが、流石にこれは無い。ほら見ろ大尉の表情を。心の底から軽蔑してるぞアレは。だがまぁ悪い質問じゃないぞ。
突然の事に軍曹は戸惑っている様子だったが、彼女は気を取り直したような微笑を浮かべると、律儀にも質問に答え始める。
「すまないが、軍曹と呼んで欲しい。それが本名みたいな物だ。恋人……と呼ばれる存在はいない。この世界の事はあまり理解できていないので、機会があれば経験豊かな貴兄らに色々と教えて欲しいと思う」
俺は耳を疑った。
経験豊かな俺らに?
色々教えて欲しいだと?
しばしの沈黙の後、飢えた野郎どもは機関銃のように質問を投げながら彼女へと殺到していく。俺も一歩踏み出そうとして、ふと大尉が俺を睨んでいるのに気づいた。彼女は俺と目が合うと視線を外し、寄ってくる男どもに向けて腕を振り払いながら声を張り上げる。
「下がれ病気持ちの猿ども!!解散だ!!」
※
少しばかり騒然としたが、その後も俺たちはチラチラと軍曹に視線を送りながら忙しく働き続けた。
まずは中隊全員で作戦内容の入念な確認を行った。次の日からはシミュレータを使用した演習をひたすら繰り返す。軍曹の加入で部隊の動きが格段に良くなった。彼女は自らも攻撃を行いつつ全員の動きを完全に把握できるらしく、その指示の的確さはこれまで部隊を運営してきたマニング曹長が激しく落ち込むほどだった。あんな完璧超人相手じゃ致し方ないと思うんだが。それに彼女はパートタイマーだと聞いている。喜んでばかりもいられない。
もっとも、俺たち全員がそこを何とか曲げられないかと願っていた。部隊全体が一つの生き物のように動く快感は一度味わったら忘れられるものでは無いし、なにより彼女が居るだけで色々と部隊の士気も高まる。食堂で晩飯を食っている今も、彼女を囲む兵隊どもがしきりに正式な加入を強請り続けている。食事の手を止めて軍曹は困り顔だ。その様子を俺は別のテーブルからハラハラしつつ眺めている。
「……なんだ。お前もあっちに行けば良いじゃないか」
対面に座る大尉が、死んだ魚のような目をしてそう言った。それを聞いた俺は、多分、かなり間抜けな顔をしていたと思う。
「どういう意味ですかね」
「お前も軍曹と一緒に食った方が楽しかろうと言っている」
俺と大尉が二人きりでテーブルに座るようになって、だいたい一年くらいだろうか。他の兵隊もそれが当たり前だと思っている節がある。俺は大尉の顔をまじまじと見つめた。彼女はその視線から逃れるように俯くと、皿の上のチキンにナイフを入れ始める。
「大尉、もしかして拗ねてるんで?」
「……何を言ってる。意味が分からんな」
俯いたまま、彼女は裏返った声を上げた。ナイフの動きが明らかに雑になり、食器はガチャガチャと騒々しい音を立て始める。俺はそのさまを眺めつつため息を吐いた。
「ねぇ大尉、連中は目新しいお客さんに夢中になってるだけです。居なくなったら元通りですよ」
「……んだ」
大尉が何が言っているみたいだが、あまりに声が小さい。
「なんです?聞こえないんですが」
「他の奴らはいい!!お前はどうなんだ!!」
あまりの大声に、俺は手にしていたフォークを落としそうになった。慌てて周囲を見渡すと、案の定かなりの注目を集めてしまっている。
「どうしたんです大尉、落ち着いて下さいよ」
焦った俺は身を乗り出して大尉に囁きかける。彼女はますます深く俯き、今はつむじが見えるほどだ。その体勢のまま、彼女はほとんど手のついていない料理が乗った皿をこちらに押し出した。
「命令だ少尉。そいつを綺麗に平らげろ」
大尉は流れるように立ち上がると、あっけに取られている俺を残してスタスタと食堂を出ていく。彼女が居なくなって食堂に喧騒が戻ってくる中、俺は半ば呆けながらテーブルに視線を落とした。彼女が置いていった皿のポテトにフォークを突き刺し、漫然と口に運ぶ。味がさっぱり分からない。
※
宿舎の自室に戻った俺は、ベッドの上でかれこれ一時間以上も自問自答を続けている。
何を考えてるって、大尉の事をだ。
結構前から、大尉が俺を他の連中とは違う目で見ている事は分かっていた。多分兄みたいな立ち位置なんだろう。そう思ってたんだが。
分かってる。我ながら気色悪い。
俺は自分自身のチョロさに呆れていた。もしかして彼女に異性として意識されているかも知れない。その可能性があるってだけで、自分でも驚くほど舞い上がっちまってるからだ。
俺が悶々とベッドの上で寝返りを打ちまくっていると、不意にドアがノックされた。俺は犯行現場を目撃された窃盗犯のように慌てふためいて、ベッドから上半身を起こして狭い廊下の向こうにある扉を凝視する。
もう一度ノックされた後、扉を隔てた声が響く。
「デイトン、いるか」
大尉だ。ファミリーネームで呼んでくるとは妙に改まっている。ベッドから転がり落ちた俺はいそいそと扉まで歩いた。単身用のワンルームは数歩程度の広さしかないが、今この時はやたらと広く感じる。
案の定、開いた扉の外には大尉が立っていた。Tシャツにカーゴパンツという何時もの格好だが、彼女が着ればどんな服でも上等に見える。
今までガキだと思っていたのに、改めて至近距離で対面した彼女は本当に綺麗だった。伏せられた長いまつ毛の向こうで、紅い瞳が所在なく揺れている。俺は胸の中で圧力を高めていく動悸を何とか抑えつけながら、精一杯震えないように声を押し出した。
「どうしたんです、大尉」
「ちょっとな、言いたい事があって」
体を縮こまらせた彼女は、こちらに視線を合わせようとしない。彼女がここに来た理由は何となく分かっているくせに、俺はしれっと言い放った。
「何です一体。まぁ、取り敢えず入ってください。汚いトコですが」
※
「食堂では、すまなかった」
椅子に座った大尉が、膝の上で指を絡めながら俯いている。対面でベットに座る俺は、相も変わらず彼女に見惚れていた。本当に嫌になってくる。ちょっとそれらしい素振りを見せてくれたというだけなのに、この有様だ。
「気にしちゃいませんが……何で俺だけ怒られたんです?」
「それは!お前が軍曹ばっかり見てるから……」
そこまで言って、大尉は言葉を切ってしまった。ここで俺に対する気持ちを彼女に言わせる事が出来たなら、一世一代の無謀な冒険に挑まずに済む。だがどうなんだろう。困り果てて挙動不審になり始めた彼女を前にして、そんな考えはあまりに情けない。
「大尉」
俺はベッドを降りて彼女の前に跪くと、その指の上に自分の手を置いた。熱い物に触れたかのように彼女の体が跳ねる。もしこれが自意識過剰の自惚れだったら盛大に笑って貰えばいいさ。面白がりはしても、この人は決して俺を蔑んだりはしないはずだ。俺は深く息を吸い込むと、呆然としている彼女の目を見つめながら言った。
「俺は安月給のしがない兵隊だし、とてもじゃないが高嶺の花のアンタには釣り合わない。それでも、お願いだ。どうか俺のパートナーになってくれないか。俺はアンタが好きなんだ」
言葉がすぐには飲み込めなかったのだろう。彼女の次の言葉までしばらく時間が掛かった。
「……なんだ突然、どうしてそうなる」
ようやくそう呟いた彼女の顔は、その瞳よりも赤く染まり始めている。俺は不安と期待で頭がおかしくなりそうだった。この期に及べば、俺の出来ることなど彼女を真っ直ぐに見つめ続ける事しかない。
心拍音が信じられんほど煩い。呼吸すら忘れる時間が続き、そろそろ俺の気も遠くなり始めた頃。彼女は視線を外してからぽつりと言った。
「……いいぞ」
「え?」
「だから!いいぞ!!パートナーになってやろうじゃないか」
全世界、全歴史、全次元に存在するあらゆる幸せが押し寄せて来る。受け止めきれずに胸が張り裂けそうになっている俺は、思わず彼女の体を力一杯に抱きしめていた。その体はとても小さく頼りない。愛おしい、守ってやりたいという気持ちで体が燃え上がりそうだ。
「ぐっ!?おいコラ、苦しいやめろ!!」
腕の中で抗議する大尉がまだ文句を言おうとするので、俺はその口を塞いでやった。腕の中で硬くなった彼女の体が、だんだんと溶けて柔らかくなっていく。
顔を離すと、真っ赤に茹で上がった彼女は息も絶え絶えになっていた。
「……この……バカが……」
「なんでそんなバカを好きになってくれたんですかね?」
大尉は顔を背けて、吐き捨てるように言った。
「私もバカだからだろ!」